軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

覇王の力《1》

「五番隊一歩下がれ、七番隊、前へ! 周囲を見ろ、焦らず、熱くなるな! 淡々と『処理』を続けろ!」

獣王ヴァルドロイの指示に従い、展開していた部隊が忙しなく動き回る。

怒号と、血飛沫と、魔物の悲鳴。

戦闘の熱気と、多数が入り乱れる喧騒。

あの後、早期に防衛線を築くことに成功し、里への魔物の侵入は防ぐことが出来た。

今のところ、怪我人は数人、戦闘不能者はゼロと、順調に見えるが――実際は、相当ギリギリな状況であった。

数が、多いのだ。

とにもかくにも魔物の数が多く、そのせいで薄く広く部隊を展開せざるを得なくなっており、防衛線の厚みがほぼ無くなってしまっている。

ここまででもすでに、幾度か戦線を突破されかけているのだが、その度に獣王自身が兵を率いて火消しを行っているくらいである。

さらなる想定外が一つでも起これば、戦線全体が崩壊してしまいそうな、危険な状態であった。

――元々、獣人族達は、常備兵をそんなに持たない。

それは、彼らの生活形態に理由がある。

ドワーフ族などは完全な単一種族であるが、獣人族はそうではなく、魔族のように幾つもの種に分かれている。

ヒトの外見が基本となっているのは変わらないものの、そこに獣の因子が混ざっているため、それぞれで快適な生活環境が微妙に異なっている。

つまり、ひとところで暮らしておらず、それぞれが過ごしやすいよう、点々と散らばって里を形成しているのだ。

獣王ヴァルドロイの住む里が、彼らの中で最も大きい都市であり、首都と言える役割を果たしているのは間違いないが、他の首都と比べれば人口が相当に少ないのである。

いざとなれば、周辺の里から戦士を集め、他国と一戦交えるだけの戦力を動員することは可能であるが、平時である今、次から次へと現れる魔物達に対処するには、数が足りなかったのだ。

すでに里の戦力だけでは無理だと判断し、距離的に最も近いドワーフの里へ救援要請は出したが……それまで、耐えられかどうか。

それに――気になる点が、一つある。

魔物達から感じられる、 怯え(・・) 。

――何かから、逃げている?

この興奮具合。やはり、どう考えても地震だけの影響ではない。

現在のギリギリの状況でも、何とかなっている大きな要因に、魔物達が逃げることを念頭に置いており、積極的に攻撃を仕掛けてこないという点があるのだ。

放っておくと里内にまで突入されるので、無視することは出来ないが、おかげで部隊の損耗を極端に抑えることが出来ているのだろう。

だが……これだけの数の魔物が、逃げ出す対象。

何が出て来ても、最悪だ。

――判断を誤ったかもしれない。

部下の手前、口には出さないが、内心でそう悔いる獣王。

何かあるかもしれないとは思っていたが、まだ事態を甘く見積もっていた。

どこかで、どうせ地震の影響だからと、侮ってしまっていたのだろう。

そして――彼らへの試練は、まだ続く。

『シュウウウウウウゥゥゥ……』

そんな唸り声と共に、ズシンズシンと森を割って現れたのは、四足歩行型の巨大な魔物。

亜龍『サラマンデル』。

災害級に分類される、ヒト種とは隔絶された力を持つ強者。

その存在を前に、部下達のみならず、周辺の魔物達もまた動揺する様子が窺える。

あの魔物のことは知っている。

魔力を主食とするため物質的な食事を必要とせず、故に他の生物も襲わない穏やかな気性の亜龍である。

己のテリトリーと定めた地域からはほぼ出て来ず、記録的には、四百年程前からドワーフの里近く、火山地帯の一角に住み着いており、一部から『守り神』として信奉されている存在だ。

