軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第906話 永久奉公刑

アヴァロン解放戦後、正式に帝国へと併呑され、国王ミリアルドが総督に就任した初火の月14日。この日は首都アヴァロンにおいて新たな門出として盛大に祝われ、またパンデモニウムでも困難な解放戦を見事に成し遂げた戦勝に沸き返っていた。

輝かしい勝利に熱狂する一方、変わらぬ平穏を送る場所が都市南端にある、隔絶された無垢なる者達の楽園『パンデモニウム自由学園』だ。

女王陛下の加護により、爽やかな笑顔の絶えない学園だが、今日この日に限ってはそこかしこで大泣きに泣く生徒達の悲しい叫びが木霊していた。

「うわぁああああ! ヨッシぃいいいい!」

「テレシアぁ! わぁああああああああ!!」

パーティ会場さながらに、色とりどりの花々で飾り付けされた大広間。そこで元十字軍女騎士テレシアは、班長たる四本腕の大男、ヨッシーと滂沱の涙を流して抱き合っていた。

離れ離れになる恋人同士のような色っぽさはそこになく、ただ純粋に悲しみの涙に暮れる二人の姿は、種族を越えた厚い友情を感じさせた。

「テレシア、そろそろヨッシーを離してあげるゴブ」

「ヨッシーも、もう行かないと」

泣き合う二人に寄り添うように、同様に涙を浮かべるオークと狼獣人の女が諭すように言う。

そんな彼らを少し離れて、博士と呼ばれる老人の班員がうんうん、と若者達の尊い姿を満足気に眺めている。

種族、性別、年齢、何もかも異なる者同士だが、彼らは確かに固い絆で結ばれた班であった。

「う、ううぅ……ヨッシー、卒業おめでとう……」

「うん、ありがとうテレシア……次の班長は君だ。みんなのこと、任せたよ」

「ああ、この私に任せておけ!」

涙は止まらないけれど、それでも精一杯の笑顔を浮かべてテレシアとヨッシーは固い握手を交わす。

今日この日、自由学園設立時より班長として努めてきたヨッシーは卒業する。

この広間には彼の他にも、卒業を許された者達が集い、それぞれの班員達と最後の別れを惜しんでいた。

「ヨッシーは、卒業したら兵士になるんだろう……? 心配だ、誰よりも心優しい君が、戦いに行かねばならないなんて……」

「大丈夫だよ、僕は力持ちで頑丈だから。女王陛下に逆らう悪い奴らを沢山倒して、帝国の仲間達をいっぱい守るんだ!」

「そうか……そうだな、ヨッシーなら必ず出来るさ」

「うん、頑張るよ! 女王陛下万歳!」

「バンザーイ!!」

最後は広間に集った全員で渾身の万歳を叫び、彼らはそれぞれの道へと進み始める。

ヨッシーのように戦闘能力を見込まれ帝国軍へと入隊する者。卓越した魔法技術を修めた者は、魔導開発局へ。あるいは純粋な労働力として、パンデモニウムの省庁や商家、あるいは工場街へ。

パンデモニウム自由学園は、元カーラマーラ大監獄として広大な敷地面積と収容人数を誇るが、無限ではない。まだまだ上限に達するほどではないが、アヴァロン解放戦後に新たに入る予定の囚人、もとい新入生はかなりの人数に登る。

新入生がいるならば、卒業生も必要。

長らくこの学園で過ごし、洗脳も二度と自我を取り戻せないほどの深度にまで至った者は『改心』したとみなされ卒業、すなわち娑婆に出ることを許される。

卒業生は善良にして従順な模範的帝国臣民として、これからは大手を振って生きてゆくことになるが……彼らの行く末がどうなるかは、今はまだ誰にも分からない。

かくして、ヨッシーは類まれな戦闘能力によって帝国軍の精鋭、第一突撃大隊へと入隊を果たし、学園に残ったテレシアは新たな班長となった。

「今日はついに新入生が来る! みんな、しっかり歓迎するように!」

「ゴブゥー」

「がうー」

「フォッフォッフォ」

ヨッシーがいなくなり、随分と寂しい広さになったという思いを振り切って、テレシアは班長として気炎を上げる。

出て行く者もいれば、入って来る者もいる。自分が初めてここへやって来た日のことは、今ではすっかり昔のことのように思える。けれど、ヨッシー達が満面の笑みで迎えてくれたことは、温かい思い出として確かに心に刻まれていた。

