作品タイトル不明
第67話 精魂尽き果てた後の、最初の一歩
仕事を終えて、自宅アパートにたどり着いた。
精魂尽き果てた、ってのはまさにこういうことを言うんだろう。
今日はもう何もやる気になれず、ただ風呂に浸かってゆっくりすることにした。
魔法を覚えてから、まだ二ヶ月ほど。
それでも――以前の俺からすれば、今の自分は別人みたいだ。
魔法の精度は少しずつ上がり、できることも増えてきた。
リペアも、クリーンも、結界も。
日常で自然に使えるようになったのは大きい。
曽祖母が残してくれた金を換金したお金。
あの売家をリノベーションして得た資金も、まだ手元に残っている。
正直、それがなければ今こうして“未来”を考える余裕なんてなかっただろう。
それに、金製品もまだ手付かずで置いてある。
あれは――本当に最後の保険。
できることなら手をつけずに済ませたい。
曽祖母の手紙に書かれていた言葉。
「最強になれ。だが、絶対にバレるな」
その教えを、俺は守ると決めた。
多少怪しまれることはあっても、バレないよう徹底する。
それが俺のルール。
今までだって、佐藤や小鳥遊と「辞められたらいいよな」なんて愚痴を言ったことはある。
本気で考えたことは……なかった。
いや、正直言えば、何度かはあった。
けど、結局そのたびに現実に引き戻されて――ずるずると社畜を続けてきた。
……けど。
このままずっと同じ生活を繰り返しても、社畜から抜け出せるわけがない。
魔法を覚えた今なら、修理屋としてやっていける。
お客さえ付けば、自分の力で生きていける。
そう思えるだけの自信は、今の俺にはある。
抜け出そうと考えた“今”が、タイミングなんじゃないか。
迷ったら――聞ける相棒がいる。
なら、やれることをやっていけばいい。
俺にはリクがついてるんだから。
……そんなことを考えていたら、風呂でのぼせてしまった。
慌ててセルフヒールをかけたら、すぐに回復。
「……便利すぎるだろ、これ」
《太郎さん、入浴でのぼせるのは二十代で卒業すべき失敗ですよ》
「うるせぇ……こっちは疲れてんだよ」
《のぼせてヒールで回復する社会人など、世界広しといえど太郎さんぐらいです》
「やめろ……想像したらすげぇ情けなく聞こえる……」
《事実です》
脱力したまま、思わず笑ってしまった。
……まぁいい。
俺には、リクがついてる。
風呂から上がって、髪をタオルで拭きながら天井を見上げる。
「……修理屋やるにしても、資格とかいるのかな」
なんとなく口にした独り言に、即座に返事が飛んでくる。
《最低限、古物商許可ですね》
「古物商……あれか、中古屋さんとかリサイクルショップが持ってるやつ?」
《その通りです。申請費用は約二万円。警察署で手続き可能。難易度は“常識的に生きていれば取得できる”レベルです》
「最後の言い方、なんかトゲあるな……」
《申請に必要なものは、住民票、身分証明書、略歴書。それと申請用紙です》
「……なんか就活みたいだな」
《社会人なら当然の準備です》
「お前、言い方が毎回きついんだよ……」
タオルを肩にかけて、冷蔵庫を開ける。
缶ビールを取り出しながら、リクの説明を聞く。
《ただし欠格事項があります。前科、破産歴、暴力団関係など》
「いやいや、ないから。普通に生きてきたから。……なんか言い方ひどくない?」
《事実を述べただけです》
「はいはい、そういうことにしとくよ」
缶をプシュッと開けて、一口。
のどを通る冷たさに、ちょっとだけ気持ちが落ち着いた。
「よし……今週あたり古物商の申請に行ってみるか。」
《ようやく合法的に動き出せるのですね》
「ちょっと待って、それって今まで俺……グレーゾーンだったってこと?」
《……限りなくブラックに近いグレーです》
「言い方ァ……」
少し笑って、またビールをひと口。
「でもなぁ……申請書って、字が汚くても大丈夫かな」
《大丈夫です。人間性は字に表れますが、太郎さんの場合はもう諦められているでしょう》
「おい!?」
《冗談です。……たぶん》
「“たぶん”ってつけるな!」
笑いながら、缶を机に置いた。
決めた。やれるところから、少しずつ動いてみよう。