作品タイトル不明
208.三つ目の卵
「……」
「……」
「……」
「……あれれ?」
イシュタル、オノドリム、ノワール。
なんとかならないのか? と聞いた瞬間、俺以外の三人が一斉にこっちをむいて、お化けでも出たような感じの表情になっていた。
「それはどういう意味なのでしょうか、マテオ様」
「え? えっとね……」
質問をしてくるノワール。
むしろ俺の方が何に引っかかっているのかが不思議で、なんて答えていいのかと戸惑ってしまう。
迷いつつ、言葉を慎重に選びながら答える。
「この卵みたいな状況って、あと100年つづくって事だよね?」
「おっしゃる通りでございます」
「その100年間ノワールは待ち続けるって事だよね?」
「はい」
「それを待たないですぐにどうにかならないのかな」
かみ砕いて、誤解の生じる余地がないくらいかみ砕いて説明をした。
これで話は誤解なく正しく伝わる――と思ったんだけど、イシュタルとオノドリム、そしてノワールがお互いをみた。
イシュタルとオノドリムはともかく、ちょっと前まで敵同士だったノワールまでもがそうした。
「ねえマテオ」
「どうしたのオノドリム」
「この悪魔って敵なんでしょ? いいのそれ」
オノドリムの質問で、俺はようやく三人が何に驚いているのが理解できた。
敵だった悪魔に手を貸して、敵になる悪魔をもう一人増やしてしまうのは大丈夫なのか? って意味なんだろう。
その発想はなかったけど、言われてみれば三人の反応は当たり前のように思えてくる。
思えてくる、が。
「……それでも100年も待つのはかわいそうだよ」
「マテオ……」
「それにこれこそ恩返しだよ」
「恩返し?」
「うん、ノワールは僕の家族のために力を貸してくれた。僕も同じことでお返しをしなきゃって思うんだ」
そういい、「卵」をみてからノワールに視線を向ける。
「家族、だよね」
「……しっくりくる言葉はまだ見つかりませんが、その認識で間違いではございません」
「そっか、特別な関係だものね」
「はい、唯一無二の相手でございます」
「だったらなおさらだよ。そんな相手に100年も待つのはつらいと思うんだ」
「えー、でもさー」
「……さすがマテオだ」
オノドリムは更に食い下がろうとするが、それを遮るような形でイシュタルが口を開く。
「イシュタル?」
「話は分かった、マテオの決定を支持する」
「いいの?」
直前まで驚いてたり、困ったり、たぶん心の中では反対してたりのイシュタル。
なのにいいのか? と聞いた。
「ああ」
「ありがとうイシュタル」
俺はそういい、にこりと微笑んだ。
微笑みかけられたイシュタルは何故か「うっ」と呻いて、赤面して上体をそらしてのけぞった。
「オノドリムは……やっぱりダメ?」
「うっ……ベ、別にダメって訳じゃ」
オノドリムも赤面しつつ、言葉を濁した。
やがって何かを言い訳するかのようにした。
「ま、まあ皇帝がいいっていうんならいいよ。何がどうなったって 大地(あたし) は問題ないし」
と、オノドリムも許容してくれた。
俺はノワールに向き直った。
「という訳で、ノワールもいいかな」
「断る理由がございません。ですが」
「ですが?」
「難しいとは思います」
「難しいって、どうして?」
「これは一種の封印でございます」
ノワールはそういい、「卵」に近づき、そっと手を触れた。
「封印?」
「はい。卵ですが、封印でもあります。私が復活するまでに何があっても守れるように、そのための封印です」
「すごく厳重にしたってことだね」
「その通りでございます。私の力はマテオ様がよくご存じのはず」
俺が? と一瞬不思議におもったが、時間移動のためにエクリプスの力でノワールの遺体を操ったことを思い出した。
ノワールの力は俺がよく知っている――なるほど確かにそうだと納得した。
「私が全力を出してもおそらくとけないであろう封印でございます。あと50年もたてばある程度は弱まって、その時には可能になっているかとは思います」
「そんなにすごい封印なの?」
「私の悲願、そして時間移動も絡めたおそらく二度とはないチャンス」
「そっか、めちゃくちゃ念入りにやって当たり前だもんね」
「はい」
「ノワールの力と、僕の――海神の力を合わせても難しいってこと?」
「現状力任せにというのは非常に困難であると思われます。それに」
「それに?」
「力づくでは『壊しすぎてしまう』可能性もございます」
「壊しすぎてしまう?」
「卵をわったら黄身まで崩れてしまった、という感じでしょうか」
「なるほど。久しぶりにノワールらしいたとえをきいたね」
俺はちょっとクスッとした。
ブランが時間移動で現われるまで、ノワールが普通に執事として仕えているあの頃に何回か聞いた事のある、料理に例えたノワールの説明。
それがまた聞けたことにちょっとしたおかしさを感じた。
そしてわかりやすいともおもった。
ノワールのそのたとえは前からすごくわかりやすい。
無理矢理卵を割って、力加減を間違えて――は感覚としてすごくわかりやすかった。
ノワールの力と海神ボディのちからなら封印を解けなくはないが、その力加減が難しい。
ミスが出来ないことだからやってみて、という訳にもいかない。
「むずかしいね」
俺は苦笑いしつつ、ノワールに倣って、同じように「卵」にそっと手を触れた。
なんとなく手を触れただけ。
それだけだけど、予想外なことに「卵」がひかりだした。
「な、なに!?」
「マテオ!?」
驚くイシュタルとオノドリム。
そして、パッと身構えて、「何をしている!」と厳しい顔をしながらいまにも俺に飛びかかってきそうなノワール。
「ちがうよ、何もしてないよ――あ」
言い訳をしようとしたが、途中である事を思い出した。
目の前の光景、今起きていること。
これとまったく同じことが記憶の中にあった。
「大丈夫だよ、ノワール」
「どういうことでしょうか?」
「これ……二回目、ううん、三回目だから」
「三回目……?」
「うん」
俺は頷きつつ、手を触れたまま、「卵」と向き直る。
エヴァンジェリン(一回目) 、 オフィーリア(二回目) 。
そして――三回目。
力はほとんど込めていない、が、光が一段と強くなって、封印が解けていく手応えを感じていた。