軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

龍の里へ《2》

「で、レフィ。龍の里はどれぐらい遠いんだ?」

背中に出現させた二対の翼を羽ばたかせながら、そうレフィに問い掛ける。

「んー、そこそこ遠いの。四日近くは飛び続けることになると思うぞ」

「四日か……そりゃ遠いな」

一か月分の食料や衣服は用意してあるので、その辺りの問題は全くないのだが、四日飛び続けるとなると流石に疲れそうだ。

「あそこは、大陸の果てにあるからのう。儂らは飛べるからよいが、翼を持たぬ者が辿り着くには相当辛い位置にある。儂らの住んでいた魔境の森も秘境と呼ばれておるが、龍の里も秘境と呼ばれる場所の一つじゃ」

「そりゃあ、過酷そうな場所だな。やっぱり魔物も強いのか?」

「うむ、強いの。あそこも魔素が豊富故、自然とそこに住まう者も強くなる」

「魔境の森と同じ環境ってことか……龍の里の中とかは、どうなってんだ? 一応龍達にとっての街みたいなものなんだろ?」

「何もない、何も面白くない退屈な場所じゃ」

フンと鼻を鳴らすレフィ。

その彼女の様子に、俺は少し疑問を感じ、問い掛ける。

「お前がその場所を嫌ってるのは知ってるけど、何がそんなに嫌なんだ? 他の龍族どもがそんなに嫌いなのか? 鬱陶しかったってのはわかってるが……」

レフィは、しばし押し黙ってから、ポツリと答えた。

「……あの場所はの、全てが停滞しておるんじゃ」

「停滞……?」

俺の呟きに、我が嫁さんはコクリと頷く。

「龍族にはの、変化がほとんど存在しない。何もせず、何も起きず、ヒト種のような時の長さによる変化もなく、全てが停滞しておる。儂はそれが嫌で、龍王になれと言われることも鬱陶しくて、あそこを飛び出した訳じゃが……結局儂も、龍族であったということじゃな。飛び出したところで里におった頃と何も変わらず、お主と出会うまでは、全てが色 褪(あ) せた退屈な日々じゃった」

「……文化が存在しない、ってことか?」

「文化……その通りじゃな。儂ら龍族には、ヒト種のような文化が存在しない。そもそもとして、何かを作るということに適した身体を持っていないのじゃ。ただただ強いだけで、何も生み出すことが出来ず、破壊しか 齎(もたら) さぬ種族。世界にとって、害悪以外の何物でもない」

吐き捨てるように、嫌悪するように、レフィはそう言った。

……そうか。

レフィは、龍族という種族の在り方自体が嫌いなのか。

俺は何も言うことが出来ず、しかし何かを言うべきだと、ただアホみたいに口をパクパクさせていると、彼女はその俺の内心を見透かしたのか、少しだけ口調を軽いものに変えて言葉を続ける。

「とにかく、龍の里はそんな場所じゃ。特に里の上役である古龍の爺どもが、とびきり何もしようとせぬ木偶の坊どもでな。儂も、のんびりするのが嫌いという訳ではないんじゃが、流石に百年も二百年も何もせず、同じ場所でじっとするなどという苦行には耐えられん」

「……そりゃあ、随分とスケールの大きいのんびりだな」

百年じっとしたままとか、俺だったらまず間違いなく気が狂うだろう。

ボルダガエンも、のんびりしているのが好きだと言っていた。

それを聞いて、俺は龍族は思っていたより穏やかな、普通な種族なんだな、なんてことを思ったが……長命種だけあって、俺の考えていたスケールより圧倒的にヤバかったようだ。

「何千年と生きる種族であるからの。一年や二年など、ヒト種にとっての一日や二日と同じような感覚なのじゃ。ま、儂自身、お主と共に生きるまで、日々というものがこんなにも長いものだとは知らなかったが」

