軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勇者《3》

「……これは、貴様が張った障壁か」

森の奥から、まるで闇を滲み出るようにして現れる、黒尽くめの者達。

数は……三十から四十程か。

その中から、部隊の指揮官であるのか、一人の黒尽くめの男がネルへと言葉を放つ。

「そうだよ。これは僕が本気で張った結界だから、ちょっとやそっとじゃ壊れない。通りたかったら、僕を倒していくことが一番いいだろうね」

「フン、そのようだな――やれ」

ただ無感動に、そう指揮官が呟くと同時、黒尽くめの者達は一斉に動き出し――しかし、先に敵集団へと突っ込んでいったのは、ネルだった。

「シッ――!!」

裂帛の気合と共に、聖剣を一閃。

剣の切っ先が一番手前にいた敵を斬り裂き、そしてその攻撃の結果を確認する間もなくネルは、さらにその場で彼女の固有スキルである『俊足』を発動して一気に敵の指揮官へと突っ込んでいき、剣を振るう。

「チッ……!」

が、銃弾のような勢いのその一太刀は、不意を突いて敵指揮官の胴を浅く薙ぐも、残念ながら致命傷には至らず、ギリギリで回避される。

そこへ、瞬時に飛んで来る迎撃の矢。

「我が敵を穿て!『セイクリッド・アロー』!!」

ネルは詠唱しながら機敏な動作でそれを躱し、出現させた数十の光の矢をお返しとばかりに撃って来た相手へと向かって放つ。

刹那遅れて、数人の倒れる音。

と、その間に別の黒尽くめの者達が、懐からダガーやナイフなど隠密性に優れた武器をそれぞれ取り出し、同時にネルへと襲い掛かる。

「隠せ!『隠逸の結界』!!」

彼女は自身に迫る敵の姿を視認するや否や、周囲に夜の暗闇よりもなお一層暗い円状の結界を出現させ、自身の姿を敵から隠す。

躊躇する間も無く、黒尽くめの者達はその暗闇の結界へと向かって武器を繰り出し……だが、彼らの武器に、返って来るはずの感触は無かった。

「ハァッ!!」

暗闇の結界を張ると同時、地面に倒れる程低く身を倒していた彼女は、周囲の黒尽くめ達の胴を目掛け聖剣をグルンと一回転させる。

剣から伝わる、肉を断つ感触。

頬に飛び散る血痕。

そのまま彼女は、倒れる黒尽くめの者達を一顧だにせず暗闇の結界の中を飛び出し、再び固有スキル『俊足』を発動して、敵の指揮官へと爆発するかの如き勢いで突っ込んでいった。

彼女の狙いは、この男。

この絶望的な戦力差の中で一縷の望みを見出すならば、敵部隊の指揮官であるこの男を倒し、黒尽くめ達の指揮を混乱させるしかない。

そんな思惑の下に突っ込んで来たネルに対し敵指揮官は、しかし二度目の俊足はしっかりと警戒していたらしく、今度はどこも斬られることなく引き抜いたダガーで攻撃を受け流す。

ネルは、さらに一歩踏み込んで追撃を仕掛けようとするも、その瞬間危機察知スキルに反応。

「ッ……!」

スキルの伝えて来る情報に従い、咄嗟に首を捻って背後から飛翔して来た小さめの矢を回避。

だが、その攻撃に合わせて眼前の敵指揮官から放たれたダガーの剣戟を避けることが出来ず、肩口の辺りを浅く斬り裂かれる。

「 痛(つ) ぅ……ッ!!」

すぐに飛び退って距離を取るネルの視界の端にチラリと映ったのは、先程斬り捨てたはずの黒尽くめの一人が、地面に倒れ一目で致死量とわかる大量の血を流しながらも、腕の仕込みボウガンをこちらに向けている姿。

――厄介な……!

