作品タイトル不明
元気な勇者
少し、静かになったダンジョン。
日中、少女組が家にいなくなったからだ。
彼女らの元気な声が聞こえないというだけで、何だか物寂しく感じてしまうものがある。
いつから俺は、こんなに感傷的になったのだろうか。
ここのところ、感情を動かされっぱなしだ。
――と言っても、大人組だけでいても、我が家の場合十分うるさくはなるのだが。
「おにーさん。ここに、何故赤ちゃんは可愛いのか討論会を、開催したいと思います!」
最近はもう、パートタイム感覚で勇者の仕事をしているため、家にいる時間も長くなったネルが、突如そう言った。
「はい、どうぞ。開催してください」
「議長はこの僕、赤ちゃん可愛いヤッター委員会会長、ネルが務めます!」
「はい、わかりました。赤ちゃん可愛いヤッター委員会会長さん」
「では、赤ちゃん可愛いヤッター委員会副会長のおにーさん! 意見をどうぞ」
「あ、副会長は俺なんだ」
そんな俺達のやり取りに、リウを抱いてあやしていたリューが、苦笑を溢す。
「ご主人、ネルのスイッチが入っちゃってるっす。ご主人が相手してあげてほしいっす」
「やっぱりお前もそう思う? 実は俺も、コイツ今わかりやすくスイッチ入ったな、って思ってた」
我が家の暴走機関車ネル。走り出したら止まりません。
一度アクセルを踏んだ彼女は、もう感情の赴くままに、好き勝手話しまくるのである。
なお、そうしてスイッチを入れた時の相手は、もっぱら俺の担当だ。まあ、彼女の旦那なので、確かに俺の役回りなんだろうが。
いやはや、勇者で妻で風呂過激派で武器フェチで暴走機関車とは、お前は幾つ属性を積み上げるんだ。可愛いからいいんだけどさ。
「ほら、副会長兼雑用おにーさん! 意見!」
「その『兼雑用』の部分をわざわざ付け足した理由あります? ……えー、赤ちゃんの可愛さは理屈ではなく、可愛いから可愛いのだと思います」
「正解! 世の中には、理由などないこともあるのです! ただ、純然たる結果だけがそこにはあるのです!」
テキトーな俺の意見に、なんかそれっぽいことを言うネル。
あなたが楽しそうなので何よりです。
「あと、俺とリューの子であるということが、もう一層可愛くて仕方ない理由でもあると思います」
「そう! その通り! 僕の家族の子供! つまり僕の子供でもある! 素晴らしい……可愛いヤッター!」
「おいリュー、どうしよう。今日のネル、いつも以上にテンション高いぞ」
「残念っすけど、そういう時はウチらじゃ手に負えないっす。ご主人、頑張ってください」
「お前、面倒くさいからって俺に丸投げしてるな? 妻の一人として、妻の相手をする気苦労を君も一緒に味わってくれていいのではないかな?」
「いやいや、妻の仕事は夫の相手をすることっすよ。なら、妻の相手をするのは夫の仕事。ウチにそれを言うのはお門違いってものっすねぇ」
「……リュー、君もなかなか言うようになったではないか」
「誰かさんに鍛えられているので」
以前はなかった強かさを見せるようになったリュー。ぐぬぬ……強い。
なお、そんな俺達のやり取りは全スルーし、ネルは一人で暴走を続ける。
「しかも、これからレフィとおにーさんの子も産まれるんだよ! もう、最高過ぎるね! 人生って素晴らしい! 生きることは素晴らしい! はいどうぞ、副会長おにーさん! 繰り返して!」
「人生最高」
「そう! 人生最高! この最高さを、リウにはいっぱい教えてあげたいね!」
「そうだな、色んなことを教えてあげなきゃな。風呂の魅力とか」
その俺の言葉に、ネルはハッとした顔になる。
「そ、そうだよ! リウは、僕が絶対、お風呂を求める自由の戦士に育て上げるんだ! 一緒に世界の秘湯を探し、そして結局一番良いのは我が家のお風呂だということを教えてあげるのさ! おにーさん、良い案を出してくれたね!」
「ネル、悪いっすけど、そんな風には育てないっすからね。お風呂好きまではいいっすけど」
「むむっ、教育方針の違い……! いいよ、リュー、いっぱい議論しよう! 僕は是非ともリウにも、お風呂の素晴らしさというものを知ってほしいんだ……!」
「ご主人……余計なことを言うから、さらにネルがヒートアップしちゃったんすけど。責任取ってくださいね」
「いや、俺のせいにされても困るんだが……あー、ネル君。風呂の素晴らしさを教えるのは構わないが、それからどうするかはリウの自由意志による、ということでお願いします」
「! そうだね! 確かに、色々教えてあげるのは家族の務めだとしても、そこからどうするかは、リウ自身が選ぶことか! ……リウ、お風呂は素晴らしいもの。素晴らしいものなのです……!」
「おう、我が妻ネル君。赤子の時から囁いて洗脳するのはやめなさい」
君は風呂のこととなると、本当に手段を選びませんね。知ってたけど。
「リウは、こんな大人になっちゃダメっすからね」
「リウ、自由に生きることはとても良いことだが、ここまで極端にはならないようにな」
「リウ、一緒にお風呂の天下を取ろうね!」
風呂の天下とは。
そんな俺達の言葉に、リウはただ、その小さな耳をピクピクと動かし、くりくりの瞳でこちらを見ていた。
可愛い。