軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

見送り

「ま、まさかその狼、いや狼様は……フェ、フェンリル様か!?」

「あぁ。ウチの家族の一人……じゃなくて一匹だ。リューが、ウチでメイドをやることを決めた一番の要因」

驚愕の表情を浮かべ固まるリューの親父に、俺は隣に佇む白銀の狼、リルの身体をポンポンと優しく叩きながら、そう言葉を放つ。

彼はしばらく全身の動きを停止させてから、やがてハッと我に返った様子で、リルに視線を固定させながら俺に向かって口を開く。

「こっ……ここでフェンリル様も、暮らしていると?」

「そうだ。アンタらがどんな反応するかわからなかったから黙っていたが……まあ、一応身内と言える存在になった訳だしな。隠しごとはやめておこうかと思って」

リルだけはずっと、彼らに見つからないようダンジョン近くから退避させていたのだが、ここまで来て隠し通すのも気が引けたので、ダンジョンまで呼んで姿を現させたのだ。

ちなみに、リルとシィ以外のペット連中は、現在ダンジョン領域にて周辺の魔物狩りを行わせている。

お義父様方がもうお帰りになられる、とのことだったので、森の外までは送っていくつもりなのだが、その道中危険が無いようにと、先に送っておいたのだ。

と、見ると、ウォーウルフの他のヤツらは、リルに向かって拝み始めたり、両膝を突いて土下座のような恰好で崇拝していたりと、なかなかの混乱っぷりが窺える。

うーむ……こうして見ると、やはり彼らにとってフェンリルという種は、神にも等しい存在なのだろう。

初対面の時のリューの反応は、まだ控えめだったようだ。

そう言えば、リューの元婚約者であるライノート君は、意識を取り戻すと同時「クッ……貴様、お嬢を泣かせたら、絶対に許さんからなぁ!!」と男臭い涙を浮かべながら俺に向かって啖呵を切り、それ以来ずっと仲間の者達に慰められている。

彼は彼なりに、リューのことは本気だったのだろう。

少し、悪いことをした気がしなくもないが……まあ、勝負に勝ったのは俺だ。

彼には潔く諦めてもらうことにしよう。

悪いな、ライノート君。

君に相応しい恋人を、新たに見つけることだ。

「……な、なるほど。ユキ殿の家族か……な、名前を伺っても?」

「モフリルと言う。愛称はリルだ。――リル、リューの親父さんだ。挨拶しろ」

「クゥ」

一声鳴いてリルは、眼を閉じリューの親父に小さく頭を下げる。

「こ、これはご丁寧にどうも。い、いつも娘がお世話になっております」

「父さま、それはリル様よりご主人に言う言葉っすね」

リルを前にして大分カチコチになっているリューの親父を見て、おかしそうに笑うリュー。

「う、うるさい、仕方なかろう! フェンリル様だぞ! 平静でなどいられるものか!」

「ま、気持ちはわかるっすけど。リル様は、とっても凛々しいっすからね!」

腕を組み、フフン、と誇らしげに腕を組むリュー。

「……リュー、得意げに言うのはいいが、お前も最初の頃は大分鬱陶しい感じだったからな」

「ご主人、それは今は秘密ということでお願いするっす」

そうっすか。

「それより、リュー!!ユキ殿に 嫁(とつ) ぐのみならず、フェンリル様にもお仕えするとなれば……お前の役目は重大だぞ。何か粗相をすれば、わかっているだろうな!?」

