軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第845話 ミスリル鉱山(1)

本日のスパイラルホーン男爵領の天気は、快晴。

雲一つない、抜けるような青空が広がっているが、その真下に広がるミスリル鉱山採掘場は、垢と泥汚れに塗れた鉱山奴隷が蟻のように蠢く薄汚い場所だ。

聖なる銀と書いてミスリル。美しく白銀に輝く魔法の貴金属として有名なミスリルだが、それが採掘されるのは暗く狭い、危険に満ちた坑道の奥底からである。

聖なる輝きを放つ魔法金属、その鉱石を求めて今日も大量の鉱山奴隷達が穴倉へと放り込まれていく。

「————テメェ、なぁにやってんだコラぁ!」

兵士の怒声が、朝の採掘場に高らかに響き渡った。

これから坑道へ入るべく、採掘道具を担ぎ歩いている列の中から、蹴り飛ばされた一人のゴブリンが転がった。

「うっ、うぅ……な、なんで……」

「フラフラ歩いて列乱してんじゃねぇよ、このボンクラが」

吐きかけられた唾が、突然の衝撃と痛みに困惑するゴブリンの顔を汚した。

彼はただ歩いていただけ。連日の過酷な重労働と劣悪な環境から、まだ若い少年のゴブリンがフラつくのは当然だった。

ただ不幸だったのは、一歩分よろめいただけの瞬間を、その兵士の目に留まってしまったことだ。

「アイツ、なにキレてんだ?」

「昨日、大負けしてよ」

「ははっ、八つ当たりかよ、情っさけねぇ」

「おい、うるせぇぞお前ら!」

同僚の冷やかしに、額に青筋を浮かべた兵士は手にした槍でゴブリンをさらに小突いた。流石に穂先で刺し殺すことはなかったが、石突で強烈に殴打されれば、いずれ致命傷となるだろう。

「分かったって。列を乱したソイツが悪いんだよな?」

「悪い奴はちゃんと罰しておかないと。腕の一本くらい折っとくか」

「お前ら抑えとけ。俺がやる」

あまりに恐ろしい会話に、ゴブリンの少年は顔面蒼白で震えるしかない。

兵士は薄ら笑いを浮かべるだけで、憐みの気持ちなど欠片も持ち合わせてはいないようだ。列を成して進む他の奴隷も、自分達に理不尽の矛先が向かないよう、見て見ぬふりをするのみ。

どうにもならない。ただの気まぐれ、単なる気分で容易く心も体も、命さえも踏みにじられる。それが奴隷。

「————おい、やめろ」

しかし、ここに堂々と立ちはだかる男が一人。

色褪せた金髪に無精ひげ。ズボンだけで上半身裸の薄汚れた風体は、ここの鉱山奴隷では珍しくないが、大きな体格と引き締まった筋肉の鎧を纏う姿は、くたびれた奴隷では決してありえない。

