軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪意の種

――ローガルド帝国。

帝都、ガリア。

栄華を誇ったその都市は、戦争の敗北によって一度は陰りを見せたが、少しずつ昔の姿を取り戻していき――そして今では、以前よりも多様性のある都市として、生まれ変わっていた。

人間だけが住んでいた都市は、飛行船の交通の要となったことで多様なヒト種で溢れ返り、それに伴って流通が増大し、好景気に沸いている。

各国各々の思惑があってのことではあるが、ローガルド帝国を『搾取』の対象ではなく、多国間のパワーバランスを整え、利益を生み出すための場として急速に整備を進めていったため、敗戦国でありながら、衰退を免れたのである。

ガリア以外の都市は、そもそも戦場にもなっていないため経済的な被害以外は存在しておらず、国力の低下は最小限で済んだのだ。

また、驕り、法を犯したものは、たとえ戦勝国側の者であろうと情け容赦なく逮捕され、厳しく処罰をされており、その姿勢がローガルド帝国の者達にも受け入れられたことで、前体制からの移行も比較的すんなりと受け入れられた面がある。

それは、前皇帝シェンドラによる『理性』に重きを置いた政策や思想が、国民に浸透している結果であり、そして何より、現皇帝『魔帝ユキ』の権力が作用した結果でもある。

現在、各国の者達の中で、誰も無視し得ない存在が、魔帝ユキだ。

彼は、権力という意味では、ほとんど何も有していない。

財力もなく、皇帝という役職こそあるが、しかしそれが表向きのものであり、ただ名を連ねているだけの状態であることは、本人含め皆理解している。

にもかかわらず、彼が持つ影響力は、今や世界でも有数のレベルに達しているのだ。

それは――強い、という理由によるものだ。

ただ、強い。

強大な、『魔王』としての力に、彼が従えている配下の魔物達。それらによって、各国の王達は魔帝ユキの動向を必ず気にするのである。

本人は、そう言われる度に、「いやいや……」と言いたげな様子で苦笑いをするのだが、もはや魔帝ユキに戦力で上回る者はおらず、である以上彼とは決して敵対してはならないと権力者全員が考えているのだ。

魔族ではなくとも、力ある者は敬われる。

たとえ、突如として台頭してきたような、『魔王』などというよくわからない怪しい者が相手であっても、余程粗暴でもなければ一定の敬意を持たれるのだ。

そのため、表向きの支配者となっているだけのはずの魔帝ユキに気を遣い、国を荒らさせない、という思惑も多分に存在しているし、彼が「ウチの国を荒らしたら、敵と判断するから」と宣言しているので、各国の者達はローガルド帝国に滞在している自国民の引き締めを厳しく行っているのだ。

無論、戦争の爪痕は未だ色濃く残り、敗戦時の記憶は人々の中に鮮明に存在している。

問題もまだまだ山積みで、特に問題になったのは、やはり治安だ。

好景気に伴って急激な人の流入があり、それが理由で、騒動を起こした『人間至上主義者』以外にも数多くの犯罪組織、密偵組織、その他無数の良くない者達が這入り込み、一気に活発化したのだ。

元々、ローガルド帝国に存在していた『裏社会』を纏めているような者達は、『パブリックエネミー』とまで言われる程の悪質さはなく、一定の節度があると判断されており、積極的な検挙などはされていなかった。

それは、歴代皇帝がダンジョンの『マップ』機能を用いることで、凶悪犯罪者などは一週間も経たずに捕らえられる体制が整っており、犯罪組織なども一線を越えた者達は即座に排除されるようになっていたからだ。

外から入って来る犯罪組織等も同様で、徹底的にシャットアウトされていたのだが……国が開けたことで、我先にと次々に這入り込んで来たのである。

敗戦国と言えど、ローガルド帝国は大陸において今なおトップクラスの大国であり、ここで根を張ることが出来れば、莫大な利益をあげることが出来るからだ。

魔界王フィナルが本気の対策を打ったことによって、悪質な組織は次々と壊滅させられ、一時期の不安定な治安からは脱しつつあったが……それでもまだ、イタチごっこ、と呼ぶべき状況が続いている。

そして、場所によっては、その悪影響が顕著に見られていた。

「ゲヒャヒャ、ねー、待ってよ、おねーさん」

「こんな時間にいるんだ、アンタも遊び足りないんだろ? 俺達が相手してやるぜ?」

夜。

帝都ガリアの歓楽街にて、道行く人間の女性に絡む、酒に酔った二人組の男達。

種族は、魔族。

絡まれた女性は逃げようとするが、持て遊ぶようにその行き先に男達が立ち塞がり、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべる。