「そ、それは重々わかっているっす。でも、大丈夫っす。ウチはリル様ともとっても仲良しで、もう家族みたいなもんっすから! ね、リル様!」

と、リルに向かって笑顔を向けるリューに対し、我が愛しのペットは――。

「…………」

――何も言わず、フイ、とリューから顔を逸らした。

「……リル様? 何でウチから顔を逸らすんすか?」

「…………」

「リ、リル様、何か言ってくれてもいいんすよ? というか、こっち向いてくれてもいいんすよ?」

「…………」

「リル様!?」

と、リューの声に多大な焦りが混じったところで、リルがフ、と口元を緩め、逸らしていた顔をリューの方に向ける。

「……リ、リル様、もしかしてウチのことからかっていたんすか!?」

「クゥ」

「頷かないでくださいっす!!」

「ハハハっ」

その一人と一匹の様子に、俺は思わず笑い声を上げていた。

「……仲が良い、というのは、本当のことのようだな。そうか……ウチの娘が、フェンリル様と……」

「一年は一緒に暮らしている訳だからな。自然と仲良くはなるさ」

まあ、普段はここまで、リルがリューに気安くしている様子はないのだが。

恐らくこれは、リルなりのリューに対する気遣いなのだろう。

本当にコイツは、狼にしておくのが勿体ないぐらいのイケメン――いや、イケ狼だな。

「全く……飼い主に似てきたっすね、リル様も」

「ほう、どういう意味か詳しく聞きたいところだな」

「別に? 深い意味はないっすよ? ただ、リル様もご主人と同じくお優しい方だなって思っただけっす」

「そうかい。それならいいさ」

そう言って笑いながら俺は、ヒョイとリルの上に飛び乗る。

「――ほら、リュー」

――そして、リューに向かって手を伸ばした。

「……そ、それじゃあ、失礼するっす」

若干照れ臭そうに頬を染め、はにかみながらリューは、躊躇いがちに俺の手を取る。

「――って、ひゃっ……!」

俺は彼女をグイと引っ張り上げると、そのままリューの身体を抱え上げ、俺の前に座らせる。

彼女のフサフサの尻尾が俺の腹の辺りをくすぐり、サラサラのくせ毛の髪とツンと立った耳が、俺の目の前で自己主張している。

「……そういや、一応婚約者ということになった訳だし、この耳はもう俺のものってことでいいよな」

「いや、ウチの耳はウチのものっすから――うひゃっ? ちょ、く、くすぐったいっす!」

俺が彼女の耳に手を伸ばすと同時、ビク、とリューが身体を逸らせる。

「うーん、良い感触……レフィの翼も好きだが、これはこれで良い物だな。いや、でもこれなら、リルの耳の方が気持ちいいか? そうだな……これからに期待、ということで、75点!」

「人の耳勝手に触っといて大分失礼っすね!?」

ギャーギャーと騒ぐリューを華麗にスルーし、「……クゥ」と自身の背中で暴れる二人に対し困ったように鳴き声を上げるリルを見なかったことにして、俺はリューの耳に指を這わせ続ける。

アァ……この、コリコリ感が堪らない。

「うぅ、この、あひっ、セ、セクハラご主人! レフィ様に訴えるっすよ!」

「フハハハハ、バカめ! セクハラというものは、夫婦間であれば発生しない概念だ! だから俺は、今までお前の耳には触って来なかっただろう!」

「……い、言われてみれば確かに!?」

俺は紳士の中の紳士であり、決してセクハラ野郎ではないので。

だからこそ、今までずっと気になってはいたが、リューの耳と尻尾にも、レイラの角にも、我慢して触りたいと言ったことは一度もなかったのである。

……まあ、レフィの翼と角は、彼女と 番(つがい) になる前から弄り倒していた訳だが、アイツは先に俺の翼に触って来たので、別にいいのです。

「……ウッホン!」

と、その特大の咳払いに俺とリューはハッと我に返り、俺は徐に触っていた耳から手を離し、そしてリューは顔を真っ赤にして俯く。

見ると、リューの親父が頬に青筋を浮かべ、鋭い眼差しで俺のことを睨み付けていた。

……自身の娘と男が仲良くやっているところを見せられれば、そんな表情にもなるか。

「……夫婦となるのであれば、仲睦まじいことは良いことだろう。だが、そういうことは誰も見ていないところでやることだ」

「そ、そうっすね! さ、ご主人、早く皆を送るっすよ!」

「お、おう。――ゴホン、すまん、待たせた。とりあえず、森の外までは送ろう」

「うむ、助かる」

「次来る時は、そうだな……中に入ると危ないから、森の入口まで来てくれ。こちらから迎えに行こう」

それまでに、ここ、『魔境の森』のダンジョン領域をさらに広げていくことにしよう。

来年までの目標は、一番魔物が弱く、ウォーウルフの彼らがやって来た方向である南エリアを完全に俺の支配下に置くことだな。

「ありがたい。その時はお願いしよう。――お前達、出発するぞ!!今回はユキ殿とフェンリル様が付いておられるとはいえ、ここは未だ魔境の森。一時たりとも気を抜くでないぞ!!」

『オウッ!!』

ウォーウルフの部族の者達から放たれる、熱気の十分に込められた気合。

まあ、この近辺の魔物はすでに排除済みなので、何もいないんですけどね。

やがてそのことをリューの親父も感じ取ったようで、森の中をしばらく進んだ後、ポツリと言葉を溢す。

「……行きはあれだけ出現した魔物が、本当に全く姿を見せんな。気にしなくてよい、とは聞いていたが……」

「ここらじゃあ、圧倒的な上位者であるリルがここにいるからな。それに、俺の配下達も優秀なんだ」

俺はリューと一緒にリルの背中に乗ったまま、肩を竦めてそう言葉を返す。

「……改めて、魔王という存在の規格外さを感じられるな」

リューの親父はそう言って苦笑を浮かべ――そして、ふと思い出したといった様子で、言葉を続けた。

「そう言えば、ユキ殿。この近くの人間の国が、少し慌ただしくなっているようだ」

「へぇ? そうなのか?」

この近くというと、俺も会ったことのある王様が治めている、ネルが所属している国のことか。

名は、『アーリシア王国』だったな。

「うむ。何やら国の中枢で、政争が起こっているようだ。こちらにも、何か動きがあるかもしれん。まあ人間程度が、この森にもユキ殿にも敵うとは到底思えんが、少し注意しておくのがよかろう」

また政争か……まあ、俺はもうあの国で何か事を起こすつもりはないからな。

こっちから関わろうとしない限り、俺には関係のない話だろう。

……いや、一応、罠の類を充実させておくか。

あの国王との密約もあるし、こんな短期間でまたこの森に人間が攻め込んで来るとは思わないが、備えておくに越したことはないからな。

彼らを送ったら、再びしばらくダンジョンの改造に勤しむとしようか。

――この時、何が理由に政争が起こっているのかを彼に聞いておけば、俺が取った対応は、また別のものになったことだろう。