作品タイトル不明
死者は沈黙し、されど生者は死者の声を聞く《2》
――王都、アルシルにて。
その一報を聞き、ネルはサアっと思考が真っ白になった。
「こうして、リル殿のおかげで我々は逃げることが出来ましたが……ユキ殿は、そのまま敵地に」
魔界王の部下である、魔族達の部隊長の言葉が脳に染み渡り、手足の感覚が指先から無くなっていく。
ガツンと殴られたかのように、クラクラする。
血の気が引いていく。
――彼女にもたらされたのは、三日前に一度別れた旦那が、敵の手に落ちたと思われる、という報告だった。
旦那と、そして彼の仲間として共に行動していた魔族部隊の者達は、三日前に「人間至上主義者」が多くいると思われる地域へ出発した。
本来ならば自身もそれに参加することになっていたのだが、緊急の別件で少しだけ用事が入ってしまったため、遅れて合流するという話になっていたのだ。
事が起こったのは、二日目の夜。
こちらが紹介していた宿の、その夕食に、毒が仕込まれていたのだそうだ。
身体の自由が全く利かなくなったところで、黒づくめの賊数人がその場に侵入。
唯一、まだ動けていた自身の旦那が迎撃に当たり、宿の外で待機していたリルに「リルッ、魔族達を逃がせッ!!」と命令し、彼らを逃がしたのだそうだ。
「……動けるリル君に、殲滅を命じなかったのは……」
「人間と魔族の関係がさらに悪化することを、危ぶんだのだと思われます。ここで人間を殺してしまうと、『魔族が操る魔物に、人間が多数殺された』という風聞が、知れ渡りますから……」
その言葉を、ネルは否定出来ない。
人間なら、やる。確実に。
他種族よりも弱い人間は、『弱者の知恵』を武器にするのだ。
そうして彼らはリルに咥えられて背に乗せられ、最後に自身の旦那が、何か首輪のようなものを付けられたところで、見えなくなったという。
「クゥ……」
珍しく非常に落ち込んだ様子で、「申し訳ありません……」と頭を下げるリルを、ネルはギュッと抱きしめる。
旦那は、いつもこうだ。
彼は、口では「俺は自己中だからな」とか「身内以外の命はどうでもいい」とか何とか言うくせに、こうして実際に危険が訪れると、たとえ関係の薄い相手であっても守ろうと動くのだ。
そういう面が好きでもあるが、しかしやはりそれ以上に心配なのだ。
「……フゥ」
――落ち着くんだ、僕。
ここで焦ってはいけない。
まず、仕込まれた毒は致死性のあるものではなく、身体の動きを奪うためのものだった。
ならば敵は、魔族を殺すのが目的ではなく、捕らえて何かしらの作戦に使用するのが目的であったと思われる。
だから、恐らく自身の旦那はまだ生きているだろう。
そして、第一報がこの魔族達だったことから、彼はまだ囚われた状況にあると見ていい。
すでに自由になっているのならば、何かしらの手段を用いて、彼自身が連絡してきているはずだからだ。
ならば、助けに行かなければならないが――敵は用意周到であり、魔王である彼ですら無力化出来る程の手段を持っている。
情報網に関してもしっかりとしたものを持っていると考えるべきであり、となると勇者である自身が彼と深い関係にあることも知られていると見るべきで、こちらが救出に動くことは敵もすでに想定しているはずだ。
その想定を覆すためには、 応援(・・) を呼ぶべきだ。
幸い自身には、頼りになる家族がいるのだから。
「……わかりました。とにかく、皆さんが無事に逃げて来られたことに安堵するばかりです。そして、謝罪を。皆さんを危険に晒してしまったのは、我々の落ち度です」
こちらが手配した宿で、そんなことになったのだ。
下手すれば国際問題であり、後程彼らの王に対しても正式に謝罪をしなければならない程の失態だろう。
「いえ、敵地であると理解していながら、油断していた我々自身のミスです。本当に、ただ我々自身が不甲斐なかったというだけの話。こちらこそ、勇者殿のお身内を危険に晒してしまい、申し訳ありません。――救出に動く際には、我らの力もお使いください」
「……助かります。動く際には、お力を貸していただくことになると思います。ですから、今はお休みください」
そうして彼らから状況の説明をしてもらった後、ネルは、常に身に付けている収納の魔法が掛けられたポーチを開く。
中から取り出したのは、『通信玉・改』。
すぐに魔力を込め、起動し――数十秒待ったところで、対となる通信玉・改から、声が送られてくる。
『こちらはレフィじゃ。そっちは、ユキか? ネルか?』
「レフィ、僕だよ。お願い、助けて」
* * *
一瞬、空間が歪んだ。
ミシリと、異空間であるダンジョン内の壁が鳴り、テーブルに置かれていたマグカップに亀裂が入る。
そんな、空間が震える程の圧力を放つのは、ネルからの通信を受けていた――レフィ。
彼女の様子に、リューは慌てて駆け寄り、心配そうにその肩へ手を置く。
「れ、レフィ? どうしたっすか? 何かあったっすか?」
「お、おねえちゃん、大丈夫? どこか痛いの?」
「それはよくないネ! なら、シィがいたいのいたいのー、とんでけー! ってしてあげる!」
「……ん。シィのとんでけー、はよく効く」
同じように彼女に駆け寄る、居間で遊んでいた幼女達。
「……大丈夫じゃ。すまぬ、少し驚かしてしもうたな」
彼女らの様子に、頭が冷えたレフィは、グッと膨れ上がった怒りを抑え、心配ないと笑ってみせる。
この者達は、世界最強である龍族ですら恐れるであろう、覇龍の怒りを感じ取っても、ただ「どうしたのだろう」と心配の顔で受け止めるのだ。
肝が太いと言えるのか、どうなのか。
「何かすごい気配がしましたがー……どうかしましたかー?」
最後にキッチンの方からレイラが現れたところで、レフィは皆に伝える。
「なに、どうやらあの阿呆が、やらかしたらしくての。しょうがないから、儂が後片付けを手伝ってくる。――っと、エン。すまぬが、付いて来てくれぬか? やはり、お主が武器として付いていてやらんと、あの阿呆は駄目みたいじゃ」
「……わかった。主、助ける」
「おにいちゃん、大変なの……?」
「ちと失敗したようじゃな。ま、安心せい、向こうにいるネルとリルとも協力して、助けてくるからの。リュー、レイラ、しばしこちらは任せたぞ。何かあったら連絡を」
二人は、彼女の様子から彼の身に良くないことが起こったことを察するが、深くは聞かなかった。
レフィが、助けてくると言った。
ならば、信じるのだ。
「……はい、わかったっす!」
「こちらは、お任せをー」
そしてレフィとエンは、すぐに外出の準備を始める。