軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話:漂流者

煌々と輝く太陽。

その光を反射する、大海原。

見渡す限り陸は存在せず、存在するのは、空の無限の青と海の無限の青のみ。

そんな、残酷なまでの青が支配する世界の中で、海の水面を漂う男が、一人。

――ここで自分は、死ぬのか。

押し寄せる波に揺られ、霞む意識。

喉はカラカラに乾き、もはや吐き気を感じる程の酷い空腹。

折れた足がジュクジュクと痛み、全身が鈍痛を訴えている。

照りつく太陽に、吹き止まない潮風が容赦なく残り少ない体力、命を削り取っていく。

――大嵐に遭い、母船が壊滅。

海に投げ出された際に、運良く綱が切れて近くに落ちて来た救難ボートに乗り込むことが出来たため、荒波に揉まれ何度も転覆しそうになりながらも、母船と共に海の藻屑となる未来は逃れることが出来たが……ここまでか。

恐らくすでに天に召されているであろう仲間の下へ、自分もまた向かうことになるのだろう。

だが、まあ……それも、悪くはないか。

気のいい奴らだった。

馬鹿で、粗野で、上品さの欠片もない男達だったが――かけがえのない、最高の仲間達だった。

奴らとまた会えるのであれば、最高だ。

心残りと言えば、愛した女にもう一度会えないのが残念だが……まあ、こればかりは仕方がない。

冥界で再度会う時を待ち、その時に謝ることにしよう。

「俺も、すぐそこへ、行くぞ……」

そう、最後の審判を待つ思いで、ただ波に身を任せていた彼は、しかしその時、コツンとボートが何かにぶつかったことに気付き、閉じていた目をゆっくりと開く。

――何だ……?

霞む視界の中で目を凝らし、見えたのは―― 船(・) 。

だが、それは、決してただの船ではない。

ボロボロだった。

異様な程巨大なその船……いや、どうやら幾つもの船が積み重なって出来ているらしいその船群は、何故浮かんでいられるのかわからない程にボロボロで、いつ自分が乗っていた母船と同じ運命を辿ってもおかしくない姿をしている。

難破船か――それとも、 迎えの船か(・・・・・) 。

「クック……」

――随分と、豪勢な迎えの船を用意してくれたものだ。

彼は、小さく笑ってから、再度、ゆっくりと目を閉じ――。

「――何だ、侵入者じゃなくてただの遭難者か」

その声は、船の上の方から聞こえて来た。

「死に掛けのおかしな侵入者だと思ったら……ステータスは普通、種族は魔族と。アンタ、運が良かったな。たまたま今日俺がこっちの整備に来てなかったらそのまま死んでただろうし、もしとんでもない強者とかだったら、このまま野垂れ死にするのを待っていたかもしれんし」

若い、男の声。

髪は黒く、顔は……わからない。

霞む視界に加えて、太陽が逆光になり、よく見えない。

その何者かは、先の切れているもやい綱を伝ってこちらまで降りて来ると、近くにしゃがみ込む。

「ほら、これ飲んどけ。アンタの豪運に敬意を表して、俺のおごりだ」

「う……あ……」

若い男は、魔法らしく黒い亀裂を空間に生み出すと、中から小瓶を取り出し、その飲み口を彼の口に当て、中身を流し込み始める。

何かの薬なのだろう、苦い味が渇きで痛みすら感じる喉に水分が染み渡り――そして、あれだけ欲した水分の味に、まるで生き返ったかのような、全身に再度血が通ったかのような活力を覚える。

