軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

酒場の乱闘《1》

「――それじゃあ、何かあった時の待ち合わせはこの酒場にしようか。飯、旨かったし」

「うん、わかった。それが良さそうだね。ご飯、美味しかったし」

運ばれて来た飯を食いながら詳しい話を詰めた後、ネルとそう言葉を交わす。

その「何かあった」際には、勇者に『通信玉』というテニスボールをもう一回り小さくしたサイズの玉を渡したので、それで連絡を取ることになっている。

まあ、通信玉と言ってもケータイみたいに話せる訳ではなく、これは使用者が魔力を流すことで、 対(つい) となっているもう片方の玉を光らせるという、単純な魔導具だ。

用があったらこれを光らせる訳だな。どちらかというとケータイより呼び鈴が近いだろう。

勇者には『白』と『赤』の二つの通信玉を渡してあり、『白』を使用した時はただの連絡、『赤』を使った時は緊急の要件があった際に使用するよう言ってある。

まあ、赤を光らせるような緊急事態の時はこの酒場まで来るような余裕はないだろうが、しかしこの通信玉にはもう一つ能力があり、対となる通信玉の位置を漠然とだが示すことが出来るようになっている。

これで片方に何かヤバい事態があった時でも、もう一方がその現場に急行することが可能になる。

魔界では味方の少ない俺達が、出来る限りで相互に協力し合おうという訳だ。

フフフ、勇者は戦力としてかなり期待出来るからな。

これで魔界における俺達の身の安全も、グッと高まるという寸法よ。

向こうからしても同じ思いだろうし、まさにWin-Winの関係と言えるだろう。

ただ、その性質上アイテムボックスにしまえず、ずっと持ち運んでいる必要があるが……その欠点を差し引いても、通信手段の乏しいこっちの世界じゃ十分に便利なものだろう。

ネルの友人の宮廷魔術師ちゃんも、血走った目で通信玉を弄り倒していたしな。弄るのはいいけど壊さないでね。それ、結構DPしたんだから。

ちなみにウチの知識欲の権化であるレイラさんは、城にいた時すでに満足するまで散々調べ尽した後なので、今回は穏やかな顔をしていました。

まあ、それでもまだ気になるところがあるのか、こちら側の通信玉はレイラが持っているのだが。

アナタもそれ、壊さないようにね。

「……ねぇ、おにーさん。今ちょっと目に映ったんだけど、おにーさんが薬指に付けてるソレって……」

「え?あー……その、レフィに貰ったもんだ」

ネルの質問に、俺は少し気恥ずかしい思いで彼女へと指輪を見せながら答えた。

「そっ、それってつまり――」

「おう。俺、レフィと結婚した」

「け、け、け、結婚!」

「何だその反応」

素っ頓狂な声を上げるネルに、苦笑を溢す。

「そ、それっていつのこと?」

「ちょっと前だな。お前と王都で別れた後だ」

「そ、そっかぁ……」

俺の指に嵌められた指輪を、まじまじと見詰めるネル。

「……お、おにーさんとレフィが仲良いのは知ってたけど……結婚かぁ……二人は、そこまでの仲だったんだね」

そう言って彼女は、何故か少し寂しそうな表情を浮かべた。

俺はその表情の理由がわからず、口を開こうとした――その時。

ガコン、と酒場の扉が、激しく蹴り開かれる音が俺の耳に届く。

スッと視線を二階席から降ろした俺の視界に映ったのは、ガラの悪い男が数人。

男達はゾロゾロと連れ添って、何かヘラヘラと笑いながら店の中へと入って来る。

……おぉ、すっげ。

ここから見ているからよくわかるが、俺以外の酒場の客達の意識が今、一瞬であの男達に向いたぞ。

「おい、アイツら……」

「あぁ。ゲジュウとその一派だ。最近、調子に乗って暴れているそうだな……」

客がひそひそと話すその声を、魔王の強化された聴覚がしっかりと捉える。

お、何だ、有名人か?

