軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

52.伝説の始まり

「えっと……その使徒って、具体的にはどういうものなのかな」

俺は困惑しながら、大聖女――ヘカテーとニコに聞いた。

「具体的に、でしょうか」

「うん。今までにもいたみたいな口ぶりだから、知ってるよね」

「もうしわけありません」

ヘカテーはほとんど間を置かずに謝った。

「この300年間、神が降臨なさらなかったので、使徒もおらず。今すぐにお話しできるのは一般教養としてのものしかありません」

「そうなんだ」

「あなたはどうなの?」

「もうしわけありません。おそらく、大聖女様より更にくわしくないかと」

水を向けられたニコは、ヘカテー以上に恐縮した。

「一晩時間を頂けますでしょうか。全力で教典からお調べ致しますので」

「うん……そうだね」

俺は少し考えた。

その方がいいのかもしれない。

神の使徒というどえらいものがでてきた。

それをまったく分からないで接するのは良くない。

そもそも、今なんでヘカテーが使徒になったのかもよくわからない。

情報が欲しい。

今のままだと目隠しで綱渡りをするようなものだ。

「お願いできるかな」

「お任せ下さい」

一晩明けて、今度はヘカテーだけやってきた。

昨日と同じ応接間に、俺とヘカテーの二人っきり。

昨日はおばあちゃんと孫みたいな絵面だったんだが、今日は幼い姉弟って感じの見た目になっている。

もっとも、貴族としてありふれた服を着ていて、特に違和感のない俺と違って、ヘカテーは大聖女の服を小さくしたものを着ていて、幼女なのに大聖女の格好というギャップ全開の格好だ。

「お待たせ致しました」

「うん、どうだったかなヘカテー。何か体に不具合とかでてない?」

「お気遣い、恐悦至極でございます。不具合どころか、およそ二百五十年ぶりに自分の手足で行動ができて、逆に好調すぎて戸惑うほどです」

「そっか、それならよかった」

見た目は本当に幼い女の子だもんな。

「早速、使徒についてご説明してよろしいでしょうか」

「うん、お願いね」

「はい……使徒とは、信心が一定以上となったものが、神より聖名――聖なる名前を頂戴したものの事を指すとのことです」

「名前を? そんなことでいいの?」

「おそらく、我々が祈りを捧げる時の文言『天にまします我らが父よ』は、そこから来ているものと推測します。名前をつけるのは親――父が子にする事ですから」

「あっ、なるほど」

その文言は聞いたことがある。

なるほど、由来はそうだったのか。

「使徒になった場合、半不老不死となります」

「半不老不死? 不老不死もすごいけど……半ってどういう事?」

「神以外には殺すことができなくなるが、神に名前を取り上げられればその場で消滅する――と、かつて使徒イスカ、裏切りのイスカがそうなっております」

「名前を取り上げられると消滅って、怖い話だよね」

「神への裏切りを考えれば、その程度で済んでむしろ幸運なのかもしれません」

ヘカテーの目がちょっと怖かった。

自分がその場にいたら裏切り者にもっとひどいことをした、と暗に力説している目だ。

「でもそっか、それで『半』不老不死なんだね」

「はい」

「でも、それじゃ今使徒がいないのはどうして? 神様以外には殺せないんだよね?」

「教典に登場する使徒はいずれも、神とともに昇天した、と記されております。裏切りのイスカ以外は」

「そうなんだ……」

「ちなみに、一人だけ今でも存在しているかもしれません」

「そうなの!?」

「デュランダル、という名の使徒ですが、この使徒は単身で戦に赴き、不老不死の肉体を駆使して勇敢に戦ったが、最後は四肢をばらばらにされて、胴体だけ火山口に投げ入れられました」

「どうしてそんなことを!?」

「不老不死の肉体はいくら傷つけても再生するようです。それでもと敵側は考えた結果、文字通りの八つ裂きにして、それでもまだ生きているデュランダルの胴体を火山口に投げ入れて、頭部と四肢を世界の四隅に投げ捨てたと言われています」

