軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話:レイラの妹《2》

外に設置された、テラス席の一つ。

「そ、そうですか……そんなことが……」

屋台で俺達の分と一緒に買ってやった食い物の食べる手を止め、そう言葉を溢すレイラと同じ羊角の少女、エミュー。

「エミュー、心配を掛けましたねー」

「い、いえ!お姉様の方が、よっぽどお辛い思いをしたのでしょうし……」

ブンブンと片手を左右に振ってから、彼女は言葉を続ける。

「では……お姉様はもう、学術院には戻らないんです?」

「えぇ、あそこは飽き――閉鎖的環境であるので、何かを学ぶのならばともかく、より高次の研究を行うには適していませんからねー。今しばらくは、ユキ様のところに置かせていただこうと思っていますー」

おい、今「飽きた」って言い掛けなかったか?

珍しく普段はあまり聞けないレイラの本音が飛び出たぞ。

……レイラって、意外とアグレッシブな性格してんだな。

また、彼女の知られざる一面を知ってしまった。

「……わかりました、あのクソババアどもにはウチから言っておくです!だから、あっちのことは心配しなくて大丈夫です!」

「フフ……ありがとうございます、エミュー」

慈愛に満ちた表情を浮かべ、少女の頭を優しく撫でるレイラ。

この様子からすると、姉妹仲は良かったのだろう。

レイラがダンジョンでも幼女ズの面倒を見るのが得意なのって、この子の世話をしていたからなのかもな。

「……でもまあ、レイラ。一度ぐらいは里帰りしとかなくていいのか?その……心配してる人らもいるだろうし」

あまり家族構成などを聞いたことはないのだが、両親とか……いや、そうでなくとも、彼女らはあまり広いコミュニティは形成していないみたいだし、血の繋がりは無くとも心配している人も多いんじゃないだろうか。

一度ぐらい本人が、無事であると顔を出しておいた方がいい気もするが……。

「そこは、お気になさらずー。私達羊角の一族は、物心付いたその時から、各々の持つ好奇心のままに突き進む一族ですからー」

「……つまり、レイラみたいな例は、そんな珍しくもないと」

「えぇ、この子などはまだ幼いので、恐らくあと数年は里にいるでしょうが、私以外にも里を離れた者は数多くいますのでー。……里帰りなら、リューに進めた方がよろしいかと思いますー」

「へ?リュー?」

何故ここで、我が家のポンコツの方のメイドの名前が出て来るんだ?

