軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

進む日々

魔境の森にて、俺は、その短剣を構えると――投げた。

瞬間、短剣に込めていた魔力が一気に消費され、離れて待機させていたはずのリルが、その場に出現する。

「おぉ……」

「クゥ」

リルは辺りを見渡し、上手くいったことを理解すると、満足そうに鳴く。

「あぁ、これ、かなりいいな。もしもの時にすぐにお前を呼び出せるってのは、すごい便利かもしれん」

「クゥウ」

「はは、それは悪かったよ。けど、お前まで連れてったら、俺が俺だってモロバレじゃねーか。いや、まあ、元々フリ程度ではあったから、確かにそう本気で隠すつもりもなかったけどさ」

最近の戦闘で、自分を連れて行かないことに対する不満を溢すリルを、宥めるように撫でる。

何だかんだ言って、他のヤツらからすればお前って、魔物だからなぁ。ローガルド帝国内のような、人が非常に多い場所に連れて行くと、周囲のヤツがやはり怖がるのだ。

――ローガルド帝国のテロで使われた、『転移の短剣』。

探してみたら、俺のDPカタログにもしっかり載っていたので、一本用意して試してみたのだが……素晴らしい。

込めなければならない魔力が莫大な量である、ということと、一度発動するともう壊れて二度と使い物にならないということ。

加えて、一本当たりに必要となるDPが、俺が普段使いしている上級ポーション――つまりエリクサーという、外だと規格外の回復アイテムよりもさらに倍高いというデメリットはあるのだが、俺の場合はそれらがデメリットになりにくい。

かなり使い勝手が良いことがわかったし、数十本くらいは用意して、アイテムボックスに常備しておくか。

もしもの時のために、イルーナ達に持たせている、空間魔法が発動可能なポーチの中にも入れておこう。

これで、彼女らを外に出す、ってことになっても多少は安心出来るだろう。事前に俺が魔力を込めて、発動可能な状況にしておかないとな。

そう言えば、ウチに新しく連れて来た、ヒュージクロー・ウルフ。

面倒を見させていたリル曰く、ヤツが結構しっかり知性を持った、賢い魔物ということだったので、呼んで来て色々と話を聞いてみたことで、わかったことが幾つかある。

やはり彼らは、生み出されてから一度も戦いに出たことがなく、封印でもされていたようだ。

ヒュージクロー・ウルフの自意識では、ダンジョンの知識を埋め込まれながら召喚され、何かよくわからないが眠りにつき、次に起きた時には俺の目の前だったという。

コイツらからすれば、生まれて数瞬で、即化け物相手の戦闘である。

そのことを考えると、俺が殺した他の魔物達も、ちょっと不憫ではある。ダンジョンの魔物としては、それが仕事の一つと言えるのかもしれないが。

連れ帰ったヒュージクロー・ウルフみたいに、もうちょっと知能が高ければな……恭順さえすれば、同じようにウチに連れ帰ってやったものを。

封印方法は、わからない。

ダンジョンの機能を一通り見てみたのだが、特にそれらしいものも見つけられなかったので、恐らくダンジョンとは関係のない、何かしらの魔法技術によるものなのだろう。

ローガルド帝国は、その研究が盛んだったようだからな。

まあ、正直そっちは興味がないからどうでもいい。ほとんど吐き出させたはずだが、まだ封印されている可能性を考え、その場所の捜索は必要かもしれないが、俺が関与することでもないだろう。

例の元老院議長の尋問が現在も続いているそうなので、そちらからの情報が合わさって、その内何かしらの進展もあることだろう。

魔物達の出自だが、恐らく生み出されたのは、前皇帝シェンの時代よりもさらに前なのではないか、と思う。

少なくとも、シェンがこの魔物達の存在を知らなかったことは確認が取れているので、アイツによって生み出されたものではないはずだ。

魔界王は、「……もしかすると、協力させる対価として、皇帝が高位貴族に魔物を配った過去があったのかもしれないね。それらしい記録も見つからない以上、相当な裏取引があったのかもしれない」なんてことを言っていた。

