軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第768話 コンティニュー

「————クロノ」

声が聞こえる。

俺を呼ぶ声。

鈴を転がしたような美しい響きでありながら、聞けば安心するほど耳に馴染んだ声だ。

それが、何故だか酷く懐かしいと思ってしまった。

「————クロノ、クロノ」

「……リリィ」

目を開けば、やはり彼女はそこにいた。

もう一度、キスせんばかりに顔が近い。

「気分はどうかしら?」

「ああ……思い出したよ、全部……」

寝起きのようにぼやけた頭を振る。

どうやら、一気に記憶が蘇った拍子に、一瞬、意識が落ちていたようだ。俺は膝を屈していて、リリィに体を預けているような状態だった。

けれど、もう大丈夫だ。

記憶は全て取り戻した。失った思い出は一つもない。

ミアちゃんに感謝すべき、だろうか……ミサの忘却の一撃を喰らい、あわや記憶全損かというところを、第四の加護『 愛の魔王(オーバーエクスタシー) 』の精神防御によって守られた。

勝手に発動したのか、それとも薄れゆく意識の中、咄嗟に使ったのか……ともかく、自分でも記憶を忘れてしまうほど、固く封印してしまっていたようだ。

こんなことになるのなら、もっと使いこなす特訓しておくんだったと、今更ながら猛省。

結局、俺を通して同じ加護を疑似的に扱えるリリィが、『 愛の女王(オーバーエクスタシー) 』で干渉することで、記憶の封印を解除してくれた、ということになる。

「すまない、リリィ。凄い迷惑をかけてしまった」

「ううん、いいの。クロノが戻ってきてくれたなら、それで」

本当に、純真な少女が感極まったような涙交じりの笑顔で、リリィは俺に思いっきり抱き着いてくる。

レキとウルスラに「奴隷の子が!」と凄んでいたのが、嘘のような愛らしくもいじらしい反応だ。

今更、そういう姿を見たところで、冷めるほどの安い関係ではないつもりだ。

俺はリリィをそのまま抱き上げて、フィオナの方を向く。

「フィオナも、すまない。俺のせいで、随分と苦労かけてしまったみたいだな」

「ええ、本当ですよ」

若干、非難がましいジト目をくれるフィオナ。

その素直な反応が、今は心地よく思えてしまう。

「リリィさんはアイドル始めたり正気なのか疑わしいですし、サリエルはクロノさんに攻められたと泣き出しますし」

「く、苦労をかけたな、マジですまん……」

「なにより、私も毎晩枕を涙で濡らすほど、寂しかったのですよ」

不意打ちのように飛んでくるフィオナの艶っぽい視線を、俺はそれとなく目をそらしてしまった。

そういうのは、その、まぁ、後でゆっくりと落ち着いた頃に……今はちょっと……

「あー、その、サリエルも、すまなかった。第一階層で出くわした時、本気で攻撃してしまった」

「いえ、マスターの対応は当然のことです」

「怪我はしなかったか?」

「はい」

それはそれでショックという気がしないでもない。

あの時、俺は加護の力こそ使えない状態だったが、本気で黒魔法を行使していた。

サリエルは使徒の力を失っても、ちょっとくらい氷漬けにされるくらい何ともないのだ。

「それに、さっきはレキとウルスラのことも、庇ってくれて、ありがとな」

「いえ……私も、二人の無事を案じていた」

そうか、そうだよな。サリエルとしても、レキとウルスラのことは可愛い妹分といった関係性だ。

思えば、あの開拓村での生活があったからこそ、サリエルも少しずつ人並みの感情というか、感性みたいなものが出てくるようになってきた。俺もそういう姿を感じて、彼女に対する抵抗が少しずつ薄れていった。

