作品タイトル不明
129.鞍上に人なく、鞍下に馬なし
「パパー!」
部屋の中に、エヴァがドアを開け放ってとびこんできた。
いくつも見た目をもつエヴァは、人間の年頃の少女の姿で、ドアを普通に手で開けて両足でバタバタ小走りではいってきた。
そんな彼女が俺の前に立ち止まって、きらきらした瞳を向けてくるが、すぐに それ(、、) に気づいた。
俺の横にいたブルーゴブリンの子――オフィーリアがエヴァがはいってきたのをうけてか、トタトタとした、歩き始めの赤ちゃんのような足取りで歩き出した。
俺やエヴァには目もくれず、トタトタと部屋の隅っこ、壁の方に向かっていき、その壁を手でタッチした。
タッチすると、何もいわないままぐるっと身を翻して、またトタトタと戻ってきて、俺の横で床に座り込んだ。
その一連の行動をみたエヴァは不思議そうに。
「この子なの?」
と聞いてきた。
「うん、ブルーゴブリンの子。名前はオフィーリアだよ」
「オフィーリア? パパがつけた名前?」
「そう」
「じゃああたしの名前みたいに何か由来があるんだね」
俺はにこりと微笑み、無言で頷いた。
エヴァの名前も俺がつけた。
エヴァンジェリン、歴史にはっきりとその名前を刻み込んだ有名なレッドドラゴンの名前。
長い人生はくっきりと前後半に分かれてて、前半は人に恐怖を与えた邪竜王、後半は人類の守護者になったドラゴンの名前だ。
その名前をつけたときにエヴァにも説明していた。
エヴァは俺の「名付け」第一号で、俺のやり方をよく知っている子だ。
「とある地方の土地神の名前。なんでも面倒をみてくれるいい神様なんだ」
俺はいってて、ちょっとだけクスッときた。
よく考えたらちょっとひどい話だった。
なんというか、いわゆる何かを司ってる神とかじゃなくて。その土地に密着している何でも屋とか便利屋とか、そういう扱いなんじゃないか? と改めて思った。
もし本当に土地神オフィーリアがいたら「何でもかんでもたよってくるなあああ!」とかいってそうな、そんな風に思ってしまった。
「神様の名前なんだ。よかったねオフィーリアちゃん」
「……うっ」
自分の名前を呼ばれて、オフィーリアは顔を上げてじっとエヴァをみたかと思えば、地面を四つん這いのままはって、俺の背中にかくれてしまった。
「あっ」
「ありゃりゃ」
「あたし嫌われた?」
「そんな事はないと思うんだけどね」
「うー……」
エヴァは難しい顔をして、俺の背中に回って、オフィーリアの顔をのぞきこんだ。
顔をのぞきこまれたオフィーリアはぐるっと回って、俺を挟んでエヴァの反対側――正面にまわった。
エヴァはそれを追いかけた、またのぞきこんだ。
するとオフィーリアはまた逃げた。
見た目だけなら、エヴァは十代の少女で、オフィーリアはまるっきり赤ん坊だ。
エヴァはキビキビと追いかけているのに対し、オフィーリアはよちよち歩きだったりで、逃げたり避けたりしているが傍目からは可愛らしく見えてしまう。
その証拠に、俺は自分でも分かるくらい、口角が緩みっぱなしだった。
しかしそれは傍から見てるからであって、実際に避けられているエヴァからしたらたまったものじゃなかった。
「うぅ……なんで避けられるの?」
と、ちょっとだけ悲しそうな顔をした。
「うーん、そんなに避けられてるってわけでもないとおもうけどね」
「でもさけられてるじゃん。ねえぱぱ、どうしたらいいかな」
「うーん……体がおっきいから?」
パパとエヴァは呼んでくるが、実際の所、人間同士の姿だと彼女の方が圧倒的に上に見える。
マテオボディの俺はまだまだ幼い少年で、エヴァは十代の半ばのすっかり成長した美少女だ。
ならんでいるとパパと娘というよりは、お姉ちゃんと弟にしか見えない。
俺よりもかなり背が高いエヴァ、それが原因かも? と推測したみた。
「じゃあちっちゃくなるね」
エヴァはそういって、ぐぐっ、と力を溜める仕草をしてから、変身した。
人間の美少女の姿から、子供のドラゴンの姿に変身した。
「みゅー」
可愛らしい鳴き声で、オフィーリアに近づく。
オフィーリアは少しだけ、警戒心が薄れたようにみえた。
人間の姿からまるで子犬の様なサイズのドラゴンの姿になったエヴァの存在が、警戒よりも好奇心が上回った、そんな感じだ。
「みゅー」
「うっ」
「みゅみゅっ!」
「うっうっ!」
好奇心が上回った――と思ったのもつかの間、二人は瞬時にして打ち解けたみたいな感じになった。
エヴァが小さな体をこすりつけるようにじゃれついて、オフィーリアがペチペチ叩きながら耳を掴んでひっぱる。
それをエヴァも嫌そうなそぶりは一切見せずに、さらにじゃれついた。
まるっきり赤ん坊と子犬のじゃれ合い――そんなブルーゴブリンとレッドドラゴンの姿はちょっとだけおかしくて、見守っていたいという気分にさせられた。
ふと、エヴァが何もない空間に向けて炎をはいた。
ちょっとした炎だ。
攻撃だったり何かを焼いたりするようなものじゃなくて、大道芸人がアルコールを含んで吐き出すような、すぐに消えて何かに燃え移ることがほとんどないようなささやかな炎。
「みゅー」
「うっ……」
「みゅみゅ?」
「……」
オフィーリアは何やらもぞもぞした。
何かをしたげだが、困っている顔で俺を見あげる。
どうしたんだろう、とおもっていたらおもいだいた。
「あっ、そうだったそうだった。ごめんねオフィーリア――はい」
俺はその事を思い出して、二本指でエヴァが吐き出して、しかしも消えた炎のあった空間を差した。
するとオフィーリアは言葉通り赦しをえたかのように、大喜びでそこに向かって炎をはいた。
エヴァのよりちょっと強めの炎だが、それも何かに燃え移ることなくすぐに消える程度の炎をだった。
「みゅ!」
エヴァはボディランゲージで、オフィーリアに何かをしめした。
オフィーリアはすこし戸惑ったあと、そのボディランゲージにしたがった。
体を伏せたエヴァの背中にオフィーリアがのった。
エヴァはゆっくりと起き上がって、歩き出した。
お馬さんごっこ。
二人の見た目の愛らしさから、俺の頭の中にそんな光景が浮かび上がった。
エヴァはオフィーリアを乗せて、オフィーリアは振り落とされないようにした。
二人はお馬さんごっこな感じで、部屋の中をまわった。
微笑ましいお馬さんごっこかと思えば、エヴァがおもむろに火を吐いた。
オフィーリアは俺を見て、俺はほとんど考えずに二本指でオーケーをだして、オフィーリアもまた炎をはいた。
微笑ましい光景が、ちょっとすごい光景にかわった。
「ドラゴンライダーなのかな、それともゴブリンライダーの方がいいのかな?」
どっちと呼んだ方がいいのかちょっと迷ったけど。
鞍上も鞍下も火を吐く、ものすごい騎兵だなあ、とちょっと感心したのだった。