軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔帝《3》

――それは、衝撃的な光景だった。

「オラァッ!!」

その男が振り下ろす、紅色の非常に刀身の長い、見慣れぬ反りのある剣。

どれだけの威力があるのか、その一撃でローガルド帝国軍を散々悩ませていたワイバーン亜種の片腕が吹き飛び、苦痛の悲鳴が辺りに響き渡る。

そして、表情に怒りを滲ませ、奴は何か魔法を放とうとするが――。

「グルルゥッ!!」

あの男の配下であるらしい巨大な狼が、気付いた時にはその懐に飛び込んでおり、翼の一部を食い千切る。

再度一帯に響き渡る、悲鳴。

一方的な蹂躙。

それも、ワイバーン亜種が、一人と一匹によって蹂躙されているのである。

眼前で繰り広げられる理解の範疇を超えたその戦いを、彼――ローガルド帝国宰相は、ただ呆然と眺めていた。

あのワイバーン亜種は、一年程前に帝都から程近い位置にあるこの山に住み着いた個体である。

そのせいで、近くを通っていた街道が使えなくなり、経済面のダメージがそれなりに出ており、生態系の変化による魔物の被害もまた多く発生していた。

単純に、奴自身による人的被害も、生息地が山中であったためそこまで多くはなかったが、幾つかの報告が届いていたのは覚えている。

無論被害が出るのを座して待つだけではなく、何度か討伐のための軍は派遣したものの、相当頭が良いらしく、逃げられて失敗に終わったり、奇襲を仕掛けられて部隊が壊滅したりを繰り返し、結局「今は時期が悪い。山から出て来ぬのなら、放っておけ」という皇帝シェンドラの指示で、放置されていた。

その、ワイバーン亜種が、手玉に取られ何も出来ずに圧倒されているのだ。

アレが、我々を負かしたのか。

アレが、賢く強かだった皇帝シェンドラを打ち破ったのか。

アレが――我々の次の皇帝となるのか。

人間以外のヒト種が、肉体や魔力で優れている点が多いことは知っている。

だが、アレは、完全にその枠外の存在だろう。

戦争の報告は聞いていたが……まさか、ここまでとは。

「……化け物め」

アレを、敵に回してはならない。

今ならばわかる。

皇帝シェンドラは、陛下は、それがわかったからこそ玉座を明け渡したのだろう。

ローガルド帝国という国を楔にすることで、奴を縛ったのだ。

利と理で、刃の切っ先を下げさせたのだ。

そんなものは知らないと、法も道理も理解出来ないような、理性のない獣が相手ならばその策は上手くいかなかっただろうが、しかしそうではないことは以前の会談でわかっている。

あの時は荒れた姿を見せており、短気な軍務大臣が見事に引っ掛かっていたが、その瞳に冷静さが宿っているのは、見ていて感じられた。

他種族の王達も、あの男のことは信頼しているらしく、今にも暴れ出しそうな奴の姿を見ても特にたじろいだ様子はなく、成り行きに完全に任せていた。

あの男が、本当にただの 破落戸(ゴロツキ) 風情だったのだとしたら、決してそんな対応はしないだろう。

だから、その存在感だけで冷や汗が出る程の力があの男にあることは間違いないだろうが、恐らく何か策略と共に動くようなタイプであり、故に食い物にされないためには、常に奴らの思考を読まねばならない――などと思っていた自分は、全く見当違いの考えをしていたようだ。

策略など、関係ないのだ。

会談の際、あの男自身が言っていたように、こちらを潰そうと思えば本当に簡単に潰せるのだ。

そうしないのは単純な話で、潰すよりも残した方が利があると考えているからだ。

国家の運営を継続させることに利がなくなれば、ただ搾取され絞り尽くされる未来が訪れる可能性は重々に存在する。

国家理性を前に、綺麗ごとは通らない。

ましてや種族が違うのだ。共存が不可能となれば、片方が辿る末路は、 根絶(・・) である。

策略を策略で返すような真似をし、「じゃあ、もう面倒だからいいか」と、国ごと潰される未来を迎える訳にはいかない。

……現在国内では、不満や不安、人間ではない他種族達が我が物顔で街を歩いていることに対する悪感情が高まっている。

戦争に負け、意気消沈している今だからこそ問題は起きていないが、時間が経てばどうなるかはわからない。

いや、確実に問題が起きると断言出来る。

元々この国は、国内の団結力を高め、意思統一をしやすくするために、他種族に対する排他的な思考を敷いていた。

戦争のためにはそれは上手く機能したが、ことここに至っては、むしろ人間至上主義的な価値観は間違いなく邪魔になる。

変に反体制運動やテロなどを民衆に起こされてしまえば、目を覆いたくなるような惨劇が起きてしまってもおかしくない。

慈悲も容赦もなく、すり潰される可能性は大いに存在する。

――逆らうな。従え。その間は、この国に襲い来るどんな脅威からも守ってやる。お前らの前皇帝とそう約束したからな。

あの男が言っていた言葉が、脳裏を過ぎる。

どこまで信じていいのかはわからないが、それを本当に言っているのであれば、この国は大きな守護を得たことになる。

ただ盲目的に従うだけで良いのであれば、何と楽な条件であることか。

「陛下……あなたはやはり、偉大でしたよ」

彼が守ったこの国。

我々の代で、滅亡させる訳にはいかない。

あの男――魔王であり、皇帝。

魔帝(・・) 。

どの選択を取るにしろ、戦争を起こしたのは、我々である。

その尻拭いは、しなければならない。

まずは……ここから帰ったら、すぐに貴族達に根回しを始めるとしよう――。

* * *

仕込みは、上手くいったようだ。

魔界王の指示で、全力戦闘でワイバーンをぶっ殺し、その死骸を王都まで持って帰ったところ、ローガルド帝国の人間達はかなり従順に従ってくれるようになったらしい。

やはり、力はわかりやすい指標か。

面倒な反乱の鎮圧なんぞはやりたくないので、今後彼らには大人しくこちらに従ってほしいものである。

王達が目指す、種族の関係ない国があそこに出来上がることを、願うばかりだ。

――これで、ローガルド帝国での雑事は終わりだ。

今後も時折様子を見には来るつもりだが、しばらくは放置でいいだろう。

何か外敵や魔物が這入り込んだ際には、もうマップで確認出来るので、こっそり討伐しといてやるとしよう。

さて、それじゃあ――レイラのお師匠さんと約束したことだし、次は羊角の一族の里へ遊びに行くか!