作品タイトル不明
繋がるは死と生の輪舞《2》
「ぐっ、う……」
自身の上に乗る瓦礫を手で押し退けて立ち上がったシェンドラは、額から垂れて来る血を腕で拭い、素早く状況を確認する。
地下研究所の天井は崩れ、内部はほぼ壊滅状態。
用意した人工アンデッドも、大半が瓦礫に埋もれて使い物にならなくなっており、帝都の頭脳を結集させた研究員達は半数程が死亡してしまっただろう。
控えめに言って、大損害であるが――。
「どうにか起動は……上手く行ったか」
地下にいるここまで響いて来る、化け物の雄叫び。
天井に空いた穴から覗けば、すぐそこに動き回る骨の姿が窺える。
悪魔族頭領ゴジムの妨害により、一時は戦略の破綻すら危ぶまれたものの、どうやら冥王屍龍を目覚めさせることには成功したようだ。
――アンデッドをアンデッドとして動かすためには、『核』となるものが必要になる。
それは死霊術の命令術式であったり、失われた魂を補完しようとする本能的な衝動だったりと様々だが、そこに共通しているのは 魂の代わり(・・・・・) が必要という点である。
それは、あの冥王死龍とて例外ではない。
伝説となっていた頃は、どういう理屈でそうなったのかまでは判明していないものの、本人の魂がまだ残っているのに肉体が腐り果て、屍と化したことで狂って暴れていたようだが……つまり、代わりではない魂そのものが腐った死体に這入り込んだことで、アンデッドとして活動が出来ていた訳だ。
その龍の魂自体はすでに滅び去っているものの、世界最強種の強靭な肉体――いや、骨さえ残っていれば、アンデッドとして蘇らせることが出来る。
問題としては、あの巨体を満たすだけの負の魔力を集めるのは容易ではないという点だったが、そのために準備したのが今回の戦争であった。
悪魔族どもを煽って敵対行動させることで、他種族を結集させこちらと相対する大軍勢を作らせる。
それを帝都まで引き込み、こちらが指定した戦場で戦いを開始する、というところまで全て作戦通りに進み、後は生み出される負の魔力が一定量に達するまで待つだけだったのだが……ゴジムが暴れたが故に十分な負の魔力を冥王屍龍へ充填させることが出来なくなり、その第一案は破綻。
ただ、冥王屍龍という物が物だけに、起動に失敗する可能性は当初から考慮されており、故に第二案も存在していた。
それが――ゴジムが使用していた大剣、トートゥンド・ルーインを使用する、というものである。
インテリジェンス・ウェポンであるあの剣には、残虐な意思が宿っている。
発見した当初は力が枯れ果て、ただ微弱な人を惑わす悪感情を垂れ流すのみだったが、それを悪魔族頭領に渡して戦いに使わせ続け、現在では自ら動き出すまでに成長を果たしている。
つまりは、 アンデッドの(・・・・・・) 核になり得る訳だ(・・・・・・・・) 。
トートゥンド・ルーインを冥王屍龍に突き刺し、それを媒介に死霊術の起動術式を流し込む。
負の魔力はアンデッドを動かすエネルギーであるため、それが十分に充填出来ていない状態で起動術式を発動させたとしても、ロクに行動出来ずに二度目の滅びが訪れてしまうのだが、彼の魔剣の特性である魔を吸収する力を利用し、起動した後にも周辺に漂う負の魔力を回収させる。
後は、綱引きだ。
トートゥンド・ルーインの魔を欲す力が強いか、目覚めた世界最強種のアンデッドが、自らの身体に必要なエネルギーを得ようとする力が強いか。
凶悪な魔剣であると言えど、武器という 軛(くびき) から逃れられないトートゥンド・ルーインが、果たして主すらいない状態で冥王屍龍に抵抗出来るかどうか。答えはすでに見えている。
そうして冥王屍龍の全身に負の魔力が満ちさえすれば、こちらで術を行使し、命令で縛ることが出来るはずだ。
もはや、ほとんど力技のごり押し。
当初予定したスムーズな作戦は影も形もなく、何か一つ失敗してしまえば全てが破綻する綱渡りだが――必ず、成功してみせる。
必ず、だ。
「陛下ッ、ご無事でしたか!! 爆発で吹き飛ばされて――ッ、その頭の怪我はッ!?」
グ、と拳を握るシェンドラの下へ、吹き飛ばされ四散していた護衛の近衛兵達が大慌てで駆け寄って来る。
