軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第54話 戦場580万円!

「さぁ太郎さん、ここが例の物件だよ」

田野さんが腕を組んでにやりと笑う。

車を止めた瞬間、目の前の景色に思わず息を呑んだ。

ここが――俺の次の「現場」になるかもしれない場所。

外壁の塗装はところどころ剥がれ落ち、ベランダの手すりは赤茶けた錆でまだら模様になっている。

敷地には雑草が伸び放題で、アスファルトを突き破ってまで顔を出している。

まるで時間が止まったみたいな風景だ。

「……いやぁ、これはまた年季が入ってますね」

『築年数40年以上。耐用年数は超過しています。外観維持コスト、通常の二倍』

「数字で脅かすのやめろ……」

立地を見渡す。

郊外市街地の突き当たりの左奥。

正面には鳥居が見えて、こじんまりした神社が鎮座している。

左手前にはシャッターの降りたままの工場。もう稼働していないようだ。

そして右側には、隣家の住宅の壁面が迫っている。

なんともアンバランスで、不思議な場所。

「見た目はこんなだけど、骨組みはしっかりしてるんだ。RC造だからね。地震や台風でも、そう簡単には崩れないよ」

「……まぁ、確かにコンクリートの柱は太いですけど……」

『外壁剥離率二十パーセント、錆侵食率三十五パーセント』

「リク、それ実況しなくていいから!」

田野さんが古びた鉄の扉を押し開けた瞬間――

むわっとした埃のにおいとともに、山積みの段ボールが視界に飛び込んできた。

足の踏み場なんてほとんどない。かろうじて人が一人通れる細い通路だけが、奥へ奥へと延びている。

「……こ、これは……」

『残置物率、ほぼ一〇〇パーセント』

「数字で言われると余計に絶望感あるな……」

部屋の中は、家具と残置物がごちゃ混ぜになって積み上がっていた。

まるで“会社の倉庫”をそのまま移築したみたいだ。

「まぁ、ここは社宅っていうより最後は倉庫代わりにされてたらしいからね」

田野さんが肩をすくめる。

「会社が倒産した時にそのまま残っちゃったんだ。うちも直接仕入れたわけじゃないから詳しくは知らないんだけどさ」

「……なるほど。つまり、ここを片づけるところからがスタートってわけですか」

1階は、玄関からしてすでに倉庫状態だった。

未開封の段ボールが壁のように積まれ、ところどころに古い家具が押し込まれている。

2階に上がると、そこには寮として使われていた痕跡が残っていた。

机やベッドがそのまま放置され、壁際には書類やポスターらしき紙束が無造作に積まれている。

人が住んでいた匂いと、打ち捨てられた空気が入り混じっていた。

3階は比較的片づいており、2階ほど残置物はなかった。

その代わり、食器棚や衣類が残され、生活スペースとしての名残りが色濃く残っていた。

最後に地下へ続く階段を覗き込むと、鼻をつくような湿気とカビの臭いが漂ってきた。

「地下もあるけど……湿気とカビがすごい。荷物もいっぱい残ってるけど、見る?」

田野さんが苦笑混じりに言う。

「……うっ、やめときます」

思わず顔をしかめてしまう。ここは正直、勇気が要りそうだった。

「とりあえず……一通りは確認しましたけど……これは大仕事ですね……」

『太郎さんの次の戦場、確定です』

「戦場って言うな!」

一通り内見を終えて外に出ると、田野さんがにやりと笑った。

「普通は更地にして売るんだけどさ。太郎さんなら、前例があるから面白がるんじゃないかって思ってね」

「……前例って、あの売家のことですよね」

「そうそう。正直、このあたりの土地代が大体1200万円くらい。でも更地にしようと思ったら解体費で600万円以上かかるから、利益なんてほとんどない。だからまあ……いわゆる“不良債権”ってやつさ」

田野さんは両手を広げて肩をすくめる。

「でも、もし太郎さんが前回と同じように“そのままでいい”って言うなら、580万円でいいよ」

「……580万…円…」

数字を聞いた瞬間、喉がごくりと鳴った。

土地が付いてこの値段。しかも俺なら魔法で手を入れられる。

けれど、目の前にそびえる“残置物の山”を思い出すと、素直に喜べない。

『太郎さん』

リクが口を挟んだ。

『ここなら今のアパートより職場に近いですし、生活環境も格段に良くなります。自宅として考えるのも悪くありません』

「……自宅、か」

自分の家を、自分の手で作る。

魔法と道具で、理想の形に変えていく。

そんな未来を想像すると、胸がじんわりと熱くなる。

『それに、ダメなら売ればいいんです。現状、田野さんは不良債権を処分できる。太郎さんは半額以下の値段で土地を手に入れられる上に、魔法でリノベーションができる。これはwin-winです』

「……リクにしては珍しく商売っ気のある言い方だな」

でも確かに、言っていることは正しい。

自分の家を持てるチャンス。しかも、ただの家じゃなく“自分で作れる家”。

「――わかりました」

深呼吸をひとつして、田野さんをまっすぐに見る。

「この物件、購入します」

田野さんは、まるで予想していたかのように満足げに頷いた。