「へえ……あっ、もしかして」

俺はとある地名を思い出した。

「それって、永久火山デュランダルのこと?」

「はい。胴体は再生したそばから火山に燃やされて、さながら永遠に燃え尽きることのない燃料になっている――と言われています」

「そっか……」

やっぱりそうだった。

屋敷で読んだ本の中にそんなのがあった。

数百年間常に噴火を続けている火山、それでついた名が永久火山だ。

それにしてもすごい話だな。

内容は神話とかそういうレベルのものでリアリティがないが、たぶん物語として読むとものすごく読み応えはあると思った。

「それと、神より聖名を賜ったものは上級使徒とも呼ばれ、上級使徒は下級使徒を作ることができるようです」

「下級使徒? 何が違うの?」

「こちらは単純に不老になります。不死ではなく、通常の人間同様剣や魔法で殺せます」

「へえ」

それも面白そうだな。

こんな調子で、俺はヘカテーから色々説明を受けた。

正直なところ、ヘカテーが言うように「教典」から調べてきたからか、教えてもらった内容のほとんどは神話チックだったり、伝承とか伝聞形だったりで、今ひとつリアリティに欠けるのは事実だ。

だがその分、面白く聞けた。

「以上が、ルイザン教の教典にある使徒に関する全ての知識となります」

「そっか。うん、ありがとうね」

「恐縮です。神のお役にたてるなど、光栄以外の何物でもありません」

「そんなにかしこまらないでよ。僕はそんなにたいしたことはしてないし」

「……いいえ、そのようなことはありません」

「ヘカテー?」

ヘカテーはいつになく、真剣そのものの瞳で俺を見つめた。

「ほとんど寿命だったわたくしに聖名を与え、若さ――新しい命を与えて下さったのです。二度目の人生を与えて下さったのです」

「……そうなるんだ」

まあ、そうなるのかな。

ほとんど寿命、というのはきっとその通りだ。

昨日会いに来たときのヘカテーは、車椅子にのってて、自分では指一本動かすのさえも重労働だった、って感じだ。

そもそもが三百歳越えだ。

大聖女だから 保ってる(、、、、) んだっていうのを、今にしてそうなんだろうと思った。

「ですので、神への信仰は今でも変わりありませんが、それと同じくらいの感謝の気持ちを」

「そっか。だったらそれはそれでいいんだけど、普段はもうちょっと普通に接して。少なくとも僕がこっちの体の時は」

「わかりました。誓っておっしゃるとおりに致します」

ヘカテーは即答した。

デモデモダッテみたいなのは一切しなかった。

ここ最近ルイザン教との関わり合いが増えて、彼らの性質やら教義やらを理解してきた。

神は、大いなる考えによって、神以外の姿を取る事もある。

それを逆手に取って、「マテオの時だけは」という例外はいくらでも通る。

事実、ヘカテーがそうだった。

マテオの時だけは普通に接してくれっていったら、ノータイムで受け入れてくれた。

それは助かる。

この姿の時に「神」って呼ばれると色々都合が悪い。

ふと、俺は気づいた。

ヘカテーがほんのりと、嬉しそうな顔をしていることに。

「どうしたのヘカテー、なんだか嬉しそうだけど」

気になったから、直接聞いてみることにした。

「おっしゃるとおり、身に余る光栄をかみしめております」

「どういうこと?」

「我ら信徒達には常に一つの問題がつきまといます。それは、一体誰に信仰をささげているのか、と」

「誰にって、神様にじゃないの?」

「それはもちろんその通りですが――だれも神は何者なのかわかりません。だからこそ神の像や、聖遺物など、信仰を捧げるために想像できる『物』を用意します」

「あっ、偶像の話だね」

「はい。しかし今、わたくしは信仰を――祈りを捧げる先をはっきりと認識できました。目を閉じればまぶたの裏に神の尊き姿が浮かび上がります。それは、信徒としてこれ以上の幸せはありません」

