軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

死者は沈黙し、されど生者は死者の声を聞く《5》

――数時間前。

「……レフィ……グゥゥゥ……」

要人移送用に使用される、豪奢な馬車の御者をしていたその男女は、後ろから聞こえる唸り声に、若干の恐怖を感じながら会話を交わす。

「……見ろ。完全に意思を奪ったはずなのに、唸ってやがる」

「……戦災級の魔物ですら行動不能にする薬を飲ませた上で、隷属の首輪で自意識も奪っているはずよね。今の内に薬をもっと飲ませておくべきかしら」

「同意したいところではあるが、朝になったらコイツには働いてもらうんだ。その時もまだ薬のせいで動けなかったら、計画が破綻するぞ」

「わかってるわよ。でも、このままだと普通に暴れそうよ」

後ろに乗せている、青年。

両手を拘束され、首輪を付けられている青年は、何かに抵抗するかのように首を乱雑に振り回し、男女の方から決して視線を逸らさず、ずっと御者台を注視し続けている。

隷属の首輪は、対象の意思を奪った後、装着させた者への絶対服従をさせるものであり、青年へは「動くな」という命令が下されているはずだが……こうして現在も激しい抵抗が見られていた。

青年が人間ではないことを重々理解し、それでも完全に行動を支配出来るよう立てられた計画であったにもかかわらず、結果がこれであった。

「……そうだな。わかった、もう一瓶追加で痺れ薬を飲ませてくれ」

「了解よ」

一旦薬を飲ませた後も馬車は進み続け、やがて目的地であった地下下水道の入り口の一つに辿り着く。

そこで待っていたのは、六人の男達。

「時間通りだな。魔族は?」

「あぁ、中だ。……随分厳重だな、見張りに六人か?」

その言葉に、待ち合わせで待っていた男の一人が険しい顔で答える。

「この男はただの魔族じゃない。アーリシア王国の動乱に必ず顔を出し、そしてその武力を以て全てを解決してきた男だ。私は元々軍籍だった故、その記録は嫌という程知っている。ハッキリ言うが、何かあった場合、六人でも足りん。いや、一個軍団があっても足りんな」

「……ま、でも、ついさっき追加で薬を飲ませたところよ。しばらくは指先を動かすのですら難しいでしょうね」

「……だといいがな」

魔族の青年を引き渡した男女は、馬車を近くに隠してすみやかに帰還し、そして六人は青年を地下下水道の奥へと連れて行く。

用意されていた牢の中に、立つのもままならない様子の青年を押し込んだ後、それぞれが見張りのための持ち場につく。

二人が、地下下水道内部の隠し通路の出入り口に。

四人が、牢近くの見張り部屋に。

「……あの男、唇震わせながら、女の名前呟いてたな」

「ハン、罪悪感でも湧いたか? 奴らは敵だ。そうやって互いに殺し合ってきたんだ。何年も、何十年も、何百年も。 俺達も(・・・) 」

牢近くの見張り部屋にて、そう言葉を交わす二人に、残りの二人も参加する。

「気持ちは、理解する。私達のすることは、決して善ではない。きっと、歴史的に見ても愚者の扱いをされるだろう。それでも、身体が動いてしまったから、こうして集ったのだろう? ……まあ、それを抜きにしても、あの男はこの国で暴れ過ぎた」