俺とサリエルが二人きりでサバイバルしているだけだったら、こうは行かなかっただろう。

「そういうことは、本人達に直接、言ってやれ。久しぶりの再会だぞ」

コクリとサリエルは頷いて、俺と並んでレキとウルスラへと近づく。

二人はサリエルを前に、ためらう様に目を背けていたが、すぐに意を決したように顔を上げた。

「シスターユーリ、ごめんなさい。レキはクロノ様に、嘘を吐いていたデス」

「私が言い出した嘘で、ずっとクロノ様を騙していたの」

「いいえ、気にするほどのことはありません。二人が無事で、私も……嬉しい」

これもまた感動の再会というヤツだろう。

サリエルが二人を抱きしめると、レキとウルスラは謝りながら、また泣いた。

随分と紆余曲折を経てしまったが、これで全て丸く収まったのだから良しとしようじゃないか。

「しかし、今更だが、レキは奇跡の復活すぎだろ。死者蘇生の伝説になれるんじゃないのか」

「あの時、レキは呼吸も脈拍も確かに止まっていた」

本来の記憶通りなら、俺とサリエルは、レキが死んだという認識になっている。

俺はグラトニーオクトの体内で、寄生型のヤツにくっつかれたレキを、サリエルが地上まで連れて落としていったのが、最後に見た姿。

サリエルは地上で、ウルスラの『 白流砲(ホワイトブレス) 』で寄生型を排除し、レキの死体を回収。その後は、『暗黒騎士・フリーシア』の加護が覚醒し、再びグラトニーオクト戦に戻り、後はそのまま倒してリリィ達と共に真っ直ぐスパーダへ戻るハメになってしまった。

「私もいきなり蘇った時は驚いたの。棺桶にまで入れてたのに」

「ウゥー、その時の話は恥ずかしいからやめて欲しいデスー」

レキ本人からすると、自分は普通に目覚めただけ、といった感覚らしいので、奇跡の復活だとか大騒ぎするウルスラや俺達の反応には、ピンと来ないのだろう。

「クロノ様、本当に記憶が全部戻ってるの」

「ああ、お陰様でな」

「レキ達のこと、怒ってない……デスか?」

「これでも、二人の気持ちは分かっているつもりだ」

サリエルに代わり、今度は俺がレキとウルスラを抱きしめる。

記憶が戻った今になって、分かる。開拓村にいた頃よりも、二人の体は随分と大きくなっていることに。

けれど、それでもまだまだ二人は子供だ。

記憶を失いアッシュと名乗った俺は、そんな子供の二人でも頼りにしてしまっていた。

本当は、俺が守らなければならなかったのに。どんな無茶を押してでも……けれど、レキとウルスラにとっては、そういう子供扱いを一番嫌がっただろう。

ジレンマ、だな。

「俺もサリエルも、レキとウルスラのことは大切に思っている。だからこそ、ここから先にはもう連れて行けない」

『 灰燼に帰す(アッシュ・トゥ・アッシュ) 』は、今この時をもって解散だ。

記憶が戻った以上、もう俺にアッシュの偽名を名乗る必要性はない。

俺はクロノ。『エレメントマスター』のクロノだ。

「ここで、待っていてくれ」

二人から返事はない。けれど、代わりにギュっと強く抱き着かれる。

胸元に顔をうずめる二人からは、声を押し殺すようなすすり泣きも聞こえてくる。

レキ、ウルスラ。二人とも、カーラマーラでの生活を通して、随分と強くなった。実力としては立派にランク4を名乗れるだろう。

だが、それでもこの先に待ち構える第五階層のボスに挑むには、力が足りない。

そして、俺もまた二人を庇いながらランク5級ボスモンスターを確実に倒せるほどの圧倒的な力もない。

「……はい、クロノ様」

「でも、今度は必ず戻ってきてくれるって、約束して」

「ああ、必ず戻るさ。戻って、リリアン達と一緒に祝おう。ザナドゥの遺産を、手に入れたぞってな」

レキとウルスラから涙の抱擁を解き、俺は再び、リリィへと向く。

振り返ることはない。ここまで来たんだ、後は突き進むだけだ。

「リリィ、オリジナルモノリスも宝物庫だな」

「ええ、私達の他にも、狙っている人もいたわ」

「シルヴァリアンの奴らは十字教徒だった。十字軍じゃなく、古代から信仰を続けながら潜んでいたような連中らしい。奴らも、オリジナルモノリスの秘密を知っていて、狙っていたんだろう」

