作品タイトル不明
90.落ちない理由
俺はじっと夜の太陽を見つめた。
本当に小さくなったのか、俺の見間違いではないのか。
それをはっきりさせるため、眉間に深い縦皺を作りながらじっと見つめた。
が、よく分からなかった。
空の上の物を見るときはいつもこうだ。
昔も「雲が本当に流れているのか」を確認するためにじっと見つめた事があるけど、空は比較の対象になる物がないもんだから、じっと見つめていたら動いてるのかそうじゃないのか、錯覚なのかそうじゃないのかが分からなくなってくる。
今もそうだ。
小さくなってる……? とは思っていても確信が持てない。
「そうだ!」
ふと、昔やったことを思いだして、片目をつむって、開いてる目の前に指で輪っかをつくった。
その輪っかを通して、夜の太陽をみた。
指の輪っかを比較対象につかって、まじまじと見つめた。
俺が全身全霊で集中して観察しているのを理解して、エヴァは黙って、何も聞かずにいてくれた。
やがて――。
「やっぱり、ちょっと小さくなってる。そういうものなの……」
『偉大なる父マテオよ』
「なに?」
『もうひとつの、通常の太陽の大きさにまったく変化はなかった』
「見ていてくれたの?」
俺はちょっと驚き、聞き返した。
エヴァは空を飛んだまま、器用に首をすこしだけ上下させた。
『あって困らぬ情報と思って』
「困らないところかすごく役に立つよ。ありがとうエヴァ」
俺はそう言いながら、少し考えて、体を乗り出して強めにエヴァの頭を撫でた。
荘厳な声に鋼のような鱗、そしてちょっとした一軒家をも上回る巨体
レッドドラゴンの姿の時からは想像もつかないが、エヴァはまだ生まれてまもない、可愛らしい女の子のドラゴンだ。
卵から生まれた直後、初めて目にしたのが俺だから、エヴァは俺を「父」だと慕ってくれている。
父親だと慕ってくれる可愛い女の子を褒めるため、頭を撫でてあげた。
『えへへ……はっ!』
エヴァの巨体から漏れたのは、可愛らしい女の子の声だった。
そんな声を漏らした直後、エヴァはおそるおそる俺をみた。
俺は聞かなかった振りをした。
エヴァは普段、可愛らしく「パパ」と俺の事を呼んでいる。
この姿の時だけ荘厳な声で「偉大なる父マテオよ」っていうんだけど、それが演技というか、ノリというか、そういう類の物だって何となく気づいている
頭を撫でられ、褒められて思わず「素」が出たみたいだけど、俺は聞かなかったフリをした。
「さて、こうなると、どうしてこっちだけ小さくなるのか。そもそも普段から小さくなる物なのかな、それともそれが異常なのかな」
『それなら最悪でも明日になればわかるであろう』
エヴァは元に、荘厳な声に戻って、いった。
「明日に? ……そっか、今も夜が来ない事態の真っ最中。これが異常事態のものだったら……」
『さすがは偉大なる父マテオ。そう、明日になれば何らかの形で悪化しているであろう』
「逆にそうじゃなかったら無視していいってことだね」
『その通りだ』
「……ふぅ」
俺は息を吐いた。
『どうした、偉大なる父マテよ』
「ああ、うん。ちょっと気が抜けたかな。ここ最近ずっとなにもかも分からない状況が続いたからね」
俺は苦笑いしながら答える。
「そりゃ今も何も改善されてはないけどね、でも、五里霧中なのよりはずっと精神的に楽だよ」
『なるほど、そういうものなのだな』
「ふふ、エヴァにわかりやすく説明するとね」
『ふむ?』
「僕がなにも言わないでいなくなるのと、怒った顔でずっとエヴァをにらんでるのと、どっちのが気分的に楽なのか、ってことかな」
『さすが偉大なる父マテオ、簡潔にして明快』
「ふぅ……」
俺は深く息を吐いた。
エヴァにも話したように、俺は少しホッとした。
これまで先の見えない五里霧中の道が続いていただけに、「明日になれば」というのは精神的に楽だった。
もちろん明日になっても何も変わらない可能性もあるけど、それでも「明日になれば」というのが本当に今までに比べると遙かに楽になった。