まるで飢えた獅子のような威圧感をもって、ギラギラと輝く青い瞳でまっすぐ兵士を射抜いた。

「ああ? なんだよテメぇは出しゃばんな、殺すぞスパーダ人」

「あっ、おい、ちょっと待て、コイツに手を出すのはやめとけ!」

「ちっ、お坊ちゃんの登場かよ……」

ただでさえイラついているところに、奴隷如きに歯向かわれ、目を血走らせて兵士は怒りの形相を浮かべるが、それを同僚が止めに入った。

「お前、コイツのこと聞いてねぇのかよ」

「ああぁ? なんだってんだよ!」

「ネロ陛下のお気に入りだ。カイ・エスト・ガルブレイズ。元パーティメンバーで、スパーダの大貴族なんだってよ」

「なっ、なんでそんな奴が……」

「知らねぇよ、色々あんだろ上にはよぉ。奴隷として働かせちゃいるが、コイツの身に何かあったら、どうなるか分かんねぇぞ」

「クソが……おい、いつまで見てんだ! さっさと行けよ!!」

行けよ、と言ったものの兵士の方が場の雰囲気に耐えかねて、足早に去って行った。

「おい、立てるか?」

「あっ……ありがとう、ございます……」

「気にすんな。大したことはしちゃいねぇ」

そうして、坑道へと逃げ込む様にゴブリン少年は駆けて行った。

残ったカイは、兵士と同じように「クソ……」と小さく悪態を吐く。

「情けねぇ。今の俺には、ネロに気に入られてるってだけしか価値がねぇのかよ」

俺の下に来い、とアヴァロン王城の玉座の間でかけられたネロの誘いを、真っ向から断ったことに、悔いなどない。

カイはその後、真っ直ぐにこのミスリル鉱山へと送られた。ただ、その気になったらいつでも申し出ろ、と連行する騎士から言われただけ。

それからは他の鉱山奴隷と同じように、ここでの強制労働に従事している。

スパーダ四大貴族と謡われる大貴族の生活とは真逆の奴隷生活だが、冒険者生活で不自由には慣れている。屋根があって、モンスターの襲撃を気にしながら眠る必要がないだけ、ゆっくり休息がとれると思うほどには。

苦しいのも、汚いのも慣れている。超人的な身体能力を誇るカイからすれば、過酷な肉体労働となる鉱山採掘も、さほど苦ではない。強いて言えば、乏しい食事だけで腹が減るといったところ。

奴隷生活には耐えられる。

ただ、何もできない。ネロを止めるにも、スパーダの奪還にも、それどころか、ここに囚われた仲間達のためにも、何一つできない今の状況が苦しかった。

俺は一体、こんなところで何をしているのか……

「————おう、カイ。ウチのモンを助けてくれたってな、おおきに」

「グスタブ、お前のとこの奴だったのか」

浮かない顔でツルハシ片手にガシガシやっているカイの下にやって来たのは、赤色オークのグスタブだ。

ガラハド要塞で囚われていた時は同室で、ネロに呼び出された時は分かれたが、結局こうしてまた同じ場所に居合わせることとなってしまった。

どうやら、今朝助けたゴブリン少年は、グスタブの『鉄鬼団』が世話していた新米冒険者の内の一人であったらしい。

「そんなことより、どうなんだよ」

「ぼちぼちでんな」

「そうか、まだなのか」

「こういうのは焦ったらあかん。そんでも、ファルキウスのお陰で随分とはかどっとるんや」

何の話かと言えば、当然、脱出計画についてである。

このまま鉱山奴隷を続けたところで、決して解放されることはない。よほど気に入られるか、特大の高純度ミスリル鉱石でも見つけて大手柄を挙げればあるいは、といったところ。

だがカイにとっては、自分一人が解放されたところで意味はない。

故に、ここにいるスパーダ人奴隷全員での脱出計画である。

「……今の俺は、ネロの名前を借りて、兵士共を追い返すくらいしかできねぇ」

「それで充分や。そのお陰で、随分と助かっとる。今じゃワシより、お前さんを頼りにしとる奴らの方が多いくらいやで」

グスタブの言葉は事実ではあるものの、それでカイが納得できるはずもない。

脱出計画の立案はグスタブであり、その進行も彼を中心に行われている。カイも当然、全面協力はしているのだが、万一の情報漏洩に備えて、具体的な進捗状況は伏せられている。