「ソイツらはもうここまで来てるの?」

「ここに来る前に、俺が倒した。一人だけ、手負いのまま逃がしてしまったがな」

「そう、こっちはゼノンガルトを倒してきたわ」

「えっ……そ、そうか……」

不意に名前が出て驚くが、何も不自然なことはない。

『 黄金の夜明け(ゴールデンドーン) 』なら第五階層まで進んでくるのも当然だし、リリィ達とここでかち合うのもおかしくない。

「殺したのか」

「誰も死んでないわよ。私が説得したら、快く諦めてくれたわ」

あの「俺は魔王になる男だ」と豪語していたゼノンガルトが?

マジかよリリィ、それ絶対『 思考支配装置(フェアリーリング) 』使っただろ。

でも、エミリアの兄貴を死なせずに済んで良かった。

エミリアにも、戻ったら謝らないといけないな。何を、と言われれば、色々としか言いようがないが。

「それじゃあ、俺達がラスボスに一番乗りか」

「ええ、そうね」

「少しばかり、都合が良すぎる気もするが」

「この第五階層まで来たなら、あとは冒険者同士で潰し合わせれば事足りると思ったんじゃないかしら」

「ザナドゥが操作したってことか?」

「ここにモンスターは一体も現れませんでしたから。ダンジョンをそのように操作しているのは間違いありませんね」

フィオナは、『 黄金の夜明け(ゴールデンドーン) 』との戦闘後は、まっすぐここまでやって来れたのだと語った。

俺と同じように、出先でかち合ったライバルを倒して、そのまま進むだけの流れだ。

なんだか、ここだけトーナメントみたいになっているな。決勝戦は『エレメントマスター』VS『アッシュ・トゥ・アッシュ』の予定だったのだろうか。

ザナドゥの思惑で潰し合いをさせられていたのなら、まさかここまで来て相手側に丸ごと寝返るようなパーティがいるとは、まさか思わなかっただろう。

「なら、後は本当にここのラスボスを倒して、お終いってことか……なんだか、それだけで終わるような気もしないんだが」

「私もそんな気がします」

「まぁ、いいじゃない、そこから先は、モノリスに直接聞くわよ」

そうだ、とりあえずオリジナルモノリスに接触するところまで行けば、リリィが制御を奪える。

カーラマーラのオリジナルモノリス確保、というのが一番の目的だったワケだが、それもようやく達成される。

長い旅だったな……と、感傷に浸るには早すぎる。

「とにかく、さっさとラスボスに挑もう。みんな、準備はいいか?」

「準備ができていないのは、クロノだけよ」

「『首断』含めて、呪いの武器は三本あるぞ。防具はないが」

「大丈夫よ、ちゃんと持ってきた……というか、ずっとついて来ていたから」

微笑みながら、リリィは一歩、二歩、と軽やかなステップで俺から距離をとる。

すると、リリィの影がスーっと広がってゆき、波紋のようなゆらぎを立たせて、開かれる。『 影空間(シャドウゲート) 』だ。

「んんーっ、おっかえりなさいませぇ! ご主人様ぁーっ!!」

ザッパーン、と影からイルカショーみたいに飛び出てきたのは、超長い黒髪とメイド服のロングスカートをなびかせる少女。

呪いのグローブ『黒鎖呪縛「|鉄檻」』こと、ヒツギである。

「おお、ヒツギ、お前もいたのか」

「当然ですぅ! ご主人様のお帰りを、いちじちゅせんしゅー、の気持ちでお待ちしておりました!」

一日千秋と言いたいのだろう。

ともかく、少女の体で飛び出てきたくせに、俺が胸元で抱き留めるとほぼ同時に、シュルシュルと繊維がほぐれるように体を崩し、瞬時に俺の両手で漆黒のグローブとして再構築されるのを見ると、まぁ、とにかく俺の手元に戻りたがっていた気持ちは分かる。

