軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第891話 ファーレンの後継者

ファーレンとアダマントリアの両国がほぼ同時に陥落した、という最悪の報告を聞かされてから三日後。俺の元に、ファーレンからの使者がやって来た。

場所は勿論、ディスティニーランドの漆黒の玉座の間。俺は魔王らしく玉座にふんぞり返って迎え入れる。

「————久しぶりだな、エメリア将軍」

「お久しぶりにございます。我が身を覚えていただき、光栄であります、皇帝陛下」

跪いて頭を垂れるのは、スパーダ軍第二隊『テンペスト』を率いる女将軍、エメリア・フリードリヒ・バルディエル。

シモンの姉貴である彼女とは、最初にスパーダまで逃げ延びた時に拾ってもらった縁もある。そんな人に今では跪かれるのだから、やっぱりどうも玉座にいるのは性に合わない。

「ここには身内しか集めていない、堅苦しいのはよそう。シモン」

「うん……リア姉」

まずは本当に彼女の身内である、シモンとの再会だ。

ずっとファーレンに留まり、無事であることは知ってはいたが、こうして顔を合わせるのはスパーダ以来だろう。

「シモン……」

家族の再会だ。弟の名を呼ぶその声には、万感の思いが込められている。

彼女は来ようと思えば、いつでもパンデモニウムまで亡命できた。だがファーレンに残り、スパーダの国境を臨む場所に配下と共に陣取り続けたのだ。唯一生き残ったスパーダの将軍として、その責務を果たさんと。

結局、そんな意思をあえなく踏みにじるように、圧倒的な戦力を誇る十字軍によって退けられた。こうして俺の前に顔を出すこと自体が、務めを果たせなかった証。途轍もない屈辱だろう。

だが、それでも、シモンを強くその胸に抱きしめる姿は、純粋な喜びと安堵に溢れているように見えた。

「ふっ、うぐぅ……」

「エメリア将軍、そろそろシモンを離してやってはどうかね」

「はっ、これは失礼をいたしました、ウィルハルト国王陛下」

俺が言おうかどうか迷っている内に、ウィルが先に言ってくれた。

姉の大きな胸の中から解放されたシモンが、若干蒼褪めた顔で荒い呼吸をしているのを、俺もウィルも気づかないフリをする。

「恥を承知で、私もこの度、エルロード帝国へと亡命して参りました」

「一体誰が、汝の行動を責められようか。最後の最後まで、よくぞスパーダの民を救い、導いてくれた。真っ先に王城より逃げ出した我の方こそ、忠義を尽くした汝に伏して詫びねばならぬだろう」

「とんでもございません。国土を失えど、スパーダがいまだ存続していられるのは、全て陛下のご英断あってこそ」

「そうか。汝にそう言ってもらえれば、少しは報われるというものだ」

エメリア将軍はスパーダ最後の将である。彼女が来るならば、スパーダ王たるウィルハルトが迎えなければならない。

そして何より、彼女はウィルの姉であるシャルディナ妃の下で最後まで戦ったのだ。

「姉上は、何か言っていたか」

「はっ、王妃殿下より言伝を賜っております————スパーダを頼む、と」

「ははっ、姉上が、この軟弱者の我に、スパーダを頼むと言ったか……」

ウィルの目に涙が光るのを、俺は見ないことにする。

剣王の娘と呼ばれ、あれほどの剣の腕前を誇る人だ。戦闘能力皆無のウィルに対して、あまり頼るような物言いはしなかっただろう。なまじアイゼンハルト王子が優秀だっただけに尚更のはず。

それでも、血の繋がった実の姉だ。スパーダ王家は骨肉の争いとは無縁な家族関係だった。今のウィルの胸にあるのは、ただ純粋にまた一人、家族を失ってしまった悲しみだ。

「おっと、すまんな。つい個人的な話ばかりをしてしまった————本題に入ろうではないか。我らが魔王陛下は寛大である。まずは思うがままに望みを述べるといい、黒き森の巫女ブリギットよ」

