軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第805話 強くてニューゲーム

時は遡り、清水の月2日。

スパーダの第一王子アイゼンハルトは、王城の最深部、コキュートスの狭間へと降り立った。

すでに十字軍侵攻中の報は届き、父王レオンハルトは軍を率い一足先にガラハド要塞へと向かっている。アイゼンハルトも任された第四隊『グラディエイター』の編成が完了次第、すぐにでも出発するつもりだ。

だが、この忙しい時間を割いて、わざわざここへやって来たのには理由がある。

「————で、どういう風の吹き回しなんだ、アイ」

「伝えた通り、色々と話す気になったってことだよ、アイク君」

見た目だけは可愛らしい金髪の少女。だが、この凍れる時の氷塊に封印されているのは、白き神より絶大な加護の力を授かる、十字軍の最高戦力、使徒である。

首から上だけ封印を解かれ、ただ喋るだけの状態にあっても、第八使徒アイはどこまでもいつもの調子で口を開いた。

「お前はどこまで知っているんだ」

「十字軍がまた動き出したことも知ってるし、魔王の血を引くネロとかいう子が第十三使徒として新生した、とか」

「時間は止まっているはずなのにな。白き神ってのは、そこまで親切に教えてくれるのか」

「そりゃあ、私ら使徒は神様のお気にだし? これくらいの特別扱いは当然だし、みたいな?」

けらけらと笑うアイの様子に、溜息をつく。相変わらずの能天気ぶりには、毒気を抜かれる思いだ。

「それで、何を話す気になったんだ」

「うーん、そうだなぁ————」

と、ここへ来た理由を率直にアイゼンハルトは問うた。

第八使徒アイには定期的に封印を解かれ、尋問が継続されている。その収穫はあったり、なかったり。嘘か真か分からない話を、その度に聞かされるといった程度。

だが今回の尋問で、何でも答えてやる、とアイは明言した。そして、その質問者にアイゼンハルト王子を指名したのだった。

「————私の力の秘密、とか?」

「それは、お前が隠していた『 特化能力(イグジスト) 』というヤツか」

使徒には、無限の白色魔力を与える他にも、特に秀でた『 特化能力(イグジスト) 』という専用の力も授ける。彼らが誇る『 特化能力(イグジスト) 』が一つでも多く解明されれば、その対策をとることができる。

そして、捕獲した第八使徒アイの『 特化能力(イグジスト) 』もまた、不明のまま。なぜなら、彼女を捕らえた戦闘の時には、それらしき能力を使わなかったからだ。

すでに捕らえ、この永遠の牢獄に放り込まれた以上、それほど価値のある情報ではないが、気になる話ではあった。

アイは何故、『 特化能力(イグジスト) 』を使わなかったのか。使われていれば、自分達は負けていたのではないか。あるいは、わざと負けて捕まったのではないのかと、アイゼンハルトは気にしていた。

「まぁ、どうせお前の言うことだ。話半分には聞いてやろう」

「なんだか話す度にアイちゃんの扱いがぞんざいになっている気がするぞー?」

「いいからさっさと話せ。封印を解いていられる時間制限があるんだぞ」

「分かってるってぇ、まぁ、聞いてよ。それは、むかーし、むかしのことじゃった————」

昔、昔、あるところに、一人の狩人がいた。

幼い、まだまだ成人にも満たない子供の狩人だが、一人で野山に分け入り、日々の糧を得ていた。

すでに両親はいない。だが、狩人として生きていけるほどの技術は教えてくれた。毎日、一人で狩りへと出かけ、近くの村で獲物を僅かばかりの金銭に変える。

恵まれてはいない。だが、苦しくもない。けれど、狩人には一つだけ不満があった。

「うーん、もっと狩りたいな」

生きるのに必要な分だけを狩れ。

それが両親から教えられた狩人の掟。

もっと沢山、肉を食べたいワケではない。もっと沢山、獲物を売って稼ぎたいワケではない。

ただ、狩りたい。もっと獲物を狩ってみたい。

だって、狩りはこんなにも楽しいのだから。

そんなある日、狩人の元へ、一人の貴族が訪ねてきた。近くの村を納める領主の息子。放蕩息子と有名な男であった。

曰く、今日はここで狩りをしたいと言う。この付近に一番詳しい狩人に案内せよとの申し出、いや、命令だった。

「まぁ、いいですけど」

貴族とは、税をとるのが仕事のはずなのに、どうして狩りをするのだろうかと思った。貴族は土地も金も人も、何もかも持っている。狩りをしなくても肉は好きなだけ食べられるし、毛皮のコートも選び放題だ。

じゃあ、この人は何のために狩りをするのだろう。幼い狩人の、純然たる疑問だった。

「ああ、今、聖都じゃ獣狩りが流行っているんだよね。デカい獣、美しい獣、あと珍しい獣とか。そういうのを競って狩る————お遊び、ゲームだよ」

「 遊び(ゲーム) 」

「そっ、楽しいよ、ゲームは」

毛並みの良い馬の上から、小さな狩人を見下ろして、彼は笑ってそう言っていた。

「ダメだなぁ、ここフツーの獲物しかいないじゃん」

狩りの結果は上々だった。地元に詳しい狩人の知識に加え、金のかかった魔法の装備品、おまけに従者には索敵や足止めを専門とした魔術師まで連れている。これで、ただの動物を狩れないはずがない。