「あぁ。どちらにしろ、奴の影響力をこの国から排除するのは急務だろうな。あまりにも、寄りかかり過ぎている面がある――」

――ガシャリ、と牢の方から、何かの音が聞こえた。

会話を打ち切り、一斉に武器へと手を伸ばす四人。

「……おい、見に行く――」

その言葉を、最後まで言うことは出来なかった。

瞬きをする間に、飛び込んできたソレにより、一番手前にいた一人が貫き手による胸部貫通で即死する。

ソレの正体は、牢に押し込んだはずの、青年。

彼の姿を認識すると同時、もう一人が機敏な動作で腰の剣に手を伸ばすが、間に合わない。

一歩で懐へ入り込んだ青年がハイキックを放ち、ザクロの如く頭部を粉砕され、死亡する。

見張りの任に就いた者達は皆、すでに退役しているものの、元々鍛えられた精鋭軍人である。

だが、やはり人間でしかなく、さらには理性を欠いているせいで威力がコントロールされていない青年の攻撃には、耐えられなかった。

「ッ、化け物が……ッ!!」

「冷静になれ、焦ったら死ぬぞッ!!」

残った二人の内、片方が前に出てラウンドシールドを構え、攻撃を受ける態勢に入り、もう片方がその後ろへ入り、迎撃のための剣を構える。

軍にて学んだ、ツーマンセルの隊形。

その動きの素早さは精鋭として相応しいものだったが――青年には、関係がなかった。

「ガアアアアァァッ!!」

獣のような咆哮と同時、放たれる正拳突き。

それは、鉄製のラウンドシールドを簡単に貫通し、そのまま男の腹部までをも貫通する。

さらに青年は、その状態のまま腕を振り回し、背後で迎撃の構えを取っていた最後の一人へと攻撃する。

「クッ――」

残った一人は、ギリギリで突きを回避することに成功するが、狭い部屋のせいでロクに距離を取ることが出来ず、壁に背中が当たる。

次の瞬間、男の視界を五指と手のひらが埋め、ガシリと頭部を掴まれ――。

* * *

足跡、下水に混じり微かに感じる人間の体臭、そして脳裏に朧げに残っている道を辿っていき、やがて地下下水道から外に出た俺は、付近に停めてあった馬車が呼び水となり、完全に記憶を思い出す。

「……そうだ、俺はこれで移送されて、王都アルシルまで連れて来られたんだったな」

意識を奪われた状態であっても、本能が危機を感じ取り、全力で肉体が抵抗していたようだ。

いや、こうして記憶が残っていた以上、完全に自意識がなかった訳ではなく、その奥底では状況を判断出来ていたのだろう。

だからこそ牢を壊すことが出来たし、最も脅威である見張りの排除まで行えたのだと思われる。

そうして抗っている内に、首に付けられていた隷属の首輪が許す『支配』のキャパシティを俺の魔王の肉体が超え、首輪が壊れて我に返ったのだろう。

この身体は、結構頑張ってくれたようだ。

よく思うことだが、俺、本当に魔王に生まれて良かったわ。

「……んで、どこだろうな、ここは」

辺りを見渡す。

ここが王都アルシルであるということは、地下下水道から外に出た際わかったが、俺が訪れたことのない区画であるようで、マップが切れ切れにしか映っていない。

必死に、隷属下にあった時の記憶を辿る。

確か……街の中に入った後、馬車は一度どこかの屋敷に止まった。

そこで、馬車を乗り換えさせられたのを覚えている。

長距離移動用のものから、この貴族用の、装飾過多な馬車に変えたのだ。

思い出せ。

移動時間は短かったので、その屋敷とこの地下下水道は、そんなに離れていない。

そして、わざわざ貴族用のものに馬車を変えたのには、理由があると思われる。

例えば…… 貴族街(・・・) を通って来たから、などだ。

「…………」

少し考えてから、『隠密』スキルを発動し、背中に翼を出現させて飛び上がる。

今回ネル達が関わっていないことはすでにわかっており、そしてこのまま城の方に行けば、無事に帰れるのだろうが……俺は、その選択肢を選ばなかった。

周辺を回り、辺りを見渡し――あった。

この区画と隣接している、貴族街であると思われる区画。

その中にある一軒の屋敷に、確証はないが見覚えがある。

狭くはないが、周囲の屋敷と比べると一回りこぢんまりしており、派手さもない屋敷。

あそこで俺は一度降ろされ、そして馬車を乗り換えたはずだ。

捉えた屋敷の周りを飛び、イービルアイも放ち、一旦周辺確認を行う。

――当たりだな。

数人の見張り。

その表情や仕草から、かなり張り詰めている様子が窺える。

敵は、俺を捕らえたところから何かの作戦を進行させているようなので、気を張っているのだろうか。

中にも結構いるようだが……ただ、全体的に大した強さのヤツがいない。

全員、本当に人間の一般人相当のステータスをしており、俺を監視していた軍人達のステータスと比べても、三分の二程しかない。

ここにいるのは、民間人だけか?

「……ま、関係ないか」

降下し、外にいた見張り二名を素早く気絶させた後、内部へと侵入する。

全く……この街で俺は、忍んでばかりだな。

何回こうして、人ん家に無断で這入り込んだことか。

何が悲しくて、押し入り強盗の真似事をしなきゃならんのか。

内部の見張り達も気を抜いておらず、戦闘中のような雰囲気を醸しているが、残念ながら一般人だ。

特に苦労することもなく無力化していきながら、屋敷の探索を続けていき――やがて俺は、その部屋に辿り着く。

ギィ、と開いた部屋は、寝室だったらしく、置かれていたのは衣装タンスとベッドのみ。

「……計画は、失敗しましたか」

静かな声。

そこにいたのは、一人の老婆。

ごく普通の、どこにでもいそうな老婆がベッドから上半身だけを起こし、俺を見据えていた。