作品タイトル不明
閑話:遠征開始
「――この遠征は、かつてない規模のものだ。確実に歴史に刻む行軍になることだろう! 故に、何の問題もなく終わらせねばならん! 最終確認は抜かりなく行え。子供のおつかいと違って、忘れ物に気付いても取りに戻れんぞ!」
演説用の檀に昇った、ファルディエーヌ聖騎士団団長カロッタ=デマイヤーの檄に、彼女を見上げる者達が笑いを溢す。
「以上だ、各々気合を入れていけ! 行動開始!!」
遠征隊の二百人近い者達が「応!!」と返事をし、まるで一体の生物のように動き出したのを見て、彼女は一つコクリと頷き、演説用の壇の上から降りる。
事前の準備も全て滞りなく終えることができ、現在も迅速に皆が動いているため、非常に順調な滑り出しと言えるだろうが……しかし、彼女には今、気がかりなことが一つあった。
――今朝からずっと、ネルが険しいような、何か難しい顔をして、考え込んでいるのだ。
この少女は最近、見違えるような成長をし、とても頼りになる存在となっている。
以前は弱気な顔を浮かべることが多々あったのだが、最近はめっきりそのような姿を見せることがなくなり、どんな時でも快活に笑って、次々と仕事を熟していっているのだ。
元々、能力は他の者より飛び抜けて高いものを持っていたが、そこに精神面の強さが加わり、名実共に勇者として相応しい様相になって来ており……しかし、それでもまだまだ、成長途中の少女なのである。
もしかすると、この大規模遠征を前に、少し気負っているところがあるのかもしれない。
二百人近くの遠征メンバーの中で、やはり最高戦力と言えば勇者であるネルであり、何か危機が生じれば彼女が背負う負担は非常に大きなものになるため、それも無理は無いと言えるだろう。
この少女がしっかりしているように見えたとしても、それに甘えてはいけない。
大人であり、上司である自分が彼女のメンタル面のケアもするべきだろう。
そう考えたカロッタは、傍らでずっと眉を寄せているネルへと口を開いた。
「ネル、何か悩みごとがあるのか?」
「…………!」
こちらの問い掛けに、わかりやすい様子で驚くネル。
相変わらず、素直な少女である。
「心配していることがあるのだろう? そういうものは、一度口にしてしまった方が良い。お前は大切な部下だ、気がかりなことがあるなら聞こう」
「いえ、気がかりという訳ではないんですが……」
と、少し逡巡した様子を見せてから、ネルは一つ頷き、言葉を続ける。
「……じゃあカロッタさん、僕、一つ悩んでいることがありまして……聞いていただけますか?」
「うむ、言ってみろ」
なるべく話がしやすいようにと、意識して表情を和らげながらそう言うと、彼女は決心した様子で胸の内を吐露した。
「――お、男の人って、どうやって誘惑したらいいと思いますか!?」
「うむ……うむ?」
「そ、その、ストレートに子供が欲しいって言えば良いのかもしれないけれど、でもまだ勇者として活動する内は子供を作る訳にはいかないし、となると、ただ僕がそういうことをしたいだけってなっちゃうから、ちょ、ちょっとイヤらしいんじゃないかなって……だからこう、おにーさんの方から襲ってくれると嬉しいんですけど……ど、どうしたらいいと思いますか!?」
いや、知らんがな。
と、モジモジして顔を赤くさせるネルに向かって、思わず口から言葉が出掛かったカロッタだったが、すんでのところで抑える。
……この少女の調子というのは、そのまま今回の遠征の成功に大きく関わってくる。
絶好調で、本来のポテンシャルを十二分に発揮してくれるならば、それに越したことはないのだ。
故に彼女の悩みごとは、なるべくならば今の内に解消してしまいたい。
そこまで考えたカロッタは、真面目に思考を巡らし、問い掛ける。
「あー……それは、仮面に対しての話だな?」
「は、はい、そうです」
照れたようにはにかむネルを見て、多大な脱力感を覚えるが、どうにか苦笑を一つ溢すだけに留める。
「……そうだな、奴とはもう、夫婦の関係なのだろう? ならば、自身の望みはしっかり伝えた方がいい」
「こ、こういう話でも、ですか?」
「こういう話でも、だ。むしろ、夫婦で肉の関係が持てないのは不健全というものだろう。自分の望みをしっかりと言えんようならば、そんな関係は長続きしない。……それに、待つだけじゃなく、時には自ら行くことも必要だと思うぞ」
「そ、そうでしょうか……?」
いったい自分は何を言っているのだろうか、という気分になるが、これも仕事の内と堪え、言葉を続ける。
「あぁ。余程の玉無しならともかく、お前のような若い良い女に言い寄られて、喜ばん男はいないだろう。断言してもいい。――あと、あー……今、ネルに子供を作られると少々困るが、そう望むのならば我々は全面的にサポートしよう。ただ、もう少し後にしてくれると助かるがな」
「だ、大丈夫です。子供に関しては、もうちょっと先かなとは思ってますから。――わかりました、恥ずかしいのはすっごい恥ずかしいけれど……やっぱり、勇気を出して自分から言ってみようと思います! ありがとうございます、カロッタさん」
「うむ、力になれたのなら良かった」
先程までの様相とは一転し、晴れ晴れとした表情で去って行くネルの後ろ姿を見て、ポツリと呟く。
「……ネルはもう、放っておいても良さそうだな」
知らない間に、随分と神経が図太くなったというか……どこぞの仮面の男に似て来たというか。
何とも言えない、脱力気味の笑みを浮かべるカロッタだった。