全身が、彼の意思とは無関係に、喜びに震える。

――この男は、見ず知らずの自分を、助けようとしてくれているのか。

何か、礼をしなければ。

上手く回らない頭で、ただそんなことだけを思った彼は、自身の懐に手を伸ばす。

そして取り出したのは、幼少の頃から常に肌身離さず持っていた、懐剣。

本来ならば人に渡してはいけないものなのだが……今の自分が持っているものは、これぐらいしかない。

「こ、これを……」

「お? くれるのか? けど別に、いいんだぜ。ただの気まぐれ――って、あ、おい」

若い男がそれを受け取ったのを見て、安心した彼は、極度の疲れからそこで気絶した。

* * *

意識が、蘇る。

数度瞬きをしてから、ゆっくりと身体を起こす。

「ここは……」

そこは、砂浜だった。

彼の身体はヤシの木の下に寝かされており、目の前には海が広がっている。

すぐ足元には見慣れぬ麻袋が置かれ、中身を確認してみると――入っていたのは、大量の食糧に水筒。

それを見た彼は、一も二もなく、もはや考えるよりも先に飛びつくような勢いで水筒を取り出すと、本能が命じるままゴキュゴキュと勢い良く飲み始め、次に中に入っていた果実を取り出し、ガブリと齧りつく。

「美味い……」

酸っぱさの中に感じる、確かな甘み。

何の変哲もないどこにでもある果実だが、しかし食べ物をこんな美味く感じたことが、今までの人生の中で、果たしてあっただろうか。

「美味い……ウッ……ウグッ……」

――自分は、生きることを許されたのか。

果実を食べる彼の頬を、ツーと涙が伝う。

「ウグッ……ウゥ……ウグッ……」

生き残った喜び、自分一人が生き残ってしまった罪悪感、仲間達が死んだ悲しみ。

胸の内に溢れ出る、ごちゃまぜの感情。

今まで死を覚悟していた彼は、その果実の味にようやく生を実感し、奥底からこみ上げる感情のままに、しばしの間泣き続けた。

――それから、少し気分が落ち着いてきた頃、彼はその時になって初めて、自身の身体の様子を確認する。

五体満足。

怪我は一つも存在せず、手足も指先までしっかりと動く。

母船が大嵐に呑まれた際、転がってきた樽に潰され足を折っていたはずなのだが、それが嘘だったかのように、当たり前のように身体が動く。

波に揉まれ、全身にあった打ち身も無い。

「もしやあれは、魔法薬だったのか……」

小瓶を飲まされた際、生き返るような心地を感じたのは覚えているが……恐らく、本当に生き返っていたのだろう。

あの男は、見ず知らずの自分のために貴重な魔法薬を使用し、しかもこうして食料と水を用意してくれたのか。

一応礼として、 一族の宝剣(・・・・・) を渡すことは出来たが……あれだけで、命の礼として足りただろうか。

「……いや、とても足りぬだろうな」

もう一度、しっかりと礼をしたいところではあるが、恩人の顔もわからなければ名前もわからない。

せめて、名前を聞いておくことが出来れば、その名を胸に刻んで生きるのだが……。

まあ、いい。

自分は、見ず知らずの誰かに助けられた。

その事実を忘れず、これからの一生を、生きていくことにしよう。

自分の子孫に、「俺は見ず知らずの男に命を助けられたのだ」と語り継いでいこう。

「――カムラ」

そう決意を固めたその時、ふと頭に浮かぶ、妻の姿。

そうだ。

生き残ったということは、彼女にまた、生きて会うことが出来るのだ。

今すぐ会いたい。

もう一度彼女と会い、抱き締め、色んな話をしたい。

愛した女の姿を頭に思い浮かべ、すぐに手を突いて立ち上がる。

「街は……こちらの方向か」

ありがたいことに、『魔界はあっちだ。翼で飛んで三日程』とすぐ隣のヤシの木に刻んである。

本当に……何から何まで。

「この恩、絶対に忘れはしない」

そして彼は、傍らの麻袋を担ぎ、その場を飛び上がった。

* * *

「魔王様、この包丁ちょうど良い切れ味ですねー。随分と綺麗な宝飾がなされていますが、どうされたのでー?」

「あぁ、それ、行きずりの魔族に貰ったんだ。よく切れるけど、かと言って切れ過ぎることもなく、いい感じだろ」

「以前魔王様が作っていらしたアダマンタイト製の包丁は、切ったらまな板も真っ二つにしましたからねー……」

彼の一族の宝剣は、その後恩人の家で、使いやすい包丁として大事に使われたとか、何とか。