軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第80話 斥候部隊

イルズ村より2キロほど離れた地点に、ノールズの本隊より派遣された斥候部隊の姿があった。

「どうだ?」

「やはり村に人がいる様子はありませんね」

斥候部隊の隊員は、遠くの景色を見通す魔法『 鷹目(ホーク・アイ) 』を一旦打ち切る。

「そうか、どうやら村人全員逃げ出したようだな」

「追いますか?」

「目の前で逃げ出す姿が見えたのなら、追うべきだろう。

だが恐らく村人共はこの先にあるクゥアルという村へ避難しているはずだ、今から追いかけても間に合うまい」

兵士は部隊長の言葉に了解の意を告げる。

二人ともイルズ村がすでにもぬけの殻になっていると予想していたので、特別驚くべき結果ではない。

「よし、では村に残っている者がいるかどうか捜索するとしよう。

もうそろそろ陽も落ちる、クゥアルへの偵察は明日にして、今夜はイルズで野営する」

了解の意を部下が軍人らしくハッキリとした口調で伝えた。

「ヤツラ急いで逃げ出したようだからな、探せば銀貨くらいは見つかるかもしれんが、あまり‘宝探し’に熱中しすぎて徹夜なんてするなよ?」

「それは了解しかねますね」

ハハハ、と二人で軽く笑う。

彼らは厚い給金が保証されているわけでもない遠征の末端兵士だ、こういった‘ボーナス’は自分が現地で手に入れるより他は無い。

「金はあっても女がいないのは残念ですね」

「心配するな、その内娼館も建てられるさ、ダイダロスにはすでに‘現地で雇った女’を使ってるらしい、全く商売人ってヤツは手が早いもんだぜ」

こっちとしてはありがたい話だけどな、と唇を歪めてニヤリと笑みを浮かべた。

「でも魔族の相手はご免ですよ」

「エルフくらいなら俺は構わねぇがな、少なくともああいう――」

部隊長がうんざりした顔で後ろを振り向くと、

「おーい、ツミキぃ~ツミキちゃーん、どこいったのー!」

一人の少女が何やら叫びながら隊員立ちの間を忙しなく駆け回っていた。

「ああいう馬鹿な冒険者の女よりはな」

「一体何ですあの女?」

呆れたような視線を向けつつ、兵士が聞いた。

「俺が知るか、シルビアのネーちゃんが同行を許可した以上は文句言えねぇだろ」

斥候部隊を選抜する際に、冒険者の少女が一人、まるで気まぐれのように急遽加わったのだ。

どう考えても怪しいが、命令である以上逆らえないのは台詞の通りである。

「そもそも、十分に兵の数は足りているのに、ああいう‘ヤツら’をわざわざ雇うというのもおかしく無いですか?」

遠征の為にシンクレア共和国内であらかじめ冒険者や傭兵を雇うのは珍しいことではない。

だが、それはあくまで派遣する自分の手勢が少ない者がやることである。

ノールズ含む占領部隊に派遣したメルセデス枢機卿は、わざわざ外から雇い入れる必用などなく十分な兵を用意することが出来る。

それにも関わらず、多数の冒険者を含む傭兵団が不自然にも雇われているという事実は、彼のような末端の兵士でも怪しむほどのものだった。

統一された十字軍の基本装備とは異なる、それぞれ好き勝手な装備をした冒険者や傭兵は非常に目立つ、彼らの存在自体は別に隠すつもりもないようなのは誰にでも分かった。

しかしその傭兵団が雇われた目的は誰にも分からない。

「上が何を考えているのかは知らん、ただ特別扱いしろとも言われてねぇから、放っておくのが一番だ」

実は冒険者達が特別な使命を帯びた秘密部隊、ということは無いだろうと部隊長は感じた。

彼が見る限り、同行している冒険者はどれも平凡な様子で、特に背後で「ツミキ、ツミキ」と騒いでいる少女は冒険者として一定の力量にすら達していないように見えるのだ。

「まぁ任務の邪魔さえしてくれなきゃ何でもいいか」

お荷物でしかない少女が妙な騒ぎを起こさないことを神に祈って、部隊長は任務を続行する。

謎の冒険者少女は斥候部隊の先頭を行く部隊長と轡を並べて、イルズ村の大通りを進んでいる。

彼女の実力をこれまでの行動からそれとなく窺い知っている十字軍兵士達は、ドジでノロマな初心者レベルの冒険者と評している。

