軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第797話 アトラス連合艦隊

「————今こそ、大迷宮を手中に収め、我がジン・アトラス王国が再び大砂漠の覇権を取り戻すのだ!」

大嵐が過ぎ去り、カーラマーラよりもたらされた『冒険王ザナドゥ、死す』の報告を聞いた、ジン・アトラス国王は、高らかにそう宣言した。

広大なアトラス大砂漠には、幾つもの小国家が存在している。ジン・アトラス王国は大砂漠西部一帯を支配する、比較的大きな国だ。今でこそアトラスの国々の中では有力、程度の規模だが、かつては大砂漠全土を支配した巨大な王国であった。

しかし、数百年前に大砂漠のど真ん中にて古代の伝説に謡われた大迷宮が発見され、カーラマーラが成立してから、王国は急速に衰退していった。

一度は栄華の頂点に君臨したが故に、そのプライドは数百年経った今でも捨てられない。大砂漠の覇権をカーラマーラから取り戻すのは、ジン・アトラス王家の悲願である。

今代の国王も例に漏れず大砂漠の支配を夢見る野心家であり、そして何より、数百年越しにそのチャンスが巡るという幸運に恵まれたのだった。

「カーラマーラは長らく大商人達による支配体制が続いていた。複雑に絡み合う利権、入れ替わりの激しい議員制度……そんな混沌とした状態だからこそ、これまでつけ入る隙がなかった」

大商人達による合議制、という大陸でも珍しい政治形態のカーラマーラは決して優れた統治とは言えないものだったが、長く続けられただけのメリットも存在していた。

その最たるものは、王がいない、という点。

国王を権力の頂点とする王政は、国王が不在になる時は非常に脆くなる。つまり、王が死んだその時こそ、最も国が揺らぐタイミングなのだ。上手く代替わりできれば大した問題ではないが、後継者争いは王国の常。

しかし合議制では、たった一人の死は大きな影響にはならない。どれほど有力な議員であっても、王ほどの権力はない。国政が麻痺するほどのダメージとなるには、何十人もの議員が同時に死ななければならないだろう。

「だが、冒険王ザナドゥ、あの男の登場によりカーラマーラのバランスはついに崩れた。奴は正に、カーラマーラの王と呼ぶに相応しい」

そう、王が不在のカーラマーラにあって、王に匹敵するだけの影響力を一身に集めたのがザナドゥだ。冒険王という二つ名が広まったのも、暗にその権威が王に準ずるほどであると認められていたからかもしれない。

そして、そんな偉大な男の死に目に、現在の王位にあった国王は、大砂漠の女神アトラスに感謝の祈りを捧げる。今こそ正しく、千載一遇のチャンス。これを逃せば、次は千年先になるかもしれない。

「余が王位に就いて、幾十年……今日、この日のために余は準備を重ねてきた。ザナドゥが倒れ、支配の揺らいだカーラマーラを一息に制圧するための準備である」

人間であるザナドゥは、どう足掻いても二百年は生きられない。大迷宮でどんな 大魔法具(アーティファクト) や秘薬を手に入れようとも、百年を少々超えるだけの寿命にまで伸ばすのが限界のはず。

その死期を見越して、備えをするのはそう難しいことではない。

そして、それを考えていたのは、ジン・アトラス王国だけではなかった。

「遥か昔より秘密協定だけは結ばれてはいたが、それが現実のものとなったのは、今をおいて他にはあるまい。我がジン・アトラス王国を筆頭に、北のロックウェル、東のデサントス、その他、合わせて13もの国との、大連合がすでに成立しておる!」