召喚された詳しい時期、今まで使われなかった理由、誰が所有していたのか、わからないことはまだまだいっぱいあるが……ま、そっちに関しても、俺は関与しなくて良いはずだ。

まだ、全ては終わっていない。魔戦祭を終えるまで、このテロ事件の全ては終わらない。

だが、謎の追求は俺の仕事じゃない。もう、俺に出来ることは少ない。

……いや、嘘だ。全然少なくないのだが、ただそれらは、あくまで脇役としてやることしかない。

早くただの魔王に戻って、家族とのんびり過ごし続けるだけの日々を過ごしたいものだ。

魔王に戻った方がのんびり出来るって、なんかおかしな気もするのだが。

「そういや、リル奥さんの方は、どうだ? 体調とか、問題ないか?」

「クゥ、クゥウ」

「そうか……何かあったら、ちゃんと言えよ。獣医……は、流石にこの世界にはいないかもしれんが、出来ることならなんでもやるからな」

「クゥ」

感謝するように鳴くリル。

――そう、実は、リル奥さんも妊娠していることがわかった。

ウチの子らの方が生まれるのは早いはずだが、犬の妊娠期間って確か短かったはず……いや、犬じゃない上に、それがしかもフェンリルともなるとどれくらいなのか全く見当も付かないのだが、まあウチの子が産まれる前後に、リルの子も産まれるんじゃないかと思う。

リル達の子供か……それはもう、モッフモフで、サラッサラで、超絶可愛いんだろうな。

是非とも、ウチの子らと、兄妹として育ってほしいものである。

「お互い、こっからさらに、頑張らねぇとな」

「クゥ」

俺は、リルの額と、コツンと拳を合わせた。

◇ ◇ ◇

――過ぎて行く時。

魔戦祭に向け、一つ一つ進めていく日々。

テロの後始末を手伝ったり、魔界王の要請で政治の場に顔を出したり、ちょっと強めの魔物を狩ったり、ドワーフ達とものづくりを語り合ったり、悪巧みを練ったり、近衛騎士達の競技の練習に付き合ったり。

色々と問題が起き続けたここ最近ではあったが、一段落した後はどうにか順調に物事が進み始めている。

まあ、それでも完全に問題が無くなった訳じゃないんだがな。そもそも新しい試みをしている最中で、しかも諸事情で魔戦祭は当初の開催予定より巻いて行うことになった訳だし。

延期ならともかく、予定を早めるとなるとそれまでに練られていた様々な計画を練り直さなければならない訳で、この前魔界王とドワーフ王ドォダの会話を聞いていたのだが――。

「おまっ、儂らぁ、これでも相当早めて工事進めてんだぜ!? まだ早めろってのか!?」

「でも、ドォダ君なら出来るでしょ? お願い、僕達もちゃんと協力するからさ。どうしても必要なんだ。頼むよ」

「……チッ、しょうがねぇな……となると幾つか作るのやめて、その分本丸の工事を中心に計画を練りなおしゃぁ、何とか……」

「あ、悪いけど作るものは全部作ってね。今回ドォダ君に作ってもらってる施設、全部必要なものだから」

「儂を過労死させる気か!?」

――という二人のやり取りは、よく覚えている。

なお、言葉で魔界王に敵うはずもないので、全てヤツの思惑通りに話が進んだのが恐ろしいところである。

その分資材の融通や、人の派遣等を、当初の数倍の規模で行ったそうだが、むしろそのせいでドォダに掛かった負担も倍以上になったことだろう。

なんか、本当に忙しそうだったので、俺も力仕事で手伝えるところでは、工事を手伝っていたくらいである。

陛下にやらせることじゃない、とか何とか、警備の人らがすんごい慌てていたのだが、そう言われても時間がない以上しょうがないので、「必要だから」と押し切って工事を手伝った。

ぶっちゃけ、皇帝の仕事とかをさせられるより気苦労がなくて楽だった。うん。

ドワーフ王にそれだけ無理をしてもらった甲斐あって、競技場付近の建築は全て、どうにかなるだろうというところまで進めることが出来、細かいところを抜けば競技場自体はもう稼働可能な状況にまでなっている。流石である。

