作品タイトル不明
お隣さん
この龍は、見覚えがある。
「ボルダガエン、だったな。何だ、見てたのか」
『うむ。元々、我らの住処の近くにあの獣が湧いてな。こちらまで来るようならば倒さねばならんと思って注視していたところ、婿殿達が討伐に動いているのが見え、少し見物させてもらった』
彼は、魔境の森に住む龍の一体で、お隣さんだ。
……お隣さんと言っても、彼らが住んでいるのは我が家の一山向こう側ではあるのだが。
大分前に、イルーナを救いに人間の街に行く際、手を貸してくれたというか、レフィに無理やり従わせられていたというか、その一族の龍である。
確か、ボルダガエンは魔境の森の龍達のまとめ役みたいな存在だったはずだ。
さっきまでは……多分、レフィを怖がって声を掛けてこなかったんだろうな。
彼ら、ウチの嫁さんのことを畏怖しているようなので、出来る限りで関わり合いになりたくないと思っているのだろう。
扱いがほとんど暴君に対するそれである。
この龍は比較的普通に会話もしてくれるのだが、それ以外の龍達はレフィの夫である俺のことも避けるしなぁ。
「さっきの魔物、あれは何だったのかわかるか? 何かに寄生されていたっぽかったんだが……」
『その通りだな。あの異形の魔物は、 寄生虫に(・・・・) 侵された姿だ(・・・・・・) 』
ボルダガエン曰く、ヤツは寄生虫に完全に支配された魔物であったらしい。
その生態として、まず死肉に寄生し、それを食らった生物に入り込み、じわじわと時間を掛けて体内を侵食していく。
やがて宿主の身体を支配し尽くすと、さらなる繁殖をするための糧を得るべくその身体を操って暴れ出し、それを十分に得たところで宿主を殺すのだそうだ。
その宿主の身体を新たな苗床とし、別の生物が食らいにくるのを待つのだと。
繁殖力自体はそんなに高くないそうなので、パンデミックの危険性はないようだが……その寄生虫、どうもヒト種にも寄生することがあるらしい。
今度から魔物肉を食べる時は、今まで以上にしっかり確認して調理しないとな……。
「聞いているだけで怖気が走る生態だな……もう一つ聞きたいんだが、ヤツがどうも人間の街を目指していたらしい理由はわかるか?」
『あの寄生虫に寄生されると、その生物は偏食になるという特徴がある。どうも少し前、森に人間が入り込んでおったようなのだが、それをあの魔物が食らったらしくてな。その味を覚えていたのだろう』
「人間が……? よくそんな奥地まで人間が入り込めたもんだな」
つまり、その人間達は魔境の森の西エリアに入り込んでいたということだ。
魔物が弱い南エリアならばともかく、西エリアはそう簡単に侵入出来るような場所ではない。
いや、というか実際、調子に乗って入り込んで、食われたのか。
『魔物避けの道具を用いて、何やら調べごとをしていたようだ。道具を過信し過ぎて、色々とおかしくなっていた奴にそのまま壊滅させられたが』
調べごと、か。
何をしていたのか興味はあるが……結局ソイツらは魔物のエサとなり、んでソイツらのせいで俺は今日、これだけ苦労するハメになった訳だ。
甚だ迷惑な話である。
『あの寄生虫に支配された魔物は、相当にしぶとい。我らでも、倒そうと思えば苦労する相手。それをこの短時間で、しかも無傷で倒すとは、流石ヒト種の身で龍王の座に就いているだけはある』
「就いていると言っても、ただの成り行きなんだけどな。あー……俺、アンタより弱いけど、龍王の座を賭けて勝負とか勘弁してくれよ」
『そんなことせぬわ。我らは理性なき獣とは違う。確かに歴代の龍王は圧倒的な強者が就くことが多かったが、婿殿のような異質な存在が龍王となったからと言って、それを毎度毎度排除していては秩序が乱れる。年若い龍ならば憤る者もいるかもしれないが、我らをそんな未熟者と一緒にされては困る』
すごく真っ当な正論で、窘めるようにそう言うボルダガエン。
「……そうか、すまん、失礼なことを言ったな」
『いや、良い。ただ、婿殿は知っておくべきだ。龍の身ではない婿殿には言葉としてしかわからぬだろうが……龍王に対し、我らは 基本的に(・・・・) 逆らえんのだ(・・・・・・) 』
「逆らえない……?」
確かに、龍王の称号の説明には『龍族に対し、カリスマ補整大』の効果があると書いてある。
これが、俺の想像以上の効果を持っているってことか……?
『龍王に対し、反抗出来る者はごく一部。その特別な者達を除いては、我らは龍王には従うのみ。それだけ龍王という称号は、龍にとって重要なものなのだ。……元より、龍王が無法でもなさぬ限りは、我らとしても別に絡む理由もないしな』
じゃあ、いつかのクソ龍は龍の中でもごく一部に含まれる特別な存在だったと?
確かに、反骨精神の塊みたいなヤツではあったが……。
あと、レフィも当たり前のようにその特別な存在に含まれるんだろうな。
「何と言うか……思っていたより、穏やかな気性の種族なんだな、龍族って。ウチの嫁さんとか、少し前にこっちに来た元龍王の黒龍とかしか見たことなかったから、もっと荒々しい種族なのかと」
『それは例外だ』
苦笑のような声色で、彼は言葉を続ける。
『我らは、種族として強者だ。故に、戦いには然して興味が湧かぬ。大概の相手に勝てるからだ。それよりは、日がな太陽に当たってジッとしていた方が気分も良い。 彼(か) の覇龍ではないが、時折甘い蜜や、美味い肉でも食えれば、それで最高だ』
……レフィがグータラなのって、種族特性だったのか。
圧倒的な強者だからこそ、戦闘をしても面白くないので、それよりはのんびりしていた方がいいと。
随分と……理性的な種族であるようだ。
怠惰と言ってしまったらそれまでだが、俺が想像していたよりずっと大人しく、 普通だ(・・・) 。
もしかしたら、この魔境の森に住まう龍族のみが、特別そういう気質の者達なのかもしれないが……。
「……というか、アレだな。アンタらにとっても、龍王の称号ってのは効果を及ぼすものなんだな。龍の里の龍達とは、別の一族なんだろ?」
『うむ、その通りではあるが、元を辿ればそう遠くない先祖に同じ血筋の者が現れるぐらいには近しい。それに、龍の里はこの世で最も大きい龍達の住処。故に、あの場所を治める龍王には 皆(みな) 敬意を払うのだ』
そうか、龍族のコミュニティとして最大のものが龍の里なのか。
首都、とはちょっと違うかもしれないが、龍族にとって大事な土地であることは間違いないのだろう。
で――そこの王様は、今俺であると。
……近い内に行ってみた方がいいか、とは前々から思っていたものの、レフィが嫌そうな顔をするので後回しにしていたが。
「龍の里、やっぱり一度、挨拶しに行かないとな――」