そんな楽になった心が、高く持ち上げられて、一気に地面に叩きつけたような気分にさせられた。
「――っ! どういう事!?」
落ち着いて、エヴァの背中に座っていた俺が、弾かれるように立ち上がった。
『どうしたのだ?』
「太陽が……小さくなってる」
『小さくなっている? それは今までと同じではないのか?』
「ちがう……そんなもんじゃないよこれは!」
自分でも分かるくらい、声に焦りが出ていた。
夜の太陽がしぼんでいた。
100人に聞けば100人が「小さくなってる」って答えるくらい、ものすごい勢いでしぼんでいった。
さっきまでは錯覚だとか、判断するための基準だとか、そういう話をしていたが、それの比じゃないくらいの勢いでしぼんでいった。
このまま行けば一時間もしないうちに夜の太陽は消滅すると感じた。
「どうしよう、これっていいの? 放っておいてもいいものなの?」
夜の太陽の事はわからなかった。
消滅するほどの勢いなのは分かるが、元来消滅して翌日に再び現われるものなのか、それとも異常事態なのかすら分からなかった。
わからないまま状況が進むと、三分の一位縮んだところでそれが止まった。
俺はホッとした。
「一体……どういう事なの?」
『……偉大なる父マテオよ』
「え? なに?」
『太陽が真横にすすみだした』
「え?」
エヴァに言われて、俺はパッと太陽の方をみた。
体で覚えている方角に向いたが、魔力を全変換しているから見えなかった。
が、エヴァがそう言ってるのならそうだろう、時間的にもいつもの夕方くらいの時間なのが体感で分かる。
沈まない太陽、ここ最近の異変の大元。
「……ううん、大元はこっち?」
俺はそうつぶやき、夜の太陽をみた。
「今度は……膨らんでる?」
『太陽の動きと関連しているのではないか?』
「状況的にはそう見えちゃうよね。確証はないけど」
俺は少し考えてエヴァに聞いた。
「エヴァはどう思う? 僕関係なくエヴァ自身の考えは。そうだね、直感とか」
『直感ということであれば――是と言わざるを得ない』
「そっか」
俺は頷いた。
果たして俺はレッドドラゴンとしての直感か、それとも女の子としての直感か。
そのどっちを求めたのか自分でもいまいちよく分からなかったけど、ともかく、エヴァの直感では関係があるらしかった。
「この状況……昼の太陽が夜の太陽を助けているようにみえちゃうね」
『うむ、現象面だけでとらえればそう感じよう』
「代わりにこっちが夜の太陽を助ければいいのかな」
『それが正しいのであれば、何かしらの力が譲渡されているはずだ』
「それが見えれば――はっ」
俺はハッとした。
「魔力の割合の調整でいける?」
『可能性は大いにあるだろう』
「やってみる」
俺は魔力の割合を調整しだした。
夜の太陽を見るために、白100の黒0でやっていた。
それを白99の黒1、白98の黒2、白97の黒3――と。
厳密にはもっと細かく、ちょっとした痕跡でも見逃さないように細かき刻んでいったけど、そんな感じで徐々に黒の割合を増やしていった。
夜の太陽が見えなくなり、昼の太陽が見えてきた。
両者の間に「何かしらの力」は見えないまま、黒100%……人間の普段の状況になった。
『どうだったのか?』
「何も見えなかった」
『ならば力の譲渡ではなく、いることで自ら何かを産み出しているということかもしれぬな』
「うーん……あっ」
『どうした父マテオよ』
「もしかして……」
俺はハッと思いついた事を実行した。
体の中にある魔力を全部体外に放出した。
何もかも残らない、魔力の一雫も残らないように、とにかく放出していった。
人間の体であれば間違いなく体に毒なくらい、魔力を搾りだした。
そしてゼロに。
白0に黒0、言葉通りの完全なゼロになった瞬間。
「あった……」
昼の太陽から、夜の太陽に何かが流れていくのが見えたのだった。