軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第764話 聖堂騎士

俺たちの前に現れた、白銀の鎧兜を纏ったシルヴァリアン・ファミリアの連中は、問答無用とばかりに攻撃を始めた。

「————ぐうっ!」

おびただしい数の光弾が、嵐のように襲い掛かる。

俺の魔弾の光属性バージョンみたいな攻撃魔法だ。威力は通常の『 光矢(ルクス・サギタ) 』と同程度だが、その弾速と連射速度はマシンガンのよう。

実際、奴らはガントレットに装着されている銃身から、この光の弾を発射している。魔法式の銃火器を装備しているも同然だ。

俺は底を尽きそうな魔力を振り絞り、瞬間的に『 黒土防壁(シールドディアース) 』を展開。

光の弾丸の一斉掃射を辛うじて防ぎながら、一番高いポーションを一気飲み。

ルルゥとの戦いによって、かなり消耗している。戦うにしても、魔力を回復させなければどうにもならない……だが、いかに最上級のエルポーションとはいえ、魔力まで即座に全開とはいかない。

体の傷は速やかに治癒してゆくが、奴らと正面切って相手をするだけの魔力が戻るには、しばらく時間がかかる。

「ここは逃げるしかない。奴らが陣取ってる後ろの扉を強行突破だ」

ガリガリと瞬く間に展開した防御魔法が削れて行く中、レキとウルスラに端的に指示を飛ばす。

二人もこの窮地は理解できている。覚悟は決まっているだろう。

「この壁を消したら、ウルスラが『 白流砲(ホワイトブレス) 』で道を開け。レキが先陣を切って突撃、次にウルスラ、殿は俺がやる」

奴らが現れた扉は開け放たれたまま。それ以外に、このホールからの出入り口は見当たらない。背後の大扉が、今更開くとは思えないしな。

「準備はいいか」

「イエス!」

「任せて」

3つカウントを数えて、俺はあと数秒で完全に崩壊するだろう『 黒土防壁(シールドディアース) 』を解除。

黒い靄と化して散ってゆく中、ウルスラは両手を突き出し、必殺の魔法をぶっ放す。

「『 白流砲(ホワイトブレス) 』っ!」

ドドドッ、とドレインの力が宿る白い渦が一直線に吹き荒れる。

飛来する光の弾丸は『 白流砲(ホワイトブレス) 』に飲まれて掻き消える。敵の攻撃を防ぐと共に、突破口も切り開かれた。

「ゴーッ!」

威勢の良い掛け声を上げて、レキが駆け出す。

奴らは扉の前に、横一列に並んで攻撃魔法の射撃を仕掛けてきた。『 白流砲(ホワイトブレス) 』を撃ち返されて、多少、陣形は乱れた。

「『レイジブレイザー』ぁああああああああああ!!」

俺達の接近を察知し、素早く体勢を立て直そうと動き始めていた騎士に向かって、レキが武技の力押しで撥ね退ける。

流石に相手も、ここまで来るだけあって精鋭だ。レキの強烈な二連撃を受けながらも、しっかりガードしきっていた。

だが、今は一歩でも押し返せればそれでいい。

俺はレキの攻撃を凌いだ騎士に向かって魔弾を撃ち込み、反撃の動きを封じる。

その頃には、追撃せずにさっさと逃走を再開したレキは扉の前まで駆け込み、ウルスラもそれに続く。

俺はそのまま撃ちまくりながら、奴らを牽制して足止め。

あとは、もう一枚ここに防御魔法を張って扉を塞げば、奴らから逃げ隠れできるだけの時間は稼げる————

「シィーット!」

レキの叫びをかき消すように、バチィイイ!! と激しい雷鳴が響く。

「折角、追い込んでるんだ。そう簡単に、逃がすワケないでしょ?」

隊長のロン毛男が、余裕の表情で言う。

俺たちが正面突破することなど、最初からお見通しとでも言いたげに。

「これは、雷と光の二重結界。すぐには破れそうもないの!」

開け放たれた扉には、青白い雷撃がバチバチと走りながら、薄っすらと白く輝くガラスの壁のようなモノが見えた。

ここが唯一の逃げ道だ。最初から防御魔法で封鎖していたってことだ。

レキは弾ける青い雷撃を受けながらも、力任せに剣と斧を叩き込み、ウルスラもアナスタシアの腕でドレインをかけている。

普通の防御魔法なら、ウルスラのドレインに晒されればすぐに崩れ去るのだが……かなりの密度と魔力量をつぎ込んでいるのだろう。ウルスラの言う通り、すぐには破れない。

「まぁ、そうだよな……」

確かに、そう簡単に逃がしてもらえるとは思っていなかったさ。

