作品タイトル不明
25.そこに魔法のカードがあるじゃろ?
「話は聞かせてもらった、マテオはすごいのじゃ!」
次の日、書庫で本を読んでいると、いきなりじいさんが入ってきて、ものすごい興奮した様子で言い放った。
「どうしたのおじい様? いきなり」
「話は聞かせてもらったのじゃ!」
同じ台詞をリピートしながら、俺に迫るじいさん。
「マテオが騎士に叙勲されたようじゃな」
「あ、うん。そうだね」
俺は曖昧に頷いた。
また実感がないのと、若干気恥ずかしいのも合わさって、生返事っぽくなってしまった。
「しかも領地に『空』をもらったというではないか。さすがじゃマテオ」
「昨日の今日なのに耳が早いんだねおじい様」
「むろんじゃ、マテオの事なら一つたりとも聞き逃すわけがない――カカカ」
じいさんが愉快そうに笑った。
「おじい様?」
「マテオの資質を見抜き、それに相応しい物を与えるとは。あの小童にも一つくらいは取り柄があったというわけじゃな」
「えー……」
それはちょっと言い過ぎなんじゃないかな、さすがに。
俺を騎士にしたのが「一つくらい取り柄があった」って言われると、本人つまり皇帝はもとより、その判断基準にされてる俺もちょっと恥ずかしくなってくる。
「なにはともあれ、これでマテオも領主級という訳じゃな」
「そういうことになるのかな」
俺は微苦笑した。
「領地が『空』だから、なにも変わらないけどね」
人間が「空」を活用するのは不可能に近い。
人間は地上で生きる生き物だ。
領地に「空」をもらったからと行って、何かが変わる訳でもない――と俺は思った。
「領民もいないし、それで税金が取れるわけでもないからね」
責任もたぶんないから、気楽でいいけど。
「うむ、さすがマテオじゃ。その驕らない聡明さが素晴らしい!」
相変わらずじいさんは俺を全肯定した。
「しかし、それはそれで困る」
「え? どういう事なの?」
「領主級の騎士であれば、貴族として様々な会合に顔を出すこともある。身に纏う服、乗っていく乗り物――はレッドドラゴンでよいからこれは問題ないな、そして従者の数。これら全てに金がかかる」
「そっか。それは困るね」
領主とはいっても、俺がもらったのは空なんだから、そこにはなにもない。
税金とか取れなくて、収入はないに等しい。
まさか空の住民、鳥とかから税金取れるわけでもないしな。
そしてじいさんがいう付き合いというのも理解できる。
ただの子供ならまったく分からなかったけど、俺の中身はれっきとした大人だ。
体は子供、頭脳は大人状態だ。
いい大人だからこそ分かる。
そういう「付き合い」は大事なんだと。
「よし、その辺はわしに任せるのじゃ」
「おじい様に?」
「支度金など、援助は惜しまぬぞ」
「ええ!? そ、そんな、悪いよおじい様」
「なにをいう、祖父が孫にお小遣いを渡すのにいいもわるいもなかろう」
「それは……」
本当にお小遣いならまったく問題はないけど、じいさんのいう援助は絶対そうじゃないからな。
「まずは金貨百枚、夕刻までに届けさせよう」
そら来た!
いきなり家買えるくらいの額が飛んできた。
お小遣いの域を飛び越えた先で更に三段ジャンプしたくらいの飛び越え方だ。
「かかか、長生きしたかいがあったわい。晩年に賢い孫を見守れるという、人生の全ての帳尻があう趣味ができようとはな」
じいさんはものすごく嬉しそうだった。
人生の全ての帳尻が合う……。
なんか言い過ぎってきがするけど、そこまで嬉しがられるとなにも言えなくなってしまう。
「ありがとう、おじい様」
「うんうん、足りなくなったらいつでも言うのじゃぞ」
「う、うん。わかった」
たぶん言うことは無いけど、俺は頷いた。
話が一段落したところで、ドアがノックされた。
応じると、パーラーメイドが入ってきた。
「ご歓談中の所すみません、ご主人様。陛下がお見えになられました」
「え? うそ」
「ほう」
俺は慌てた。
昨日の今日で、また皇帝が来たのか。
「陛下はどこに? 案内して」
「その必要はない」
声とともに、皇帝が書庫に入ってきた。
相変わらず、気品の中に絶世の美貌が隠れているようなお人だ。
皇帝は部屋に入ってきて、じいさんを見つけた。
「ほう、来ていたのかローレンス卿よ」
「褒めてやるぞ小童よ。遅きに失したとはいえ、マテオの資質をよくぞ理解した」
「それに関してはローレンス卿にも責任の一端はあるのでは無いか」