そう、ここからが本題である。エメリア将軍はあくまで、俺個人とも面識があり、今や帝国の重鎮の一人と呼んでも過言ではないシモンの家族として、この場に同席する資格アリとみなされている。

ファーレンというダークエルフの国家の未来を左右する交渉をしに来たのは、黒き森の巫女、ブリギット・ミストレア。いいや、正確にはブリギット大神官と呼ぶべきだ。

アグノア大神官が王城で討たれた以上、その後を継ぐのは孫娘であるブリギットである。

そして王を失ったファーレンにおいては、 神官(ドルイド) の総本山たるモリガン神殿が最も高い影響力を持つ。王宮の外交官や大臣ではなく、次代のモリガン神殿を担うブリギットがやって来るのは納得の人選である。

そうでなくても、俺と彼女は知らぬ仲ではないし、基本的に帝国とファーレンの外交に関しては今までも彼女を主に通して来たからな。スパーダという最も頼るべき同盟国が存在しない以上、現状で十字軍の侵略を食い止められる可能性があるのは、エルロード帝国だけ。祖国の存亡をかけた交渉に、実質的にファーレンのトップである彼女が選ばれるのも合理的だ。

ブリギットの姿は、初めて出会った時に俺を誘惑するために着用していた、露出の激しい扇情的な女神官衣装である。羽織られた薄絹からは魅惑のボディラインが浮かび、大きく覗く胸の谷間に、腰元まで深く入ったスリットが眩しいほどに生足を際立たせる。

強いて違いを挙げるとするなら、大神官という最高位を示すためであろう、黄金の装飾品が増えているくらい。黄金の輝きは、より艶やかに、彼女の美貌を引き立てる。

これが巫女としての勝負服。今日のブリギットは、一族の使命を果たす為に俺を誘惑したあの日と同じ、いいや、それ以上の覚悟を持ってこの場に臨んでいるのだと、彼女の姿を見るだけで察せられた。

ブリギットは跪いた体勢で、ファーレン式に則った礼と前口上を述べてから、単刀直入に切り出した。

「国王サンドラは倒れ、今やファーレンの命運は風前の灯火にございます。クロノ魔王陛下には、どうか……どうか、お慈悲を賜りたく存じ上げます」

「今度こそ、帝国軍の派兵を許すということでいいんだな?」

アイ率いる十字軍の侵攻時に、最初から帝国軍を増援として首都防衛に就かせることができていれば。そう思うことは何度もあったし、こうなる前にも万一の備えとして、各国に配置しておきたかった。

ライフルと機関銃があれば、いまだに大半が槍と弓で武装した十字軍が相手ならば多少の数の不利などひっくり返すことができる。防壁に籠って敵を上から撃てる防衛戦なら尚更だ。

だが、いくら同盟を結んだとはいえ、おいそれと他国の軍を自国に駐留させることは許されない。それこそ万が一、の危険性があるからだ。

だからこそファーレンにもアダマントリアにも、物資の支援などに留めていたのだが……ここは今更、悔いたところでどうしようもない。どの道、アイが出張って来れば銃弾程度では止めきれないのだから。

「帝国軍の受け入れ、だけではありません。ファーレンはエルロード帝国に下る、その意思がございます。ファーレンが偉大なる帝国の一部となった暁には、どうか良きに計らっていただけますよう、伏してお願い申し上げます」

「そうか……本当に、それでいいんだな?」

「王を失ったファーレンには最早、国家としての体裁にこだわる者はおりません。元より、ファーレンは王国ではなく、ただ森の神と精霊を信仰するダークエルフが集っているだけの地域に過ぎません。曲がりなりにも王家を立て、一国家として組織されたのは、かつてスパーダを筆頭とした諸外国との争いに対抗するためが故のこと」

