作品タイトル不明
112.気持ち悪くない物
目の前にいる女たちの驚いた顔がもっとみたいと思った。
悪い意味で驚いてるんじゃない、言葉にすると「すごい」って感じの驚き方だったから、もっともっとさせてみたくなった。
俺は少し考えて、出来る事を考えてみた。
頭のなかで想像してみて――たぶんいけると思った。
「ちょっとやってみるから、そのまま見てて」
「え、ええ」
イシュタルはおずおずと頷いた。
俺は立ち上がった。
俺自身と、海神ボディ。
両方一緒に立ち上がった。
そして向き合うようにたつ。
ここ最近、「自分」だと認識しつつある海神ボディがこうも目の前にあるのは不思議な感じだった。
なぜ自分だと認識しつつあるのかは、海神ボディの時水と向き合うことが多い。
その水が鏡になって、自分の姿を映し出すことがおおい。
不思議なもので、「鏡」として見ている姿を自分の姿と認識しつつあるのだ。
そんな不思議な感覚を密かにかみしめつつ、エクリプスの力で海神ボディを操作した。
向き合って、手を取り合った。
イシュタルにメイド達、女達が固唾をのんで見守る中、その最初はものすごくぎこちなかった。
「操作」しているのは海神ボディだけど、自分の体の動きも何故かおぼつかなくなっていた。
両方が等しくぎこちない動きをしていたが、徐々に、徐々に慣れていった。
マテオと海神(おれ) は手を取り合って一人で踊り出した。
まるで貴婦人と手を取り合って、社交の場でステップを踏む、そんな踊りだった。
最初は本当にぎこちないものだったが、次第に慣れていき、ステップを無難に踏めるようになった。
そうして、音楽こそ流れていなかったが、 マテオと海神(おれ) は無事に一曲踊りきった。
踊りきったあと、イシュタル達の方をむく。
「こんなかんじだけど、どうかな」
「すごいわ……それ、マテオ一人……と言うことよね」
「うん」
「だったら本当にすごいわ……」
イシュタルは心から感動した様子で舌を巻いていた。
メイド達も同じようにに感動したが、こっちはもっと喜びを露わにはしゃぎ回っていた。
「羨ましいわ、それ」
「羨ましい?」
「ええ、昔から『自分がもう一人いたら』、って良く思うもの」
「そっか……」
なるほど、と俺は頷いた。
皇帝といえば激務だ。
前世ではただの村人だった俺は、皇帝はとにかく酒池肉林で享楽だけの日々を送っているもんだと思ってた。
しかしマテオに転生して、爺さんに拾われて貴族の世界を自分の目で見るようになって。
皇帝というのは実はめちゃくちゃ忙しいもんだと。
肉体労働こそすくないが、常になにかを決めなければならない、帝国のために働き続けている存在だとしった。
そんなめちゃくちゃ忙しい皇帝であるイシュタルが、「自分がもう一人いたら」って思うのは当然のことだと納得した。
「ねえ、それって他に何が出来るの?」
「他に出来る事? そうだね……あっ」
「どうしたの? 変な顔をして」
イシュタルは不思議そうな顔して、俺を見つめてきた。
彼女が指摘した通り、俺自身変な顔になっちゃったなあ、っていう自覚がある。
「うん、このちからが分かった時、オノドリムに言われた事をおもいだしちゃったんだ」
「精霊様に? なんて言われたの?」
「その力があれば余裕で世界を支配できる、って」
「世界を支配? どういうことなの?」
「えっとね、大地の精霊じゃない? 彼女」
「うん」
イシュタルははっきりと頷いた。
オノドリムの事に関しては、彼女はこの部屋にいる人間の誰よりもよく知っている。俺よりも更に深く知っているだろう。
「でね、生きてる人間よりも、大地の中に埋まってる死体の数の方が圧倒的におおいって」
「……恐ろしいわ、それ」
「うん。あの時もそうだし、今もちょっと想像して、微妙な気分になっちゃった」
「微妙な気分?」
「ほら、今の魚とか自分の体とか、そういうのはいいけど、死体というか、ご遺体とかそういうのを操るのはちょっと気分的に、ね」
「……」
イシュタルは真顔で俺を見つめた。
じっと見つめたあと、ふっ、と優しげに微笑んだ。
「マテオは優しいな」
「優しい?」
「余なら……死体を使役する事に毫ほどもためらいを持たないであろうな」
「そうなの?」
「うむ。それが帝国に益をもたらすことであれば、な」
「……」
そう語ったイシュタルを、今度は俺が見つめ返す形になった。
「マテオ? どうした、何か変な事をいったか?」
「ううん。イシュタルに見とれてただけ」
「みと――」
言いかけ、イシュタルはまなじりが裂けそうなくらい目を見開き、おどろいた。
「普段からものすごく綺麗だけど、今のはもっと綺麗だった。心からの信念をかたったからかな、すごく凜々しくてきれいだった」
「そ、そう……」
凜々しくて綺麗――と評したら、彼女は頬を染めて顔を背けてしまった。
評した凜々しさが言葉一つで消えてしまったのがちょっと惜しくて、いわなきゃ良かったかも、なんて思ってしまった。
「ご、ごほん」
はっきりと照れた様子のイシュタルは、照れをかくすためか、わざとらしく咳払いをして、話を変えた。
「それよりも」
「それよりも?」
「どこまでを死体と思うか、ね」
「どういうことなの?」
イシュタルは答えず、まずは魚、そして海神ボディ。
この二つに視線を順に流してから、俺を再び見つめてきた。
「その力、夜の太陽――エクリプス由来でしょ」
「うん」
「エクリプスが死体だとおもうけど、マテオが死体だと思わなかったものが、気分的に抵抗なく操れるということじゃない?」
「そういうことだね」
俺ははっきりと頷いた。
そこはまさにイシュタルのいうとおりだった。
「せっかくだし、そういうのって何かないかな、って。ああ、もうひとつ追加。出来れば数が多い方がいいわね」
「うーん、なんだろう。…………蝉の抜け殻、とか?」
「ぷっ」
俺は少し考えて、搾り出したのがそれだった。
それをうけてイシュタルは小さく吹きだした。
吹き出す彼女の姿はさっきとはまた違った趣の「可愛さ」があった。
それを指摘しちゃうとさっきみたいに消えてしまうかもしれないから、今度は指摘しなかった。
「セミの抜け殻がそうなのかはわらかないけど、大量に集めたらさぞ気持ち悪くなるとおもうわね」
「あー……うん、それはそうだね」
大量のセミの抜けがら――そんな光景をちょっと想像して苦笑いしてしまう。
「でも多分、気持ち悪いけど動かすのにためらいはないと思うな」
「そうね、『遺体』をためらうのならそうよね」
イシュタルは頷き、あごを摘まんで考え出した。
そして、ぼつりと一言。
「ホムンクルスって……どうなんだろう」