軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

08.ドラゴンの一撃

あくる日、俺はエヴァを連れて街に散歩に出た。

街を歩く俺の横を、とことこと歩くちびのエヴァ。

遠目には一見子犬に見えるが、すれ違う人すれ違う人が皆ぎょっと振り向く位には、やっぱり子犬とはちがって普通は見ないような生き物だろうな。

ふと、エヴァが立ち止まった。

立ち止まって、見つめる先は――ケーキ屋だ。

店先のカウンター式ショーウィンドウの中に様々なケーキが所狭しと並んでいる。

それだけじゃなく、焼きたてのバターの香りも漂ってきて、ここに立っているだけで思わずよだれが出そうないい店だ。

「食べたいの?」

「――みゅっ!!」

「そっか。どれがいいんだ?」

エヴァはパッとショーウィンドウに飛びつき、イチゴがのったショートケーキを示した。

「それだな。おじさん、そのショートケーキを一つください」

「あ、ああ」

カウンターをかねているショーウインドウの向こうにいる青年の男は、他の人々と同じようにエヴァをみて戸惑っていて、俺が声をかけて我に返った。

それでショーウィンドウから注文したイチゴケーキを取り出して、紙の箱に入れようとしたが。

「そのままでいいよ、皿かなんかにのせてくれると嬉しいな」

「ああ、そうか」

青年はエヴァを見て納得した。

今すぐに食べたい&食べさせたいというのは、エヴァがよだれをたらしてショーウィンドウにひっついているのを見ればだれでも分かろうというものだ。

青年は一旦店の奥に引っ込み、しばらくして皿に載せたショートケーキを手にしたまま店の外に出てきた。

それを俺に渡した。

「ありがとう」

俺は代金を支払って、皿を地面に置く。

すると、エヴァはさっそくケーキに飛びついた。

ケーキをかぶっと一口、ガツガツガツ――と頬張るが、ショートケーキの上に載っているイチゴには口をつけていない。

いや、正確には何度か匂いを嗅いだり、ぺろっとなめたりしているが、その度にググって感じで我慢して手を出さない、って感じだった。

「イチゴ好きなの?」

「みゅっ!」

「……もしかして、好きなものは最後までとっておくタイプ?」

「……みゅっ!」

他人にはたぶんただの鳴き声に聞こえるだろうが、俺の魔力で育ったからか、エヴァの鳴き声は俺には意味が理解できる。

エヴァは「イチゴは一つしかないから」って言ったのだ。

俺はふっと笑い、青年の方を向いた。

「もうひとつ――ううん、二つ下さい。これと同じようにお皿に載せてください」

「はは、わかったよ」

エヴァが食べているシーンと、俺が追加でケーキその物よりもイチゴを食べさせてやりたいのを理解した青年は、最初の頃の戸惑いなどどこへやら。

にこりと笑顔で店の中に戻っていき、追加注文のショートケーキを持って戻ってきた。

それをエヴァは大喜びで貪る。

イチゴが三つに増えたから一つずつ食べていくのかと思えば、なんとケーキだけ食べきってから、残った三つのイチゴを一気に食べた。

「はは」

やっぱり好きなものは最後に残しておくタイプだったか。

しかも残しておいて、それ「だけ」を一気に食べるタイプ。

エヴァのその行動がおかしくて、ついつい笑みがこぼれた。

「ねぇ、おじさん」

「なんだい?」

「おじさんの店は配達とかやってる?」

「ああ、注文をくれればな」

「じゃあ、毎日届けてくれる? 町西のロックウェルの屋敷に」

「毎日? ってロックウェルの屋敷!?」

男は二重に驚いた。

「もしかして、公爵様の……?」

「うん。お願いします」

俺は軽く頭を下げた。

「わ、分かった。毎日届けさせてもらうよ」

「ありがとう」

「みゅー!」

エヴァは俺に飛びついて、顔をペロペロした。

店先でしばし、エヴァとじゃれ合った。

それまでは不審な者を見るような目をしていた通行人達も、エヴァの仕草にほだされて、ほとんどが破顔して、微笑ましい感じで見守ってきた。

その微笑ましい空気は――

「やめてください!」

いきなり、女の切羽詰まった声に打ち破られた。

その場にいる全員が声の方を向いた。

少し先にある酒場、その表で一組の男女が揉めていた。

女は明らかに嫌がっているのに、男は女の腕を掴んでニヤニヤしながら絡んでいる。

「いいじゃねえか。昨夜も、なあ?」