「何代も前の祖先の戦に言及されると、耳が痛いな」

「無論、スパーダよりシャルディナ王女殿下が嫁いでくださったことで、スパーダとの遺恨は完全に解決されております。今更、遥か過去の戦いを持ち出してどうこう言う者など、当時を生きていただけに過ぎない極僅かな老人しかおりません」

スパーダ王たるウィルが言えば、ブリギットはにこやかに遺恨などないと答えた。

極僅かでも数百年単位で昔から生きている人がいる、というのが本当にファンタジーだと思わせる。ダークエルフは長命な種だから、長生きする人は本当にそれくらい生きるからな。ベルだって現代で目覚めてから250年だし。見た目は7歳だが。

「喜んで帝国に加わってくれるなら、何よりだ。先例に倣い、自ら下った国には基本的に国王を総督とし、そのまま統治を続けることを許しているが……サンドラ王の後継ぎは?」

「幸いにも、陛下のお世継ぎであるシャルトラ殿下は、すでにモリガンへ辿り着き、難を逃れることができました。殿下を置いて、他にファーレン王の後継者を名乗れる者はおりません」

長命なダークエルフは容姿から年齢を推し量るのは難しい。若々しく見えても70代とか80代とか普通にありえる。初見でお姫様と見間違ったほど幼い容姿のサンドラ王だったが、彼は本当に年若かったはず。確か、リリィとタメだったような。

ということは、30代前半で子供がいるということは……

「幾つになる」

「今年で10になります」

「本当に、まだ幼い子供だな」

妥当な年齢であろう。サンドラ王が20代の頃に作った子供である。

10年もあればもう一人か二人くらいいてもおかしくない、というのは人間の感覚であって、長命種はその分だけ子供は出来にくい。20年とか30年の間に、もう一人生まれれば十分、といった感覚のはず。

僅か10歳のシャルトラ殿下だけ、というのは仕方のないことだろう。

「歳など関係はありません。サンドラ国王陛下の正統な後継ぎ、というだけでファーレンを率いるには十分にございます」

「そりゃあ神輿として担ぐには、軽くて一番だろう」

地球の歴史でも、ありがちなパターンである。継承権を持つ幼い子供を担ぎ上げて、その子の名の下に専横を敷くというのは。

俺にはシャルトラ殿下を擁立してファーレンを好き勝手にするつもりはないが、結果的には同じ真似をすることとなるだろう。帝国傘下に加わるとしても、王位継承者を抱えているというのは、非常に大きな正当性となる。

「どうぞ、クロノ魔王陛下の思うがままになさっていただければ」

「安心してくれ、ファーレンの統治に口を出す気はない。また独立したって構わない————だが十字軍を駆逐するまでは、俺が全ての軍事権を握る」

スパーダの十字軍が動き出し、ネロの大遠征軍はアダマントリアまで落としている。パンドラ大戦の戦火は拡大の一途を辿っている。現時点でもう、大陸規模の戦争と言ってもいいだろう。

だからこそ、途中で日和って戦いから抜けるような真似は許さない。

もっともファーレンの立地からして、十字軍をダイダロスまで押し返すほどまで行かなければ、知らん顔などできないだろうけど。

「ブリギット、必ずファーレンは取り戻すと約束しよう」

「ありがとうございます。魔王陛下のご加護があれば、ファーレンは救われるでしょう」

深く頭を垂れる彼女の表情は、窺い知れない。ブリギットなら、どんな感情を抱いていようと、それを馬鹿正直に顔に出す真似などしないだろうが。

今回、リリィはこの場に同席してはいない。いたとしても、高位の神官職であるブリギットはテレパシーを防ぎきれるだけの強固な精神防護も備えている。彼女の本心を見抜くことはできない。

だが心の底でどう思われていようが、これで話は決まった。

ファーレンは帝国に下った。その決定をモリガン神殿は支持しているし、シャルトラ殿下の身柄もこちらへ預けることも認めた。帝国の支配を認めない、と言うファーレン人がいたとしても、国内最大の宗教組織モリガン神殿の長となったブリギットと、正統後継者シャルトラを抱える帝国に対して、正面切ってケチはつけられない。