ただ、カイは「その気になれば」とここから出られる機会が公に与えられている。実行時は、その立場を大いに利用する予定となっている。

そして、同じくこの鉱山で囚われているファルキウスも、重要な協力者だ。

彼はその美貌でもって、鉱山を監督する代官に取り入り、様々な情報を集めてもらっている。施設の配置から、警備の状況、おおまかな予定。

あまりにも気に入られ過ぎて、代官のいる高級宿舎の方に入り浸りとなっているので、グスタブに情報を伝えるのに一苦労である。

「なぁ、もし、ここを出たとしても————」

「おっと、これ以上お喋りはアカン。真面目に作業するフリだけは、しっかり見せておかんとな!」

がっはっは、と大笑いを響かせながら去っていくグスタブの大きな背中を、カイは浮かない表情で見送った。

脱出計画は、きっと成功するだろう。

ここに配置されている兵士の数こそ多いが、少なくとも使徒のような化け物はいないし、ランク5級の手練れさえいるかどうか疑わしい。武器さえ手に入れば、十分に鉱山を制圧できるだろう。

だが、そこから先はどうする。

ここはスパーダではなく、アヴァロンだ。それも、今や十字教が支配する敵国である。

カイは自分でバカだという自覚がある。とりあえず、目の前の敵に剣を振り下ろす。そうやって生きてきたし、それだけで良かった。

だが、そんな自分でも分かる。あまりにも、未来に希望が持てない。

ここを出たとて、それからどうなる。帰る場所はない。頼れる者もいない。ただ敵国のど真ん中に放り出され、けれど見捨てることは決してできない何千人もの仲間達がいる。

彼らをどうやって食わせていく。アヴァロンの村を、街を襲って略奪でもするか? そんなことを続けて何になる。ネロを止めるどころではない。ただ生きるためだけに、人々を襲う。それは最早、ただのモンスターと変わりない。

