軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第83話 生還

「……それで、お前だけが一人でのこのこ逃げ帰ってきたというワケか」

「えーと、一人と一匹です」

気がつけば、アイは司令部の一室で占領部隊指揮官であるノールズと副官シルビアの前に立たされていた。

「バカヤロウっ! どっちでも変わらんわっ!!」

自分と飼い猫だけが生きて帰ってきたことに全く悪びれもせず答える様子に、ノールズは激高し怒鳴り声をあげる。

「落ち着いてください」

マジでぶん殴る5秒前なノールズへ、シルビアは冷めた様子で耳打ちする。

「彼女は恐らく枢機卿猊下のお気に入り、下手に手を出すべきではないということをお忘れですか?」

「ぐっ……しかしだな」

「彼女に構っている暇などありませんよ、すぐに対応を考えねばならないでしょう」

「ちっ、仕方あるまい」

ノールズはどうにか怒りの矛先を治め、目を瞑って腕を組む、もうこのふざけた冒険者に言う事などなにも無いという風に。

「冒険者アイ、ご苦労様でした、下がってよいですよ」

「はーい」

間の抜けた返事を一つして、アイはツミキをオトモに部屋を出て行った。

「……しかし、今回はようやく戦いらしい戦いになるな」

ノールズの言葉にはどこか期待が篭っていた。

彼はキルヴァンほどでは無いが魔族を蔑む生粋の十字教徒だ、それにも関わらず今までほとんど戦闘無しで村を占領出来たのは、副官のシルビアが上手く交渉し、またノールズが暴走しないよう手綱を握っていたからであった。

すんなりと占領を進ませるシルビアの手腕は評価するところであるが、それでも「魔族を血祭りに挙げてやる」と意気込んでやって来たノールズにとって、これまでの‘平和的’な行動は少々不満の溜まるものであった。

「キルヴァン司祭の行過ぎた行為が、魔族に強い反抗心を持たせたのでしょう」

見せしめに十字架磔の刑を私的に行うなど、その残虐な所業はすでに逃げ帰った兵士の報告で聞いている。

そのままイルズ村を難なく占領できれば、村人に恐怖心を与えるだけで済んだのだが、下手に撃退された所為で、彼の行動は翻って強い怒りや敵意に変わってしまった。

「ふん、敵の数はたかが知れている、悪魔だかなんだか知らんが、その気になればこっちは10万でも援軍を呼べるのだ。

もっとも、すでに十分な数が揃っている我々の部隊だけで事足りるだろうがな」

村の規模から考えて、例え村人全員が武装して戦ったとしても尚、ノールズ率いる占領部隊の兵数には遠く及ばない。

無論、女子供まで残らず戦うなんてことはいくら魔族でも実行しない、真っ当な戦闘員として数えられる自警団や冒険者に数を限れば、どんなに多く見積もっても300に届くかどうかというところ。