ドワーフ王が命名した競技場の名前も、大々的に布告されており――『アトヴォイニ・ドミヌルス』。

古代ドワーフ語らしく、意味は「世界に手を」。

この工事は、ドワーフという種が持つ、ものづくりの強さを改めて世界に知らしめることが出来たと言えるだろう。

これで彼らの進出が進み、『ドワーフ建築会社』とか作って、様々な国で利用され始めるようになったら嬉しいものだ。

それは、王達の求める『多種族が共存可能な社会』そのものなのだから。

人使いの荒さのせいで、魔界王が何とも悪辣に見えるが、ただアイツはアイツでずっと、忙しくしている。

一国の差配ですら大変だろうに、それに加えてローガルド帝国の大部分の差配も行い、加えて他種族との利害調整もほとんどヤツが行っていると聞いている。

エルフの女王ナフォラーゼや、アーリシア王国国王レイドも、その辺りの事柄には協力しているようだが、仕事量で言えば他の王達とは比べものにならない量を捌いていることは間違いない。

それを、特に疲れも見せず、ケロッと涼しい顔で熟している辺り、大したものである。本領発揮と、なんか楽しそうだしな。

ローガルド帝国の諸々はこんな感じだが、この日々の中で俺にとって最も重要な事柄と言えば――お腹が大きくなっていく、レフィとリューのことだろう。

一目見て妊婦、というのがわかる程には二人のお腹は大きくなっており、そこにある命をしっかりと感じられる程になっている。

俺達の、子供の命を。

出産時期は大体同じくらいで、魔戦祭よりも後になるだろうことはわかっているのだが、正直に言って、若干俺は、すでにソワソワしてきている。

魔戦祭とか、ぶっちゃけもうどうでもいい。

いや、どうでもいいことはないか。俺にとってもここは区切りだ。

だが、優先順位で言えば二つか三つは下に来る。リル奥さんの方の出産もあるしな。

――という訳で、ソワソワが抑えきれない俺は、DPカタログを存分に用いて、子供達のための用具を、もういっぱい用意していた。

「よし、これだけ用意しときゃあ、十分だな!」

「あー……ユキ」

「おう、何だ、我が妻レフィ。これを見て、何か必要なものとか、欲しいものとかがもっとあるならば、聞こうではないか!」

「気が早い」

レフィは、苦笑しながら言った。

「こういうものを用意しておきたくなる気持ちはわかるがの。お主ならば、すぐにその場で出せるんじゃから、生まれた後で良いじゃろうに。邪魔とは言わんが……どうすんじゃ、こんなに出して」

「大丈夫だ、俺のアイテムボックスに全部突っ込んでおくから!」

「お主のその、とりあえずあいてむぼっくすに何でもかんでも入れるクセ、治した方が良いかもしれんな。またゴミ、溜まっとるじゃろう」

「ゴミじゃないですー! 俺にとって大事なものだけが入ってるんですー!」

実際のところ、一回使ったら後はもう二度と使わないような、そういうアイテムなんかもいっぱい入っているのだが……いや、これらは決してゴミではない。

また再び、いつか「あっ、これがあって良かった!」と思う日が来るはずなのだ!

……今更だが、多分俺、片付け出来ない 性質(タチ) なんだろうな。

バカデカい容量のアイテムボックスがあるおかげで、ゴミが散乱――いやゴミじゃない。物が散乱しないで済んでいるのだろう。

俺一人なら、ダンジョン自体も散らかしてしまいそうだが、その辺りはレイラやネルが適宜掃除してくれるし、幼女組ならぬ少女組がいるのもあって、なるべく片付けなきゃ、って意識も働くし。

「よし、その内また、お主のあいてむぼっくすの中の整理をするか。儂が片っ端から燃してやろう」

「やめたまえ」

お前、容赦ないんだもん。

イルーナ達相手の時は、何だかんだ「全く、しょうがないのぉ。次からはちゃんと片付けておくんじゃぞ?」と手心を加えるのに、俺の時はその容赦がない。塵すら残らない炎で遠慮なく燃やしてくる。

