軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勇者の仕事

「……チッ」

ネルが所属する国である、アーリシア王国。

その国王、レイド=グローリオ=アーリシアは、報告書に目を通しながら、思わず舌打ちしていた。

――彼の元にもたらされたのは、『人間至上主義』を掲げる馬鹿どもの動きが想像以上に素早く、その思想が広範囲に浸透し始めているという情報。

他種族の中でまず最初にこういうことが起こるのは、我々人間であろうと思っていたが……まさか、こんなにも早いとは。

予め、こういう問題が出ることは考えられていたために幾つか手を打っていたのだが、想定外だったのは意外とその思想に感化される者の数が多かったことだ。

報告書を見る限り、どうやらそれは、他種族との関わりが 無い(・・) 者の方に多いようだ。

実際に交流のある者達は上手くやっているようだが、そうでない者達は恐らく、他種族に対する勝手なイメージが先行してしまい、国を乗っ取られるのではないかと恐怖を覚えているのだろう。

人間は、命の時間が他種族に比べ短く、弱い。

故に、長く生きる上に強い他種族は恐怖の対象なのである。

今回、 裏にいると(・・・・・) 思われる者達(・・・・・・) はそのことをよくわかっており、そっと不安を煽るだけで多大な効果を挙げられてしまっている。

そう、裏だ。

この流れが自然に発生したものではないことは、すでに調査でわかっている。

全く、この忙しい時に面倒なことをしてくれたものだ。

この思想は、今後必ず国に災禍を招くため、根絶させねばならない。

余計なことしかしない敵に、苛立ちを覚えながらそう決意を固めていると、コンコンと執務室の扉が叩かれる。

「入れ」

「失礼致します。――陛下、勇者殿がお会いしたいといらっしゃっております。現在は応接間でお待ちいただいておりますが、いかがいたしますか?」

「む、彼女が? わかった、すぐにそちらに行こう」

フゥ、と息を一つ吐き出して気分を切り替え、勇者の少女が待っているという応接間に向かい、中へと入る。

すでに待ってくれていた少女は、こちらを見るやソファを立ち上がり、その場で跪く。

「陛下、わざわざお時間を取っていただき、ありがとうございます」

「良い、良い。そう畏まらないでくれ。ネル君は私の数少ない気を許せる友人だ。公の場ならばともかく、こういう私的な場では普通にしてくれて構わん」

「フフ、ありがとうございます。失礼な物言いになるかもしれませんが、僕も陛下のことは、大事な友人だと思っていますよ」

立ち上がったネルは、他人行儀な「私」という一人称は使わず、ニコリと笑ってそう答える。

「失礼なんて、とんでもない。それくらいで不敬だなんて言っていたら、私は独りぼっちになってしまうよ。――さ、君も掛けてくれ」

そうして二人ともソファに座り、顔を見合わせたところで、レイドは話を切り出す。

「それで、今日はどうしたのだ?」

「はい、僕の旦那さんから連絡があったので、陛下にお話しを通しておこうと思いまして」

「む、ユキ殿からか?」

彼がこちらに来る時は、何かしら大事になることが多い。

いや、勿論彼のせいではないし、いつも問題を解決してもらって感謝の念しかないのだが、故に何かあったのだろうかと内心で少々身構えたところで、勇者の少女は話し始める。

「はい、どうも魔界王陛下と何かしらの取引をしたらしく、例の人間至上主義者の対策部隊の、魔族代表として協力することになったそうです。なので、明後日この国に来ると連絡がありました」