どの兵も傷を負っており、無傷の者など誰もいない。
「良い、掠り傷だ。それより――副主任! 生きているか!」
怪我の手当てを始めようとする部下を手で押し退け、そう叫ぶと、すぐに返事が返ってくる。
「は、ハッ! ここに!」
「生き残った者達でチームを再編成し、機器の修理を開始しろ! 第二案の進行を再開する!!」
「し、しかし、冥王屍龍の起動は成功したものの、我々の制御すら受け付けない状態になってしまっておりますが……」
「兵を全て『迷宮領域』まで下げさせる。奴の本質はアンデッドであり、アンデッドはどうしようもなく生の気配に惹かれる。こちらの兵が近くにいなくなれば自然と敵に引き寄せられていくはずだ。その間に我々の態勢を立て直し、奴を支配下に置く! やれるな!?」
「! なるほど……ハッ、畏まりました!」
地下研究所の副主任が精力的に部下達へ指示を出し始めたのを見て、シェンドラは一つ頷き――。
『ギイイイイヤアアアアアッッ!!』
轟く、冥王死龍の苦痛の叫び。
咆哮とは違う、明らかに攻撃を受けている者の悲鳴。
それが聞こえて来た時、シェンドラは反射的な動きで大穴の開いた地下研究所の天井へ視線を送り――空を駆け抜け、武器を振るう翼の生えた兵士。
あれは……敵方の魔族か。
恐るべきことに、 一度(ひとたび) 動き出してしまえば、誰にも手出しが出来ないであろう冥王屍龍を相手に、互角の戦いを繰り広げている。
いや……もしかすると、押してさえいるかもしれない。
「……今が試練の時なり、か。邪魔はさせん。誰が、何が相手でも」
――我が覇道、この程度で止めさせはせん。
* * *
「うおおおッ、あぶねッ!?」
デカ骨龍の口から躊躇なく放たれた、龍の咆哮モドキを翼で急制動することで回避し、お返しに神槍を振るってその立派な角を斬り飛ばす。
――神槍は、魔力を流し込むことで、真の姿となる。
槍身は長くなり、透明な刃と美麗な房の飾りが生み出され、槍というよりも薙刀に近いような形態へと変化するのだ。
その斬れ味は、『斬る』というより『消滅』させるという言葉の方が近く、刃の先から飛び出す真空刃が剣線上の建物から地面までの全てを斬り裂き、ズゥン、と何かの崩れ落ちる音が低く響き渡る。
『ギイイイイヤアアアアアッッ!!』
元々悲鳴のような咆哮をする冥王屍龍だったが、角を斬り飛ばされたことで明確に苦痛混じりだとわかる苦鳴を漏らし――だが、このまま一気に倒せそうかと言うと、全くそうでもなかったりする。
と言うのも、再生するのだ。
冥王屍龍が。
今も、俺の見ている目の前で斬り飛ばした角の断面に黒い靄のようなものが溜まっていき、グネグネと気持ち悪く蠢いたかと思いきや、数十秒程で元通りの姿になる。
さっきからずっとあんな感じで、消滅させた先からあの黒い靄が骨を完璧に再生させてしまっている。
ダメージが入っていない訳ではないだろうが……いったいどれだけ攻撃を食らわせれば、ヤツを倒せることだろうか。
ならば、もはや再生が出来ないところで斬り刻んでやる――と言いたいところではあるものの、実は 武器の方にも(・・・・・・) 一つ、問題があった。
「ッ……ッ!!」
――始まった。
全身から勝手に魔力が抜けていき、武器に流れ込んで行く感覚。
これだ。
使用していると、突如として神槍が、勝手に俺の魔力を吸収し始めるのだ。
こうなってしまうと、神槍から手を離したくとも、まるで瞬間接着剤でくっ付けられたかのように指が全く動かず、どれだけ抵抗しても流れ出す魔力を止めることが出来ないのだ。
恐らく、俺が魔力を塞き止めようとする力よりも、この神槍の魔力を得ようとする吸引力の方が、圧倒的に強いのだろう。
どっかの掃除機メーカーもビックリの吸引力である。クソッタレめ。
この状態のままでいるとあっと言う間に魔力が枯れてしまうため、どうにかして止める必要がある訳だが――。
「フーッ、フーッ……ッ――だああああッ!! クソがッ!! 痛ぇんだよボケナスがッ!!」
大きく呼吸を繰り返してから、俺は腰裏に差していた解体用大型ナイフで、一息に 自身の手首を(・・・・・・) 斬り落とす(・・・・・) 。