だから、自分も同じように。新天地で不安を抱えてやって来るだろう新入生を、笑顔で迎え入れる。この素晴らしい楽園へようこそ、と。

そうして、ついにノックと共に新入生が現れる。

黒衣兵によって両腕を抱えられ、酷く警戒と緊張した面持ち。ああ、やはりあの時の自分と同じ。

けれど大丈夫。ここに敵はいない。みんな良い子。偉大なるリリィ女王陛下によって守られた、パンデモニウム自由学園なのだと————そう思いを込めて、テレシアは言う。

「ようこそ!」

「————本当にこれで良かったのか、セリス?」

「はい。命を見逃していただいたばかりか、心穏やかに余生が過ごせるのです。許されざる逆賊に対し、あまりにも寛大過ぎる処置……感謝の極みにございます、クロノ魔王陛下」

跪いて、どこまでも畏まった言い方をするセリスに、これ以上の念押しは不要だろう。

彼女の後ろに点灯する大画面ヴィジョンには、寛大な処置の内容……すなわち、自由学園へと収監されたハイネ・アン・アークライト公爵の姿が映し出されていた。

セリスの実の父親であるアークライト公爵は、古くより続く隠れ十字教徒の末裔であり、アヴァロンを裏から操り続けた黒幕である。十字軍がやって来るまで息を潜め続けて牙を研ぎ澄まし、十字教の影響力を水面下で広げ、維持し続けた活動は驚異的だ。

それはアヴァロンの隠れ十字教徒の中で筆頭の地位にあり続けたアークライト一族だけでなく、忠実に付き従った他の一族や沢山の十字教徒、その全てが一丸となって成し遂げているのが何よりも恐ろしい。これぞ宗教の持つ信仰の力というものか。弾圧されるほど結束は固くなる、というような話を聞いたこともあるが……いずれにせよ、ネロを唆し、反逆を主導したアークライト公爵は、アヴァロンにとって一番の裏切り者であり、大罪人だ。

普通なら苛烈な拷問にかけられた上に、無残に処刑されるだけでなく、一族郎党皆殺しの憂き目に遭うだろう。王家に反逆するとは、そういうことなのだ。

しかし、それはあくまで普通の王政国家でのこと。完全に中世の価値観である。俺にはそこまでする趣味はない。

ミサやアイは憎い仇だが、永遠に拷問にかけ続けて苦しませたいとは思わない。殺せればそれでいい。出来ればこの手で殺せるならば最高だ。楽に死なせてやる気はないが、かといって苦しませるために無限に時間をかけられるわけじゃないからな。

ともかく、リリィのお陰で自由学園という処刑せずに敵を無力化というか無能化というか、それが出来るお陰で死によって罰する必要性は低下している。アヴァロン解放戦でいえば、討ち取った首を掲げるのはマリアベルだけで十分なのだ。

なにせアイツは使徒だからな。他の偉い奴らの首を並べたところでオマケ程度にしかならないし。

「お前が納得しているなら、それが一番だ。俺はこの永久奉公刑で、罰としては十分だと思っているからな」

処刑も拷問もしないが、その代わりに終身刑くらいはね。

流石にアヴァロンの十字教徒の指導的立場にいた中心人物である。たとえ洗脳が完璧に仕上がっても、二度と娑婆に出すわけにはいかない。担がれても困るしな。

ハイネ・アン・アークライト公爵。彼には今後一生、自由学園の地下で魔石採掘に従事する毎日を送ってもらおう。自分が何者であったのかも忘れ、おぞましい白き神への信仰も捨て去り、ただのハイネとして帝国に尽くすのだ。

