作品タイトル不明
閑話:仲良し夫婦
「えへへぇ、おにーさん! ただいま!」
「おわっと」
飛び込むように、ぎゅーっと抱き着いてくるネルを受け止める。
「んー、おにーさんの匂い! ふへへぇ、しあわせー!」
グリグリと頭を俺の胸に擦り付け、頬を緩ませまくりのネルの頭を撫でながら、俺は苦笑を溢す。
「おかえり。全く、凛々しい勇者様よ。挙動がイルーナ達よりも幼い感じだぞ」
「仕事の時間は過ぎたからね、今は勇者じゃないんだよ!」
「お、じゃあ、今は何だ?」
「勿論、おにーさんの、つ……妻!」
ちょっと照れながら、そう言うネル。
お前は本当に可愛いな。
ネルは、以前よりは多くウチに帰って来られるようになった。
が、外に仕事がある関係上、どうしても長く帰って来られない日もある。
それでいて、ウチにいられる時間も短いので、こうやって帰ってきた時はなるべく好きなようにさせている。
今回も、軍の遠征に付き合って遠出をしており、一週間くらい帰って来られていなかったので、いつもよりこんなに嬉しそうなのだろう。
ウチの面々の中でも、特にネルは甘え上手というか、自分に正直に、俺に甘えてくれる。
してほしいことをしっかりと言うし、比較的自分の欲求に素直なので、こっちとしてもやりやすくて助かるというものである。
「ネル! お帰りっすー、疲れてると思うっすから、すぐお茶淹れるっすね! レイラが」
「あ、そこはレイラなんだね。あと、ただいま!」
律儀に先にツッコミを入れてから、「ただいま」を言う辺りが、ネルだよな。
「そりゃあ、我が家で一番お茶淹れるのが上手いの、レイラっすから! だからウチは、お菓子を盛り付けて、それを運ぶ役目っす!」
「フフ、そっか、ありがと! じゃあ、僕も手伝うかな。おにーさんもお茶、飲むでしょ?」
「お前が手伝うくらいなら、俺がやるんだが」
「え? いいよいいよ、おにーさんは座ってて!」
そう言って、レフィやレイラからも「おかえり」と声を掛けられながら、キッチンの方へと去って行くネル。
……全く、家庭的な勇者なことだ。
お前の疲れを癒すためのお茶だろうにな。
◇ ◇ ◇
それから、すぐに用意が整い、テーブルに隣り合って座る。
気を利かせてくれたのか、他の妻軍団はこちらに来ず、それぞれ好きなことをしている。
幼女組は草原エリアに遊びに行ったまま、まだ帰って来ていない。
「そうそう、聞いて、おにーさん。僕の部隊の聖騎士の人がさー、奥さんを職場に紹介に来て、それで『この人の妻です。皆さん、いつも夫に良くしていただいて、ありがとうございます』ってニコニコしながら挨拶しててさ。ああいうの、憧れるよー」
「憧れるのか。お前が望むんなら、お前の職場のとこにも挨拶に行くぞ、俺」
「ダメダメ、それだと、立場が逆になっちゃうから。それにおにーさんのこと、ウチの部隊の人達、みんな知ってるしね」
まあ、確かにネルんところの聖騎士団には、アーリシア王国へ行く時は度々顔を出しているから、今更感はあるな。
「僕ね、一つ夢があるんだ。初めて会ったお隣さんに、『この人の妻です』って自己紹介すること!」
「おう、お隣さん限定なのか」
「ご近所さんなら、オッケーかな!」
「そうか。可愛い夢だとは思うが、残念ながらウチのご近所さん、山越えた先にしかおらんぞ」
しかも龍族だが。
ウチの本拠地が魔境の森にある以上、きっと今後百年経っても、お隣さんは現れないことだろう。
「よし、今度会いに行って、それやろう、おにーさん!」
「いや、いいけどよ。彼らも苦笑いで『どうぞよろしく』って言ってくるぞ」
「きっと、何だ急にって顔で見てくるだろうね、龍族の人達」
そうね。
龍族の彼らだが、魔境の森で年に数回くらいの頻度で見かけることがあるので、軽く手を振って挨拶はしている。
仮に森の深いところにいても、彼らは気配をすぐに察知して、こっちに気付いてくれるのだ。
飛んでいる龍によっては近くに降りてきてくれ、幾らか雑談を交わすくらいは、良い関係が築けていると思う。
魔境の森に住んでいる龍族達の、顔と名前なんかも、今では大体把握済みだ。俺がレフィの夫だからか知らんが、大体みんな温厚で、良くしてくれているのだ。
なんか良い……そうだな、良い酒とかを外で手に入れたら、彼らにおすそ分けに行こうか。樽で用意しよう、樽で。
今の俺なら、コネでそういうのも用意出来そうだ。
まあ、龍族は十年ぶりの再会とかでも『ちょっとぶり』って感覚みたいなので、彼らからすると俺達は結構な頻度で会うお隣さんだろうがな。
そんな冗談を交わし合った後も、あんなことがあった、こんなことがあった、というネルの話を聞き、俺の方も日々の出来事を彼女に話す。
と言っても、ウチの方はそんなに代わり映えのないような、平々凡々な日々なので、あんまり話すことがないんだがな。
最新のトピックスとしては……あ、いや、一個大きいのがあった。
「そういや、実はイルーナが『原初魔法』使えるようになったんだ」
「え、ホント!? すごいすごい、あんな難しいのを! お祝いしなきゃだね!」
魔法は、前々からレイラが中心となってちょっとずつ教えており、ただイルーナが「おにいちゃん達と同じまほー、使えるようになりたい!」と希望していたので、レフィが教えていたのだが、その努力がとうとう実を結んだのだ。
