軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

34.海へ

「避暑地?」

応接間で、俺は小首を傾げた。

いきなりやってきた皇帝に言われたことがピンとこなかったのだ。

「そうだ。余は毎年のこの頃になると、海の近くにある避暑地に向かい、そこで夏を過ごす。帝都の夏はいささか暑くてな」

「なるほど」

つまりは別荘ってことか。

「でも大丈夫なの?」

「うむ、なにがだ」

「だって、陛下は毎日政務で忙しいのでしょう? それが一夏まるまるいなくなったら大変なんじゃないかな。まだ留守番できる皇太子様もいないみたいだし」

「ほう、よく知っているな」

「えへへ、陛下のご本で読んだの」

俺は子供っぽく笑った。

「そうかそうか。うむ、確かに皇太子もいれば、予行演習として国政の一部を預けていけるが、余はまだ後嗣はおらん。だが問題ない」

「そうなの?」

「うむ、避暑地は離宮にしている。そこで政務を執り行えるようにしてある」

「あっ、そうなんだ」

避暑地から別荘を連想したから、俺はてっきり、遊びにいくもんだと想像してた。

そうじゃなくて、避暑地でも宮殿にいるときと同じように執務ができる環境を整えてるのか。

「そこでだ、マテオよ」

「なあに?」

「一緒に来ないか?」

「え? ぼく?」

「うむ。ローレンス卿に聞いたのだが、マテオを海に連れて行ったことはないそうだな」

「うん、ないね」

マテオになってから一度も海には行ったことない。

前世でなら何回かあったけど。

「であれば――どうだ、海は楽しいぞ」

「うーん」

俺は考えた。

というか迷った。

ちょっと前までだったらなんの気兼ねなしにいけたんだけど、最近は「海」にフラグが立ちすぎてるから、ちょっとだけ迷う。

「だ、だめか? そうだな、いきなり誘っても、マテオにも都合というものがあるものな」

皇帝はシュンとなった。

むっ、心が痛む。

なぜか分からないけど、皇帝がシュンとしてるのを見ると罪悪感を覚えてしまう。

皇帝ではなく、か弱い女の子かのような錯覚を受けてしまう。

「う、ううん。大丈夫だよ」

「おおっ!? で、では?」

「一緒に連れて行って、皇帝陛下」

「うむ! 一緒に行こう!」

俺が行くというと、皇帝は一変、ものすごく大喜びしたのだった。

街道は、ものすごい行列になった。

総勢1000人以上、長さでいうと数キロに及ぶものすごい行列が街道を進んでいた。

その行列の中程に、俺は一人で馬車に乗っていて、皇帝の避暑地に向かっていた。

ちなみに、皇帝の馬車は後方約一キロくらいの所にある。

俺は乗ってる馬車に舌を巻いた。

いや、馬車じゃないな。

これは――道のおかげだ。

馬車の小窓から、外をみた。

舗装されている道路はものすごく綺麗だった。

その道路のおかげで、俺はさっきから、まったく振動を感じない快適な馬車の旅を楽しめている。

皇帝の避暑地に続く街道、そこはすごく整備されていた。

馬車に乗っても揺れない道なんて、生まれて初めてなのかもしれない。

「だからかあ……ヤン達が必死に俺を止めようとしたのは」

行ってないから推測になるけど、皇帝が俺に会いに来る道も、こんな風に整備されてるんだろうな。

皇帝の財布――つまり国庫から出た金で整備された街道には、きっと商人達はものすごくその恩恵を受けていると思った。

この揺れなさ加減が強く思わせた。

そりゃ……屋敷の一つ二つ、全部持ちで改築もしてくれる話になる。

意外な所で、俺はヤン達の行動に納得していた。

浜辺から、俺は海の反対側を見つめていた。

海は変わらない。

海は海で、すごい存在なのだが、俺の記憶の中にある海となんら変わりはない。

一緒に来たエヴァが海をみた瞬間大はしゃぎで飛び込んだが、俺はそこまで興奮してなかった。

そんな事よりも、海の反対側にあるものがすごかった。

「どうしたのだ、マテオ。なにを驚いている」

皇帝がやってきて、聞いてきた。

皇帝の背後には使用人やら兵士達やらが大勢控えている。

俺と話したいから、一応は遠ざけてるみたいだけど。

「陛下……」

「どうした」

「これ……街、だよね」

「いや、余の離宮だ」

「でも街みたいだよ」

そう言って改めてそっちをみた。

そう、街だ。

海辺にあるのは完全に街だ。

俺は別荘みたいなのを想像してた。

ものすごいでっかい屋敷、とかそういうのだ。

しかしそこにあるのは違う。

完全に街そのものだ。

「うむ、機能面でいえば、街に近いのかもしれんな。何せ皇帝たる余が一夏過ごすのだ。一夏ともなれば旅ではなく日常となる、そうなれば日常を世話する使用人達だけでも数百人はいる」