だが、デカいのも、美しいのも、珍しいのも、一頭もいなかった。

鹿、兎、水鳥。どれもありふれた獲物ばかり。貴族の彼は全く満足しなかった。

「ああ、君、今日はありがとね。その獲物はいらないから、適当にどっかやっといて」

そうして、貴族の放蕩息子は帰った。普通の獲物しかとれないここに、二度と来ることはなかった。

けれど狩人にとって、この貴族の道楽狩猟に付き合った経験は、人生を変える転機となった。

「そっか、遊びで狩りをしてもいいのか」

愚直に教えを守ってきた。

だが、この地を治めるお貴族様が、お遊びで狩りをした。狩った獲物は、どうでもいい。適当にどっかやっといて————そこには、食べることもなく、着ることもなく、ただ一時の娯楽として命が消費される。無価値にして、無意味な命。

けれど、それが許されるのも、この世界の理でもあったのだ。

「よし、遊ぼう。ゲームをしよう」

もっと狩りたい。その気持ちは間違っていなかったと知った。

もっと狩りたい。この気持ちが、遊ぶことだと知った。

もっと狩りたい。遊ぶことが、こんなに楽しいことだと、生まれて初めて知った。

生きるための狩りではない。これは、ただの遊び。狩猟ゲームだ。

「もっと狩りたい。そのためには、もっと強くならないと。もっといい装備もいる。ああ、それから、もっと遠くへ行けるようにならないと————」

狩って、狩って、狩りまくった。

狩った獲物は全て売った。貯めたお金で、さらに良い武器を買う。

そうして、次はもっと大きな獲物を。次はより強い獲物を。

ただ、狩ることが……命を賭けて戦うという遊びが、何よりも楽しかった。

狩人が成人を迎えた頃、領内では知らぬ者のいない、それは立派な狩人となった。狩れぬ者はない。その弓は必ず獲物を仕留める。

人知れず膨れ上がった名声が、ある時、そこを治める貴族の耳に届いた。

「お前に、狩って欲しい獲物がいる」

「なんですか?」

「我が領内に蔓延る異教徒を狩れ。一人残らず、狩り殺せ」

そのお貴族様は、息子を異教徒に殺され大層、お怒りだった。

放蕩息子と有名な彼は、お遊びで異教徒の女を嬲り殺した結果、彼らの怒りを買い、同じように嬲り殺されたのだ。

「そういえば、人は狩ったことなかったなぁ……人って狩っていいんですか?」

人殺しは重罪だ。一人殺せば自分も殺されるような、大罪であるという常識くらいは流石に知っている。

「何を言っている、異教徒は人ではない、悪魔の手先だ。貴様も十字教徒の端くれなら、その信仰心を示してみよ」

「あっ、私、十字教徒だったんだ」

そういえば、いつだったか狩った獲物を教会に寄付した時に貰ったロザリオをつけていた。コレをつけていると、教会の人は真夜中にいきなり訪れても、泊めてくれたり、ご飯をくれたりして、便利なのだ。