「私は、こうなった方がむしろ幸せだったと思います。あんな顔で笑う父を、私は初めて見ました……」

ヴィジョンには採掘作業に従事するアークライト公爵の姿が映し出されている。

白い囚人服を泥で汚しながら、ツルハシを手に結晶洞窟の壁面を叩く。ゴロっと転がり出した大きな原石を掲げると、子供のように無邪気な笑顔を浮かべた。

「おおーい、テレシア君、見てくれたまえ! 凄い大きさの原石だぞぉ、コレは!」

「むっ、やるではないかハイネ。班長として、私も新人に負けてはいられないな!」

「おおぉー、オジさん凄いゴブぅ」

「ほっほぉ、これは大きいだけでなく、高純度の原石じゃのう」

「凄い、目利きができるの? 教えて」

班員達がワっと集まって、一緒に喜び合っている光景は、どこか青春の一幕といった風情を感じさせる。

とてもそこにいる彼ら全員が、本来なら処刑されるべき重罪人ばかりだというのが、俄かには信じられない爽やかぶりだ。

「父親に会いたいか?」

「いいえ。父にはかけるべき慈悲も、言葉も、私には何一つ持ち合わせておりません。僅かでも父の働きが、帝国に報いることができるよう、祈るばかりです」

思わず言ってしまったが、聞くべきではなかったと自省する。

アークライト公爵が収監されたのは、初火の月15日だと聞いている。アヴァロンで彼を捕縛してからは、即座にパンデモニウムへと送られ徹底的に情報を絞られた。詳しいやり方は聞いていないが、少なくともキツめの 思考支配装置(フェアリーリング) は被らされただろう。

そうして絞れるだけの情報を絞った後に、自由学園へと送られ……その間に俺達はベルドリア攻略とファーレン解放を終えて、セリスを連れて様子見も兼ねてやって来た。

彼が収監されてから、すでに二ヶ月以上が経過している。これだけの期間、自由学園で過ごしていれば、もう元の自我を取り戻すことはできないだろう。

恐らくセリスを見ても、今のアークライト公爵が自分の娘だとは分からない。

「セリスはリリィを倒しに、一緒に神滅領域まで行ってくれた仲だ。俺にとっては大切な友人の一人だと思っている……友として、俺に出来ることは遠慮せずに、何でも言ってくれ」

「ありがとう、クロノ————それでは一つ、聞いて欲しいことがあるのだが、良いだろうか」

俺の同情など見透かしたように苦笑を浮かべたセリスが、砕けた口調で言う。

勿論、と快く俺は頷くと、

「いい加減に、ネル姫様を女にしてやってはもらえないだろうか……」

「あ、あー、それね……それはまぁ、そう、まぁ、ねぇ……?」

「ファーレンから戻ってからは、特に酷いのだ。部屋に引き篭もって、出て来てくださらない」

「うん、そうだね……」

「私やベル様のフォローにも限界がある。どうか、ネル姫様を頼む」

かなり真剣なその頼みに、俺は心から申し訳なく思いながら、神妙な顔で頷いた。

親友たるセリスにガチめの心配をされているネル・ユリウス・エルロードは、軍医総監としての仕事だけはつつがなく済ませた後、人目を避ける様に第五階層の自室へと戻っていた。

仕事はいい。目の前のことに集中していれば、余計なことも考えずに済むから。

けれどそれが終われば、頭の中に浮かび上がって来るあの日の夜の鮮烈な光景。クロノをハーレムで誘惑するブリギットの下へ、フィオナと二人で乗り込んだファーレン最後の日のこと。

そんなつもりじゃなかった。断じてそんなつもりではなかったのだが……結果的に、ネルはブリギットとフィオナが組んでクロノに挑むシーンを目の当たりにしてしまった。

それはネルに途轍もない衝撃を与えた。詳細に表現することは憚られる、それはもう激しい行為に圧倒された。そして、気づいたら気を失って、目覚めた時には夜が明けていた。

「ううぅ……」

クロノとより深く愛し合う二人と、いまだに処女のままである自分。その落差に愕然とする。

ディスティニーランドデートの夜に大失敗をかました時点で大概だが、その後も幾度もの挑戦を経て尚、失敗。これ以上の恥はないと思っていたが、改めてライバルとの差を突き付けられたことで、ネルは自信を喪失してしまった。

