作品タイトル不明
136.悪魔に魂を売った理由
「よ、わ、あた――」
イシュタルは盛大に赤面しつつ、一人百面相と言ってもいいくらいにめちゃくちゃ表情をころころとかえた。
何か言いかけては言葉を飲み込む、も何回か繰り返した。
そうしてから、イシュタルは自分の胸に手をあてて、深呼吸をした。
見るからに自分を落ち着かせる行動をした――なんでそうする必要があったのかは分からないけど。
「よ、余にしかできぬこととはなんひゃ?」
「え?」
「……なんだ?」
直前に自分が噛んでしまったことをなかったことにするかのように、イシュタルは平然と言い直した。
「うん、あのね――」
俺は事情を説明した。
ノワールから聞いた話で、雌雄同体の生き物を探している事を告げた。
「雌雄同体……」
「いろいろ考えたけど、イシュタルがそうなんじゃないかって、思ったんだ」
「……そうだな、その表現が頭によぎったこともないが、そういうことになるかもしれんな」
イシュタルはそういい、小さく頷いた。
さっきまで赤面したり慌てたりしてたのはなんだったんだ? って位落ち着き払った真顔になった。
「話はわかった、いいだろう」
「いいの?」
「うむ、この体になれたのもマテオのおかげだ、恩返しをしようではないか」
「ありがとう! すごくたすかったよイシュタル」
俺はそういって、もう一度目の前の彼女の手をとって、テンションのままブンブンと上下にふった。
「うっ……」
それでまたイシュタルは赤面をしたが、さっきとちがって慌てるような事にはならなかった。
イシュタルはあえての咳払いをして、少し離れた所でひかえているノワールの方をむいた。
執事という形で屋敷に潜り込んでいるせいか、ノワールはよくこうして、息やら存在やら気配やら、そういうのを殺してじっとひかえていることがおおい。
話しかけないかぎりは自分から話しかけてくることはないが、話しかければ普通に応答する。
そんなノワールに、イシュタルは問いかけた。
「雌雄同体の話はわかった。それの何がひつようなのだ? 余にもあるものなのか?」
「もちろんでございます。雌雄同体の生き物で、成長を続けている体の一部を用いります」
「せ、成長を?」
イシュタルはまた赤面して、そして慌てだした。
三度の赤面、そして再びのうろたえ。
しかし一回目のとはなんだか違ううろたえ方だった。
「そ、その……成長を続けている、とは、おもうの……だが……」
「とは思う? どういうことなの?」
「それは――」
イシュタルはそういって、より一段階赤くなった顔で、ちらっと視線を落として自分の胸をみた。
なんで胸を――と、思っているとノワールから。
「毛髪、ないしは手足の爪で結構でございます」
「ふぇ!?」
イシュタルは素っ頓狂な声を上げた。
知り合ってから大分たつが、こんな風に素っ頓狂な声を上げるのは始めてみるかもしれない。
「か、髪? ……と爪、で、よいのか?」
「はい。成長を続ける部位と言えばこの二つ。かの者も迷い無くこれを用いたと記憶しています」
「そ、そうか。そうだな」
「大丈夫イシュタル? なにかだめだった?」
「なんでもない! なんでもないぞ!」
聞くが、イシュタルは強い口調で否定(?)した。
本当に大丈夫かとしたから彼女の顔をのぞきこむが、顔は真っ赤なまま、しかし唇は尖らせて、なにやら拗ねている様な目でノワールをにらんでいた。
どういうことなんだろうか。
イシュタルは否定するし、ノワールはいつも通り何も変わらない慇懃な微笑みを張り付かせたままだった。
「は、話はわかった。髪でよいのだな」
「うん――あっでも。ねえノワール、それって結構多く使うの?」
「それなりには」
「うーん、それだと申し訳なくなっちゃうな。イシュタルの綺麗な髪をたくさん切ってしまうのは」
「構わんぞマテオ。髪などまた生えるものだ」
「そうだけど……」
「そういうことでしたら、私にお任せ下さい」
ノワールはそういった、俺とイシュタルは同時にノワールの方に目を向けた。
「任せるって、なにかいい方法でもあるの?」
「はい、史上最強の育毛剤を偶然所持しておりました」
ノワールはそういって、どこからともなく小さな瓶を取り出した。
ガラス作りで、コルクで栓をしている小さな瓶。
瓶の中には透明な液体がゆらゆらしているのが見える。
「史上最高の育毛剤? どうしてそんな物をもっているの?」
「かつて、髪をもう一度生やしてほしいと、この私――悪魔に魂をうった人間がいましたので」
「ええ!? そんな……こと、…………でも、ない、かな」
一瞬驚きはしたものの、俺は何も知らない子供じゃない。
むしろ中身はいい歳した大人の村人だ、おっさんだ。
髪のためなら魂さえも売る――は、まったく分からない話じゃなかった。
「それで、 生えてきた(、、、、、) の?」
「もちろんでございます」
ノワールはにこりと笑った。
とてもとてもいい笑顔で。
救世主のような笑顔だった――悪魔だけど。
「一生涯、ふさふさで大満足の人生をおくっていました」
「そうなんだ」
「それで納得出来るのかマテオ?」
イシュタルは不思議そうに聞いてきた。
雌雄同体の第四使徒イシュタル。
もとは妙齢の少女なだけに、中年男にとって髪がどれほどのものなのか分からないようだ。
よく髪は女の命と言うが、男には死活問題だ。
そうこうしているうちに、イシュタルはノワールから瓶を受け取った。
「これをどうするのだ?」
「髪の、特に先端によくなじませてください」
「わかった」
イシュタルは頷き、帽子をとった。
帽子の下から綺麗な長い髪がふわりとひろがった。
室内で、風がないのにもかかわらず、無風で自然になびくその髪が、そしてイシュタル本人がものすごく綺麗だった。
「綺麗……」
彼女と初めて会ったときのように、俺はまた、感極まってつぶやいた。
「そ、そうか?」
イシュタルは赤面して、まんざらでもなさそうな顔をした。
そして、ノワールから受け取った瓶の液体を手の平にだし、それを自分の髪の先端につけた。
まるで揉み込んでいく、そんな感じの手つきで液体つけていった。
一通りそれをつけた後、変化が現われる。
「お、おお……」
「すごいね」
イシュタルは感嘆の声をあげ、俺も言葉でそう言った。
腰くらいまで届いていたイシュタルの長くて綺麗な髪は、ノワールの育毛剤で爆発的に伸びて、地面に届く位にながくなった。
まるでマントのように、彼女の背中にひろがった。
それをみたイシュタルは満足したような表情で俺のほうをむき。
「さあマテオ、好きなだけもっていくといい」
と、笑顔で宣言したのだった。