原初魔法は、身体が相当に魔力に適合している者でなければ、使用不可能というレイラの話だったが……イルーナには、『精霊魔法』の才能がある。
種族が精霊である、精霊王の爺ちゃんのお墨付きの才能であり、そして精霊は、純粋な魔力の塊とも言うべき存在。
なので、イルーナはその彼らに力を借りることで、原初魔法の発動に成功したのだ。
元々、精霊魔法も原初魔法も似たようなプロセスで行使する魔法なので、感覚的に似た部分があり、そのおかげで発動出来たと本人は言っていた。
まだまだ出来ることは少ないが、スキルとして定着したのも確認しているので、努力家のイルーナならばこれからどんどん伸びていくことだろう。
俺より才能のあるあの子の将来が、また楽しみになったな。
ちなみに、幼女組の魔法技術に関してなのだが、原初魔法が使えるようになったのはイルーナだけなものの、エンの方は本人が器用なこともあって、レイラが教えた魔法は大体覚えてしまった。
特に、火系統の魔法は得意だな。
昔、あの子に『紅焔』の魔術回路を刻み込んでスキルとして昇華させたのもあるのだろうし、最近は素の攻撃力が相当に上昇したことであんまり使っていないものの、以前覚えたジェットエンジン化で火の扱い方を学んだのも理由の一つだろうが、恐らく火魔法に関して言えば、俺とは比べものにならない程の練度になっている。
つっても、俺の『火』に関する技能は、ぶっちゃけゴミなので、精霊魔法を噛ませなければ使い物にならないんだがな。
実はレフィが原初魔法の中でも得意なのが、『火』の扱いらしいので、それで要点を教わっていたようだ。
シィの方は、回復系統の魔法が我が家においてレフィの次に上手いものの、『ヒーリングスライム』という回復に寄った種族であるせいか、それ以外の魔法があんまり上手く使えないようだ。
まあ、回復魔法に関して言えば、どうも骨折とかまでならば即座に回復可能なまでに至っているようだし、そのレベルとなると、ネルに聞いた限りでは準一線級として活躍出来る程だという話なので、現時点で大したものだと言えるだろう。
レイス娘達は、もっと極端だ。
それぞれ、長女レイは『念力』、次女ルイは『幻影魔法』、三女ローは『精神魔法』が得意な訳だが、未だにそれ以外の魔法は全く使えず、だが各々の得意分野に関しては、もう物凄い練度になって来ている。
レイは、三十個くらいの物ならば同時に操ることが出来るし、ルイが生み出す幻影は、もはや近くからまじまじと見ても見破ることが出来ないくらい精巧なものになっているし、ローは魔境の森の南エリアの魔物に対して、精神魔法で操って味方にすることが出来る程になっている。
……他二つはともかく、ローの精神魔法だけは、扱い方を重々気を付けるように言っておかないとな。凶悪度が群を抜いてるし。
これが、ほとんどいたずらを続けることで磨き上げた技術だというのだから、恐れ入る。
流石にもう慣れ切っている我が家の面々を、ビックリさせたり、惑わせたり、ほっこりさせるために魔法を使い続けていたら、いつの間にかそれだけの練度になっていたようだ。
ウチの子らの才能の豊かさが、ホント誇らしいね。
「イルーナが使えるようになった日に、結構しっかり祝ったぞ。あの子の好きな料理を並べてな」
「ん、そっか、それならあの子も、すごい喜んだだろうねぇ。……僕も、一緒に祝いたかったなぁ」
お茶を飲みながら言った後半の言葉は、多分俺に聞かせるつもりはなかったのだろう。
ただ、種族進化した関係で俺の聴力はバッチリ強化されており、しっかりと聞こえてしまい……。
「……よし、せっかくネルが帰って来たんだし、もう一回祝うか! それはもう、盛大にな!」
「えっ、でも」
「元々、お前がいないからちょっと残念って話は、俺達でもしてたんだ。仕事だから仕方ないってな。が、こうやって帰って来たんなら、改めてやらないと、だ! 一緒に、イルーナの好物を作るぞ!」
そう言うと、ネルは嬉しそうな表情を浮かべ、頷く。
「わかった、よーし、張り切って作っちゃうよ! おにーさん、手伝って!」
「よっしゃあ、任せろ。じゃあ、今日の晩飯は、お前と俺で作るか!」
時間も良い感じになって来ていてたので、俺とネルは並んでキッチンに向かい、今日の晩飯の用意を始める。
ウチの連中にも、今日は俺らで作ると伝えたので、手伝いには来ていない。
「イルーナの好物は……とりあえずスープはコーンスープが好きだったはずだから、それにして、あとはお肉は外せないね。焼き肉は作るとして、うーん……」
エプロンを巻き、腕まくりをし、献立を悩みながら手際良く準備を始めるネル。
そんな勇者の姿を見ていると、彼女は不思議そうに俺を見上げてくる。
「……? どうしたの?」
「お前のエプロン姿、よく似合ってるなって思って。若奥様って感じがしてさ」
「そう? えへへ、ありがと」
ネルは照れたように笑い、それから一歩俺の方に寄ると、背伸びをして、俺の頬に軽く口づけをする。
それから、俺とネルは、近距離で顔を見合わせる。
「フフ、顔が赤いよ、おにーさん?」
「……お互い様だ。ほら、早く作るぞ」
「そうしよっか!」