作品タイトル不明
210.もう一人の爺さん
「だ、だめだよそんなの」
いきなりの事に、何よりあまりの事に驚いた。
驚きが大きすぎて、かなり素でダメだと言った。
そんな俺とは実に対照的なかんじで、ノワールは落ち着き払っていた。
「ご安心を、マテオ様」
「え?」
「本人が心から、魂の底からそれを受け入れる者だけそうします」
「さっきと言ってることが違うよ!? 一人残らずっていったよね」
「さすがマテオ様です。ですが、言葉的に矛盾はしていますが、実際には矛盾は生じません」
「どういうこと?」
「私達は悪魔、人間の欲望につけいる悪魔。ですので、人間の欲望に敏感なのでございます」
「それは……そうなるよね」
ノワールがいきなり「復習」的な事を言い出して俺は戸惑った。
そりゃそうなるだろうし実際もそうなんだろうけど、なぜ今更? って思いが強い。
「その私達の経験上、人間の欲望というものは満たされれば満たされるほど更に肥大化していくものでございます」
「肥大化……」
「権力者が現状に満足し、欲望などすべて叶えたあと、などというのは1000人に1人いればいいほうです。今いる権力者は何かしらまだかなっていない、そして権力を持っていてなお叶えにくい欲望を持っているものでございます」
「……」
「ですので、全員が心のからマテオ様に服従することになるでしょう」
「……ノワール」
「はい、何でしょう」
「その過程で無辜の人が犠牲になることは?」
聞くと、ノワールは表情こそ変わらなかったが、言葉がとまってしまった。
一緒にいるブランも似たような感じだ。
「あるよね、きっと」
「……さすがマテオ様でございます」
「おじい様は僕を可愛がってくれてる。イシュタル――陛下はそれといつも競い合ってる。オノドリムも人魚の女王様も、人間と関わっていない、大地と海に『残っている』ものを僕に持ってきてくれる」
俺はいままでの事を思い出しながら、それぞれ一言でまとめた形でノワールに話した。
「だれかが犠牲になっちゃうの僕は嫌だよ」
「かしこまりました、ではそのように」
「え?」
話が予想外の展開になって戸惑った。
そういうのは嫌だからやめて――と言おうとした、それに対してノワールはある程度食い下がってくるだろうと予想した。
が、予想したのとは違う返答が返ってきた。
「そのようにって……どういうこと?」
「欲望の誘導もお手の物でございます。できますね」
「……うん」
ノワールはブランに振り向き確認して、ブランは小さいながらもはっきりと頷いた。
「マテオ様が望まない、無辜の民が犠牲になる欲望は叶えないようにして魂を支配します」
「ええっ!? そ、それも違うんじゃないの?」
「そのようなことはありません。人間の欲望が一つだけということの方が稀でございますので」
「いくつもあるってこと?」
「いくつもございます」
ノワールは言い切った。
「それを取捨選択すればいくらでも」
「……そうなんだ」
俺は少し考えた。
ノワールを見つめて、考えた。
少し考えて、まずは聞いた。
「どうしてもそれをしたいの?」
「させてください」
「おねがい」
ノワールが頭を下げて、ブランも同じように頭をさげた。
ちゃんと頭を下げたあと、ふたたび顔をあげたノワールはかなりの真顔だった。
「マテオ様は私のたった一つの願いを形にしてくださいました。その恩返しを」
「僕は何もしてないよ? 今回のもおじい様を元に戻したいだけに動いてたし」
「最初の出会いにもかかわらずマテオ様は私を側においてくださいました。歴史が変わったのにもかかわらず過去にもどって私との対話を選んでくださいました。私と彼女のことをこうしてちゃんと出会えるように力を貸してくださいました。全てをつなげれば間違いなくマテオ様のおかげなのです」
「そう思ってくれたんだ……」
「はい」
俺は更に考えた。
ノワールの「恩返し」の気持ちは強そうだ。
俺からしたら恩返しをされるほどのことはしていないけど、ノワールからしたらそうじゃないみたいだ。
悪魔の価値観がそうなのか、それとも長年一人ぼっちだからよりそう思ったのか――。
「後者かな」
俺はふっ、と苦笑いした。
一番の望み。
ノワールは仲間がほしくて、俺は爺さんに元に戻ってほしくて。
俺は考えた。
仮に俺じゃなくて、間接的に爺さんが元に戻るのに助けてくれた人がいたら俺はその人のことをどうおもっただろうか。
まあ……恩人だし恩返しはしたいよな、って思った。
思って、納得して、なにもさせないのはノワールも気が済まないだろうなと思った。
「わかった、でも、本当にだめだよ、誰か犠牲にするようなのは」
「承知致しました、必ずそのように」
「ちなみにだけど、そのやり方だとどうするって予定はあるの?」
「まずはウォルフ侯爵からを予定しております」
「ウォルフ侯爵……おじい様の友達だね」
「はい、公爵様と常に張り合っていて、その孫娘を自慢したい方です」
「その人をどうするの?」
「最近はマテオ様が圧倒していますので、ウォルフ侯爵は張り合えなくてもどかしくしております。ですので――」
ノワールはにやりと微笑む。
この表情をみるとやっぱり悪魔だな、とちょっとだけ思った。
「その孫娘がマテオ様と何かしら張り合える程度に力を貸して差し上げようかな」
「なるほど」
それは……いいかもしれないと思った。
ウォルフ侯爵も嬉しがるだろうし、爺さんも張り合う相手が息を吹き返して「やりがい」を感じそうだ。
全部がこういう形なら大丈夫かな……と、おもったのだった。