「だからって、どうすりゃいいんだよ……」

狭くて硬い、埃っぽい寝床に寝転びながら、カイは延々と思考を空回りさせていた。

どれだけ考えても、出来の悪いこの頭脳に答えなんて出せない。けれど、考えずにはいられない、あまりにも不穏な破滅の未来の影。

そんな苦悩に苛まれながらも、冒険者として鍛えてきた体は、必要な時に休めるよう眠りへと誘い————

ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

「————なんだっ!?」

凄まじい大爆発の音が聴覚を、弾ける膨大な魔力の気配が第六感を強烈に刺激して、カイは跳び起きた。

明るい。すでに夜は開けたようだ。

とる物もとらず、カイはすし詰め状態の宿舎をいの一番に飛び出す。

これほどの大爆音が響き渡ったのだ。他の者も一斉に目を覚まし、何事だと大騒ぎで出てくる。

外はちょうど夜明けを迎えており、眩しい朝日の光が採掘場全体を照らし出そうとしている。

「————起て、スパーダ人よ!」

声が響く。その方向へ、誰もが咄嗟に見上げた。

奴隷が寝泊まりする宿舎が集合する区画。その中心に突き立つ監視塔の上に、その男は立っている。

眩い朝日を背に受けて、漆黒の鎧が輝いていた。

「俺の名はクロノ。古の魔王ミア・エルロードより加護を授かった、魔王である!」

ミスリル鉱山の強襲作戦は、夜明けとともに実行することにした。

囚われた奴隷には、その場で武器を与えて即戦力として取り込まなければ、広大な鉱山の制圧には手間取ってしまう。こちらは僅か150程度の一個中隊だからな。

数人を救出するくらいなら、真夜中に静かに潜入すればいいが、何千もの奴隷達の一斉蜂起となるのだから、派手に暴れる方がいい。それに、暗いと同士討ちの危険性もある。

そうして、新陽の月21日。

すっかり慣れた隊商と護衛の変装で分散して男爵領へと入った俺達は、速やかにミスリル鉱山へと集結。事前の打ち合わせ通りに配置につき、夜明けを待った。

「————そろそろ、いいですか?」

朝日に照らされたフィオナが、何の気負いもなく静かに言い放つ。

太陽はまだ山影に半分ほどしか頭を出してはいないが、十分に明るくなってきた。頃合いだろう。

「ああ、開戦の狼煙だ。一発、デカいのを頼む」

「久しぶりの出番ですので、頑張りますよ」

バクスター総会、国境砦の近衛騎士、と隠密作戦が続いたのでフィオナの出番はなかったんだが、地味に気にしていたのだろうか。

ウチの最大火力にして、栄えある『アンチクロス』第一位のフィオナ特務大佐殿だ。嫌でも仕事は回ってくるんだがな。

そんなフィオナが現在、陣取っているのはミスリル鉱山の山頂付近にある、切り立った崖の上である。普通なら兵士を配置できない断崖絶壁であるが、ランク5冒険者は伊達ではない。フィオナは魔女という生粋の魔術師クラスだが、垂直の壁を駆け上れる機動力を自前で持っている。この程度の崖登りくらいは朝飯前……いや、がっつり朝飯は食べてきたが。

で、ここには俺とフィオナの二人だけ。正確には、通信役として彼女の下僕と化している妖精ヴィヴィアンもいるが。

のんびり朝日を拝んでいるように、ここからの眺めは抜群だ。このすぐ下に、アヴァロン最大のミスリル採掘場が広がっており、なかなかの絶景である。

ここの採掘場は山の中腹に開かれた大きな広場が施設の中心地となっている。長い間、斜面を削っては少しずつ面積を広げていったのだろう。不自然なほどに大きく開けた土地が、山の真ん中に出来上がっている。

アヴァロン最大規模というのも伊達ではない。採掘してきた鉱石を収める巨大な倉庫に、この場で一次加工をするべく大規模な精錬所まで併設されている。

そうして加工されたミスリル鉱を、あるいは鉱石そのままを運び出すために、沢山の貨物竜車も常駐していた。

勿論、ここに住み込みで強制労働をさせられる大量の奴隷を収容するための宿舎に、それらを監視、監督するための塔や兵舎も立ち並ぶ。中でも、ひと際に高い4階建ての大きな石造りの建物は、鉱山全体を管轄する管理棟である。

以前までは採掘場の総責任者を筆頭に、管理運営の業務を行っていただけだが、現在ではここを仕切っている、首都から派遣された代官が住まう高級宿舎と呼ばれているそうだ。それに合わせて、万一に備えて管理棟周りは特に厳重な警備が敷かれていた。

ここからでも完全武装の兵士が立ち並ぶのが見えるし、四方に櫓も立ち、完全に砦といった様相を呈している。まったく、どんだけ反乱を恐れているんだか。

「まずは兵舎だ。奴隷の宿舎と間違えるなよ?」

「柵に囲われている方が奴隷宿舎でしょう」

念のために最終確認。どちらも簡素な木造なので、遠目で見ると判別は怪しい。

逃走防止に奴隷宿舎の方に、あからさまに塀で囲ってあるのでいい目印になる。

「それでは、行きますよ————『 火焔長槍(イグニス・フォルティスサギタ) 』」

フィオナが掲げた愛用の 長杖(スタッフ) 『ワルプルギス』が五分咲きで展開され、灼熱の火球を形成してゆく。

それに伴い、地面に描かれた魔法陣が真っ赤に輝き、更なる力を与える。

この魔法陣の術式は、『 遠投(カタパルト) 』。かつて、アルザス防衛戦で川の向こう側から攻撃魔法を撃ってきた魔術師部隊が使っていた、遠距離攻撃補助の儀式魔法である。

常に動き回る戦場では、悠長に魔法陣を描くことはできないが、特定の位置に陣取って砲撃支援をするならば、こうした儀式魔法による補助は魔術師部隊での定番だ。

ここにはフィオナ一人しかいないが、特大の大砲であることに変わりはない。『 遠投(カタパルト) 』によって射程を大きく伸ばし、アウトレンジから一方的にフィオナが砲撃できるなんて、俺なら絶対相手したくはないな。

轟っ! と唸りを上げて射出された巨大な火球は、大きく放物線を描きながら飛翔する。朝日に照らされた青空に一筋の火線を引いて、ターゲットである兵舎に向かって正確に落下してゆく。

ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

着弾。

巨大な火柱が上がり、兵舎に収容されていた兵諸共、一瞬で紅蓮の業火に巻かれていく。木造の宿舎など、一発で消し炭だ。直撃した一棟のみならず、隣まですぐに飛び火し、早くも延焼が発生していた。

「うわ、やっぱご主人の火力えげつないわ」

「こんなの中火ですよ」

フィオナの肩に留まっているヴィヴィアンがドン引きした表情で言う。

だが、俺もこれくらいは中火だと思う。伊達にフィオナとパーティ組んでないからな。君もその内に慣れるさ。

「よし、この調子で頼む」

「棒立ちで撃つだけの簡単なお仕事ですよ」

「誤射にだけは気を付けてくれよ、くれぐれもな」

「大丈夫ですよ。ここは眺めがいいですから」

「それじゃあ、俺も行ってくる」

「はい、いってらっしゃい」

フィオナは澄まし顔で、俺に一つキスをくれた。家の玄関から出ていくんじゃないんだから……でも、このマイペースなところが可愛いところだ。しかし、ヴィヴィアンには白い目で見られてしまった。人の目があるとやはり恥ずかしいな。

そんな腑抜けそうになるやり取りを終えて、俺は気合を入れて『 暴君の鎧(マクシミリアン) 』の兜を被った。

「さぁ、飛ぶぞ————『 嵐の魔王(オーバースカイ) 』」

第五の加護、発動。

フィオナの言った通り、ここは実に眺めが良い。真っ直ぐ跳べば、目的地まで一直線だ。

途轍もない加速力と共に崖の上から大跳躍を決める。実質、空を飛んでいるようなものだろう。

自分自身が砲弾になったような勢いでぶっ飛んでいくが、このまま地面に着地と言う名の着弾を決めると、流石にちょっと痛い。

「ブースト!」

「補助スラスター起動。ちょっと修正しておきますねー」

速攻で『 嵐の魔王(オーバースカイ) 』は解除し、背中のメインブースターを逆噴射させて速度を殺す。ついでに、ヒツギが各部のサブスラスターを吹かせて、軌道を微調整もしてくれている。

よし、あとはこのまま突っ込むだけだ。

「————っと、着地成功」

ドカっと壁を壊して俺が降り立った場所は、奴隷宿舎の立ち並ぶ区画の中央ど真ん中に立つ、大きな監視塔である。

360度を見渡せる塔の上には、当たり前だが複数人の兵士が詰めていた。こんな朝方でも脱走者がいないか目を光らせているようだが、いきなり空から降って来るのは想定外だろう。

隊長、空から鎧の男が! なんていきなり叫んでも、すぐには信じられないよな。

「なっ……なんだ、コイツは!?」

「悪いな、急いでいるんだ」

だから、手早く始末させてもらう。 魔弾(バレットアーツ) 。

人数分の弾で兜ごとぶち抜くヘッドショットを決めて、監視塔を制圧。さて、奴隷諸君にモーニングコールをしようかと思ったが、ここだとイマイチ俺の姿が見えにくい。魔王を名乗る男の登場シーンとしては、地味な気がする。

「まずい。地味なのはまずいぞ」

あの日、フィオナに言われた「地味ですね」の一言は、今も俺の心の奥底に突き刺さっており、時折思い出してはチクリと胸を刺すのだ。

俺のささやかなトラウマは置いておくとしても、魔王に相応しい派手な登場演出というと……光るとか、爆発するとか、厳かなBGMが流れて来るとか?

