作品タイトル不明
裏側《2》
――領主アーベルは、貿易禁止国との貿易を行っていたのだそうだ。
俺も深く関わっている、王都における諸々の騒動のせいで、物流の一部が大きく滞り、国の端に位置しているこの港はモロに影響を受けたらしい。
目に見えて民に食料が回らなくなり、このままでは餓死者が多数発生すると判断した領主アーベルが、出した答えは――密貿易。
長年敵対関係にあり、国交もなく、全面的に貿易が禁止されていたある国と、密かに商いをしていたのだそうだ。
どうもその国では、南方にあるため前世でもよく売れた香辛料の類が安価に手に入るそうで、こっそり仕入れた後は密貿易がバレないようまた別の国で高く売りさばき、そして自領に食料品を持って帰っていたらしい。
領主アーベルは俺達のことを、ダンジョン攻略とは別に、その調査をしに来たのだと思っていたそうだ。
自分が法を犯していることは重々承知していたようだったので、最悪の場合も覚悟しており、故にあれだけ堂々とした態度をしていたのだろう。
だが、今回の件に一番肝を冷やしていたのは、ポーザの港の領主ではなく――彼の執事と、その裏側にいる別の貴族である。
カロッタによる尋問で、ボロボロにされた執事が口にしたのは、自身がしていたのは俺達が攻略したダンジョンの方の監視という話だった。
つまり、海賊を嗾けてきたのは、あのドラウグルの魔王を嵌めた、ヤツの友人であったという貴族という訳だ。
そっちのヤツもまた、どうやら幾つかの情報から、あのダンジョンの魔王が自分が嵌めた元公爵であるという確証を得ていたらしく、監視要員としてあの執事を派遣していたようだ。
自分のした悪事が、バレないように。
だが俺達は、その危惧を現実にするように、ダンジョンの攻略を完了。
あのダンジョンの魔王と対峙した俺達に、秘密がバレたかバレていないかはわからないが……それならばとりあえず殺してしまえというのが、悪人だ。
ダンジョン攻略完了の報告を受けるや否や、予め指令を受けていた執事は、目星を付けておいた海賊船団に依頼を出し、ダンジョン攻略で消耗している俺達――全く消耗はしていなかったが――を襲わせ、証拠隠滅を図った。
領主アーベルの、密貿易の発覚阻止という理由を表向きのものにして。
ただ、ヤツらが誤算だったのは、俺達の総指揮官であったカロッタがバカでもマヌケでもない非常に有能な指揮官であり、融通が利き過ぎる程に利き、そして聖騎士に勇者に魔王という、過剰戦力を手駒として揃えていた、という点だ。
要するに、俺達がこの港にやって来た時点で、ヤツらはもはや詰みだったということである。
その海賊船団も返り討ちにあい、せめて証拠隠滅失敗の報を届けるべく執事は逃げ出そうとして、しかしそれも上手くいかずカロッタに捕まり、逆に情報を全て抜き取られてしまった、という訳である。
「アーベル、この間抜けに関しては我々がもらっていくが、いいな?」
「……あぁ。ソイツはもう、俺の身内じゃねぇ。好きにしろ」
領主アーベルは、領主館の中庭に連れて来られた若い執事を冷たい瞳で見下ろし、吐き捨てるようにそう言った。
「か、頭、俺は……」
「黙れ! テメェには、信用ってものの大切さを幾度となく説いたはずだ。テメェはそれを、見事踏みにじりやがった。二度と……二度と俺の前にその薄汚ぇツラを見せんじゃねぇ!!」
「ガッ……!!」
ボロボロの執事の顔面を殴り飛ばし、フー、フー、と鼻息荒く呼吸を繰り返してから、彼はこのままだと殴り殺してしまいそうだとでも思ったのか、無言で領主館の中へと入って行った。
――ちなみに、領主アーベルに関しては、法を犯してはいても悪事を働いていた訳ではないとして、情状酌量の余地ありと判断し見逃すことにしたそうだが……まあ、カロッタのようなやり手が、タダで見逃すはずもなく。
今後、教会陣営に全面的な協力を約束し、彼らの協力者として――というか、ほぼカロッタの手駒として、何か有事の際には動くよう話が付けられたようだ。
ただ、一方的な協力にしてしまうと、今後の禍根の種となってしまう可能性があるため、この港に対する全面的な食糧支援と経済協力はするそうだが、完全に『首輪』が付いた形なので、アーベルにとっては大分痛い結果となったのは間違いないだろう。
