作品タイトル不明
119.神と殉教者
次の日の朝、屋敷の庭。
メイドのローラがワゴンに乗せた、二羽の鶏を運んできた。
両方とも食用にするため、最初の処理がすませられている。
どっちも原形は留められているが、どっちも生きていないのははっきりと見て取れる。
「こちらでよろしいでしょうか、お坊ちゃま」
「うん、ありがとう。えっと、言ったとおりのを選んでくれた?」
「はい、おそらくは……ただ、なにぶん鶏ですから、そこは絶対とは言い切れなくて……」
「あはは、それはそうだよね。僕だって同じことを言われたらちょっと困っちゃう」
笑顔で返事すると、申し訳なさそうにしたローラが少しホッとした表情になった。
「ちなみにこちらが――」
「あっ、いいよいいよ。前もって分からない方がテストになるから」
「――なるほど。失礼致しました」
「そのかわり終わった後の答え合わせをよろしくね」
「かしこまりました」
ローラは深々と一礼した。
俺はワゴンに向き直って、二羽の鶏と向き合った。
そのまま、鶏たちにエクリプスの力を使った。
直後、右の方の鶏がむくりと起き上がった。
血抜きが済まされてて、直前までぐったりしていた鶏がエクリプスの力で動き出した。
左の方はまったく動かなかった。
両方ともエクリプスの力をかけたのだが、右の方だけが動いて、左の方はウンともスンともしなかった。
「うん……動いてない方がそうだよね?」
「さようでございます。そちらがお坊ちゃまのいいづけ通り、親がまだ産卵用に残しておいてる方です」
「うん」
俺は頷き、二羽の鶏を改めて見つめる。
ローラに頼んだのは、捌いた鶏を二羽用意してくれ、ということ。
片方は親鶏がまだ生きてるのを用意してくれ――という注文だ。
親鶏がまだ生きてる方は動かなくて、もういない方はエクリプスの力で動いた。
制作者――というか言葉的に「産みの親」がいるのといないのがエクリプスの力の及ぶ範囲、その条件。
それがまた一つ、テストで明らかとなった。
俺はエクリプスの力を解いた。
起き上がって動いていた鶏は糸の切れた人形のようにぐったりとワゴンの上に崩れ落ちた。
「ありがとう、もう大丈夫だよ」
「かしこまりました。これ以外で何かお手伝い出来る事はありませんか?」
「そうだね。じゃあこれを美味しく料理してくれる? 美味しくしてね」
「かしこまりました」
ローラはそう言い、ワゴンを押して立ち去った。
それを見送りながら、俺はまた一つエクリプスの力を解明出来た満足感と、それをどう活用するべきかと頭を悩ませるのだった。
☆
「聖徒……って?」
午後になって、屋敷のリビング。
昨日あの後一旦は帰ったが、すぐにまたやってきたヘカテーと二人っきりで向き合った。
「はい、聖徒でございます」
「初めて聞く言葉だけど、それってどういう物?」
「殉教者でございます」
「……そうなんだ」
俺は少し驚いたが、動揺はしなかった。
心の準備は出来ていたからだ。
今あれこれ解明や活用のために模索しているエクリプスの力は死者を操る力。
そして、それに力を貸してもらってるヘカテーは世界最大の宗教、ルイザン教の大聖女という立場。
死者、そして宗教。
どこかで「殉教者」という言葉が出てくるだろうな、という心の準備は出来ていた。
「その聖徒がどうかしたの?」
「今回お話を持ってきたのは、十日前に殉教した男です。敬虔で勇敢な男で、巡礼中で魔物達に襲われた信徒達を逃がすべく、体をはって魔物に立ち向かいました」
「その結果が……ってこと?」
「はい。このように、聖人ほどの功績を挙げられなかった者は『聖徒』として認定する決まりとなっております」
「あっ、聖人とか、聖女? よりも下なんだ。聖徒って」
「はい」
「そっか」
俺は頷き、納得した。
不思議とは思わなかった。
ルイザン教に限らず、どこにでもよくある話だからだ。
「その聖徒さんがどうかしたの?」
「神のお力になれるのではないかと思いました」
「え? ……あ」
なるほど、死体、か。
聖徒の説明でところてんのように一旦は頭から押し出されたがすぐに思い出した。
一連の話は全て、エクリプスの死者を操る力で繋がっている。
殉教者はつまり死体になっている、ということ。
それをヘカテーは持ってきたのは。
「そのお力がどのようなものなのかはまだわかりませんが」
「……」
もうほとんど解明出来てる、とはいわなかった。
「殉教した者達が神のお力になれれば、そうおもって」
「……うん」
ヘカテーの言いたいことは分かった。
俺はなるほど、と、小さく頷いた。
☆
その日のうちに、ガランという街にやってきた。
その街の教会の中、一つの柩と、たくさんの人たちがいる。
大半が普通の信徒っぽい感じだったが、柩の前に一組の母娘がいた。
母親らしき女は明らかに目を泣きはらしたような状況で、娘はまだ幼く、何もかもわかっていない、という感じの顔をしていた。
その柩の横に聖職者が一人いて、なにやら唱えている。
俺とヘカテーは裏にいた。
ヘカテーに小声で聞いた。
「これは?」
「聖徒として認定する儀式でございます」
「終わるまで待つの?」
「出来れば今。神の奇跡が起きれば、残された母娘も救われましょう」
「なるほど」
俺は頷き、柩の方に向き直った。
ここに来るまで、念の為ヘカテーに確認した。
すると、男の両親はとうに亡くなっていると聞かされた。
十数年前の流行病で亡くなって、その後男はルイザン教に入信した――という、よくある話だった。
両親が亡くなっているのなら、と。
柩の中に眠っている、死に顔が綺麗に整えられた男にむかって、エクリプスの力をはなった。
まだ顔がはっきりと残っている死後十日ほどのものでちょっと心の抵抗があったけど、母娘の救いになる、と聞かされたからやることにした。
エクリプスの力が通った。
柩の中から男がむくりと立ち上がった。
教典を唱えていた聖職者がとまった。
まわりの信徒達がざわつきだした。
殉教者の死体が柩の中から起き上がればざわつきもする。
しかし次の瞬間、ざわつくが別の種類のものにかわった。
教会の天井から、白い翼を広げた海神ボディがゆっくりと「降臨」してきた。
神々しい見た目をした海神ボディ、文字通り名実共に神の体。
神の降臨に、一人また一人、それを理解した信徒が跪き、手を合わせた。
海神ボディは俺がエクリプスの力で操作していた。
マテオボディだけじゃなくて、海神ボディもこうしてエクリプスの力で動かせる。
海神が殉教者の男の頭にそっと触れた。
次の瞬間、男の体が発光した。
そして海神は発光した男の体を連れて天井へ向かっている、途中で水間ワープでその場から消えた。
「お母さん、お父さんはどこに行ったの?」
「お父さんは神様の所に行ったのよ。ああ、神よ、感謝致します」
男の妻は感激しながらいい、他の信徒達も感動やら羨ましいやら、そんな顔をした。
「……うん」
俺が見せた 神の奇跡(演出) で、あの母娘が救われるようにいのった。
神はもう死んでいるみたいだから、誰に祈ればいいのかは分からなかったけど。
そんな事よりも。
「殉教者、か」
動かすとまわりの人間が喜ぶ死体。
そういうものもあったんだなと、俺は自分の考えと常識を少し更新しなきゃと思ったのだった。