それこそ本当にドラゴンでも現れない限り、ノールズが予想するように自分の部隊だけで十分決着がつけられる。

故にシルビアもその点に対しては特にいう事は無い、彼女が寧ろ心配しているのは別な事柄だった。

「ダイダロス領内にはどこにも逃げ場など無い、神に逆らったことを魔族共に後悔させながらじっくり追い込んでやる」

「……いいえ、逃げ場はあります」

「なんだと?」

テーブルの上に広げられた、ダイダロス西部周辺の略地図をシルビアの細長い指先がなぞる。

「クゥアルから西南街道を通ってダイダロス方面へ向かうなら何の問題もありません。

しかし、西北街道をそのまま西へ逃げたとすれば」

ガラハド山脈、と書かれたラインの先には『スパーダ』という国名が記されていた。

「まさか、スパーダは敵国扱いだと聞いている」

「もしダイダロスがすでに陥落していると知れば、村人達は己の住む国がすでに滅んだことを悟るでしょう、難民となってスパーダへ助けを求めるのは、当然の判断といえます」

「ううむ、情報封鎖が完璧ではない可能性は、確かにあるか……」

眉をしかめて唸るノールズ。

「村は占領すればどうせ入植者のものになります、一万にも満たない非戦闘員の魔族を見逃したとしても、それほど問題にはなりませんよ」

少数とはいえ強い抵抗が予想される、よってこちらもある程度の損害は覚悟しなければならない。

勿論その損害も十字軍全体から見れば微々たる数でしかない、だが、避けられるというのならそれに越したことは無いだろう。

「いいや、それだけはダメだ」

しかしノールズはシルビアの示唆する、敵味方双方に犠牲が出ない提案を強く否定する。

「シスター・シルビア、いくらお前の進言でもこれだけは聞くわけにはいかないなぁ」

「……そうですか、司令官は貴方ですのでどうぞお好きに、私は止めませんよ」

覚悟を決めたらしい様子のノールズに、シルビアはそれ以上余計な事を言うのは止めた。

「分かってくれて嬉しいよシスター・シルビア。

では命令を下そう、逃げる魔族は皆殺しだ、一人も逃がしはしない、絶対にな」

そういい放つノールズの瞳は、キルヴァンと同じく狂信者の光を宿していた。

偵察から生還し、ノールズへ報告も終えたアイはツミキを抱っこしながら、所属する冒険者パーティ、いや、正確には傭兵団が寝床としている野営地へ戻ってきた。

十字軍の占領部隊は、どこの村でも必ずある村長宅か冒険者ギルドといった大きな建物を司令部とし、その周辺の施設を接収して一時的な駐屯地としている。

しかし軍属ではない冒険者や傭兵は、部隊の邪魔にさえならなければ好きな場所に居を構えることを許可されている。

あくまで臨時に雇われているにすぎない彼らと十字軍兵士の仲は勿論良好とはいえず、下手に交流があると喧嘩などトラブルが発生するので、あえて村の外に野営をするという場合も珍しくはなかった。

アイの所属している『キプロス傭兵団』は、正しくその典型的な例と言える。

村を覆う柵からやや離れた位置に立つ、比較的大きな農家の建物を中心に彼らの野営地があった。

帰って来たアイは出歩いている傭兵団のメンバーと適当に挨拶を交わしながら、自分のテントへ向かう。

ツミキを腕から降ろし、今日はさっさと休もうかと思いながらテントへ入ろうとしたその時だった。

「よぉ、帰ったんならオレんとこに顔だせよなアイ」

後ろからかけられた男の声に、あからさまにイヤそうな顔でアイは振り向いた。

歳はアイよりもやや上といったところ、それなりに体格も顔も良い優男だが、下品なニヤけ面に、鎧の一つも装備せずに半端に衣服を着崩しているその姿は、粋がった悪ガキがそのまま成長しましたという風にしか見えなかった。

「話しかけないでもらえる? あとそれ以上近づかないで」

冷たいアイの返答をまるで意に介さず、ブラウンの跳ねた長い髪をなびかせながら男はさらに一歩距離を詰める。

「おいおい、団長様に向かってその口の利き方はないんじゃねーの?

っつーかオレら仲間じゃん、もっと仲良くしようぜぇ」

男はこんなナリでも自分で言うように、ここにいる87名の傭兵団の長である。

名はキプロス、長の名前をそのまま団名にしているのは、誰でもすぐに理解できる。

「キモいこと言うな、あと一歩でも近づいたらキプロス傭兵団からアイ傭兵団に名前が変わっちゃうよ」

アイの手にはいつの間にか抜いたナイフが握られ、その切先はキプロスの腹先に突きつけられていた。

「今日はアタシ疲れてんの、飛んだり跳ねたり大爆発、命からがら逃げ帰ってきたんだから。

グレート級な冒険者のアタシじゃなかったら、死んでたよ?」

半ば冗談のような台詞だが、未だにナイフを向け続けるアイの目は本気の色が宿っている。

「へへ、マジで言ってんの?」

冗談に冗談で応えるような気安い返事だが、どうやらキプロスの興味は自分が言った台詞の内容、つまり‘戦闘があった’という点に興味が移っていることをアイは雰囲気で察した。

「うん、忙しくなるから、すぐ準備始めた方がいいんじゃない?」

それだけ言い残して、アイはナイフを仕舞ってさっさとテントへ入っていった。

キプロスはその場に立ったまま、アイを追わずに、いや、もう彼女のことなど忘れてしまったかのように、突然笑い声を上げた。

「――ははっ、ようやく‘マトモ’な仕事ができんのか。

メスの魔族を弄んものいい加減飽きてきたしな、いぃタイミング、いや、これもアイツに言わせりゃ‘運命’ってヤツかぁ――へっ、やっぱ俺って神サマに愛されてるわ」