対抗するには、シャルトラ殿下に代わるような王位継承者を擁立する必要があるが……十字軍を前にそんな内乱を起こそうなんて馬鹿な真似をする者がいれば、容赦はしない。

「よし、これで話は決まったな。行くぞ」

堂々と言い放ち、俺は玉座から立ち上がる。

そんな俺を、ブリギットは明確に困惑したような表情で見上げていた。おいそれと声をかけるのは戸惑われるのか、その代わりに「行くってどこにだよ」と問うような顔である。

「すでに派兵の準備は完了している。さぁ、ブリギット、俺達をファーレンまで案内してくれよ」

ファーレン首都ネヴァン。ここには今や無数の十字の御旗が翻り、新たなる支配者の存在を誇示していた。

事実、ネヴァンにはもう囚われた僅かなダークエルフしかおらず、残りは全て人間となっている。

「————ふぅむ、ダークエルフ共め、見事に森の奥に引っ込んだな」

重々しい溜息と共に、ファーレン攻略軍の総大将を務めるダーヴィス・ウェリントン伯爵は呟いた。

占領した首都中心部で、無事に残っている内で最も大きい建物の大広間にて、伯爵を筆頭とした攻略軍を構成する貴族達が集い、軍議が執り行われている。

方々へ放った斥候部隊の報告がようやくまとまって集まったことで、現在の首都周辺の状況が明らかとなっていた。

斥候が探った範囲内にはファーレン軍の残党が潜んでいる形跡はなく、首都からかなり距離を置いて撤退した、と判断できる。首都から先々の街や村も、軒並み無人と化しており、大規模な避難が行われたのは間違いない。

「そう気にされるほどのことはあるまい。薄汚いネズミ共が、慌てて逃げ隠れしているだけのこと」

「勢いに乗じて攻め続ければ、奴らを逃すことなく捕らえられたのでは?」

「私など懇意にしている奴隷商から、さっさとダークエルフを寄越せとせっつかれておりましてなぁ。早くまとまった数を確保したいところなのですよ」

「まぁまぁ、ウェリントン伯は慎重なお方。第八使徒アイ卿がお戻りになられた以上、それなりに警戒は必要でしょう」

「然り、少数とはいえ森で待ち伏せをされては、手痛い損害を被ることもある。私は伯爵閣下の差配に異論はありませんな。少なくとも、手っ取り早くダークエルフを売り払って目先の小銭に飛びつかねばらないほど、貧してはおりませんのでね」

「おい、どういう意味だ! 聞き捨てならんぞぉ!」

飛び交う嫌味に、声を荒げる者もちらほらと出始めて、これだから貴族の連合軍は嫌なのだ、とウェリントン伯爵は内心うんざりとしている。

攻略軍に参加した貴族にも、それぞれの事情がある。広大な版図を誇る共和国には、貴族と名の付く者も沢山いるのだ。全員が全員、ウェリントン伯爵のように充実した戦力を保持し、円滑な領地経営を行えているわけではない。

十字軍に参加した時点で、すでに莫大な借金を抱えているような者もいる。パンドラ大陸などという遥か遠い魔境で、のんびりしている暇などない。早い段階で利益を得なければ、最悪お取り潰しもありうる、というほどにまで窮している者も攻略軍にはいる。むしろ、それほどの状況だからこそ、間違いなく新領地を確保できるファーレン攻略に加わる理由となる。領地からならず者をかき集めて数だけ揃えたような貧乏貴族というのも、残念ながら攻略軍ではそれなりの割合を占めていた。