俺の試作品の数々を燃やしたこと、忘れはせんぞ……と言っても、本当に俺が気に入っているものを燃やしたりされたことは一度もないのだが。

やれやれ、と言いたげな顔でレフィは、俺が出した幼児用おもちゃグッズを一つ一つ見ながら、口を開く。

「そう言えば、お主らがやっている……何じゃったか、ませんさい? は、もうすぐなんじゃったか?」

「あぁ、もうちょっとだ。問題もほとんど片付いて、開催の目処も立った。何とかなるだろうな。お前らも見に来いよ。皇帝権力を乱用して、俺達専用のVIPルームもしっかり作ってもらったからよ!」

「散々皇帝を面倒と言っていた割に、そういうところはちゃっかりしておるの」

「そりゃあ、こういう時に権力使わなきゃ、普段頑張ってる意味もないってもんだ。俺に愛国心なんてない訳だし」

祖国のため、なんて思いは俺に存在しない以上、理想のために、とは思っても、タダ働きは嫌ってもんだ。

まあ、だからやっぱり、俺は皇帝をやめた方がいいんだろうな。

そのための話も、しっかり進みつつある。仮称『第0騎士団』設立も、問題なく行けそうだ。

「酷い皇帝じゃの」

「俺は魔王だからな、自分の欲望にだけ忠実なのさ!」

俺は笑ってそう言うと、少し気を遣いながらレフィを抱きかかえ、膝の上に乗せる。

レフィもまた、抵抗することなく、俺に身体を預けた。

「では、ませんさいに参加し、その後に恐らく儂らの出産、それらが済んだ後に、予定通りイルーナ達を学校に通わせる、という感じかの」

「そうだな、そうなる。エンの説得が無事済んで、助かったぜ」

「カカ、あの子は、自身の矜持に真っすぐじゃからの。曲がらず、折れぬ刃。そのものじゃ」

「あぁ……かっこいいよな、生き方が。エンと一緒にいると、背筋伸ばして、毅然とやってかないとなって常々思うよ」

「お主は割合姿勢は良い方じゃが」

「おう、小ボケ挟んでくるじゃねーか」

「面白かったじゃろう? 笑え」

「何だその新しい圧の掛け方は」

そのどうしようもない小ボケで、何故そう自信満々なのか。

「お主は儂の旦那じゃろう? 妊婦の妻の精神を慮って、その機嫌を良くすべく、どんな小さなボケでも笑うべきじゃな」

「どっひゃあ! やべぇぜレフィさん、超面白れぇ!」

「良し」

「あ、いいんだ。今ので」

それなら俺でも何とかなりそうだ。

――案の定、学校に通うということに関して、エンは最初、俺から長期間離れることを嫌がったのだが、もし何か危険があることをする場合は必ず呼ぶ、ということを条件にして、どうにか納得してもらった。

説得はかなり難航したが、無事に納得してくれて、ひと安心である。

入学時期は、レイラ曰く、良いタイミングがレフィ達の出産予定後にあるとの話なので、そこで入学することになった。

ついこの間、俺のみで羊角の一族の里にもう一度向かい、レイラの親とも言えるお師匠さんの、エルドガリア女史と再会し、手続きも済ませてある。

……イルーナ達の、入学か。

本当に、感慨深いものだ。

俺が育てた、なんておこがましいことは言えないが……皆で協力して、ここまで来た、という思いがある。

一家として、一緒に成長して、ここまで来た。

そしてそれが、これからも続いて行くのだ。

「どうした、ユキ?」

「いや……ただの幼女だったイルーナ達が、学校に通うんだなって思ったら、感慨深くてさ」

「カカ、前も同じことを言うてたぞ」

「何度でも同じように思っちまうんだよ」

「……そうじゃな。儂も同じじゃ」

耳に心地良い、レフィの声。

全身で感じる彼女の重みと、匂い。

以前よりも少し重くなった、二人分の体重。

「レフィ」

「ん?」

「幸せだな」

レフィは、薄く笑みを浮かべ、俺の頬に軽く口づけをし、再びこちらに身体を預けた。