あの黒尽くめは、もうじき動かなくなるだろうが……しかし、確実に戦闘不能にしなければ、自身の死を厭わぬ攻撃を受ける可能性がある訳だ。

厄介極まりないと言うほかに無いだろう。

「距離を取れ!!奴の懐に入るな!!」

と、その敵指揮官の指示に従い、黒尽くめの者達は間合いを詰めずに弓を引き、彼女に向かって一斉に矢を放った。

ネルは転がるようにして避け、聖剣を振って幾本かの矢を斬り落とすも、その全てを防御するには到底叶わず、ズササ、と数本が彼女の身体に突き刺さる。

「いッ……ああああぁッ!!」

痛みを吹き飛ばすように叫びながら彼女は、今度は標的を変更し、周囲の鬱陶しい黒尽くめ達へと向かって踏み込む。

その方向にいた黒尽くめ達はすぐに距離を取って逃げようとするが、しかしネルの踏み込む速度の方が速く、その剣が敵の一人を捉える。

そこで彼女は動きを止めることはせず、流れるように連撃を放って付近の敵に致命傷を与えていき、そして再び大量の矢が降り注いで来たところでその場から大きく飛び退り、もう一度結界の壁を背にして聖剣を正中に構えた。

「へへ……この程度じゃ、僕は倒れないよ。ちょっと、数が少ないんじゃないかな?」

なお敵に囲まれながらも、不敵な笑みを浮かべるネル。

「……そのようだ。では、数を増やすとしよう」

そう、敵指揮官が言葉を溢すと同時――。

続々と森の奥から(・・・・・・・・) 新たに現れる(・・・・・・) 、黒尽くめ達の姿。

その数は先程よりもなお多く、もはやパッと見た限りでは、数を判別することが出来ない。

「貴様は、危険だ。翼人族の間抜け共よりも、ずっとずっと危険だ。故に我々の敵となる以上、貴様は、ここで殺す」

まるでその資質を見定めるかのようにネルへと鋭い視線を送っていた敵指揮官は、彼女の勇者としてのポテンシャルの高さを見抜きでもしたのか、無情にもそう言い放つ。

――あー……。

ネルはその光景に、思わず達観したかのような面持ちで、苦笑を浮かべていた。

――余計なことは、言うもんじゃないなぁ。

* * *

「ハァ……ハァ……」

どれだけ、剣を振るっただろうか。

腕は棒のように重く、身体は鉛のように鈍重で、ちょっと経験したことのないだるさが全身を蝕んでいる。

喉はカラカラで、激しい空腹が襲い、頭がフラフラして今にも倒れそうだ。

……少し、血を流し過ぎたかもしれない。

身体を走るいくつもの斬り傷や、肩や脇腹に刺さったままの矢から彼女の血が耐えず流れ出し、刻一刻と体力を奪っていっている。

片目などは、額から流れる血のせいでロクに開くことが出来ない程だ。

魔力は、底を突いて久しい。

彼女の使用する聖剣、『デュランダル』にも魔力が内包されているため、今はそれをやりくりしてどうにか魔法を発動しているが……じきにその魔力も、切れるだろう。

――日は、とうに昇っていた。

ネルが張った巨大な壁、『絶域の結界』はとっくに解けて無くなってしまっており、そのため彼女は今、森の中を逃げながら敵と戦っている。

どうも敵の集団は、狙いを逃げた翼人族の集団ではなくネルに定めたらしく、彼女のことを執拗に追い掛け始めたのだ。

恐らくは、翼人族の残り少ない戦士と、戦えぬ者達を追い詰めて殺すよりは、今ここで彼女を逃がすことの方が後々の脅威となり得ると判断したのだろう。

ネルの、味方を逃がすという目的に関しては、達成せしめたと言えるだろうが……有り体に言って、絶体絶命である。

地を這い、泥の中を進み、『惑いの結界』で敵を撒き、『隠逸の結界』で身を隠し、ありとあらゆる逃げるための手段を講じてはみたものの……どうやら敵は、追跡のためのスキルでも持っているらしい。