ホント、彼はクソ野郎を部下に持ってしまったせいで踏んだり蹴ったりの結果である。流石に同情するわ。
また、俺達が拿捕した海賊船四隻に関しては、そのまま領主が買い取るという形になったので、頭数で割っても一財産になる額がそれぞれに入ることになっており、加えて俺は海賊討伐に多大に貢献したということで、更にプラスして金が入ることになっている。
その支払い自体は、額が額であるため少し時期が開いてしまうとのことだったので、ネルに受け取って貰うことにした。
まあ、そのまま俺は受け取らず、彼女に全額くれてやるつもりなのだが。
俺、人間の国の貨幣とか、全く使い道がないので。稼ごうと思えば、魔境の森に生息する魔物の死骸を売れば、すぐに金になるし。
「さ、奴からの許可も得られたな。これで、晴れてお前は我々の客人となった訳だ」
「……クッ……」
「連れて行け」
クイとカロッタが顎で指示を出すと、それに従って聖騎士達が憔悴した様子の執事の両脇を掴み、傍に停めてあった鉄格子付きの馬車へと連れて行く。
「これで一件落着、と言いたいところではあるが……後は肝心の黒幕だな」
執事が馬車にぶち込まれる様子を見ながらそう言うカロッタに、俺は問い掛ける。
「そっちは、任せていいんだな?」
「あぁ、ここからは我々の仕事だ。これだけ証拠が揃えば、後は捕らえるだけ。これで逃げられたようでは、単純に職務怠慢としか言えんからな。任せてもらおう」
「……わかった、頼んだぜ」
不死王、アンタの恨みは、どうやら晴らすことが出来そうだ。
カロッタにバトンが渡った以上、きっとこれ以上なく痛快に、ソイツを追い落としてくれるだろうさ。
だから、これでしっかり成仏して、そして快く俺に、お前のダンジョンを明け渡してくれよ?
「良かったね、おにーさん。……これで心置きなく、あのダンジョンを活用出来るね」
こそっと、後半部分だけ小声にして、そう言うネル。
「……よくわかったな、俺の考えてること」
「おにーさん、気を抜いてる時は、すぐに顔に出るからわかるよ。……それに、僕もおにーさんのお嫁さんだからさ。これぐらいは、察せるようにならなきゃね」
若干照れながらそう言って、彼女は微笑んだ。
我が嫁さんが可愛過ぎて、もう吐きそうなんだけど、どうしよう。
「それで――わざわざこちらまで来てもらって申し訳ない、ギルドマスター殿」
そう、我が嫁さんの天元突破した可愛さに和んでいると、一連のやり取りを傍で見ていたポーザの港のギルドマスターに向かって、カロッタが口を開く。
「いえ、どうも色々と、大変だったようですからね……ともあれ、魔王討伐完了、非常に助かりました。こちら、討伐報酬です。ご確認を」
「うむ……確かに受け取った」
「攻略の過程で得られた魔物の素材などは、随時引き取りましょう。ダンジョンコアはどうされました?」
「コアは攻略の過程で壊してしまった。だが、幾つか買い取ってもらいたいものが――」
そうして、カロッタとギルドマスターが事務的な話を始める隣で、俺は後ろに控えていた冒険者パーティの三人組に話し掛ける。
「で……これでお前らは、アダマンタイト冒険者って訳か」
「おう、師匠。これで俺らも一角の冒険者だぜ!」
俺の言葉に、にっと笑みを浮かべてそう答えるレイエス。
「……まあ、結局私達、いる必要があったのかどうか、疑問に思うダンジョン攻略だったけれど」
「言うな、悲しくなるだろ……」
遠い目をしてそう言うルローレの肩を、ポンと叩いて首を左右に振るグリファ。
「気にし過ぎだ、お前ら。師匠が規格外過ぎてただの観光旅行かと思わんばかりに楽な仕事だったのは確かだが、昇格は昇格だろ?」
「アンタは能天気でいいわねぇ……」
ルローレが呆れたように言ったその時、カロッタとの話が付いたのか、ギルドマスターがこちらの会話に加わる。
「ワイ君、と言ったね。どうだい、君、ギルドに登録しないかい? 今なら特別に 魔銀(ミスリル) で登録してあげられるよ?」
と、彼の言葉の後に、グリファが言葉を続ける。
「ギルマス、あんちゃんを勧誘するんだったら、魔銀じゃあ確実にランク詐欺になんぞ。オリハルコンで、ようやく納得出来るぐらいだな」
「右に同意だ」
「左に同意ね」