「ふん、下らんことでいつまでもギャアギャアと騒ぎおって」

ヒートアップしてきた連中を、そろそろ諫める頃合いか、とウェリントン伯爵が思った矢先に、冷めた女の声音が広間に響いた。

編み込まれた黒い髪に、黒い瞳。美人ではあるが、研ぎ澄まされた刃のような鋭さを感じさせた。肌は日に焼けた小麦色で、スラリとした引き締まった体を、白い毛皮の軽装を纏っている。十字のシンボルこそ首から下げているが、明らかに十字軍の騎士とは異なる出で立ち。

事実、彼女は純粋なシンクレア人ではない。

また面倒な奴が声を上げたものだ、と伯爵は思わず掌で顔を覆ってしまった。

「ほう、卑しい馬族が何か言いおったぞ」

「馬と話すような半獣ですからな、人の言葉が分からんのではないか?」

「まして、我々のような高貴な言葉遣いなど、理解の埒外であろう」

先ほどまで言い合っていた連中が、一斉に結託して女へと嘲りの言葉を向けた。

「貴様らの戯言に付き合う気はない。ウェリントン伯爵、我らブライハン族はここで抜けさせてもらう」

嘲笑の言葉も蔑視の視線も一顧だにせず、大将である伯爵へ真っ直ぐに鋭い視線を向けて彼女は宣言した。

ブライハン族とわざわざ名乗ったのは、シンクレア人ではないと明確に区別するため。それは彼らにとっても、シンクレアにとっても必要な区分け。

なぜならば、ブライハン族はかつて敵対した異民族であり、今ではシンクレア共和国において二等神民と呼ばれる実質的な被差別階級だ。

「馬族如きが、勝手なことを抜かすな!」

「お前らは黙って馬を走らせておればいいのだ」

「つけ上がるなよ二等神民が」

「————静まれ。私が話をつける」

鷹揚に手を挙げて、口々に罵声を上げ始めた貴族達をウェリントン伯爵は制した。総大将が明確に自ら決めると表明したことで、彼らも不満そうな表情こそそのままだが、それ以上の言葉を続けることはなかった。

ひとまずの静けさを取り戻したところで、伯爵は改めて彼女へと向く。

「さて、スラーハ団長。ここを離れた後は、どうするつもりなのだ?」

傭兵団、ブライハン騎馬団を率いる団長。それが彼女の表向きの肩書である。ウェリントン伯爵は形式上、スラーハ団長と契約を交わしてブライハン騎馬団を雇っている、ということとなっている。

ブライハン族はかつて、ドラグノフ帝国に所属する、広大な草原を領地としていた遊牧民族である。

『白の勇者』アベルが成し遂げた伝説、最後にして最大の戦いである龍帝征伐によって、シンクレアとアーク大陸の覇を競った大国ドラグノフは滅びた。当然、それによってブライハン族も領地である大草原をシンクレア共和国によって追われることとなる。

彼らは元より、ドラグノフ帝国が興るより前からその草原を住処として暮らして来た。帝国傘下に下り、領地として認めていたのはほとんど形式上でのことに過ぎなかった。ブライハン族は長い間、変わらぬ遊牧生活を営んできたが、シンクレアの支配によってついにその伝統も終わりを迎える時が来てしまったのだ。

ブライハン族は遊牧民族として、日常的に馬を乗りこなす生活をしている。馬は最早、自分の半身も同然。故に、自由自在に騎馬を乗りこなして草原を駆け抜ける彼らは、必然的に精強無比な騎馬軍団となった。

ドラグノフ帝国との戦争においても、草原へ侵攻してきた十字軍を大いに苦しめた強敵であったが、それも今は昔の話。

現代では、かつての草原に暮らすことを許された僅かな一族だけが、細々と遊牧生活と騎乗の技を受け継ぎ、強力な騎馬傭兵団として方々へ駆り出される扱いを受けていた。

スラーハはその一族の族長の一人娘だ。

老齢の族長に代わり、パンドラ遠征に傭兵団を率いて彼女はやって来た。遥か遠い地で、危険で強力な魔族との戦いですり潰される運命————だが、これを一族復興の好機とするため、スラーハは野望を胸に、一族でも最精鋭の戦士を連れて来たのだ。