「誤解を招くような事を言わないでください! あれは店だったし、酒場だからお酒をついだだけです!」

「照れるなよー、笑ってくれただろ?」

「笑顔くらいします!」

「つれないこと言うなよ、なあ」

「きゃっ!」

女はさらに悲鳴を上げた。

男が腕を掴んだまま引き寄せて、その上で尻を揉みしだきだした。

「や、やめてください!」

「ふふ、もう感じてるのか? んん?」

「嫌がってるんです! 誰か! 誰か助けて!」

女は助けを求めた。

周りの人間は見て見ぬ振りこそしてないが、介入するべきかどうかで悩んでいる様子だ。

さすがに――見過ごせん。

「そこまでだよ」

俺は近づき、止めに入った。

「ああん?」

「もうそれやめて」

「なんだ坊主、正義の味方ごっこか? そういうのは家に帰ってお人形さんで――」

「正義の味方ごっこって言えるってことは、自分でも悪いことをしてるって自覚があるからでしょ」

「――っ!」

男は息を呑んだ。

動きが止まって、俺をぎろりと睨んだ。

「小僧、今ならまだ見逃してやる、あっち行け。大人はこええぞ」

「あんたこそ今すぐそのお姉さんを離して。悪いことをした 後(、) は怖いよ」

「ふざけるな!」

男は前足を振り上げた。

ボールかなんかを蹴るかのように俺を蹴ろうとした。

俺はさっと避けた。男が女を掴んでいて動きが鈍いから躱しやすかった。

「しょうがない。エヴァ」

俺はため息つきながら、ちびの名前を呼んだ。

「みゅっ」

すると、彼女は俺の傍にやってきて、見上げてきた。

俺は周りを見回した。

道の広さと、周りの人の数。

あまりスペースはないな……

「前足だけ――できる?」

「みゅっ!」

エヴァは大きく頷いた。

「そうか」

俺は頷き返し、しゃがんでエヴァにそっと触れた。

「ふざけるなよ小僧!!」

男は女を放り出して、俺に掴みかかってきた。

次の瞬間、俺が魔力を注いだエヴァの体が光った。

そして――膨らむ。

前足が一本だけ膨らんで、レッドドラゴンの成体の姿に戻った。

いきなり現われた巨大な前足が、男を「ペチッ」と叩いた。

レッドドラゴンの「ペチッ」、しかし実際は「ドッスン!」

地面が少し揺れたほどの力で、男を叩き潰した。

なんの変哲もない動きだが、圧倒的な大きさで、男は地面に押し倒されて潰されるようなかたちになった。

エヴァが前足をどけると、男がビクビクと痙攣して、足と腕が曲がっちゃいけない方に曲がっていた。

まあ、死ぬような怪我じゃないしいいだろう。

「もういいよ」

「みゅー」

エヴァは頷き、前足を元のちびの姿に戻した。

「「「…………」」」

ふと気づくと、周りが揃って絶句していた。

息を飲んで、信じられないようなものを見た顔をしている。

徐々に、ぼつりぼつりと言葉が漏れ出してきた。

「な、なんだ……あれは」

「化け物だよ、化け物だよあれ!」

「何言ってるの! あんなに可愛いんだよ」

「でも化け物だろ、あれ!」

一部では思いっきりエヴァの事に怯えていた。

無理もない。

今でこそ子犬のような愛くるしい姿だが、直前まではその子犬に体の数十倍もある前足が生えていたんだ。

普通は怯える。

そんな周りの怯えを、エヴァはまるで気にしてなかった。

「お疲れ」

「みゅみゅっ!!」

俺がかけたねぎらいの言葉が、さっきのイチゴよりも嬉しかったかのように、飛びついてじゃれてきた。

追加で頭を撫でてやるとますます嬉しそうにした。

「ほら、やっぱり可愛いじゃない」

「むぅ……」

「あの……ありがとう、ぼく」

俺に話し掛けてきた声に顔を上げる。

すると、絡まれていたあの女が近づき、俺にお礼を言ってきていた。

「助かったわ」

「どういたしまして。それよりも大丈夫?」

俺はそう言って、倒れている男をちらっと見た。

「これ以上悪さしないように、ちょっと強めに脅かしておこっか」

「それなら大丈夫。うちのマスター怖い人だから。マスターに言って、ちゃんとしてもらうから」

「そっか、それなら安心だね」

俺は頷いた。

この手の酒場のマスターは彼女が言う通り「怖い人」が多い。

この程度のチンピラ――うん、想像したらご愁傷様な事になりそうだ。

「ありがとうね、ぼく」

女はもう一度そう言って、身を屈んで俺のほっぺにキスをしてくれたのだった。

良い匂いがして……ちょっと嬉しかった。