その魔物が、今こうしてテリトリーを離れ、こんなところまでやって来ている。

それも、酷く興奮し、怯えた様子を見せて。

――コイツも、逃げ出して来たのか。

「チッ……一番隊、付いて来い! あの魔物の相手は我々がせねばならん! 九番隊、一番隊の穴を埋めろ! 二番隊、三番隊、一人ずつ出して九番隊の補佐をしてやれ!」

目まぐるしく変化する状況に対応するべく、そう怒鳴るように指示を飛ばすヴァルドロイ。

一番隊は、獣人族の中で精鋭を集めて結成されている隊である。

最もヴァルドロイが信頼し、最もヴァルドロイ を(・) 信頼する部隊。

その一番隊の中で、彼らを束ねる隊長が、ヴァルドロイへと若干狼狽えた様子で問い掛ける。

「ヴァ、ヴァルドロイ様。ですがあの魔物は、守り神の……」

「……わかっている。だが、こうなってしまっては、仕方がない。やらねば、ならんのだ。貧乏くじを引かせて悪いが……死地に付き合ってもらうぞ」

「……ハッ! 元より我らの命、獣王様に捧げております故」

「クックッ、いらんいらん、むさ苦しい男の命など。美女が相手なら話は別だが」

「おっと、死を覚悟した部下に酷い言い草だ。思わず奥方とお嬢様に告げ口してしまいそうだ」

「いやいや、これは一般論だろう。男に好かれるよりは、女に好かれたいものだ」

「残念ですが、諦めてください。残念ながら獣王様は、女性よりも男性に好かれていますので。ですので、奥方を大事になさると良いでしょう」

「何だお前、もしや家内からの回し者か?」

「えぇ、実は私、獣王様の公務を監視するよう言付かっておりまして。奥方には逐一報告をさせていただいております」

「何てことだ、俺に安寧の時間はないのか」

ここが死地であると覚悟を決め、一番隊隊長とわざと冗談を言い合い、鼓舞し合う。

彼らは肩を並べ、武器を構え、襲い来る暴威へと立ち向かい――が、その覚悟は、無駄に終わった。

「頼むぜ、精霊達! 獣人達を助けて、魔物どもの排除を! エン、魔力刃だ!」

まず現れたのは、ヒト型の、火。

どことなく女性を思わせる姿形をしたそれは、戦場全体に出現し、次々と魔物達を排除していく。

次に降ってきたのが、斬撃。

それは、森を抉り、地面を抉り、周辺の魔物達を斬り裂き、消滅する。

そして最後に――ソレが現れる。

一瞬、ソレが何なのか、わからなかった。

力。

力の塊。

災害級という、そこらの都市であれば壊滅させられるであろう魔物が、霞んで見える程の存在感。

圧倒され、指揮官でありながら思わず思考が空白となり……数瞬したところで、ようやくソレが何なのか理解する。

「魔王ユキ……」

「獣王、久しぶりだ! 悪いんだが、俺が出した精霊、えっと、女性型で燃えてるヤツは攻撃しないどいてくれ! 魔物どもを倒し終わったら勝手に消えるから、よッ!」

その言葉尻と共に、ブン、と肩に担いでいた巨大な剣を振るう魔王ユキ。

同時、ブシュウ、と血が爆ぜ、サラマンデルの身体に特大の斬り傷が生み出される。

悲鳴。

「お? 何だ、お前。エラく硬いな。……あぁ、亜龍か。お前なら、魔境の森でも生きていけそうだな」

そのまま、何でもないような動作でトドメを刺そうとする魔王ユキを、ヴァルドロイは慌てて止める。

「ま、待て、魔王! その魔物は、守り神なのだ。普段は温厚で、ヒト種に害を為さないため、出来れば殺さないでやってほしい」

自分達も先程まで排除する気でいながら、調子の良いことを言っているとは思ったが……彼ならば何とかしてくれるのではないかという思いから、そう頼み込む。

「ん? そうなのか。だってよ。落ち着け、亜龍」

『シュウウウウウウッ――』

「聞こえなかったのか? ――俺は、落ち着けって、言ったんだ」

すると、サラマンデルはビクッと身体を反応させ、後退りし――ゆっくりと、その場に座り込んだ。

屈服したのだ、亜龍とも呼ばれる存在が。

「ん、よし、偉いぞ。ちょうどいいからお前、俺を手伝え。ここの魔物どもを散らすんだ。ほら、傷は治してやるから。あ、獣人族には怪我させるなよ」

『シュウウウウウウウ』

魔王ユキがどこからともなく取り出した小瓶を振りかけると同時、サラマンデルに刻まれた傷が消えていく。

今のは……エリクサー、だろうか。

そうして回復したところで、彼の指示を熟すべくサラマンデルはドシドシと駆けていき、魔物を蹴散らし始める。

「じゃあ、獣王、俺も魔物排除してくるから! 怪我人がいるなら、これで治してやってくれ!」

彼はさらに十数本の小瓶を取り出し、こちらに押し付けると、そのまま返事も聞かず再度飛び立って行った。

――魔王ユキの出現から、わずか三十分後。

異変は、解決したのだった。