ルァアアアア……

「いや、呼んでないから」

墓守さんは引っ込んでてください。

これから何千人もの味方を率いるぞって時に、『獄門鍵・エングレイヴドゥーム』なんて振るえるか。敵味方問わずにゾンビ化させる無差別兵器だからな。

影空間(シャドウゲート) から綺麗になった歌声と共に出て来ようとするのを奥底に押し戻しながら、俺はとりあえず屋根の上に出ることにした。

もう屋根の上に立つだけでいいだろ。今ならいい感じに朝日を背にしていい感じに輝けるはず。パンドラが俺に、もっと輝けと囁きかける。

というワケで、見晴らしの良い監視塔の屋根に上がり込み、堂々と仁王立ちを決めてから、俺は兜の拡声機能をオンにして、声を張り上げた。

「————起て、スパーダ人よ! 俺の名はクロノ。古の魔王ミア・エルロードより加護を授かった、魔王である!」

おはようございまーす、と俺が呼びかけるまでもなく、すでにしてゾロゾロと宿舎からは沢山の奴隷達が何事かと飛び出してきている。フィオナの一発目が叩き込まれた爆音が、目覚まし代わりになっているからだ。

そして、彼らの視線はこんな目立つ場所で大声を張り上げた俺の方へと集中している。よしよし、とりあえず話を聞く状態にはなっているな。

「俺の使命はただ一つ、十字軍をこの大陸から駆逐すること。取り戻すのは、スパーダだけではなく、このパンドラの全てだ!」

あまり長々と演説している暇はない。用件は手短に伝えなければ。

直前まで頑張って考えた台詞を、俺は焦らず、噛まず、それでいて魔王らしく厳かに語り掛ける口調を意識して声を出す。

「故に、俺はただお前達を助けにきたのではない。この魔王クロノと共に、十字軍と戦う気概のある者だけがついてこい!」

今すぐ必要なのは、ヤル気のある志願兵のみ。腰抜け、臆病者、今時の無気力な若者、そんな奴らまでガッチリ統率できる環境にない。そういうのを一端の戦力に仕上げるのは、パンデモニウムじゃないと。

だが、さほど心配してはいない。ここにいる奴らの大半は、ガラハド要塞から連れて来られたスパーダ兵だ。あんな敗北を素直に受け入れられる奴なんか、一人もいはしない。

「さぁ、誇り高きスパーダの男だけが、我が剣を手に取るがいいっ!!」

ここで、『 影空間(シャドウゲート) 』と『無限抱影』を全解放。

広大な容量を誇る 空間魔法(ディメンション) に、溜めに溜め込んできた黒化剣を一挙に大放出だ。弾丸を撃ちまくるように、『 魔剣(ソードアーツ) 』を連発して大量の剣を周囲にバラ撒く。

下に集まった奴らに当たりさえしなければいい。とにかく大雑把な狙いだけをつけて放った黒化剣は、次々と地面へと突き刺さって行く。

瞬く間に黒い針山と化した監視塔周辺。

どれも量産品の長剣。黒化されている分、強度が多少マシになったくらい。当たり外れはない。

この程度の場所を制圧するには、十分な武器だろう?

「————あっはっはっは! 魔王を名乗るとは、大きく出たな、クロノっ!!」

そうして、俺の呼びかけに真っ先に大声で答えたのは、一人の男。

ツンツンした金髪はすっかり色褪せ、鉱山奴隷らしいボロいズボン一枚に、薄汚れた体。しかし、その身から迸る戦意は、正にランク5冒険者に相応しい。

「魔王でも名乗らないと、やっていられなくてな————久しぶりだな、カイ。思ったより、元気そうで何よりだ」

「いきなり来て、派手にやってくれるじゃあねぇか。折角、こそこそ脱出計画を立ててたのに、無駄になっちまったぜ」

「そいつは悪かった。日を改めようか?」

「はっ、ここに来てから、ずーっと燻ってたんだ。今すぐ、暴れたくて仕方がねぇ————だから、俺は、俺達はやるぜ!」

カイは目の前に突き刺さった剣を引き抜き、高らかに掲げて叫んだ。

「今こそ、俺達が起ちあがる時だ! 魔王に続け! スパーダの誇りを取り戻せっ!!」