「それに関しちゃ、俺もお前と一緒さ。お前と、お前らと会うまでは、これだけ毎日が長いんだってことは、知らなかった。ただ惰性で、時間が進むままに生きるだけだった」

「お主の、前世での話じゃったな。……フフ、本当に面白いものじゃの。この世とは、摩訶不思議に溢れておる」

「全くだ。お前の無限の胃袋も世界七不思議の一つに数えたいな」

「それならば、何故お主には童女が寄りつくのかの謎も数えねばな」

俺達は顔を見合わせ、二人揃って笑う。

それから少しの間、心地の良い沈黙が流れた後、俺は再度口を開いた。

「――な、レフィ。少し、話は戻るんだけどさ」

「む?」

こちらを向くレフィに、俺は、少し考えてから言葉を続ける。

「その……お前は、自分の龍族という種族が、嫌いなのかもしれない」

お前が、時折自分の力を、 忌々しく(・・・・) 思っていたことは知っている。

お前が、「お主を守ってやる」と不敵に笑って言っていても、そんなことしか自分には出来ないと、そう思っていることも知っている。

「けどさ。お前が龍族で、それで世界最強の龍であったおかげで、俺はお前に会えたんだ。お前が最強で、魔境の森に住んでいたからこそ、だ。今のお前を構成する、それらのどの要素が抜けていても、お前と会うことは出来なかった。だから……あー、俺は、お前がお前のままで良かったって、心の底から思ってる。お前が龍族で、良かったってさ」

何だかあまり上手く言葉にならなかったが……しかしレフィは、目を丸くして俺の顔をしばし見詰めた後、クスリと笑った。

「そうか……お主がそう言うのであれば、儂もあまり自らの種族を悪し様に言うことは出来んな。儂もまた、龍族という身のおかげでお主と出会えたことを、感謝することにしよう」

柔らかな微笑みを携え、それから彼女は、気を取り直した様子で言葉を続けた。

「さ、気合を入れて飛ぶぞ。里までの道は、まだ十分の一も飛んでおらん」

「了解、先は長いな。精々楽しんで飛ぶことにしよう」

* * *

「翼に、一人は角と尻尾持ち……!! 貴様ら、魔族だな!! これより先は我らの領土、侵入するならば撃墜する!!」

「おぉ……騎龍兵」

前世では竜騎兵なんて兵科があり、あっちは火器を持って馬に乗った兵士のことだったが、こちらの世界の騎龍兵は、そのまんま龍に乗って空を飛ぶヤツらである。

と言っても、当然ながら龍族ではなく、乗っているのは亜龍と呼ばれるワイバーンだ。言語も喋れない。

正直、普通にカッコいい。

兵装を見ると……俺が何度も行ったことのあるアーリシア王国の兵士じゃあないな。鎧の意匠が全く別物である。

三キロ程先に砦が見えるので、恐らくあそこから飛び出して来たのだろう。

ただ、どうもワイバーンの方は、レフィに怯えているようだ。

騎乗者の指示で無理やり飛んでいるようだが、見るからに怯えて縮こまっており、上の兵士が必死に宥めている様子が窺える。

うーん……どうしよう。

「レフィ、龍の里の方向は?」

「此奴が言う領土の向こう側じゃの」

じゃあつまり、ここを突破しなければならない訳だが……職務中の兵士相手に乱暴なことをするのも憚られるしなぁ。

しかも、魔族相手だから問答無用に攻撃、とかではなく、ちゃんと一度警告してくる辺りまともな仕事をしているようなので、尚更あまり危害を加えたくない。

どうしたものか、と思っていると、レフィがスッと視線を鋭くさせ、冷たい眼差しを騎龍兵の方へと向ける。

「おい、貴様。誰の飛行を邪魔しているのか、わかっておるのか?」

「なっ、小娘が調子にうおぉっ!? ダ、ダンダイ、どうしたっ!?」

その瞬間、俺達と並んで飛んでいたワイバーンの動きが止まり、兵士が慌てて言うことを聞かせようと手綱を操っている。

レフィが語り掛けたのは兵士ではない。

その下の、ワイバーンである。

圧倒的な格上から睨まれたワイバーンは、自身に乗る兵士よりもレフィの指示の方が優先度が上であると判断したのか、話し掛けられた瞬間ビクゥと身体を跳ねさせ、「ど、どうぞお通りください……」といった感じで固まっている。

レフィの言葉を理解した訳ではないだろうが、その怒りが自分へと向いていることを理解したのだろう。

見ていてちょっと、可哀想である。強く生きろ。

「よし、今の内じゃ。行くぞユキ」

「お、おう。……お前がいてくれて、ホント助かるよ」

「こ、こら、ダンダイちゃんと飛べ!! ま、待てお前達っ!!」

兵士の必死の制止を振り切り、俺達はそのまま真っすぐ飛んで行った。