作品タイトル不明
第3話 私の婚約者。
テオは、先ほどからスケッチブックに絵を描いている。
日曜の朝は一緒に、テオの屋敷の裏に広がるリンゴ畑を散歩してから、テオは私の絵を描く。いつものように白いシャツにカーキーの乗馬用のスラックス。髪は邪魔にならないように高い位置で一本に縛っている。よくある絵画だと豪奢なドレスを着ている令嬢とか描くんだろう?私なんか描いて、楽しいのか?
王都から月に一度、テオを診察に来てくれる主治医が、スケッチブックや水彩絵の具を持ってきてくれるらしい。
最近は油絵も始めた。匂いがきついので、屋敷の一番奥の使っていなかった部屋をアトリエにしている。南と東に大きな窓があるので、りんごの畑の中にいるように見えて、私はこの部屋が割と好きだ。
メイドがお茶を運んでくれた。お茶を飲もうとして、うっかりシャツにこぼしてしまったので、慌てて脱ぐ。テオが手を洗うように用意されたタライで、急いで茶色のシミを洗う。お茶をこぼしたなんて知れたら、このところ淑女教育を始めようと意気込んでいる母に叱られそうだ。
…淑女教育なんか始まったら…今まで通り、兄様たちと訓練に出してもらえそうにない。馬も横乗りしろってうるさいし…。
「よし。落ちたかな?」
ぱんっと、シャツを広げてみる。まあ、なんとか目立たないくらいにはなったか。
シャツを座っていた椅子の背にかけて、乾くのを待とうとして…
テオが私の背中を描いているのに気が付いた。
「エヴェはさあ…そんなに簡単に服を脱いじゃダメなんじゃないの?」
「ん?」
「どこでも、誰の前でもそうやって脱いでるわけじゃないよね?」
声は怒っているが、手は止めていない。デッサン用の木炭が私の背中を描き続けている。
…怒ったテオは…初めてだな…。なんでそんなに怒っているんだ?
「え?だって、訓練の途中で川で水浴びしたりするよ?パンツ一丁で。」
「……え?」
顔をあげた…テオの綺麗な菫色の瞳が、驚きで大きく見える。
「兄上達も入るよ?川?パンツ一丁で。」
「……エヴェ?君は僕の前でしか服を脱いじゃダメだよ?僕たち結婚するんでしょう?」
「うんうん。そうだけど?」
「お風呂だって、侍女以外はだめだよ。いい?君の裸を見ていいのは僕だけだ。水浴びも僕の前だけにして。」
「…う、うん…」
…母が…いつも怒っていたのは、そういうこと?
そうか。水浴びしただけなのに、なんでそんなに怒られるんだろうって思っていたよ。
「わかった。絶対守る、約束」
「それから、僕以外の男に体を触られるのも、僕は嫌だ」
…いや、そしたら…白兵戦の練習はできんな?
うちのホルガ―伯爵家はいわゆる辺境伯だ。有事の際は、父と兄たちは領軍の先頭に立つ。遠征訓練もある。テオのおじい様の勧めでリンゴの栽培も始めたから、今は半農半兵?畑仕事もするし、軍事訓練もする。有事の際は領民のほとんどは兵として動ける。当然のように私も兄たちと訓練して来た。
「…わかった。気を付ける」
触らなきゃいいんだな?
それよりも…そんなことで怒らせてテオの心臓がバクバクしたら大変だ!
「あの…テオ?スラックスにもお茶がこぼれてたんだけど、脱いで洗ってもいい?」