作品タイトル不明
201.ノワールの告白
「私は、生まれた瞬間一人っきりになりました」
「……うん」
ノワールの生い立ちを思い出し、小さく相づちをうった。
さいはてのノワール、完成された悪魔。
彼を産み出すので、全ての悪魔の命を犠牲にしたという話を何度もきいた。
それは同時に、ノワール本人がいうように「生まれた瞬間に一人っきりになった」ということでもある。
「自分と同等の存在が他にいないという事、最初の頃はなんとも思ってはいなかったのですが、意外にも寂寥感というものが募っていくものです」
「そうだったんだ」
「それがすこしずつ大きくなっていったころ、マテオ様のことを知りました。マテオ様に近づいた理由は二つ」
「二つ?」
「一つは夜の太陽の力。その力があれば同族をよみがえらせる事ができるかも知れないとかんがえました」
なるほどと思った。確かにエクリプスの力を狙っていたようなことは何とか聞いた様な気がする――が。
「エクリプスの力は死体を操るだけだよ?」
「もちろん存じております。ですが、工夫すればどうにかなるかもしれない。その力がもっとも生と死の狭間を行き来する力であることは間違いありませんので」
「うーん、そう言われるとそうかも」
「そしてもうひとつ」
ノワールはフッと笑った。
いつもの慇懃な微笑みだが、背筋が粟立つようなすごみを感じた。
「まわりの年長者に、これでもかと溺愛されるあなたが羨ましかったのです」
「うらやましかった?」
「ええ。今の私がそうですが、溺愛そのものをさほど必要としません、いいとも思いません。しかし同族がまったくいなかった頃はそれさえも羨ましく思えました」
「えっと……どういうこと?」
「人間に例えてるのなら……まわりから好かれるのが無理なら、せめて嫌われようと思うようになるのとにているのでしょうか」
「うーん、ごめん、よく分からない」
「……あたしちょっと分かるよ」
急にオノドリムがいいだした。
かなり神妙な顔つきでノワールの言葉に同調する。
「オノドリム?」
「人間に忘れられてたころとかさ、『大地の精霊なんてクソだ、ちっともかごなんてないやい』とか、そういう風に罵られても自分に目を向けてほしかったとかおもったもん」
「……そうなんだ」
感情がたっぷり込められたオノドリムの言葉は納得するしかなかった。
そう思えば、オノドリムとノワールは実は似た者同士だったということになる。
俺は改めてノワールに聞いた。
「それで僕に近づいてきたの?」
「ええ、あわよくばすべてを壊して差し上げようと」
にっこり笑いながらシャレにならないようなことをいうノワール。
「壊されるとこまるな」
「ご安心を、今ではもうまったくそうは思っていません」
「どうして?」
「マテオ様につかえている間に様々な出来事を拝見しました。それ以前の事も調べさせていただきました」
「調べたんだ」
「執事としての職務を全うするのにもひつようでしたので」
ノワールはまたにっこりと笑う。
その慇懃な態度は屋敷にいた時の執事・ノワールとまったく同じだった。
「そうして調べた結果、マテオ様と真っ向からことを構えるのは下策だと判断しました。様々な人に愛されて、様々な奇跡を起こしてきたマテオ様。その力と特性の矛先がこっちを向いたらどうなるか分かったものではないと判断しました」
なんともまあ、コメントし辛いことをいわれた。
「それでマテオの願いを叶えるという搦め手をとることにしたのね」
黙って聞いていたイシュタルが口を開いた。
ノワールはトレードマークの慇懃な微笑みを、まったく変わらない感じでイシュタルの方にもむけた。
「はい、おっしゃる通りです」
「今もそうおもっているの?」
「もちろんです。いえ、より強くそう思いました」
「より強く?」
俺は不思議がって、その言葉の意味を聞き返した。
「はい。マテオ様は『帰り』の目処もついているからこそいらっしゃってるのだと思います」
「帰り……うん、そうだね」
帰りのこと、元の時代に戻る方法のこと。
ノワールの言う通りそれの目処はついている。
「我々悪魔はおそらくもう二度と時間移動は出来ないでしょう。私をここに連れてくるのもかなりの無茶をしましたし、それで相応の代償もはらいました。その時間移動をマテオ様はいともあっさり戻れるというのですから、やはり敵対はすべきではないとおもいました」
「協力してくれるんだ」
「その通りです」
「ありがとうノワール、そうしてくれるとすごく助かる」
「いいのマテオ、こいつのことを信じちゃって」
オノドリムが聞いてきた。
「うん、信用するよ」
ただ俺達を追っ払いたいだけならこうして腹を割って話す必要はないとおもう。
「改めてお願い、ノワール。おじい様が元に戻るのに協力して」
「かしこまりました」
ノワールは執事さながらに、恭しく腰をおって一礼した。
「マテオがそういうのならそれでいいけど」
「なら次は……どうすればいいのかを検討しないとね」
イシュタルがそういうと、それを待ってましたとばかりに、ノワールがにこりと微笑んだ。
「それなら目星はついています」
「そうなの!?」
俺は少し驚いた――が。
ノワールの次の言葉に、それまでの驚きが吹っ飛ぶくらいめちゃくちゃ驚いた。
「私が死にましょう」