「オリハルコンは流石に、他支部と協議して承認が必要になるからなぁ……三人がそこまで言うのなら、アダマンタイトまでならばギリギリ私の権限で許可が出せるが、どうだい?」
そう勧誘してくるギルドマスターに、俺は手をヒラヒラ振って答える。
「悪いが、どこかの組織に属するつもりはなくてな。勧誘はありがたいが、遠慮しておくよ」
「そうか……なら気が変わったら、いつでも言ってくれ。その時は、我々ギルドは君のことを歓迎しよう」
冒険者なー……本気でやったら、それはそれで面白そうだが、俺、討伐される側だからなー。
今持っている 赤銅(ブロンズ) の冒険者証だったら、一番低いランクだし仕事なんて全然しなくても何も言われないだろうが、アダマンタイトなんて上から二番目のランクになってしまったら、色々義務とか柵とかが生まれそうなのもあるし、俺にとっては邪魔になる可能性の方が高いだろう。
ちょっと、惹かれるものがあるのも確かなんだけどな。
「師匠と同業になったら、それはそれで楽しそうだがなぁ……」
少し残念そうにそう言うレイエスに、俺は笑って肩を竦める。
「別にこれで今生の別れって訳じゃないんだし、また一緒に仕事をすることもあるだろうさ」
特にコイツらは、中々有能だってことが今回の攻略でわかった。
仕事してないって自虐していたが、そんなことはない。案内も的確だったし、知識も豊富だったので、ダンジョン攻略中は「流石本職」としきりに感心したもんだ。
カロッタとも知り合いになったことだし、きっと今後、冒険者に対する仕事がある場合は、彼らを扱き使うのではないだろうか。
ならばその内、また会うこともあるだろう。
同じような感じで、一緒の仕事をすることになったりな。
「ま、そんじゃ、話も終わったことだし――」
チラリとネルの方に視線を向けると、コクリと彼女は頷く。
「――俺達は帰るよ」
「む、こんな時間にか? もう大分夜も遅い上に、馬車も出ていないが……」
俺の言葉に、怪訝そうな表情を浮かべるカロッタ。
「あぁ。俺とネルなら、別に昼だろうが夜だろうが大して差はないからさ。それに、実は内緒の帰りの手段を自前で持っていてな。帰ろうと思えばすぐに帰れるんだ」
ダンジョン帰還装置で、さっさとウチに帰るだけなので。
すぐ帰れるのに、わざわざあんまり寝心地の良くないこっちの寝具で一泊するのもちょっと嫌だし……。
もう帰りたい意思が前面に出てしまって、若干テキトーになっている俺の説明に、しかしカロッタや聖騎士連中、そして冒険者の三人組は妙に納得したような表情を浮かべる。
「……まあ、お前なら、そんな手段を持っていてもおかしくはないか」
「師匠なら、あるだろうな。こう……空でも飛んで帰るようなの」
「空間魔法なんかで一瞬で帰ったり出来そうね……」
カロッタの言葉の後に、レイエス、ルローレと言葉を続ける。
ルローレさん、当たりです。
「わかった、では、我々が王都に戻るまでの時間を考慮して……一週間程休暇を出そう、ネル。しっかりと骨を休めてこい」
「はい、ありがとうございます、カロッタさん!」
ネルの返事に、一つコクリと頷いてから、カロッタは次に俺の方を向く。
「仮面、これがダンジョン攻略に関する分のお前の報酬だ。海賊船に関する金は、前に話した通り、後日ネルに渡そう」
「あぁ、頼んだ。また何か仕事があるようなら、ネルに関することだったら受けるぜ」
「フッ、お前も相変わらずだな。うむ、その時はお願いしよう」
受け取った金貨入りの麻袋をアイテムボックスに突っ込み――そして俺は、周囲の者達に向かって言った。
「じゃあな、お前ら。楽しかったぜ」
「お先に、失礼しますね!」
「おう! またな、師匠に勇者の嬢ちゃん!」
「またその内、惚気話でも聞かせてくれたら、お姉さん嬉しいわ」
「仕事で一緒になったら、そん時はよろしくな」
――そうして俺とネルは、その場にいた面々に見送られながら、ポーザの港から出て行った。
しばらく歩いてから、マップで周囲に誰もいない場所まで来たところで、俺はアイテムボックスからダンジョン帰還装置を二つ取り出す。
「ネル、コイツの使い方は、覚えてるか?」
「うん、魔力を流せばいいんだよね?」
「おう、十分な魔力を流せば勝手に起動するからよ。――そんじゃ、帰ろうか」
そして俺達の姿は、闇夜に紛れるようにしてその場から消え去った。