結局最後には見つかって接敵することとなってしまい、その残り少ない体力をゴリゴリと削られるハメに陥っていた。

極限の緊張と不安の中を、どうにかギリギリのところで生き延びているが……全身を襲う疲労度は、もう限界に近い。

――もはやネルは、自分がどれだけの敵を倒し、どれだけの時間を戦い続けているのかすらもわからなくなっており、ただただその生存本能のままに剣を振るっていた。

そうして、森の中を逃げ続けていた彼女だったが――唐突に開ける、視界。

「…………ッ!」

――しまった。

そこに広がっているのは、嫌になる程に見渡しの良い、 草原(・・) 。

どうやら、逃げ惑い続けている内に、森を抜けてしまったらしい。

「フン……随分手間取らせてくれたな」

と、ネルの背後から聞こえる、偏執的なまでに彼女を追い続けていた、敵指揮官の男の声。

ネルは即座に振り返り応戦の構えを取るが、しかし初動が遅れてしまったため、懐へ踏み込んで来た一人の黒尽くめの、胴への拳をまともに食らってしまう。

「ぐふっ……!」

飛びかける意識。

そして、ネルの下へともう一人別の黒尽くめが詰め寄って行き、身体をくの字に曲げて動きの鈍った彼女の、聖剣を掴んでいる方の手を蹴り飛ばした。

体力が尽きかけ、握力の低下していた彼女は聖剣を握り続けていることが出来ず、そのまま手放してしまう。

そうして武器を無くしたネルの腕を、黒尽くめの者達は片腕ずつ乱暴に掴み、膝を裏側から蹴って折らせ、完全に身動きを取れなくさせたところで、敵指揮官の前に跪かせて差し出す。

「ハァ……ハァ……見せしめにでもして、殺すつもり?」

一思いに殺さない黒尽くめどもに対し、ネルは眼前の男をキッと睨み付けながら、荒い息と共にそう言葉を吐き出す。

「散々手こずらせてくれたんだ。これぐらいはいいだろう。――それにな。少しだけ、気が変わった。俺は、強い女が好きなのだ。貴様のような、強い女が、な」

「僕は、君みたいなのは、嫌い」

間髪入れずにそう吐き捨てるネルに対し、敵指揮官はニヤリと笑みを浮かべ、彼女の前にしゃがみ込む。

「それだ。その、決して折れぬ態度だ。我が屋敷に持ち帰り、その身に嫌と言う程教育を……そう、教育をしてやったら、貴様はどれぐらいで俺に尻尾を振るようなるかな?」

ニヤニヤと笑みを浮かべながら、ネルの頬へと指を這わせる敵指揮官。

その気持ち悪い手つきに、ネルはまるで身体に虫が這うかのような悪寒に襲われるが、なお毅然とした態度を崩さず、相手を睨み付け続ける。

「まあ、それに俺の部下をこれだけ 殺(や) ってくれた貴様の実力を、ここで散らすのは少々勿体ない。どうだ、今からでも俺達に鞍替えしないか?十分に、良い思いをさせてやるぞ……?」

自身の顎をクイと掴み、そう言う敵指揮官の言葉に、ほぼ反射的に反発しそうになったネルだったが……しかしグッと言葉を呑み込んで、なるべく感情の昂ぶりを感じさせないよう、平坦な口調で口を開く。

「……仮に僕が付いて行くって言えば、僕の仲間は、見逃してくれる……?」

「あぁ、勿論だ。もう、あの者達などどうでもいい。約束しよう」

空虚な笑みを浮かべ、白々しくもそう抜かす、黒尽くめの指揮官。

「……そう」

ネルは、わざと吟味するような表情を浮かべ、身体の強張りを 解(ほぐ) し、なるべく抵抗の意思がないような姿勢を見せる。

彼女の思惑通り、抵抗する様子のないネルの素振りに気を抜いたのか、敵の拘束が少しだけ緩んだ。

――その油断を、彼女は見逃さない。

腕の拘束が緩んだ刹那の隙に、左腕を思い切り振って力尽くで拘束を解いたネルは、腰から瞬時に抜き放った ソレ(・・) で、抜き放つ動作のままに自身の顎を掴む敵指揮官の手首から先を斬り落とす。