大声で喚き散らしながら、予め用意しておいた腰のポーチの上級ポーションを断面へドバドバと振りかけることで、すぐに回復が始まり手首が再生する。
あまりの痛みから、冷や汗がダラダラと溢れ出て来る。
恥も外聞もなく泣き叫びたい気分だ。
何が悲しくて、自分の手首を自分で斬り落とさなければならないのか。
俺に自傷癖はねぇんだぞ。
――恐らくだがこの神槍には、薙刀形態のもう一つ先に、別のフォルムが存在するのではないだろうか。
一定以上の魔力を込めることが引き金となり、その別のフォルムへと変化するために必要な魔力を吸収し始める訳だ。
だが、この槍は『神』の名を冠する槍。
薙刀形態に変化する段階で俺の全魔力の半分を捧げなければならない以上、もう一つ先のフォルムに辿り着くには、果たして何人の俺がいれば魔力が足りることだろう。
レフィレベルで、ようやく第三形態に変化出来るのではないだろうか。
そして、大分前に試し斬りをした際も感じたことだが――魔力を奪われれば奪われる程、何かの気配が増すのを感じる。
自ら変化をしようとする、神槍のその先に。
『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ』
そこまで学がある訳じゃない俺でも知っている、ニーチェの有名な一節。
何が飛び出て来るのか知らないが、パンドラの箱を開けるのは勘弁だ。
空中から地面に降り立った俺は、転がっている神槍をすぐに発見すると、未だくっ付いている自身の手首を蹴っ飛ばし槍身を掴み上げる。
こんなクソみたいな武器、海の底にでも沈めてやりたいのが本音だが、これ以外に有効なダメージソースが存在しないことも確か。
リル達が一度攻撃を仕掛けていたのだが、掠り傷一つ付かず、逆に黒い靄のようなものに取り込まれそうになり、大慌てて退避していたのを見ている。
リルの牙と爪で傷が付かないのならば、他に何をやっても無理だ。
アイテムボックスで待機してもらっているエンならばギリギリ斬れるかもしれないのだが、斬れ味という点で言えば、非常に不本意ながら、やはりこっちの方が圧倒的に上だと言わなければならないだろう。
つまり俺は、どれだけ再生するのかわからない敵に対し、自身の武器に魔力を吸われるのを阻止しながら戦わなければならない訳である。
俺が、神槍の扱い方を理解していないという可能性は多分にあるだろうが……コイツを使っていたという何代か前の人間の龍王は、いったいどうやって運用していたんだろうな。
シャーリーンとでも名前を付けて愛してやったら、大人しく言うことを聞いてくれるようになるだろうか。
「絶対にお断りだがな。――リル、そっちは大丈夫だなッ!?」
「グルゥッ!!」
ペット達を率いるリルが、発生し始めたアンデッドを狩りながら、「問題ありません」とでも言いたげな威勢の良い返事を返して来る。
どうやらあの腐れ龍は、存在するだけで周囲にアンデッドを生み出すふざけた能力があるようで、この戦争で死んだ死者達がアンデッドとして蘇り始めているのだ。
この戦争での死者は、とっくに万を超えている。
さっさとぶっ殺さなければ、哀れな死体軍団がどんどん数を増してしまう訳だが……。
「……あの剣……」
魔力眼で観察を続けていてわかったことだが、どうやら冥王屍龍の額に刺さっている大剣と、冥王屍龍との間で何かしらの魔力のやり取り――いや、そんな優しいモンじゃないな。
魔力の 奪い合い(・・・・) をしているのがわかる。
額に刺さった剣が周辺一帯から黒い靄を吸収し、それがそのまま冥王屍龍に流れ込んでいるのだが、剣自体は奪われるのに抵抗しているようだ。
俺が神槍に魔力を奪われそうになるのを、抵抗するのと同じ感じと言えるだろう。
あの黒い靄、半ばそうだろうとは思っていたが……負の魔力、とかいうヤツか。
そして、分析スキルで確認した剣の名は――トートゥンド・ルーイン。
「トートゥンド・ルーイン……? それって、確かクソ赤毛の武器だったよな……?」
何故、あんなことになっているのかは見当も付かないが――もしかして、アレを壊しゃあコイツ、止められるか……?