作品タイトル不明
閑話:熟年夫婦
草原エリアに建てた、純和風の旅館。
その縁側にて、俺は寝転がって、本を読んでいた。
そして、俺の胴体にぐでー、と伸し掛かっているのは、先程居間の方からこちらにやって来た、レフィ。
緩やかな風が吹き、木々と草が揺れるのに合わせ、天井から釣り下がる風鈴がチリンチリンと鳴る。
庭に作った小さめの池の、水の音。
心地良い、午後の時間帯。
「我が夫よ」
「何だ」
俺は寝転ったまま、顔も向けず、レフィに返事をする。
「儂は今、暇を持て余しておる。旦那であるならば、妻の暇を解消する手伝いをするべきではないか?」
「ほう、我が妻は、暇潰しを所望するか。だが、残念ながら俺は今、本を読んでいてそんなに暇じゃない。お前も本を読むか、一人で暇を潰したまえ」
「なんと、妊娠した妻にそのようなことを言うのか? 全く、何と冷たい夫じゃ。そのような態度では、我が子が産まれた時、しかと夫として務めを果たしてくれるのか、些か不安じゃのう」
「我が妻レフィよ。どうやらお前は、夫が持つ義務というものを過大解釈しているようだな」
「義務でなければ対処しないと? 何と冷たい男なのじゃ、お主に愛は存在せんのか」
「愛とは有限なのだ、レフィシオス君。最近リュー、レイラ、ネルにその愛を注いだことで、お前への愛の割合は相対的に減っているのだ」
「酷薄なことを言う。愛とは無限に、平等に注がれるべきものであろう」
「残念だが、それは違う。どのような愛にも、限度は存在する。お前はそのことを胸に刻むべきだな」
「見解に相違があるようじゃ。それはつまり、お主の持つ愛が、ただその程度である、ということじゃろう」
「自分の努力の至らなさを棚に上げて、相手のせいにするのは愚かなものだぞ、レフィシオス。俺もまた、平等に愛を注ぎたいところではあるが、無茶ぶりをしてくる妻には、なかなか応えられぬのだ」
「いや、それはお主にだけは言われたくないが」
まあ、そうね。俺もそう思う。
どちらかと言えば、普段無茶ぶりをするのは俺の方だし。
そんな感じで、二人でテキトーにグダグダとくだを巻き続ける。
「気分は、アレだ。ホースをもう全部巻き切ったけど、それでも何となくレバーを回して、巻き続けている気分だ」
「何も意味が分からんが」
「意味がわからない。それもまた、風流だとは思わんか? 俺は思わない」
「そうじゃな。ユキ、お主今、脳味噌を介して喋っておらんな」
「脊髄反射はお互い様だろ」
「何を言う。儂は常に、一言一言喋る言葉を考え、お主を思って喋っておるぞ。儂程言葉に気を遣っておる者は、世界広しと言えど一握りじゃろう」
「超疲れそう」
「今、儂もそう思うた」
だろうね。
生産性が一切存在していない会話だが、我々の会話はいつもこんな感じである。
「それにしても、最近お主、本を読んでおることが多いの。何か面白いものでも見つけたのか?」
「あぁ。ローガルド帝国城にあった本、外に出しても良いヤツを、いっぱい借りてきてな。勿論、面白いのも全然面白くないのも両方あるんだが、面白いのは面白い」
この世界には、漫画はないし、映画はないし、ゲームもないが、本はある。
魔法によるものなのか、活版技術が意外と進んでおり、そのおかげで比較的多くの本が出回っているのだ。
需要がある以上は、それを満たすために供給が増える。
供給が多ければ、俺みたいな学のないヤツが読んでも面白いと思う作品が、数多くある訳だ。
つっても、やっぱりまだまだ、前世よりは高いんだがな。
「お前は本、読まないよな」
「活字は目が疲れるから嫌いじゃ」
「……シィが本嫌いでも反省しないの、お前がいるせいであんまり強く言えないんだぞ」
シィは、幼女組の中で一番勉強嫌いで、絵本以外を笑顔で拒絶して逃げていくのだが、コイツもそれと同じくらい本に嫌な顔をするのだ。
と、痛いところを突かれたのか、ちょっと動揺しながら答えるレフィ。
「……りゅ、リューも読まんではないか! 彼奴も、儂と同じく勉強の類は苦手としておるじゃろう!」
「いや、けどアイツは実際のところ、勉強が嫌いでも勉強が出来ない訳じゃないぞ。少なくとも、ジャンルによっては教える側に回れるし」
族長の娘で、何だかんだお嬢様だし、教育はちゃんと受けてるぞ。
実は知識という面で言うと、しっかり貴族階級レベルはあるのがリューなのである。数学が嫌いなようだが、国語は結構出来る方なので、いわゆる『文系』なのだろう。
我が家にはスーパー才女のレイラと、勇者としての教育の一環で、知識を詰め込まれまくったネルがいるので、そういう面であんまり目立たないだけなのだ。
リューは最初の頃、家事なんて全然できなかったが、そこには貴族階級だったから、という理由もあるのである。
つっても、アイツがどちらかと言うと不器用な方で、おっちょこちょいな面もあるのは、今も全く変わらないのだが。
「な、何と言うことじゃ……裏切られた気分じゃ。儂と同じ枠のクセに!」
「おう、リューとしても不本意な分類のされ方だろうな、それは」
「ちなみにお主も同じ枠じゃぞ」
「何だと? バカを言うな、俺は世が世なら大賢者として世界に名を馳せているはずだ。である以上、お前達とは立っているレベルが違うのだ、一緒にしないでくれたまえ」
「その発言が阿呆丸出しじゃと、お主は気付くべきじゃな」
知ってる。
◇ ◇ ◇
それから、何もせずにどうでも良いことを延々と話し続ける。
暇だ暇だと言いながらも、結局レフィは俺の傍から離れず――やがて。
「スー……スー……」
心地良い風と、温かい日差しに眠気が来てしまったらしい。
いつの間にかレフィは、俺の腹を枕に、眠っていた。
神秘的なまでに整っており、だが安心して緩み切っている、その寝顔。
「……気持ち良さそうに寝やがって」
俺は、彼女の頭をゆっくりと撫でてから、身体を冷やさないよう、アイテムボックスからブランケットを取り出し、腹の辺りに掛けてやる。
そして、彼女の温もりと心地良い重みを感じながら、再び本を読み進めて行った――。