「――ッぁグああァッ!!」

そして、ついでとばかりに彼女を押さえていた黒尽くめの二人の腕も軽く斬り裂いてから、底を突きかけているなけなしの力を振り絞ってその場を大きく飛び退り、ソレを逆手に持って構える。

彼女が握っているのは――『月華』。

ある青年から貰って以来、ずっと肌身離さず身に付けている、一本の短剣。

この短剣に見合う実力を付けたいがためだけに猛特訓し、短い期間ながらもすでに彼女は、『短剣術lv3』のスキルすらも獲得している。

「さっきのお誘いの答えを言ってあげるよ!!断る!!君みたいなヤツの仲間になるぐらいなら、僕はここで戦って、死んでいくさっ!!」

それにどうせ、ネルが仲間になると言ったところで、この者達が他の者達に手を出さないという約束を守る可能性は、猫が鍵盤の上をデタラメに歩いて、一つの曲を奏でる可能性と同等ぐらいだろう。

つまり、皆無だ。

であるならば、少しでも仲間の生存率を上げるためには、ここで出来る限りで暴れる方が、効果は高いはず。

「ッッッ!!ならばせいぜい後悔して死んで行けッ!!貴様らッ、絶対にその女を捕らえろ!!すぐに殺すんじゃないぞ、痛めつけ、屈辱を味わわせ、凌辱の限りを尽くしてから切り刻んでぶち殺せッッ!!」

敵指揮官は手首を失った方の腕を庇いながら、口角泡を飛ばし、怒鳴りつけるようにして指示を出す。

――僕は、死んじゃうだろうな。

迫り来る黒尽くめ達を見て、ただ、そう思う。

だが……どうせ、死に掛けの命だ。

それを、仲間のために捧げ、最後まで戦い抜いて死ねるのであれば。

本望だ。

自分は未熟者だが、しかし、勇者の名に恥じぬ活躍が出来たと言えるのではないだろうか。

――おにーさんにもう一度会えなかったのは、残念だけど……でも、あの人なら、間違いなく皆のことも守ってくれるはず。

いつものように何でもないような顔で、ビックリするようなことをして皆を助け、そして同時に驚かすのだ。

彼のことを考えた時、自然と彼女の口が、笑みの形に変わっていた。

――やがて、狭まる敵との彼我の距離。

それを前にして胸に浮かぶは、ごちゃ混ぜの感情。

恐怖、苦悶、心配、不安、怒り、悲しみに――なお止むことのない、溢れ出る闘志。

「――あああああぁぁぁッッッ!!」

ネルは、胸の内を荒れ狂う様々な感情を込めて、魂の奥底から叫びを上げ――。

――突如、空から物凄い勢いで落ちて来た何かが、激しい地響きを発して、草原に落下した。

それは、とても強い衝撃で、土煙を高く高く舞い上げる。

同時に、迫って来ていた黒尽くめの男達が、その衝撃に弾かれるようにして吹っ飛んだのが、咄嗟に腕で顔を庇った彼女の視界の隅に映る。

「――よぉ、ネル。元気か?」

そして――その声は、煙の向こうから聞こえて来た。

その声は、彼女が待ち望み、少し前まで思い浮かべていた、その人の声。

やがて少しずつ土煙が晴れていき、その向こう側に、大きな武器を肩に背負う一人のシルエットを浮かび上がらせる。

――あぁ。

「……もう。遅いよ、おにーさん」

泣きそうな、嬉しいような、そして胸を焦がすような、複雑な心の内を感じさせる声音で。

ジワリと目尻を潤せ、口元は少しだけ拗ねたように尖らせて、彼女はそう、言葉を紡いだのだった。