ここで奴らと出くわした時点で、俺達は詰んでいるも同然だ。

だから、もう覚悟はできている。

「レキ、ウルスラ……行け」

本当は、もっと言うべきことはあった。

ありがとうとか、愛しているとか。子供たちのことを頼むとか。

けれど、心に残る感動的な台詞を喋っていられる余裕さえもない。奴らは空気を読むこともなく、殺意全開で魔法の光を瞬かせているのだから。

「クロノ様!?」

「そんな、待っ————」

俺の言葉に、慌てて振り向いた二人と目があって、それだけ。

せめて、俺の気持ちは伝わったと、祈っておこう。

「————『 黒土防壁(シールドディアース) 』」

俺と二人の間を隔てて、魔力を振り絞り全力で壁を作り出す。

扉を閉ざす二重結界は強固だが、二人ならばその内に破ることができる。

だから、それまでの時間を俺が稼ぐ。

「ここから先は、一歩も通さねぇぞ」

奴らの返答は、光弾の一斉発射だった。

「ぐうっ……」

俺に 全弾発射(フルバースト) 食らうヤツの気持ちが、ちょっと分かった気がする。

もう壁を作るほどの余裕もないから、『 黒盾(シールド) 』一枚だけを掲げて防いだが、手足に無数のかすり傷が発生した。

シールドは、まだもう少し持つな。

けど、デカい一発を叩き込まれたらヤバそうだ。

次の光弾がまだ襲ってこないのは、詠唱でもしているからか?

「いやぁ、素晴らしい、見事な自己犠牲の精神だよ!」

パチパチとわざとらしく拍手をしながら、奴らのリーダー格、リューリックと呼ばれていたロン毛男が言い放つ。

「君は今、あの二人の女の子を逃がすためだけに、何の躊躇もなくここに残ったね。土壇場でそういうことができる人というのは、なかなかいない。けれど、だからこそとても気高い行為だ」

「何が言いたい。今更、見逃す気もないだろうが」

舐めているのか、馬鹿にしているのか……なんでもいい、一秒でも時間が稼げるなら、それで。

喋るだけでも苦しくなってきたが、それでも声くらいは上げる。

「貴方は神を、信じますかぁー?」

どっかで聞いたようなフレーズを、茶化すように言いやがる。

だが、話に乗れば多少は時間稼ぎにもなるだろう。できるだけ引き延ばすしかないな。

「さぁな、この世界に神は実在するらしいが……信じたことはない。加護も授かってないしな」

「そうかそうか、君は黒き神々の加護は授かっていないと?」

「あればとっくに使ってるさ」

冒険者やってれば、加護の話は嫌でも耳に入る。

黒き神々、と呼ばれる沢山の神様がこの大陸では信仰されていて、加護という特殊能力や魔法、武技、などを授かることもあると。

神から授かる加護は、通常では得られない強力な効果を発揮するため、高ランクの冒険者にとっては奥の手や必殺技となりうる、重要な要素だ。

だが、日本から召喚されてやって来た俺に、この異世界の神とは何の繋がりもない。勿論、加護欲しさにいきなり信仰を始めたとしても、一朝一夕で得られるはずもないだろう。

「それは良かった。君は無垢なる未信者というワケだ」

「おい、リューリック、お前まさか」

「止めるなよ、ガシュレー。見ろ、彼は実に素晴らしい人間じゃあないか。超人的な戦闘能力を持ちながら、恵まれない子供たちのために、我が身を投げ打って戦い続ける正義のヒーローだよ」

シルヴァリアンのお前らが、どの口で言いやがる。

「その力、その精神、並大抵の人間が持ちうるものじゃあない。そんな彼が、いまだ信じる神を持たないというのは、嘆かわしいことだと思わないかい?」

「へっ、好きにしな。俺は別に止めねぇぜ」

「というワケで、黒仮面アッシュ、いいや、クロノ君だったかな。どうだろう、俺達の神を信じてみないかな?」

「……俺に、裏切れと言うのか」

「裏切るなどとはとんでもない! 君は目覚めるんだ、神の真実にね」

胡散臭いことを言いやがって。

だがしかし、奴らが俺に寝返ることを望むなら、生き残る目は出てくる。

「そもそも、君にどれだけ極狼会に義理立てする必要があるのかな? 知っているよ、彼らの言う『契りを交わす』ということも、まだしてはいないんだろう。ならば、君は自由な冒険者。彼らとはただの一時的な協力者に過ぎない。利益がなければ、協力関係を解消するのは当然のことだし、君にはそうする権利がある」