誰もが狙っていた。この時を、虎視眈々と。カーラマーラという、余りにも恵まれた奇跡の都市。

その富を砂塵の果てに眺めることしかできなかった、大砂漠の周辺諸国は、今この時をもって一致団結した。

今度は、その豊かさを自らのものとせんがために。

「シャーガイル・カルタハール将軍! 『ジンの大アギト』と呼ばれる我が国最強の常勝将軍よ。そなたを、アトラス連合艦隊を率いる、大提督に任ずる!!」

「ははっ! このシャーガイルにお任せあれ! カーラマーラの成金共を蹴散らし、大迷宮を制圧してご覧にいれましょう!」

そうして、ジン・アトラス王国のシャーガイル・カルタハール将軍は、アトラス連合艦隊という空前絶後の大艦隊を率い、砂の海を意気揚々と突き進んでいた。

「まさか、本当にカーラマーラへと攻め入る時が来ようとはな」

艦橋にて航行する軍艦の数々を眺めながら、感無量といったようにシャーガイルは呟いた。

カーラマーラへの羨望と野心は、決して王家だけのものではない。

平民程度なら、単純に都会へ対する田舎者の憧れ程度の感情しか抱かないが、王侯貴族や一軍を率いる将ともなると、嫌でも国力の差というものを思い知らされてしまう。

忠誠を捧げる国王が、カーラマーラに何十人もいる大商人にすら、財力も権力も及ばないのだ。苦々しい思いをしたことは、一度や二度ではない。

「我らを辺境の田舎者などと侮ったこと、今こそ後悔させてくれる」

ジン・アトラス王国ってどこにあるんすか? えっ、大砂漠のこんな端っこに国なんてあったんすね。昔は凄かった? 過去の栄光にすがるとか、情けなくないんすか————などなど、思い出すだけでも腸が煮えくり返る屈辱だ。

「大砂漠の真の支配者が、ジン・アトラスのデゼルダイル種だということを奴らに思い知らせてやろう」

ビターン、と力強くシャーガイルの尻尾が床を叩いた。

ジン・アトラス王国は、リザードマンの国だった。

体色は淡い砂色から茶褐色と個体差はあるが、砂漠に適応した保護色なのは間違いない。ヴァルナ森海で一大勢力を築くリザードマンは地竜系の特徴を色濃く反映したダイナラプトル種と呼ばれる種族だが、ジン・アトラスのデゼルダイル種は、ワニによく似た特徴を持っている。

ただの人間や獣人などよりも、砂漠という環境に適応した砂漠ワニの特性を持つリザードマンが、このアトラス大砂漠という過酷な地で権勢を誇ったのは、半ば当然の結果と言えるだろう。単純に砂漠で生きるのに適した肉体を持つのは、彼らの種族であることは間違いない。

「そう上手くいくと、いいんだけどねぇ」

「ふん、随分と弱気なことを言うではないか。『紅の大蛇』ベラニーともあろう女が」

「やめとくれ、その呼び名は好きじゃあないんだ」

と、大提督たるシャーガイルに飄々と言い返すのは、真っ赤に波打つ長い髪をした、ラミアの女。

ラミアの女性らしい肉感的なスタイルの上半身だが、その身に刻まれた幾つもの傷跡と魔術刻印の入れ墨が、彼女が戦場に生きる女性であることを知らしめている。長くくねる蛇の尾は赤錆色の鱗に覆われており、その重厚さは火竜のようであった。

大砂漠の東にある都市国家デサントスが出撃させた虎の子の艦隊を任されているのが、このベラニーである。女だてらに砂の海の男達を率いる女傑だ。

「我々は一国だけでは、とてもカーラマーラには太刀打ちできまい。しかし、ここまでの大艦隊となれば、最早、戦力差は確実に我らの優勢だ」

「そうさね、この連合艦隊は間違いなく、アトラス最大、最強だよ。集まっている連中も、アンタやアタシも含めて、名の知れた一流揃い。数ばかりの烏合の衆じゃあない」

「うむ、国王陛下はよくここまでの面子を集めたものだ」

そう言い張るのも、決して自惚れではない。

ジン・アトラス王国のシャーガイル将軍。『ジンの大アギト』と呼ばれる所以は、卓越した艦隊指揮にある。

自ら鍛え上げた艦隊を戦場では縦横無尽に動かし、敵を逃さず沈めてゆく。特に、流砂の流れを読み、瞬く間に相手の左右を包囲、または前後で挟撃という素早い艦隊機動と、苛烈な攻撃力は、正に獲物を一息でかみ砕く砂漠ワニの巨大な顎の如く。

