作品タイトル不明
171.健康は義務です
廊下で待っていると、部屋のドアが静かに開き、ダガー先生が出てきた。
ダガー先生の白い服にところどころ赤い血が飛び散っているが、「血染め」という言葉から連想されるようなイメージじゃなくて、ダガー先生はかなり落ち着いていた。
「手術は終わったよ」
「本当?」
「ああ。回復魔法……だったかな? それを頼む」
「うん!」
俺は頷き、部屋の中にはいった。
部屋の中で、爺さんがテーブル? の上に寝かされていた。
「ベッドじゃないんだね」
「ベッドでは低すぎる。手術はいわばこっち側の作業がメインだから、低すぎるとそれだけで支障がでる」
「あっ、そうだよね。しゃがみっぱなしは腰に来るよね」
ダガー先生の言葉にものすごく共感した。
村人だった頃は本当に、ほっっっっっんんんとーに!
腰痛に悩まされたもんだ。
だから手術しやすいためにテーブルくらいの高さに寝てもらったと言う話はめちゃくちゃ納得出来た。
改めて爺さんをみた。
すやすやに寝ている爺さんの口元に白い布がそっと被せられている。
少しだけ赤い血がにじんでいるように見える。
「布を被せてるんだ」
「普段なら患部に包帯をまいたりするのだが、今回は回復魔法とやらですぐになおしてしまうのだろう?」
「うん!」
「だから布を被せるだけにとどめておいた」
「そうなんだ」
なるほどな、と思った。
「さあ、その回復魔法とやらを見せてくれ」
「わかった!」
頷き、テーブルの前、爺さんの前にたった。
爺さんの口に手をかざすように近づけて、魔力を変換し白と黒の魔力を練り上げた。
もういいいい歳の爺さんだから、いたい想いをさせるのはよくない。
そう思い、今までで一番力が入った。
回復魔法が発動し、癒やしの光が爺さんを包み込む。
光は一瞬だけ膨張して、すぐに収まった。
「……はい、おしまい」
「なに!? もう終わったのか?」
「うん、もう大丈夫のはずだよ」
ダガー先生はいかにも信じられないというような表情で爺さんに近づき、被せている布をとっぱらった。
爺さんの口のまわりには多少の血の跡がついているが、ダガー先生はそれに構わず、すやすやと寝ている爺さんの口をこじ開けた。
「本当だ……」
爺さんの口の中を見て絶句した。
俺も近づき、爺さんの口の中をみた。
「わあ……」
ダガー先生とはいたがって、俺は感動した。
爺さんの口の中には、真っ白で綺麗な歯が、「一本も欠けていない」みたいな感じでならんでいた。
綺麗につけられた歯をみて俺は心から感動していた。
「回復魔法……すごいな」
その側で、ダガー先生は俺とは違うことで感動していた。
☆
「おお、おおおおおお!?」
部屋の中、睡眠魔法が解けて目覚めた爺さんは鏡をのぞきこんで、わなわなと震えるほど感動していた。
鏡の中に写し出す自分の姿に、口を開けたり自分で口角をひっぱってさらに奥まで確認したりと、取り付けた歯に感動した。
その姿を俺とダガー先生、そして入り口の近くで待機しているメイドのローラがみまもっていた。
「すごい、すごいぞマテオ。ここまでとは思いもしなかったのじゃ」
「どこか気分悪いところはない?」
俺は爺さんにそう聞いた。
みた感じはちゃんと歯になっているとはいえ、ちょっと前まではなかったものが口の中にはいっているのだ。
歯の間に肉とか野菜とかの切れ端が挟まっただけでも違和感バリバリだから大丈夫かなとおもって聞いてみたんだが。
「マテオが作ってくれた歯、すこぶる快適なのじゃ!」
「そ、そうなんだ。違和感がないんだならよかった」
俺は気を取り直して、待機していたローラに合図を送った。
ローラは頷き、静かにワゴンを押して俺達に近づいてきた。
「ねえおじい様」
「なんじゃマテオ」
「これ……食べてみる?」
「これは……スルメイカ?」
「うん」
頷く俺に、不思議そうな表情をする爺さん。
ワゴンの上に置かれていたのは天日干ししたスルメイカだった。
「人魚達にお願いして、最高のイカをもらって、僕がつくったんだ」
「マテオが!?」
「うん、おじい様の歯が出来たら堅い物を食べてもらおうっておもってさ」
「おお、おおおおお!?」
爺さんはまたわなわなと震えだした。
「マテオが作ってくれたのか?」
「うん。お煎餅とどっちがいいかって迷ったけど、こっちの方がいい素材が手に入れることができたから」
「そうかそうか」
「はい、おじい様。あーん」
俺はそういい、スルメイカを手にとって、ゲソを一本ちぎって爺さんに差しだした。
爺さんは感動した様子でげそにかじりつき、もぐもぐと咀嚼しだした。
しばらくのあいだ、部屋の中には爺さんの咀嚼音だけがあった。
俺もダガー先生もローラも、三人で爺さんの反応をみまもった。
やがって、爺さんはゴクン、とゲソをのみこむやいなや。
「すごい! すごいのじゃマテオ!」
「おじい様?」
「まったく問題なく噛めるのじゃ! こんなにおいしいものを食べたの数十年ぶりなのじゃ!」
「本当? よかった」
俺はダガー先生の方をむいた。
ダガー先生は成功した事に「当然だ」といわんばかりの表情をしていた。
「最高の歯でかみしめるマテオ手作りのスルメイカ……生きててよかったのじゃ……」
爺さんは盛大に感涙した。
ぽろぽろとと大粒の涙をながして、めちゃくちゃに大げさな様子だった。
さすがにちょっと大げさすぎるぞと、それを止めようと口を開き欠けた瞬間――。
「マテオや、これは数は作れるのか?」
「え? 歯の事? うん、そんなに難しくないよ、歯そのもの自体は」
「よし、決めたのじゃ。この歯を領内の老人全員につけてやるのじゃ」
「え? 全員?」
「そうじゃ。つける事を義務にしてやるのじゃ」
「ぎ、義務」
俺は驚いた。
爺さんが感動してそれを広めようとしてくるであろうことは予想していたのだが、まさか「義務」にするとは予想のすこし斜め上をいってくれた。
オノドリムがいうように、健康の歯でみんなの寿命が延びそうで俺はちょっとだけ嬉しくなった。