「そっか」

それは……何となく分かる。

信徒だけじゃない、人間がそもそもそういうもんだ。

何のために働いてるのか分からない男が、子供が生まれた途端迷いが綺麗さっぱり消えるなんてよくある話だ。

みんな、信じられるちゃんとした形のあるものが欲しいんだ。

「ねえ、ヘカテーは祈りを捧げるときってどうしてるの? 大聖女って他の信徒達と同じ?」

「ほとんど同じです。ご覧に入れますか?」

「えっと、そうだね、ここ誰も入ってこないし」

俺は少し考えて、頷いた。

「わかりました」

ヘカテーはそう言い、両膝をついて、手を胸元でくんで、気持ちうつむいた感じで目を閉じた。

そのまま、沈黙してポーズを保ち続ける。

なるほど、俺が知っている普通の信徒達の祈りと同じだ。

大聖女が他の信徒と同じなのもちょっと面白いな――と思っていると。

「――っ!」

ガタッ!

いきなり頭の中に直接「知識が流れ込んで」来て、俺は動揺して、応接間のテーブルを蹴ってしまった。

「どうなさいましたか?」

「荒淫の使徒……へえ、そんなこともしてたんだ」

「アライルのことですか?」

「うん、今なんか頭に流れ込んできた……あれ? なんでだ?」

俺は改めて不思議に思った。

今、頭の中に一人の使徒の知識が流れ込んできたのだ。

荒淫の使徒アライル。

神に忠実だった一方で、下級使徒を多く囲み、さながらハーレムのような物を作りあげた男の名前だ。

「申し訳ありません、アライルのことも昨日調べて知ったのですが、行跡が行跡なだけに、お耳を汚すかと思いまして」

「なるほど。ってことは、今のはヘカテーの知識だね」

「そう……なるのでしょうか」

「それがなんで僕に? ……ヘカテーが僕に祈りを捧げたから?」

少し考えて、そんな推論を立てた。

「ねえヘカテー、一つ協力してくれる?」

「何なりと」

ヘカテーはやはり即答した。

俺はそのまま応接間で待った。

ヘカテーが部屋から出て行った後、何もしないでじっとまった。

そうやって待つこと10分。

「来た」

さっきと同じ感じで、知識が流れ込んできた。

今度は植物の生態という、今この瞬間ではどうでもいい知識だ。

俺はメイドを呼び、ヘカテーを呼びにいかせた。

ヘカテーはすぐに戻ってきた。

「もうよろしいのでしょうか」

「うん! 多分だけど、どうしてなのか分かった」

俺はにこりと笑って、答える。

「ヘカテー――使徒が祈りを捧げると、知識が僕の方に流れてくる。多分だけどね」

「……おそらくあってます」

「どうして?」

「祈りとは本来、自分の行為と振る舞いを神に話し、許しを乞う事でございます」

「そうなんだ」

「ですので、知識というよりは、わたくしの振る舞い――見聞きしたものが伝わったのではないでしょうか」

「なるほど。でも、今の知識は伝わってこなかったよ?」

「使徒になって以降のことは、なのではありませんか?」

「あー、なるほど。それなら納得できる」

そっか、祈りで知識を捧げる、って形になるのか。

それは――。

……。

…………。

………………。

「どうかなさいましたか?」

「え?」

「お会いしてから今までで一番、嬉しそうだとお見受け致しました」

「あはは、うん、そうだね」

「それはどうして――?」

「僕は知識を蓄えるのが好きなんだ」

知識は武器だ。

武器はいくらあってもいい。

だから俺は貴族の孫になってから、本をたくさん読んで、たくさんの知識を蓄えてきた。

かなり読んでも、本当に知識深い人に比べればまだまだだって思う。

だから、本を読み続けた。

「だからね」

俺はヘカテーに微笑みかけた。

「今この瞬間が、産まれてからで一番嬉しいかもしれないね」

そして――

「使徒、増やすよ」

俺は、はっきりとヘカテーに向かって宣言した。

たぶん転生してからで一番、はっきりと自分の目的が分かった瞬間だった。

そして、それは。

神と忠実にして有能な使徒達による、世界を更なる進歩へ導くための序曲であることを。

知識欲が先行する本人にもまだ、気づいていないことだった。