「じゃあ、異教徒狩ります!」

人と獣の違いは何か。

違いなどない。人は獣だ。二足歩行で、言葉を喋る、人型の獣。弓で射れば死ぬ。急所を射抜けば、一撃で死ぬ。

故に、人はこれまで狩りに狩ってきた数多の獣と同じはずだった。

けれど、人と獣は違った。

「なにこれ、超面白い」

人の反応は、獣よりもよほど多くのバリエーションに富んでいる。

獣は常に最適解。逃げるにしても、立ち向かうにしても、いつも全力だ。

けれど人は……逃げることも、立ち向かうことも選べない愚鈍な者もいれば、こちらを追い詰める強い者も、思いもよらない方法で逆転を図る賢い者もいる。

だから楽しかった。いつもの狩りよりも、もっと楽しかった。

強い奴を倒した時の達成感は格別だ。

狩るつもりが、逆に狩りたてられる時の緊張感は堪らない。窮地を脱したその時、これほど自分の生を実感できることはない。

数ばかり集まった羊の群れのような奴らを一方的に射殺すのも、爽快感があって気持ちがいい。

圧倒的な数を前に、手も足も出ない時は、実に挑み甲斐がある。

人を狩る楽しみは、語り切れない魅力に溢れていた。

ああ、こんなに楽しいことはない。もっと、もっと、人を狩りたい。色んな人を狩りたい。

「————ああ、狩人様、お願いします。どうかお願いします」

「異教徒? それとも魔族?」

「どちらもです! 奴ら手を組んで、この街を狙っております! ああ、どうか我々をお助けください、狩人様!」

「オッケー、その 依頼(クエスト) 、引き受けた!!」

そうして、異教徒狩りを心行くまで楽しんだ狩人は、いつしか、人々から英雄と呼ばれるようになっていた。

別に、人を守りたかったワケではない。

十字教を信仰していたつもりもない。

まして正義についてなど、考えたこともない。

ただ、楽しかったのだ。

だから楽しんだ。人生の全てを賭けて。いや、狩ることが、楽しく遊ぶことが、我が人生。

ああ、何て楽しい。

ああ、何て素晴らしき人生。

けれど、生涯をかけて遊びつくしたハンティングゲームにも、ついに終わりが訪れる。

「————そうして、年老いた狩人は、ついに弓を引くことも、立って歩くこともできなくなってしまいました」

「ふーん。で、オチは?」

そろそろ、封印を解いていられる限界時間だ。

また、アイのくだらない与太話に付き合わされてしまったか、とアイゼンハルトはすでにして後悔の気持ちが湧いていた。

「まぁ、オチというと、そこで神様が奇跡を起こして、狩人の願いを叶えてくれましたー、みたいな?」

「神の奇跡、ねぇ……そりゃまた随分と都合のいいことで」

「いやホントにね、私もそりゃあ驚いたもんだよ、あの時は」

「お前がその、英雄になった狩人様って奴なのか?」

「まぁね、これでも昔はブイブイ言わせていたのだ」

「なるほど、ソイツはご立派な身の上話をどうも。で、足腰立たないくらい年老いた狩人様が、ウザいくらいキャピキャピした娘っ子になってんのが、神の奇跡、若返りの秘術とか、そういう類のモノか」

「うーん、惜しい、ちょっと違う。正解は————」

可愛らしくウインクを飛ばして、アイはもったいぶらずに暴露する。

自身の力の秘密。その白き神より授けられた『 特化能力(イグジスト) 』を。

「————『 新生廻帰(ニューゲーム) 』」

転生術、と呼ばれる禁術がある。

それは年老いて死に行く者が、若々しい新たな肉体を奪うための、邪悪な魔法。生への執念、若さへの羨望、在りし日の栄光よ再び。

そんな人の欲望を叶えるために、生まれるべくして生まれた術と言えよう。

だが、完全な転生術はいまだ編み出されてはいない。他者の肉体を奪う、似たような魔法は古今東西、道を踏み外した者達が心血を注ぎ作り上げてきたが、この世界の理に逆らう真似は、容易には成しえない。

だが、神の力ならばどうか。

世の理さえ捻じ曲げる、神の力をもってすれば————

「というワケで、アイちゃんは代々、新しい体に転生しながら、今の今までゲームを続けてきたのでした」

と、アイゼンハルトがアイに向かって言い放つ。

すでに転生は果たされた。

アイゼンハルト第一王子の肉体には、第八使徒と呼ばれる者の魂が。

そして、第八使徒アイと呼ばれた少女の体には、もう何も残ってはいない。

「————封印を戻せ。今日も大した収穫はなかった」

「はっ! 再凍結を開始します」

アイゼンハルトは、そうコキュートスの狭間を管理する魔術師へと命じた。

その声、その立ち振る舞い、どこにも違和感はない。

再び時の牢獄に閉ざされる少女が、すでに魂の抜けたもぬけの殻だと気づかれるのは、次に封印を解いた時となるだろう。

そうして誰にも気づかれることなく、第八使徒アイは復活を果たした。スパーダの第一王子、アイゼンハルト・トリスタン・スパーダの体へと転生することで。

「————アイ様、復活、お慶び申し上げます」

地上の王城まで戻った時、一人の侍女がアイゼンハルトの前へ現れ、跪いた。美しい、赤毛の女だ。

「ああ、シルヴィアちゃん、久しぶり。よくここまで入り込めたね?」

「相応の苦労は致しました。ですが、スパーダにも多少は十字教徒はおりますので」

「流石、デキる女は違うねぇ」

「いえ、全ては第八使徒アイ様のためならば。新しいお体の具合は、如何でしょうか」

「最高。アイク君の体は、間違いなく歴代最強だよ。凄いねぇ、スパーダ王家。強い奴だけ取り込んできただけある。これ初代よりも才能あるよ、マジ最強チートボディだわ」

あはは、と無邪気に笑いながら、アイゼンハルトは、いや、アイはその体に秘められた 才能(スペック) に喜ぶ。

「それは何よりでございます。先代は非力な少女でしたから、使徒として力を引き出し切れなかったが故に、ガラハドでは後れを取ることになったかと」

「弱い体を使う縛りプレイも、それはそれで楽しいものだよ。アイちゃんくらいになると、同じゲームも色んな楽しみ方ができるのだ」

だが、この鍛え上げられ、才能に溢れるアイゼンハルトの肉体ならば、使徒の力を縛る制約はない。初めて加護を授かったオリジナルの肉体よりも、この体はより強く加護の力を引き出せると確信できる。

「でも折角、最強クラスの体が手に入ったんだ。新人冒険者少女の縛りプレイはもうお終い。これからは使徒の力をガンガン使った無双プレイで行かせてもらうよ」

「はい、白き神も祝福されるでしょう」

「うん、それじゃあまずは————ガラハド要塞でも落として来ようか」