ここに来て、オルエンの手下にならなかった立場が効いてくるとはな。

こんな状況を見越していたワケではないが……

「俺が下れば……みんなは、俺が守った子供たちは、助けてくれるのか」

「勿論だとも! 神はいと慈悲深い、たかだか10人ばかりの子供など、なに不自由なく暮らせるさ。みんな一緒に、神の施しに感謝を捧げ、心安らかに過ごすといい」

自分とみんなの命を天秤にかければ、考えるまでもない提案だな。

俺だって、好きで命を賭けて戦っているワケじゃない。

あの子たちに囲まれて、レキとウルスラと、笑って過ごしていけるなら、俺はそれ以上を望まない。

「さぁ、クロノ君、神に誓いたまえ。そうすれば、今すぐ君は俺達の同胞となる。汝を苦しみから解放しよう」

ああ、何でもいい。何にだって誓ってやるさ。

俺を、俺達を救ってくれるなら————

「そこへ跪き、唱えよ————白き神よ、と」

そうして、リューリックは胸の前で十字を切った。

その仕草は、記憶を失った俺にも見覚えのあるものだ。

そりゃあそうだろう、俺が忘れ去った期間よりも前に、よく目にしていたものだから。奴らが、よくやっていたな。

「これより汝を、十字教徒として迎えよう」

「ああ、そうか……そういう、ことかよ……」

道理でお前ら、白い装備をしているワケだ。

コイツらはそもそも、ギャングですらなかった。奴らと同じ……狂信者だ。

「十字教、か……ソイツだけは、絶対に御免だな」

指先に、一発の魔弾を作り出し、リューリックへと撃つ。

それが俺の答えだ。

「チッ、どういうつもりだよテメー」

奴の額に届くよりも前に、咄嗟に腕を突き出したガシュレーという強面男によって、あっけなく弾丸は弾かれた。だが、俺の意思は十分に伝わったようだ。

「ふむ、参ったな。急に心が翻ってしまったね。何が悪かったのかな?」

「魔族……と、お前らはそう呼ぶんだろう」

その問いかけに、リューリックは一瞬、面食らったような表情をした。

「パンドラ大陸は、元々、白き神の、十字教のものだった……だが、邪悪な魔族に奪われた。だから今、取り返そうとしている。魔族を根絶やしにして、聖なる土地を取り戻すのだと」

「へぇ、よく知っているね。もしかして、向こうにいる十字軍の方と知り合いだったのかな?」

「ああ、そうだ。お前らは、奴らと同じだな」

やれやれ、参ったな、とでも言いたげに、リューリックは大袈裟に肩をすくめた。

「如何にも、その通りだよ。我々は同じ十字教徒。住む場所は違えど、白き神を信じ、信じ続けた敬虔な信者だ。パンドラ大陸は、必ず取り戻す。十字軍の彼らはスパーダから、そして俺達はここ、カーラマーラから、全てを奪い返す聖戦を始める」

あっさりと認めたのは、隠す必要すらない奴らにとっての正義だからか。

そのお陰で、俺には迷う余地もなくなった。

「君のような強い男がいてくれれば、さぞ聖戦でも活躍してくれただろうに」

「そりゃあそうだろう、そのために、俺をここまで強くしたんだろうが!」

再び、放った魔弾は10数発。

今の俺には、たったこれだけしか撃つことはできなかった。

それでも、奴らが、俺をここへ呼んだ元凶がいるのだ。もう逃げられないなら、抗うより他はない。

たとえロクな反撃ができなくても、俺は奴らには下らない。

「急にトチ狂いやがって……おい、リューリック、コイツはもうダメだろ。俺にやらせてくれ」

「いい感じだったんだけど、どこでミスったかなぁ。でもまぁ、しょうがない、どうやら十字教に因縁がありそうだし、神に歯向かうならば、殺すしかないからね」

「アイツには借りもある。どうせだから、返しておくぜ」

「そっか、それじゃあ、早めにお願いね」

俺の放った魔弾を軽々と弾いたガシュレーは、一人で前に出てくる。

「よう、前に会った時は、無様に逃げるしかなかったが————」

「っ!?」

台詞の途中で、ガシュレーの姿がブレる。

急速接近。瞬く間に間合いを詰めてきた奴は、すでに握りしめた拳を振りかぶっている。

「————へぇ、やっぱ強ぇな、お前は」

うるせぇ、こっちはギリギリだぞ。

鉄槌の如き勢いを以って振るわれた剛拳を、どうにか腕のガードとスウェーバックで凌ぐ。

見切れないほどのパワーとスピードではないが、カウンターするほどの力が、もう残っていない。

「あん時はこれくらいが限界だったけどよぉ、今はようやく本気が出せる————『 聖痕(スティグマ) 』解放」

その瞬間、濃密な魔力がガシュレーの体から発せられる。

それはまるで、第七使徒サリエルが発していた凄まじい白銀のオーラのように、奴の体から青白い魔力が迸っている。

一種の強化技、だろうか。あるいは、白き神の加護かもしれない。

見るだけで、全ての能力が増大していることが分かる。流石に、サリエルほどではないと思いたいが……最早、消耗しきってボロボロの俺を相手にするには、過剰な戦闘能力だろう。