「あの子、家出をして、そのまま人間に捕まりましたからねー。恐らく、彼女のご両親は相当心配なさっているかとー」

「えっ……初耳なんだけど」

「……そう言えば、黙っているという約束をしていたの、忘れていましたー」

少しだけ「あっ……」というような、やっちまった、とでも言いたげな表情を浮かべ、そう溢すレイラ。

……マジかよ、アイツ、家出娘だったのかよ。

確かに、実家の人間を見返してやる、とかそんなことを言っていた気もするが……。

「そりゃ……よくないな。……一度、里帰りさせるか?」

「私に黙っているよう言っていたぐらいですので、恐らくは嫌がるかと……ですが、確かに一度くらいは彼女と、お話しておいた方が良いと思いますー」

「あぁ。帰ったらそうしよう」

行方のわからなくなっていた娘が、いつの間にか知らない男のところでメイドをやらされていた。

……俺だったら多分、相手の男のこと殺しちゃうかもしれんな。

余計な敵意を買わない内に、ダンジョンに戻ったらリューとしっかりお話することにしよう。

「とにかく、魔王!お姉様のことを助けてくれて、ありがとです!でもでも、お姉様を泣かせたりしたら、絶対にぶっ殺してやるです!そこんとこ、ちゃんと覚えておくです!」

「おう、わかった。それよりレイラの妹よ。タレが落ちるぞ」

「へ?……わひゃぁっ?ウチのローブが!?」

彼女が手に持っていた、焼きとうもろこしモドキに掛かっていたタレがべとっと落ち、彼女のローブを汚す。

「あら。エミュー、ちょっと大人しくしていなさいねー」

それを見てレイラが、やれやれといった様子でハンカチを取り出し、落ちたタレを拭う。

「あっ、お、お姉様!ウ、ウチはもうそこまで子供じゃないです!」

「子供じゃないなら、もっと手元をよく見ることですー」

その彼女らの微笑ましいやり取りに、俺は思わず「ハハ」と笑いを溢していた。

「むっ、ま、魔王――」

「エミュー、魔王ではなくユキ様とお呼びなさいー」

「ぐっ……ユ、ユキ!お前、何を笑ってやがるです!」

「いや、仲が良さそうだなと思っただけだ。な、エン」

「……ん。主とエンみたい」

「ハハ、あぁ、そうだな」

可愛いことを言ってくれるエンの頭を、俺は優しく撫でる。

「……そういや今更だが、エミューは何で王都にいたんだ?」

「それはもう、闘技大会を見に来たに決まってるです。今年は凄いんですよ!予選の試合で、咆哮だけで相手を全員倒してしまった選手がいたり!あの仮面様……遠くでよく見えなかったですが、きっとどこかのスゴい戦士なのでしょう!」

「あぁ、うん……そうか」

キラキラと目を輝かせてそう言う彼女に、俺は苦笑を溢す。

それ、俺なんだぜ、と言ったら、この子はどんな顔をしてくれるだろうか。

「……エミュー、一人で来たのですかー?」

「一人ですが、大丈夫です!ちゃんと、クソババア師匠から護符の類も貰って来ましたし!」

エミューはごそごそとローブの内側を探ると、その中から取り出した数枚の紙の札を、心配そうな声音のレイラに向かって見せる。

反撃の護符:これを持っている者に攻撃を加えた際、その攻撃を弾き、威力を倍化して敵対者に返す。登録者エミュー以外が触れようとした場合、その者に致命的ダメージを与える。品質:A+。

結界の護符:一定範囲内に敵性存在が侵入した場合、これを持っている者に敵の存在を報せる。登録者エミュー以外が触れようとした場合、その者に致命的ダメージを与える。品質:A+。

身代わりの護符:致命的ダメージを食らった場合、三度までその攻撃を無効化する。登録者エミュー以外が触れようとした場合、その者に致命的ダメージを与える。品質:A+。

お、おぉ……物凄い効果の札だな。

確かにこれだけのものがあったら、未だ幼さの残る彼女が一人でこんなところまで来ても、かなりの安全は確保出来るだろう。

「お師匠様製の護符なら……まあ、確かに安心ですねー。ですが、もうしばらくは私達も王都にいますので、何かあったらすぐに頼ってくださいねー?私達は、今はあのお城に泊まっていますのでー」

「わかりました、城ですね――城!?あの魔王城ですか!?」

「えぇ、ユキ様が、この魔界の王にご招待されましてー。その伴として、一緒に置いていただいているのですー」

「な、なるほど……こ、この男が、ですか……」

「見直したか?」

ニヤリと笑みを浮かべてそう言うと、エミューはフン、と鼻を鳴らして、俺から顔を逸らす。

「で、でも、それぐらいじゃ、お姉様に相応しい男とは認めないです!!お姉様に相応しい男になりたかったら、闘技大会に出ていた仮面様みたく、あんな人外染みた強さを得ることです!!」

「ハハ、精進するよ」

笑ってそう言ってから俺は、屋台で買った肉の串焼きを、口に運んだ。

と、飯を食いながら談笑していると。

「……にゃ?ユキかにゃ?」

その聞き覚えのある声の方向に振り返った俺の視界に映ったのは、猫耳。

「――お?ナイヤか?」

それは、この王都へと向かう馬車で出会った猫獣人の女性、ナイヤだった。

「よぉ、ナイヤ。ミーレとルイーヌは一緒じゃないのか?」

「アイツらは、今日は別行動にゃ。ウチらもいっつも一緒に行動している訳じゃないにゃ」

まあ、そりゃそうか。

「それよりユキ、ギルドに顔は出したんかにゃ?ウチ、子連れの男がギルドに来たら教えて欲しいって職員に言っておいたんにゃけど、そういうヤツが来たとは聞かなかったにゃ」