流れの海賊は勿論、周辺国家の海軍であっても、高らかに翻るワニ頭の旗を見れば震え上がることであろう。

一方、『紅の大蛇』と呼ばれるベラニーも武勇ではシャーガイルに引けを取らない。

かつてデサントスがカーラマーラの一部の議員によって不当な経済封鎖を受けた時に、当時まだ無名の海賊団に過ぎなかったベラニーは、徹底的にその議員の商会の船を襲いに襲った。小型の輸送船すら逃さず執拗に付け狙い、どれほど強力な護衛がついていても必ず獲物を仕留める……そうして、ついに音を上げた議員は経済封鎖を撤回し、その後、失脚。ベラニーは功績を認められ、晴れてデサントス海軍の将軍として迎え入れられた。

その他にも、カーラマーラに次ぐ大砂漠では二番目の国力を誇る、大砂漠の玄関ロックウェルも、潤沢な海軍戦力を惜しみなく提供している。さらには、ラヴィアン商会やガルーダ運輸といったロックウェル有数の大商人も全面的な協力についており、補給の面でも至れり尽くせり。

国の規模こそ小さくとも、大抵、どこにでも誇れるほどの腕前を持つ船乗りや砂漠の海の戦士はいるものだ。僅か数隻の小型船で、 城砦砂鯨(フォートレス・グラール) を追い続け、ついには仕留めた勇者なんかもいる。

このアトラス連合艦隊には、そんな各国を代表する英雄や精鋭が勢揃い。正にアトラス大砂漠の海軍戦力オールスター。

如何にカーラマーラが豊かな大都市国家であろうとも、これほどまでに集結した大連合を相手にすれば、勝ち目はない。

「今回の戦、まぁ、まず負けはないさ。けど、カーラマーラだって黙ってやられるようなタマじゃあないだろ?」

「無論、それなりの被害は想定されるな」

「そういう時に、割を食うとこが出てこないかと思って、ねぇ?」

「ふん、この俺の指揮に不満があると?」

「同じ船乗りとして、アンタの腕前は信用しているさ。けど、そもそもの目的が大迷宮。敵を倒しさえすればお終い、ってワケじゃあないだろう」

「案ずるな、俺は鼻先から尻尾の先まで、生粋の軍人よ。戦い以外は、俺の仕事ではない。故に、俺は全身全霊でカーラマーラ艦隊を叩き潰す。決して、他国の艦隊に余計な被害を出す姑息な采配はせん。アトラスの女神に誓ってもよい」

「へぇ、言うじゃないのさ」

「そうでなければ、誰も俺を大提督などと認めてはくれぬ。ベラニーよ、見ておくがよい。カーラマーラの敵艦が見えしその時、我がジン・アトラス艦隊が、先陣を切って戦端を開いてくれるわ!」

黒き神々の一柱、砂漠の女神こと『天恵巫女アトラス』。この大砂漠に大いなる砂の流れを与えている、とも言われる女神の祝福を授かったのか、連合艦隊の航海は非常に順調に進んでいた。

現代史上、これほどの大艦隊が動いたことはない。その凄まじい艦艇数から、当初は3つに分かれての分散進撃の予定であった。

しかし、いざ出発してみれば、大砂漠の流れは大きく分散した艦隊が合流するような方向へと変化してゆき、現在は、近年稀に見る巨大な流砂の道が出来上がっていた。

連合艦隊が全て揃っても悠々と走り抜けられる巨大なルートは、今こそカーラマーラを滅ぼす時、という神の導きであるかのようだった。

流砂と天候、どちらにも恵まれ、想定よりもかなり早い日程で進んでいる。こちらが大艦隊をもって攻め込んでくるのは、流石にカーラマーラも承知であろう。

しかしザナドゥ亡き後のカーラマーラで、一大決戦に挑めるだけの艦隊を揃えられるか。合議制のデメリットは、危機が迫った時、速やかに一致団結する組織力が発揮しにくい点である。

誰が指揮を執るかでまず揉めて、次に誰がどれだけ金を出すかでまた揉める。最悪、カーラマーラは一つの大艦隊を編成することさえできないかもしれない。

連合艦隊が攻め込む速さは、カーラマーラ側が迎撃をするための猶予時間をそのまま削ることに繋がる。奇跡的な大流砂に乗っての快速進撃は、襲来予想よりも早すぎるとカーラマーラを大慌てさせるだろうと、シャーガイル将軍はほくそ笑んでいた。