スラーハは何としてでも、このパンドラ大陸で自分達の領地を得る。地平線の彼方まで草原が広がるような、広大な領地を。

そんな彼女が望む絶好の土地が、ここからすぐ傍に存在している。

「我らはパルティアへと侵攻し、そこを占領する」

ケンタウロスが駆ける大草原の国パルティア。そこは正に、自分達が夢見た全てがある理想の地である。

ここを置いて、一族復興が叶う場所はない。スラーハの鋭く冷たい瞳の奥には、強烈な野望の炎が燃え上がっていた。

「パルティアか……うむ、良いだろう」

「そんな、本当によろしいのですか伯爵!?」

思わず声を荒げた貴族を再び制しながら、テーブルに広げられたファーレン一帯の地図を示す。

「これより先は、一層に深い森となっておる。街道こそ続いているようだが、道幅も狭く、おまけに嫌がらせのように曲がりくねった道だ。こんな狭い場所で騎兵を大々的に運用しても仕方がないだろう。まして、ブライハンのような精鋭を投じるなど、愚かの極み」

「流石、伯爵閣下は戦の道理をよくご存知であられる」

「昔、調子に乗って賊を森の奥まで深追いしたせいで、危うく死にそうになったことがある。経験に学んだ愚者に過ぎんさ」

自分の失敗談を笑って話す伯爵に、釣られて笑うような馬鹿は流石にいなかった。少なくとも、伯爵にはこれ以上、ファーレン攻略にスラーハの騎馬団を同行させる意思はない、と誰もが察した。

「し、しかしながら、パルティアはすでにネオ・アヴァロンが侵攻しており、ここで我々が横から手出しをすれば……」

「なぁに、パルティアは広大だ。例の大遠征軍とやらは中央部を真っ直ぐ縦断していっただけで、全土を占領するような動きはない。あったとしても、ファーレンと接する東部までやって来るのに、どれだけかかるやら」

「ええ、我々も当然、大草原の全てを奪おうなどとは思っていない。大遠征軍の縄張りには近づかない範囲で、占領地を広げるつもりだ」

「すでにファーレンは我らの領地。いくら同盟相手とはいえ、現地人の支配域と接するのは……まぁ、先々の事を思えば不安であろう? パルティア側は是非とも、信頼のおけるシンクレアの同胞が治めて欲しい私は思うがな」

「伯爵はそれを、我らにお許しになられると?」

「二等神民であるお前達をどうこう言う者は多いが、私は気にしない。それにスパーダからここまで、共に轡を並べた仲だろう。その働きぶりを私は評価しているし、元より草原の民であるお前達なら、上手く治めてくれるだろうと思うのだが、どうか」

「過分なお言葉、身に余る光栄にございます。我らブライハン族は必ずや、伯爵閣下のご期待に応えてみせましょう」

パルティア支配を容認する伯爵の発言と、それを嬉々として受け入れるスラーハ。二人のやり取りに、多くの貴族達は渋い顔を浮かべて唸っているが、これを止めるほど強く意見しようとする者は、ついには現れなかった。

「これより先は、ファーレンの深い森をゆっくりと、少しずつ制圧していくだけとなる。更なる躍進を望むならば、スラーハ団長と共にパルティア方面へ向かうのも良いだろう。勿論、ここで一度スパーダへ戻るのも構わない。ファーレンの最大戦力は、すでに第八使徒アイ卿が始末してくれているのだから、後はどうとでもなろう」

ウェリントン伯爵の言葉に、貴族達はそれぞれの思惑が入り混じった選択を始めた。

ファーレンの最奥、ダークエルフが逃れた旧都モリガンまで完全制圧を目指す者。限界を感じてスパーダへ引き返す者。

そして、更なる野望に燃えてパルティアを狙う者————アイが始めた進軍は、彼女がいなくなっても留まることなく、進み続ける。