けどこの様子じゃあ、あんまり良い意味での有名人じゃなさそうだな。

「……アァ?何見てんだテメェら!」

と、自分達へ注目が集まっていることに気が付いた男達の一人が、店の内部の他の客に向かって怒鳴り声を上げる。

それを聞いた客達は、見るからに面倒くさそうなヤツらと出来るだけ関わり合いにならないようにと、すぐにその野郎どもから顔を逸らした。

「チッ……ゲジュウさん、行きましょう」

「うむ」

どうやら、男達の中央でふんぞり返っている、やたらと筋肉質――というか、なんか筋肉が本体、みたいな。

理科室にある人体模型の筋肉に、もう少し皮膚を付けた、みたいな、そんなちょっと気持ち悪い身体の青年が、ガラの悪い男達のリーダーらしい。

だけど、アイツ……。

男達はそのまま酒場の中を進むと、二階席まで上がり、階段のすぐ近くの席にどっかりと腰を下ろす。

「オラッ、ウェイトレス、早く注文取りにこいや!!」

「は、はい!ただいま!」

その怒鳴り声に、店の中を切り盛りしていた悪魔角と悪魔尻尾のウェイトレスが慌てて駆け寄って行く。

あーあー。可哀想に、あのウェイトレス。

接客業って、ああいうタチの悪い手合いが、結構な頻度で現れるから面倒だよな。

一週間店をやってれば、一人ぐらいは確実に現れるよね。

よくわかる。

「……ゲジュウと言えば確か、どこかの公爵の息子でしたねー。権力があり、本人もそこそこ強いので、結構好き勝手にやって、方々から恨まれているとかって話ですー」

その彼らの様子をひどく冷めた目で見るレイラが、こそっと俺に耳打ちする。

ふーん……あれだな、どこにでもいる、典型的なバカ息子というヤツか。

……でも、そうか。もしかするとアイツ…… アレ(・・) のせいでそんな、非行に走るようになったのかもしれない。

周りも、相手が偉いヤツだからと指摘するのを 憚(はばか) って、今まで何も言ってこなかった可能性もある。

……なんか、そう考えるとちょっと、いや大分寂しいヤツだな。言わば、裸の王様か。

こういうのは正直、ガラじゃないんだが……でもここは、彼の今後のためにも、言ってやった方がいいだろう。

そう決心した俺は、男達の方を向いて、座っていた席を立ち上がった。

「えっ、あ、ちょ、ちょっとおにーさん!」

その俺の様子を見て、ケンカを売りに行ったとでも勘違いしたのか、ネルが焦ったような声色で俺を止めようとする。

大丈夫だ、ネル。

別にケンカを売る訳じゃないからさ。

「――なあ、アンタ」

「……アァ?何だ、テメェは?」

近づいて来た俺に、男達の一人が声を荒げるが、用があるのはお前じゃない。

怪訝そうにこちらを見る男達のリーダーの筋肉青年に対し、俺はバカにしていると思われないよう、なるべく相手を 慮(おもんばか) ったような声音で、話し掛けた。

「その……ワックス、やろうか?」

「……は?」

唖然とした顔で、疑問符を浮かべる筋肉青年。

「あ、えっと、ワックスってのは髪を整えるための油だ。もうちょっと、その……自分のことは、大切にしてもいいと思うんだ。あんまり自棄にならずによ」

そう俺は、彼の頭頂部を見ながら言葉を掛ける。

そう、この筋肉青年。

―― 若ハゲ(・・・) だったのである。

それも、ただの若ハゲではなく、かなり進行した若ハゲ。

もはや頭頂部の毛は一切なく、しかし側頭部の毛だけはなんかすっごいフサフサしている。

まあそれだけならまだ俺も、ただ可哀想にと思うだけで済むのだが……しかしこの筋肉青年、もう開き直っているのか、それともヤケクソになっているのか、無駄に長いその側頭部の髪を何故か三つ編みにして下に垂らしているのだ。

表現するなら、中国の 辮髪(べんぱつ) を、左右の側頭部でしている感じ。

もうヤバい。色々斬新過ぎてヤバい。

俺以外の客達の視線が一瞬であの集団に集まったのも、まず間違いなくあの筋肉青年の髪型に目を奪われたからだろう。

そんな誰もが噴き出すだろうと思われる頭の彼に対し、俺が噴き出さずに済んだのも、そのあまりの身体を張った自虐っぷりに、もはや笑いを超えて哀れに思えてしまったからだ。

自虐ネタっていうのは、あんまり度が過ぎると見ていて辛くなってくるんだぜ……。

そんな憐れみの籠った俺の視線を受け、呆気に取られた様子の筋肉青年は、やがて俺の言った言葉を理解すると――。

「――この男をぶち殺せ!!」

――何故か見る見る内に顔を真っ赤に染め上げてこめかみに青筋を浮かべ、激昂したように唾を飛ばして叫び声を上げた。

「えっ、な、何故!?」

そ、そんなに頭のことを指摘されたのが腹に立ったのか?

俺、結構気を遣ってやんわり言ったつもりなんだけど……。

だが俺の意など全く介した様子はなく、男達はボスの声に弾かれたようにして立ち上がり、忠実にこちらに殴り掛かって来る。

俺は慌てて避け、飛び退って元のテーブルまで戻ると、敵意は無いのだと示すために手をブンブンと横に振った。

「ちょ、ちょっと待て!俺は別に、アンタのことをバカにした訳じゃない。ただ、その……見ていて俺の方が悲しくなってきたから声を掛けただけだ!」

「ッッ!!お前達ッ、わかっているな!!この男を逃したら、お前達の方を全員、闘技場の魔物の餌にしてやるッッ!!」

「えぇ!?何でさらに怒るんだ!?」

わ、わからん、最近の若者の沸点がわからん。

いや、言う程多分、歳は離れてないだろうけど。

「お、おにーさんっ!!おにーさんはもう、ホントにもう!!何でいっつもそうなのさっ!!」

と、思わず愕然としてしまった俺に、ネルが声を荒げる。

「い、いや、ちょっと待て。今俺、別にそんな風に言われなきゃいけないようなことをした覚えはないんだが……」

「……あのですね、ユキ様ー。彼ら『ムスケル・デーモン』族は元々皆ああいう姿をしていましてー。彼らは戦時に特殊な兜を被るのですが、その特殊な兜のためにあのような独特の髪型をしていて、それが今も風習として残っているのですー」

「……ま、マジ?」

「残念ながら、まじですー」

俺がいつも言っているから「マジ」という言葉の意味を覚えたレイラが、こくりと頷く。

じゃあつまり、見ていて大分心に来るものがあるあの頭は別に、若ハゲが進行してヤケを起こした結果ではなく、自らの意思でそんな悲しき髪型にしていると?

……そ、そうか、よくよく考えてみれば、侍だって現代人から見ると 髷(まげ) なんて結構おかしな頭をしていた訳だし、そういう側頭部を三つ編みにするような風習のある種族もいるのかもしれない。

う、うーん……それはちょっと、悪いことをした。

流石に今回は俺が悪いと思うので、謝るのも吝かではないんだが……なんかもう向こうさん、やる気満々な様子だからなぁ。

まあいい、どっちにしろこうなっては仕方がない。

絶対このままだと許してくれそうにないし、こっちにもこの中で一番の庇護対象であるレイラがいる。

彼らを……まあ、うん。落ち着かせてから。

そうしてから、ゆっくりと誤解を解いていくことにしよう――。