そうして、ついにカーラマーラまであと一日、というほどの距離にまでやって来た時である。

「————敵艦見ゆ!」

ついに、その報告が発せられた。

敵艦発見の情報は、速やかに艦隊へ伝達され、つつがなく戦闘態勢へと移行してゆく。

「ふっ、ようやくお出ましか」

地平線の向こう、艦橋からも確認できるようになった敵艦隊を見て、シャーガイルは牙を剥き出して笑う。

当初予定していた戦闘海域よりも、ずっとカーラマーラに近い位置である。

艦隊決戦を仕掛けるには、ここが最初で最後となるだろう。この場を突破されれば、連合艦隊はそのままカーラマーラの港まで一直線である。

「敵艦隊の規模は」

「確認した限りでは、我々の半分以下です。詳細はこちらに」

索敵結果が記された羊皮紙を受け取り、広げる。

やはりカーラマーラは、よほど慌てて出てきたものと見受けられる。長年に渡って調査、研究してきたカーラマーラの総戦力として予想される艦艇数の半分を何とか超えるかどうか、といった程度の動員数だと一目で分かった。

もしもザナドゥが健在であれば、鶴の一声でカーラマーラ防衛の大艦隊を結成し、速やかに打って出てこられただろう。そうなれば、艦艇数はほぼ互角。勝敗の行方は女神の手に委ねられる。

「くくく……ふははは! 議員などという金の亡者共に政を任せた結果が、このザマよ! 奴ら、祖国存亡の危機にあって、たったこれだけの数しかひり出せぬか!!」

シャーガイルは勝利を確信する。

油断も慢心もない。戦力差は単純に倍以上。積年の恨みも積もって、こちらの士気は最高潮だ。

天気も、砂の流れも、全てにおいて不足はない。

これではシャーガイルのような名将ではなくとも、どんな凡将、いや、愚将であっても勝利は揺るぎようがない。何の命令も出さず、このまま真っ直ぐ突っ込むだけでも勝てるであろう。

むしろ、どうやったらこの状況から敗北できるのか、教えを請いたいくらいだ。

「————アトラス連合艦隊を名乗る、愚かな田舎漁師共に次ぐ。我々はカーラマーラ大公領を守護せし、『混沌騎士団』である」

雲ひとつない晴天に高らかに響き渡る、男の声。

大規模な拡声魔法によって、カーラマーラ艦隊から発せられていることはすぐに分かった。

「速やかに回頭し、故郷のド田舎村へと帰るがよい。さすれば、命ばかりは、いいや、命よりも大切な尊厳を捨てずに済むであろう。貴様ら如きに、万に一つも勝ち目はない」

「ぐははははは! 絶望的な戦力差を前に気でも触れたか? 奴らめ、この大艦隊を見て、降伏勧告を叫びよる!」

シャーガイルに釣られて、水夫たちも爆笑する。

これほどの優位に立てば、どれほどの侮辱を叫ばれようとも笑い飛ばせる。カーラマーラ人はこの期に及んでも、その傲慢な口先だけで我らを従わせられると信じているらしい。

怒りすら通り越し、いっそ哀れなほどである。

「俺の名はゼノンガルト・ザナドゥ。『混沌騎士団』を率いる騎士団長にして、パンデモニウムを守る、黄金に輝ける盾である」

「ゼノンガルト……あの有名なランク5か。ふん、冒険者風情が、大人しく穴倉に籠っておればいいものを。どうやら、あの小僧は真の戦場というものを知らんらしいな」

カーラマーラでは冒険者こそが最強だと持て囃されるが、これといったダンジョンのない周辺国家では、砂の海で戦う男達こそが誇るべき戦士である。

どれほど超人的な強さを持つランク5といえども、僅か5人組に過ぎないゼノンガルトのパーティと、万を数える将兵を預かる提督シャーガイルとでは、格が違うと言わざるを得ない。

「これは最初で最後の警告だ。退け、今ならば、まだ間に合う。そのちっぽけな野心など捨て去り、貧相な漁船で砂遊魚の一匹でも捕まえて故郷へ帰れ。それが、貴様らにとって最も幸せな道だ」