俺としても、この両手を包み込まれる感触が、懐かしくも心強い。

コイツはなんだかんだで、『首断』に続く二人目の呪いの武器で、古株だからな。

真の二人目はダイダロス城壁でのサリエル戦で使い潰してしまった『バジリスクの骨針』なのだが……そういえば、俺の手元に『バジリスクの骨髄槍』という、骨針の超強化バージョンみたいな呪いの武器がやって来たのは因果なものだ。

心なしか、影の中で『首断』も『骨髄槍』のことを一目置いてるような気配が。一方、『クリサリス』とはあんまり仲よくない感じが……なんで俺の影の中で、呪いの武器の人間関係できてんだよ。

そんなことを感じ入っていると、目の前に音もなく大きな人影が現れていた。

「ミリアまで出てきたのか」

悪魔的な意匠をした漆黒の鎧兜、呪いの古代鎧『 暴君の鎧(マクシミリアン) 』だ。

ヒツギのように何かを叫ぶことはないが、鎧はそのまま俺の前に跪き、ギギギと不吉な音を立てて装甲を開く。

今すぐ着ろ、と俺に迫っているのだ。

「ありがとな、防具がなくて困っていたとこだった」

「 王権(マスター) 認証。RX-666・マクシミリアン、起動————ヨウヤク戻ッタカ、痴レ者メ」

機械的なシステムメッセージと、ちょっと拗ねたような少女の声音が響く。

すまん、みんなにも迷惑かけてしまったな。

「はい、他の呪いの武器もちゃんと全部あるから」

『 暴君の鎧(マクシミリアン) 』の装着を完了すると、リリィから分離した影がそのまま俺の影へとくっつき、一体化する。

『 影空間(シャドウゲート) 』同士って、そのまま分離合体とかできたんだ。

これに加えて、フィオナからプレゼントされた『無限抱影』の黒マントを羽織れば、俺がミサ戦で散らかしてきた呪いの武器含め、その他の装備品も全て戻ってきたことになる。

『極悪食』、『ホーンテッドグレイブ』、『ザ・グリード』、『デュアルイーグル』、『アメジストゲイズ』、みんなが俺の帰還を祝福してくれているように、気分が高揚する。

「ありがとう、本当に助かるよ」

「ただの装備品ならいいけれど、ヒツギ達の面倒見るのは大変だったんだから」

「三人で持ち回りで、影の中に引きこもってる呪いの武器達に黒色魔力を与えていましたよ。夜中には、泣き声とか恨みがましい声とか響いてきて、ちょっとうるさい時もありました」

「ウチの子が迷惑かけて、マジですみませんでした……」

旅行に行くからペットを預けた的な感覚だよ。

ちゃんと 黒色魔力(エサ) もあげて面倒みてくれていたとは。

自分で集めておいてなんだが、呪いの武器って管理が大変なんだよな。下手すると、一人でに動いて何かやらかすかもしれないし。

ああ、そりゃあ誰も呪いの武器なんて持ちたくないか。今更ながら、そんなことを実感させれた。

「とにかく、これで俺の準備も完璧だ」

「ええ、それじゃあ行きましょう」

こちらの意思に反応したかのように、宝物庫のボス部屋を示す赤い巨大門が、ゴゴゴと実に重々しい音を立てて、開かれてゆく。

ここがザナドゥの遺産をかけた、最後の試練だ。

記憶を取り戻した俺は、一切の躊躇なく、そこへと一歩を踏み出した。