「なんじゃと?」
「マテオが社交界――表に出たのはつい先日の事だ。秘蔵っ子を秘匿したローレンス卿に責任はないのか? んん?」
「くっ! た、確かに……」
じいさんは顔をゆがめた。
いや確かにじゃなくて。
なんでそんな超理論に言い負かされてるんだじいさん。
あっ。
気づいてしまった。
二人は、俺にはあまり理解できない理論で納得し合っている。
つまり二人は似ている、「同族」ってことだ。
じいさんと同じな、皇帝。
皇帝はじいさんと同じようにずっと俺を溺愛し続けるだろう――。
それに気づき、確信した瞬間だった。
いやいや、確信とは言っても、それはあくまで自分の中でのこと。
確信してても、それが客観的な事実からみれば「過信」とか「自意識過剰」だったとか、そういうこともありうる。
いくら何でも皇帝までもが――と、思ったのだが。
「そうだ、マテオよ」
「え? なあに陛下」
俺はあわてて、取り繕って返事をした。
「実はな、昨日からずっと大臣らとやり合っていたのだ」
「大臣達と?」
「そうだ。連中ときたら、マテオに空を与えるのはやり過ぎだと言いだしてな」
「それは――」
その通りだと、俺も思う。
「むろん反論した。空は今まで誰の物でもない、誰も使えないからだ。誰の物でもない物をマテオにくれやってなにが悪い、と反論したよ」
「うん」
それも一理ある。
「だれじゃ小童。それを言った連中は。名前を教えろ、政治的に叩きつぶすのじゃ」
「後でな」
いや後でもやめて。
そんなことしなくていいから。
じいさんをひとまず黙らせてから、皇帝は更に続ける。
「するとな、切口を変えてきたものがいたのだよ。歴史上、貧しすぎる領地を持つと、かえって財政問題で破綻して不幸になった貴族もいた、とな」
「うん、いるよね。一番最近だとフンガー男爵かな」
「よく知っているな、さすがだマテオ」
「陛下に送ってもらったご本の中にあったから」
「おお! 読んでくれたのか!」
皇帝は大いに喜んだ。
「うむ。フンガー卿がまさにそうだった。領地をもらっていたのだが、あまりにも貧しすぎて、母親の葬式をだす金もなく、自分が死んだときの全財産が銀貨三枚だけだった」
そう書かれてたな、本にも。
貴族にあるまじき貧しさだ。
「その悲劇を繰り返さないためにも、税収の見込めない領地を与えるのは良くない、再考しろ、と言われてな」
「そっか」
これは称号剥奪の流れかな。
まあ、それでいいかもしれない。
正直、ちょっと荷が重いかもしれないって思ってた所だ。
――なの、だが。
「だからこれをマテオに渡しに来た」
「え? これは?」
皇帝が差し出したのは、一枚の黒光りするカード。
子供の俺の、手の平と同じくらいのサイズのカード。
カード遊びに使うカードとほぼ同じくらいのサイズのものだ。
カードの表面には帝国の旗の模様が描かれていて、うっすらとカード全体から魔力を感じられる。
「余のカード、『魔法のカード』だ」
「陛下の……カード?」
「貴族は金を持ち歩かないのをしっているな?」
「うん」
俺は深く頷いた。
使用人に全部払わせるからだ。
「それと同じで、余も金を持ち歩かない。しかし金を使うときもある。従者がまわりにいないこともある」
「うん」
「その時はこれを使う。これを使えば、その場で契約が成立し、相手には魔法で作られた契約書が残る。その後契約書をもって、財務省なりに請求しに行くわけだ」
「えっと……つまり」
俺は少し考えた。
「魔法の小切手、みたいな物?」
「その通りだ」
俺はもらった皇帝のカード、『魔法のカード』をまじまじと見た。
そういうシステム、こういう魔法があったのか。
魔法のカードは興味深い物だったが。
「どうしてこれを僕に見せたの?」
と、当たり前の疑問をぶつけた。
「それはマテオが使ってくれ」
「え?」
「税収がないのだから、国から補填すればいい。そのためのカードだ」
「あ……」
そうだった、そういう事だった。
「限度額はない、いくらでも使っていいぞ」
皇帝はそう言った。
俺はもらったブラックのカード、魔法のカードをまじまじと見つめた。
限度額がなくていくらでも使っていいカード。
「くっ、負けたのじゃ!」
その横で、金貨100枚を先に出したじいさんが悔しがってーー
「ふふっ」
皇帝が何かを察したように得意げに笑った。
二人は、ものすごいハイレベルな規模で、低レベルな溺愛を競い合っていた。