「————シャーガイル、奴ら、あんなトチ狂ったこと言ってるが、どうするんだい?」

大きな水晶玉がはめ込まれた通信設備に、呆れたような顔のベラニーが映る。

リアルタイムで離れた船と連絡できるテレパシー通信の魔法装置は、シャーガイルを『ジンの大アギト』と呼ばせる卓越した指揮能力を支える秘密の一つだ。これほどの数と精度を備えた船は、アトラス広しといえども、この最新鋭艦『カイザークルール号』のみだと自負している。

今回の大艦隊結成にあたって、各国の旗艦には即座に通信ができるよう設備を貸し与えている。

シャーガイルはベラニーの映る水晶玉に、大口を開けて愉快そうに吠えた。

「はっはっは、悪いがベラニー、前に言った通り、敵艦を見つけたので、我らジン・アトラス艦隊が先陣を切って突撃させてもらうぞ!」

「ちっ、言うと思ったよ。仕方ないねぇ、美味しいところは、大提督のアンタに譲るとするさね」

ベラニーを始め、他の将軍からも了解が得られた。

当然のことながら、誰一人として、ゼノンガルトの警告を真に受けた者はいなかった。

「全速前進! 減らず口の冒険者小僧に、目にものみせてやれ! カーラマーラよ、貴様らの栄華は、今日をもってお終いだ!!」

ォオオオオオ!! と爆発するような声を上げて、大艦隊は突撃してゆく。

ここぞとばかりに風の魔法を帆に叩き付け、一気に加速。木造に鋼鉄で武装した巨大な軍艦は、速度が乗ってしまえば、もうそれを止められるものなど何も存在はなしない。

もし、この大艦隊を止められる者がいるとするならば、大砂漠の流砂を操る女神ただ一柱だけであろう。

「……おい、どうした、速度が落ちているぞ! ええい、風術士は何をしておる!!」

船で戦い幾十年、シャーガイルは僅かながら、けれど確実に船の速度が落ちていることをすぐに察した。

この歴史的な一大決戦の時に、速度を落とすとは何事かと、シャーガイルは怒号を上げる。

「風術士は総動員で、帆を張らせております!」

「報告! 流砂の勢いが、急速に鈍ってきています!」

「な、なんだと……どういうことだ!?」

ありえない、としか思えなかった。

こんな大きな流れが、いきなり衰える? そんな馬鹿な話はない。生まれた時から船上で過ごしてきたシャーガイルは、大砂漠の流れというものを骨身に沁みて理解している。

それは知識としても、経験としても。アトラス大砂漠の流砂は、大きな地脈の流れに乗って尽きることなく常に循環し続けている。どこかへ向かう流れは、必ずどこかの流れへと繋がっている。

流砂が止まるのは、小さく、細く、何かの弾みで枝分かれした小川のような流れが形成され、それが長く走った先でようやく止まる、というもの。どんな間抜けな船乗りでも、小川に入ったと気づけば、すぐに途中で本流へと戻る。

「間違いありません! 流砂が止まっています!!」

「と、止まった……止まった、だとぉ……」

それは、巨大な大河が何の前触れもなく途中から消滅している、というような自然ではありえない現象だった。

シャーガイルだけではない。きっと、流砂を確認した者も、これを報告している者も、そんなことはありえないと思っているに違いない。大いなる大砂漠の流れは尽きない。それはアトラスの民の常識であり、信仰でもある。

疑うこともなく信じ続けていた女神の力が、揺らぐ。

「ほ、報告です……」

「今度はなんだ!」

「空を、ご覧ください」

「空だぁ!? 今は大流砂が尽きるという天変地異が起こっているのだぞ! ボケっと空を見上げる奴があるかぁ!!」

「あっ、ああ……ありえない……船が、あんなに大きい船が……飛んで……」

伝令兵は空を見上げて、呆然自失と呟いている。

とても正気には思えない。けれど、揺れることなく空の一点を凝視し続ける、その視線の先を追うことを、シャーガイルは何故か躊躇してしまった。

それを見たら、彼と同じものを見てしまったら、自分も心を失うのではないか。

そんな恐怖心は、ふと足元に降りてきた影————黒々とした、大きな、あまりに巨大な影によって、現実のものとなる。

「————もう、貴様らは手遅れだ。絶望を以って見上げるがいい。地獄を統べる女王の、お成りである」

ゼノンガルトのどこか憐れみを含んだ声が、静かに、アトラス連合艦隊に響いた。