「おぉ、それは助かるな。彼の力は本当に頼りになる」

――そうか、彼の耳にもその話が入ったか。

仕事を頼んだ関係上、目の前にいる少女から魔界へと旅行へ行く話は聞いていたが、恐らくその時に彼もまた魔界王と会ったのだろう。

あの青年が、戦闘能力は勿論、調査能力においても秀でたものがあることはよく知っている。

特に、目の前の少女が絡むこととなると、目の色を変えて全力を尽くすのだ。

この国を脅かすものは、すなわち勇者の少女を脅かすことに繋がるため、何かあればこうして力になってくれるのである。

――ジェイマの判断は、正しかったという訳か。

以前、騒ぎを起こした元軍務大臣ジェイマ。

あれだけのことを起こしておきながら、未だ優雅に余生を送っているあの老人は、彼の性質を完璧に見抜いていたようだ。

認めたくはないが、流石長く国を守っていただけあると言わざるを得ない。

「それでは、歓待と情報共有の準備をしておかねばならんな。その役目、ネル君に任せてもいいだろうか?」

「はい、お任せください! カロッタさんからも、こちらの仕事に集中するように言われていますから」

自身の旦那と会えるとあって嬉しいらしく、ニコニコと花のような笑顔を浮かべてそう答える勇者の少女。

仲が良いことは知っているが……本当に仲良くやっているようだ。

その幸せそうな表情を見て、微笑ましい思いをしながらレイドは、別の話を切り出す。

「そうだ、ネル君。いい機会だから、私の方からも話がある。実は、カロッタ殿と話し合って決めたことがあるのだ」

「? はい、何でしょう」

「君の、勇者の仕事のことだ。今後のことについて、相談がしたい」

「! 僕の、ですか」

緊張した面持ちになる彼女に、レイドは言葉を続ける。

「我々の一番の敵であった魔族は、もう敵ではない。他の種族も同様だ。力を持っているエルフ、ドワーフ、獣人族との交流は着々と進んでいる。今はまだ混乱もあるが……十年だ。十年掛けてこの協力関係を不変で普遍のものにすると王達と話し合って決めた。そこまで行けば、軍は多少なりとも縮小することが出来るだろう」

「ま、魔物の対処は……」

「うむ、それだけは変わらず続けねばならんな。ただ、軍事に関する強固な協定を結ぶことが出来れば、たとえ強大な魔物が現れようと相互に助け合うことが出来るのだ」

それは、夢の形。

今まで訪れたことのない、新たな時代の始まり。

「無論、まだまだ夢物語だ。種族が違うということの問題は大きく、法に関しても新たに整備せねばならん。だが――我々は今、その一歩を踏み出すことが出来ている」

強い光を瞳に湛え、こちらを見る少女。

思うのは、未来だろうか。

「それでな、君も乗ったと聞いたが、飛行船があるだろう?」

「はい、とても良い乗り物でした」

「うむ、今後我が国でも大々的に輸入し、国内で運用していこうと考えている。そうすれば、君が王都へと来るのも以前より楽になるだろうし、魔境のダンジョンへと向かう時間も多く確保出来るようになると思うのだ」

あの発明は画期的だった。

今までは馬車で数日掛かった移動が、これからは一日で済むのである。

今後、世界の距離は確実に縮まり、それは他種族間における交流の一助となるだろう。

魔王ユキの住む魔境の森は、辺境の街アルフィーロの向こう側に広がっている。

この少女も、いつもそこから王都へとやって来ているようなので、早い内に航路を確立することが出来れば、今以上に楽に行き来することが可能となるだろう。

「加えて、この人間至上主義者の件が片付いたら、ネル君の仕事を減らし、対魔物に限ったものへとシフトさせていこうと考えている。今日のように、彼とのパイプ役も担ってほしいしな」

そうなれば、この少女の負担も減り、家へと帰ることの出来る時間も増えるはずだ。

この国の力だけではどうしようもなくなった際に、魔王ユキへと助けを求めることも出来るだろう。

「完全に勇者の職を解任することは、申し訳ないがまだ先になってしまうが……だから、一旦そこまでは頑張ってほしい。どうかな?」

「……わかりました。お心遣い、本当にありがとうございます。僕が勇者としてこの国に出来ること、これからも精一杯やらせていただきます」

そう言って彼女は、深々と頭を下げた。

* * *

「んじゃ、行ってくるなー。帰りがいつになるのかはわからんが、二週間経ったら一度こっちに戻ってくるよ。何かあったら、いつもの『通信玉・改』で連絡してくれ」

「うむ、わかった。しかと仕事をして、ネルの助けをしてくるが良い。リルも連れて行くという話じゃから、ここの守りは任せよ」

「助かる、頼むよ。ただ、無理はしないでくれていいからな。――お前らも、いっぱい遊んで、いっぱい食べて、いっぱい寝て、良い子にしてるんだぞ?」

「「はーい!」」

「……はーい」

元気良く返事をする幼女組の頭をそれぞれ撫でてやり、リューとレイラにも一声掛けた後、俺は真・玉座の間を出て魔境の森へと出る。

すぐに待っていたのは、リルとペット達。

「お前ら、俺らがいない間のダンジョンの守りは、いつも通りに任せたぜ。何かあったらレフィに頼れ。――リル、行くぞ」

「クゥ」

こちらに頭を下げるペット達に見送られ、俺とリルはアーリシア王国へ向けて出発した。