同行する傭兵団の中でも最低クラスの評価を受けている彼女だが、流石に乗馬の心得くらいはあるようで、危なげな様子は特に無い。

「ツミキってのはソイツのことかいお嬢ちゃん」

視線の先には漆黒の毛並みを持つ小さな猫、首元にある銀色の首輪が野良では無く飼い猫であることを示している。

「うん、カワイイっしょ!」

どこか誇らしげな笑顔で「ツミキ」と名づけられた黒猫の首根っこを掴んで部隊長の鼻先へ向ける。

ツミキは金色に輝く瞳と部隊長の目が合うと、ニャーと挨拶するように一声鳴いた。

「それとアタシの名前はアイっていうの、憶えておいてよネっ!」

「どこにでもある名前だな」

「そういう事言うなよぅ」

可愛らしく頬を膨らませて抗議するが、『アイ』という女性の名前が共和国ではごくありふれたものであるのは事実であった。

「そんなことより、次はそのニャンコ逃がすんじゃねぇぞ」

「あっはっは、大丈夫だって!」

部隊長の溜息は少女の笑い声に掻き消される。

(本当に、ただのガキじゃねぇかよこいつは)

呆れたような目を少女へ向ける。

長い金髪を左右で括ったツインテールは、青色のクリクリと大きな瞳の可愛らしい顔立ちにはよく似合ってはいるものの、実用重視の冒険者がやるヘアスタイルとしては失格だろう。

魔術士ならば、まだ魔力が宿るなどの理由でロングヘアーは許されるが、彼女の格好はどうみても射手。

メインの武器は最低限使用に耐えうる古ぼけた木の 長弓(ロングボウ) 。

どうにか防具と呼べそうなのは革の胸当てにグローブとブーツのみで、上半身は薄手のシャツ一枚、下半身に至ってはなぜかミニスカートという有様である。

右手に装着された輝く銀色の腕輪だけが多少の価値がありそうなものであったが、他よりマシというだけで、そのくすんだ鈍い光は退魔の効果を持つシルバーアクセサリーの品質としては下の下であることが一目で窺い知れた。

最早冒険者というよりは、そこらの町娘が冒険者の仮装をしてみました、という方がしっくりくる。

アイの細身で小柄ながらも引き締まった体がなければ、本当に冒険者らしい要素は見当たらなかった。

(上のヤツらは一体何を考えてこんなのを遠征に参加させたんだか)

考え込む部隊長をどこかバカにするようにツミキがニャーニャー鳴く。

「つーか何で猫なんだよ、弓背負った狩人のオトモは犬って相場は決まってんだろうが」

「えー、でも猫の方がカワイイよ?」

(ダメだコイツ、ペット感覚で動物連れてきてやがる)

彼の言うように、人間が狩り、あるいは戦いで役立ってくれるのは犬である。

飼い主のいう事を聞かない猫など連れてくるだけ無駄、むしろ途中で勝手にいなくなるのでマイナスにしかならない。

「もし戦闘になった時はちゃんと面倒みとけよ」

「任せてよオッサン!」

「俺はまだオッサンなんて歳じゃね――」

瞬間、部隊長の頭が突如弾けた。

「あり?」

アイは目を丸くしながら、額から血を噴出しつつ馬の背から転がり落ちる部隊長の姿を見た。

「敵襲だっ! 気をつけろ、待ち伏せされてるぞ!!」

アイの後方を歩いていた兵士が声を張り上げる。

それと同時に、武器を持った魔族達が家々の影から続々と姿を現し、大通りへ雪崩れ込んで来た。

軽鎧姿の亜人や獣人、あるいは人間が、慣れた動作で刃を振り上げ兵士達に斬りかかる。

敵が魔族の、しかも熟練の冒険者達であるということは、誰に言われずとも即座に理解できた。

「わわっ! 何かいっぱい来たっ!?」

慌てたアイは思わず手綱を引っ張ってしまい、馬が暴れた拍子に落馬してしまう。

「うぎゃ! 痛ぁ~い頭打ったぁ~」

涙目で頭をさするアイの目の前では、すでに血飛沫の舞う戦闘が始まっていた。

「くそっ、数が多い、分断されるなよっ、密集して――」

部隊長に次いで指揮を振るう兵士の頭が、またしても弾け飛ぶのをアイは見ていた。

「あちゃ~こりゃあヤバそうだ、ケツまくってさっさと逃げよっかツミキ。

ってツミキ、こらぁ! 主を置いて先に逃げるなぁ!!」

待て~と叫びながら、戦闘中の兵士達の間をすり抜けて行く黒猫をアイは追いかけ始めた。