「そんなに」

「それと余を守る兵士、これは千人くらいはいる。兵士の日常を支える宿や飲食店。兵士ともなれば娼婦もいる、これで更に数百」

「おぉー……」

「最後に政務を滞りなくするための役人、政令を最速で届けるための早馬関連、ここも百人単位。全部合わせればこれだけでも二から三千人くらいはいる」

「そっか、普通にしてても街くらいにはなるんだ」

「そういうことだ」

ちょっと甘く見てた。

本にはこんな事は書いてなかった。

皇帝の避暑――プライベートそのものの事だから、それを書いてる本がないのは当たり前なのかもしれない。

だからこれをはじめて見て、俺は驚いていた。

しばらく驚いたが、皇帝の御前だし、このまま驚きっぱなしなのも失礼だと思い、取り繕った。

「そういえば……陛下は厚着なんだね」

「え? う、うむ」

皇帝はなぜかちょっと焦った。

避暑地に来た――つまり暑いのからのがれるためだ。

避暑地でも、夏なのだからそれなりに気温は高いのにもかかわらず、皇帝は厚着をしていた。

体型がほとんど分からない様な。

それくらいの厚着をしている。

それを指摘すると、皇帝はちょっと焦りながら、咳払いを一つ。

「け、権威というのはほとんどが服に依存している」

「服に?」

「うむ。この皇帝服を脱ぎ捨ててしまえば、余でもお忍びで街に出かけられる。それくらい、皇帝の権威は服に依存しているものだ」

「なるほど」

いわれて見ればそうかもしれない。

「貴族もそうだもんね」

「うむ、その通りだ。だから皆ちゃんとした服装や、場合によっては受けた勲章などをじゃらじゃらとつけていく」

「そっか……暑いのに大変だね」

「まあ、なれたさ」

「でもよかった」

「よかったとは?」

「陛下が権威を脱ぎ捨てたら、抑えてた美しさが出過ぎちゃって、困っちゃうかも」

「――っ!」

皇帝はびっくりした。

息を飲んだのがわかった。

落ち着いてきたのが、また慌てだした様子だ。

それだけじゃない。

――キュン。

と、変な音も聞こえてきた。

「大丈夫、陛下?」

「う、うむ……」

「顔がさっきよりも赤いよ?」

「だ、大丈夫だ。暑いのだ」

「そうみたいだね」

そりゃそうだ。

あんな厚着をしてたらそりゃ暑い。

曇ってなくて、日が燦々と照りっぱなしだから、暑さはうなぎ登りになる一方だ。

ふつうならここで「海に入ってみるか」と提案してるところだが、皇帝は人前で 権威(ふく) を脱ぎ捨てる事もできないもんな。

いやはや、大変だ。

「みゅー」

そうこうしているうちに、エヴァが泳いで戻ってきた。

波打ち際まで来ると、海から飛び出して、そのまま海に落下した。

パシャーン、と、水しぶきが飛んでくる。

しぶきが俺と皇帝にかかりそうになる。

「ひゃっ!」

皇帝が小さく悲鳴を上げた。

俺は魔法を使った。

オノドリムの一件で魔力を変換する必要がなくなって、前の半分以下の時間で魔法を使えた。

氷の魔法。

かかってきた水しぶきが、空中で凍って止まった。

俺と皇帝には一滴もかからなかった。

それでも一応聞いてみる。

「陛下、大丈夫?」

「う、うむ。助かったぞマテオ」

「よかった。権威がぬれちゃったら大変だもんね」

「……それだけじゃないのよ」

「え?」

「いいや、なんでもない」

皇帝はふっと笑った。

何故だろう、一瞬だけ皇帝が女の子に見えた。

俺は苦笑いした。

俺の目節穴すぎるな。

「うむ、改めて礼を言おう、マテオよ。そなたのおかげで助かったぞ。さすがは余の騎士だ」

「お役に立てて嬉しいよ」

「後で褒美を届けさせよう」

「い、いいよ、たいしたことじゃないから」

「させてくれ、大勢に見られているのだ。信賞必罰は名君の基本だ。余を名君にさせてくれ?」

皇帝はふっと笑った。

あっ……。

皇帝の背後にいる使用人達やら兵士達やらが舌を巻いているのが見えた。

「今の魔法……?」

「魔法ってあんな一瞬で使えるの?」

「さすが陛下の空の騎士だ」

と、色々いってた。

な、なるほど。

こうなると、皇帝が何もしないというのはよくないのか。

「わかった。ありがたく頂戴するね」

「うむ。ではまたな」

皇帝は、ものすごく上機嫌な感じで立ち去った。

この後、俺の宿泊先に、金貨でのご褒美が届いたのだった。