かといってこの気持ちが萎えることはない。むしろ、生で見てしまったことで、余計に情欲の炎が燃え上がる。

「でも、やっぱり、私にはあんな真似……」

できない。

二人と同じことをするのは、少なくとも今の自分には逆立ちしたって不可能だ。

テクニックだけではない。あの衣装を着用して、クロノに迫ることすら難しい。よくもあんな破廉恥な恰好で、愛する男の前に姿を晒せるのか。万が一それで引かれてしまったら、一生立ち直れない自信がある。

けれど欲望はどんどん高まっていくばかり。それを解消するための実力が伴わないことも分からされてしまっている。

どうするべきか。何をするべきか。このままでは、クロノと顔を合わせることすら恥ずかして出来ない。事実、逃げる様にファーレンから帰り、露骨に遭遇を避けている。

当然、いつまでもこんな状況でいいはずがない。ましてこれで愛想を尽かされれば、全てがお終いだ。女としても姫としても、アヴァロンを道連れにして終わってしまう。

しかし、だからと言ってこれといった対応策も思いつかず、

「ナァーン」

と、どこまでも呑気な鳴き声が響く。

「むうぅー、貴女はいいですね、何も悩むことなどなくて」

ベッドに伏せっていたネルが目を向ければ、そこには真っ白いフワフワの子猫が転がっている。

自分と同じような純白の羽を持つ、珍しい羽猫。

ネロの戦利品として送られた曰く付きの品ではあるが、この羽猫に罪はない。パンデモニウムへ移ってからも、ネルは変わらずペットとして部屋で飼っているのであった。

クロノどころか、セリスやベルといった親しい者とも顔を合わせるのがつらい現状、人の世など全く与り知らぬペットの存在は、思った以上に心を慰めてくれる。

けれど可愛いだけの子猫が、この困難な問題の解決策を授けてくれるはずもなく、

「ああー、もうダメですよ、私のローブで遊んでは」

侍女に着替えをさせるのも厭ったネルが、自ら脱ぎ散らかしたローブへ、子猫がゴロゴロとじゃれついている。

言葉でダメと言うだけで、わざわざ止めることもない。どうせ替えなど幾らでも。猫の毛がついたところで、洗濯するのも侍女の仕事。思うがまま好きにすればいいと思っている内に、ローブに潜り込んだ猫は、襟元からひょっこりと愛らしい顔を覗かせた。

それはまるで、子猫が自分からローブを着たように見えて————その瞬間、ネルの脳裏に電流が走る!

「こっ、これです!!」

バサっと翼を翻して、ネルは戦闘中と同じように俊敏に身を起こした。

そしてローブの上で寝そべっている子猫を抱き上げ、キラキラした目で見つめる。

「あんな恥ずかしい恰好は私には出来ませんが……でもっ、羽猫のように可愛い恰好なら出来る!」

持ち味を活かせっ! といつか聞いた叱責の声を思い出す。幼い頃、ベルクローゼンに修業をつけてもらった時のことだろうか。

ともかく、自分はフィオナやブリギットと同じ真似はできない。けれどそれを恥じる必要はない。

様々なクラスが存在するように、戦い方は人それぞれ。持てるステータスとスキルもそれぞれだ。神様だって、沢山いるのだから。

「エロが無理なら、私は可愛いで攻める!」

そう、可愛くなるのだ。この羽猫のように。

「そして媚びる!」

存在そのものが人に愛されるように出来ている子猫の如く。

ああ、ただ一人の愛する男のためならば、幾らでも媚びて見せよう。姫という身分を捨て去ってもいい。

明確なビジョンが、ネルの脳裏で実像を結ぶ。見えた、これが自分のなすべき装備。処女卒業のための最強ビルド。

「羽猫メイドッ!!」

主に尽くす象徴たるメイド服。そしてそれを身に纏う、羽猫を彷彿とさせる耳と尻尾を備えた自分の姿。

「ご主人様に、永久奉公するニャン!」