作品タイトル不明
星に包まれ
――夜の砂浜。
すでに世界は暗闇が支配し、だが空で瞬く満天の星々が、淡い光を地上に届けている。
耳に届くのは、穏やかな波の音と、隣に座るリューの呼吸の音のみ。
すでに、他の皆は引き上げ、ここにはいない。
まるで、世界に俺達だけしか存在していないかのような空間の中で、愛しい我が嫁さんへと俺は口を開いた。
「どうにか、お前の親族のみんな、満足してくれたようだな。……というか、単純に海にはしゃいでたな」
大分失礼な感想だが……恐る恐ると海水に触れたり、寄せては引いてく波に沿って走り回っている様子が、こう、まんま犬の挙動で、ちょっと笑ってしまった。
彼らは内陸に里があるようなので、相当海が珍しかったのだろう。
あの様子からすると、半数は初めて見たのではないだろうか。
酒や料理も堪能してくれてはいたようだが、彼らが最も楽しんでいたのはまず間違いなくこの砂浜の環境だろう。
「あ、あはは……ウォーウルフは里と周辺の縄張りから滅多に出ないっすからね。初めて見た海で感動するのもわかるんすけど、身内としてはちょっと恥ずかしかったっすねぇ……」
何とも言えない様子で、苦笑を溢すリュー。
「やっぱ、お前の親族なんだなって思ったぜ」
「どういう意味っすか、それ」
「純真ってことさ」
ジト目をこちらに向けるリューに、肩を竦めてそう答える。
そんな、くだらない話を幾ばくかした後、俺は表情を少し真面目なものにし、口を開く。
「――リュー。左手、出してくれるか」
「……はい」
どこか、期待に満ちたような表情で、彼女は綺麗な左手を前に出す。
俺はアイテムボックスを開くと、中から取り出したソレ――事前に造っておいた指輪を、その薬指へと嵌める。
「ネルん時にも言ったんだが……すまん、指輪の意匠は、最初のレフィのものとほぼ同じになってる。その十字のところの宝石は、それぞれで変えたんだが……」
と、リューは自身の指に嵌められた指輪を、色んな角度からまじまじと見詰める。
その時、ホロリと、彼女の瞳から雫が流れ落ちる。
それはとめどなく流れ続け、後から後から溢れ出し、頬を伝う。
ス、と彼女の涙を指で拭うと、そのままリューは、コテンと俺の肩に頭を預けた。
「ウチ……ずっと、レフィとネルのことをいいなって思ってたんす。前にもちょっと話したっすけど、ウチにないものをたくさん持っていて、ご主人の隣に並び立てて。気にしないようにしようと思っても、それでもやっぱり気になっちゃって。でも……それも、今日で終わりにするっす」
「自信、付いたか?」
「はい……こんな、色々とダメダメなウチでも、ご主人はしっかり愛してくれるんだなって。こうして、ウチのためにいっぱい色々してくれて……ご主人に愛してもらう自信は、出来たっす」
透き通る、綺麗な笑みを浮かべ、真っ直ぐ俺の目を覗き込むリュー。
涙で少し化粧が崩れてしまい、目が赤くなってしまっているが……夜空に照らされた彼女は、とても、とても美しかった。
「ハハ、そうか。あと、あんまり泣くと、せっかくの化粧が崩れちまうぞ」
「いいんす。ウチがくしゃくしゃのおばあちゃんになっても、ご主人は愛してくれるでしょう? だったら化粧くらい、今はどうでもいいっす。この幸せ過ぎる思いを、ウチは、抑えたくないんす」
触れる指先。
ギュッと、絡ませる。
ただの肌の接触であるにもかかわらず、その華奢で触り心地の良い指先から、確かに彼女の感情が俺の中へと流れ込んで来る。
きっと、リューの中にもまた、俺の心が流れ込んでいることだろう。
「ご主人」
「あぁ」
「ご主人……ご主人。大好きっす。ご主人のこと、愛しています。これからもずっと、お傍に置いてくれますか?」
「当たり前だ。魔王は束縛が強いのが通説だからな。嫌って言っても、もう遅いぜ?」
「フフ……どこの通説っすか。ま、でも、大丈夫っすよ。絶対どこにもいかないっすから」
クスリと笑うリュー。
俺は、隣に座る彼女の方へと、身体を向ける。
「リュー」
「はい」
「愛してるぞ。ずっと、俺と共にいてくれ」
「――はい。いつまでも、共に」
両腕を伸ばし、彼女の小さな身体を抱き締める。
全身を包み込む温もり。
肌をくすぐる吐息。
いったい俺は、どれだけの安らぎを、彼女達から得ていることだろう。
リューもまた、俺の背中に腕を回し、こちらを見上げ、瞳を閉じる。
ゆっくりと顔を近付け――その淡い唇に、口付けをする。
甘い痺れ。
世界の輪郭が、ぼやける。
波の音と、星明かりが埋め尽くす世界に、リューと共に溶け込み、一体になるかのような多幸感。
きっと今、俺とリューの肉体は消失し、残された心だけで触れ合い、繋がっているのだろう。
そして、俺達は何度も何度も唇を重ね――。