「……と、通してください」

「そう言わないでさぁ。俺ら、軟弱な人間どもよりは、良いものを持ってるぜ?」

「そうそう、きっとアンタも気に入るぜ。だからそう嫌そうな顔すんなよ。滾っちまうぜ」

ニヤニヤと嫌らしく魔族達が笑い、一人が無理やり女性を引き寄せ――その魔族の腕を、通りがかりの人間の男が掴む。

「アンタら、それくらいにしといたらどうだ」

「アァ? んだァ?」

「おうおう、あんちゃん、かっこいいねぇ」

二人組の内、一人がガンを飛ばし、もう一人が酒臭い息で、バカにするように笑う。

その反応を見ても、人間の男は至って冷静に、言葉を掛ける。

「今、どこも他種族同士のいざこざは厳しく取り締まっているはずだ。どこの誰か知らないが……酔っ払った勢いでおかしな真似をしてみろ。排除されるのはお前達になるぞ」

「うるせぇ、屁理屈こねやがってッ!」

腕を掴まれていた方の魔族が、激高した様子でその腕を無理やり振り払ったかと思いきや、そのまま人間の男を殴り飛ばす。

肉を打つ鈍い音と、様子を窺っていた周囲の者達から漏れる、小さな悲鳴。

殴られた人間の男はたたらを踏み、だがそれでもまだ、冷静に魔族達を見据え、口を開く。

「殴ったな? 歓楽街である、人の多いここで。どうする、まだ俺を殴り足りないか? お前達の行動は、今、衆目に晒されているぞ。目撃者が多数存在している状況で、まだ馬鹿を続けるか?」

旗色が悪いと察したのだろう。

殴った男の方は、変わらず激高して怒鳴り散らしていたが、もう一人は、酔いが少なかったのか比較的冷静だったようで、「……おい、もう行くぞ」と泥酔している相方を無理やり引っ張り、そしてこの場を去って行った。

言葉だけで場を治めたことに、一連のやり取りを見ていた者達は歓声と拍手を送り、絡まれていた女性は人間の男へと頭を下げ――やがて、男はまた、一人になる。

夜の路地を、歩く。

店から漏れる明かりと、楽しそうな喧騒。

日々の大変さや辛さを忘れ去り、ひと時の楽しき時間に浸り、英気を養う。

ひんやりとした空気に満ちている路地とは正反対で、まるで夢と現実の境のような、この場所。

人間の男は、考える。

――わかっているのだ。

新体制が、この国をメチャクチャにしようとしているのではなく、しっかりと統治しようとしているということは。

横暴を働き、目に余ると判断された他国の駐留兵士や役人は、即座に左遷され、犯罪を犯せば、しっかりと処罰される。

面倒なためそのつもりはないが、恐らく先程の諍いなども、訴え出れば真面目に捜査をしてくれることだろう。

そう、今でも司法は、腐らずにまともに働き続けているのだ。

それらの姿勢は評価されており、また新体制に移行したことで、商機などは以前よりも倍以上に増えたと聞くし、実際仕事も数多ある。

だから、日々の糧が十分に得られている現状に、満足する声があるのも、理解出来る。

……人間至上主義、などと愚かな思想は持っていない。

人間がとりわけ優れている、なんて思ったことは一度もなく、その 妄想(・・) に取りつかれ、声高らかに不平をぶち撒ける輩など、見ていて不快感が募る。

人間の品位を落としてくれるなと、いつも思う。

――だが。

だが、だ。

今、国政が他種族の手にある状況は……人間至上主義者どもの言う通り、打開しなければならないだろう。

他種族がローガルド帝国で台頭するのは良しとしても、国の実権自体は、この国の人間が握らなければならない。

暴力や排他的な思想で以て、それを為すのは論外だが、どうにかして、国の中枢を取り戻さなければならない。

でなければ、この国は、前には進めないのだ。

「体制の移行か……簡単ではない道だな」

そう呟き、小さく笑い。

だが、男の目には、意志が灯っていた。

――男は知らない。

自身のことを、陰から見ている者を。

男が持つ影響力を、利用しようと考える者がいることを。

悪意の種は、いくらでも、どこにでも、存在しているのだ。