そう言って、後ろから俺の首に腕を回し、身体をもたれかからせて来るナイヤ。

女性らしい香りが鼻孔をくすぐるが……しかし、大丈夫。

彼女はリューやレフィと同じ起伏の乏しい身体付きなので、そこまでグッと来ることもないのだ。

フッ、俺も、いつもいつも誘惑を断ち切れぬ訳じゃないのだよ。

猫耳を目の前に持って来られたら、ちょっと危なかったかもしれんがな!

だからエンさん、あの、そんな隣でスッと眼つきを鋭くしなくても大丈夫です。

「いや、まあ、実は一回行ったんだけどな……正直言うと、普通過ぎてすぐ帰っちまったんだ」

魔界のギルドは、まあ、うん……普通の事務所でした。

建物は大きかったし、活気もそこそこあったのだが、ぶっちゃけ殺風景で人間の街のギルドと比べてあんまり面白みが無かったので、チラリと覗いてすぐに帰ってしまったのだ。

「にゃはは!確かにあそこは、あんまり面白いところじゃないにゃ。……なら、どうにゃ、ユキ。今度二人っきりで、ウチがもっと面白いところでも――」

「……駄目」

そう言って、俺の腕をくい、と取るエン。

「まおっ――お、お前!レイラお姉様というものがありながら、ハ、ハレンチです!!」

そして、何故か少し顔を赤くしながら、俺に咎めるような視線を送って来るエミュー。純粋か。

「……その通り。主、エンというものがありながら、浮気は駄目」

「いや、エンさん、文脈が微妙に変わってるし、それに誤解だ。浮気をするつもりなんて毛頭ないって」

「……でも、今顔がにやけそう……だった」

「ま、待て。今回に関しては断じてそれは違うと言わせてもらうぞ!」

思わずそうツッコんだ俺を見て、ナイヤがころころと猫らしく笑う。

「にゃはは、相変わらずユキはモテモテだにゃあ」

「お、お前、誰のせいだと……」

俺は彼女にジト目を送ってから、コホンと咳払いして言葉を続ける。

「あー、その、お誘いは嬉しいんだが、実はあんまり暇が無くてね。それに、そういう類のお誘いに乗っちまうと、後で嫁さんにぶっ殺されてしまうから、勘弁してくれ。嫁さん、何故かやたらと鼻が良いんだ。悪いな」

「そうかにゃ。ま、ちょっと残念にゃが、実はウチも言う程暇じゃないんでにゃ。冗談にゃ」

「……そういう冗談は俺にいらない被害が来るからやめてくれ」

「そりゃあ、無理にゃ。ユキは面白いから、からかい甲斐があるにゃ」

……そんなこと、初めて言われたぞ。

「……ナイヤ。主は、渡さない」

「にゃは、そりゃ残念。――そんじゃあ、ここらでウチは帰るとするにゃ。じゃーにゃ、プレイボーイ」

そう言って彼女は俺の首から腕を外し、エンの頭をぐしぐしと撫で、そして最後にこちらにウィンクを送ってから、人混みの中へと消えて行った。

「……ハァ、なんつーか、嵐にでも遭った気分だな」

「フフ、彼女がいると、場が和みますねー」

「いや、和んでたか…‥?」

俺には逆に、場を乱していったように見えたんだが……。

まあ、ああいうタイプは一人いると、話は盛り上がるだろうがな。

「……全く。主は目を離すと、すぐに浮気する」

「そうです!!やっぱり、魔王は欲望に忠実な色ボケヤローです!!こんなヘンタイに、レイラお姉様は任せておけねーです!!」

「色々と俺としても言いたいことはあるんだが、とりあえずお前ら、冷める前に飯を食え」

――こうしてこの日、飯を食った後、俺達はレイラの妹を彼女の泊まっている宿まで送ってから、別れることとなった。

彼女とは再びひょんなところで出会うことになるのだが、この時の俺は、まだそのことを知らない。