「オラァッ!!」

気合の入った叫び、を置き去りにしてガシュレーの姿は今度こそ消える。

速い。一瞬だが、見失う。

さっきとは段違いの速度と加速をもって迫るガシュレーを相手に、俺は防御さえもままならない。

「ぐはっ!」

腹部に直撃する重い拳によって、俺の体は吹き飛ぶ。

敷き詰められた赤絨毯の上を二転三転しながら、どうにか体を起こす。

ちくしょう、どんだけ強化されてるんだ。パワーもスピードも、さっきとは段違い。万全の状態で相手をしても、勝てるかどうか怪しいほどだ。

「ぐっ、うぅ……」

なんとか吐かずに立ち上がる、が、それだけだ。反撃の手立ても思いつかない。

ああ、そうだ、魔力が枯渇すると、意識も朦朧としてくるんだったな……

「はっ、どうしたヒーロー、腑抜けてんじゃねぇぞ!」

今度は蹴りだ。

というか、蹴りだと見えただけで上出来なくらい。

ほとんど棒立ちのまま、俺はさっきとは反対方向に蹴り飛ばされる。

「オラオラ、オラぁ!!」

そこからは、完全にサンドバックだ。

情け容赦なく、襲い来る乱打と蹴りに、俺はただ一方的にぶちのめされては、無様に床を転げまわる。

一発で気絶だけはしないよう、最低限ガードするだけで精一杯だ。もう奴の速さについていくこともできない。

単純なスピードだけでなく、着込んでいる白銀の鎧は、魔力の光を背中や腰、足などから吹き出して、ブースターのように動きをサポートしている。

本来なら防御力のために重りとなる鎧だが、スーパーロボットみたいにブースト吹いてビュンビュン動けるなら、機動力までも向上する。

見たところ、ガシュレーは鎧の推進力に振り回されることなく、加減速を自在に操りながら、俺をタコ殴りにしているワケだ。

まったく、こんな搾りカスみたいな魔力しか残っていないヤツを相手に、無駄に高度なテクを使って殴りやがる。

「はぁ……はぁ……」

疲労と痛みで意識に靄がかかってくる。このままぶっ倒れて、そのまま眠りたい。

けど、まだだ……まだ、立たねばならない。

俺が立てば、その分だけ時間が稼げる。

「流石に頑丈な体だな。こんだけやっても、まだ立てるか————けど、面白くはねぇな」

お前のために立ち上がってるワケじゃねぇよ。

俺にできることは、もうこれしか、こんなことしか残っていないから、やるだけだ。

「ヤル気があるんだかないんだか。あのガキ二匹でも引きずって来りゃあ、もう少し盛り上がってくれるかぁ?」

俺が張った壁の方を、これ見よがしに視線を向けるガシュレー。

今のヤツのパワーなら、一撃でぶち破りかねない。

レキとウルスラは、結界を突破しただろうか。

もう二人の気配を察することもできない。

「それとも、地上に残してきたガキもいないと、本気になれねぇってか? 知ってるぜ、お前の連れてた奴らは、まとめて極狼会のとこの孤児院に入れたってのはな」

「……」

何か言おうとしたが、声にもならなかった。

所詮、ここが俺の限界だってことだ。

レキとウルスラが逃げ延びてくれれば、それでいいだろう。子供たちも、二人がいればどうとでもなる。

俺がここでくたばっても、俺が守った意味は————

「つまんねぇな。お前ほど強ぇ男が、つまんねぇ最後だぜ。お前は無駄死にだ、ガキはまだそこにいるぞ」

挑発でも嘲笑でもなく、本当に面白くなさそうに、ガシュレーは壁を指さす。

「まぁ、逃げたところで、どの道逃がすつもりもねぇけどな。ガキは殺すし、ついでに孤児院のガキ共もとっくに灰になってんだろ。お前は誰も守れず、ここで無意味に死ぬ」

「う、そだ……」

「嘘じゃねぇ、ただの真実だ。どうした、ちったぁ未練ができたかよ?」

ゴッ! と鈍い音と痛みが脳天を駆け抜けていく。

顔面ど真ん中にストレートパンチを受けて、首が引っこ抜かれそうな衝撃と共に派手にぶっ飛んでから、受け身も取れずに仰向けに倒れる。

視界が霞む。痛覚も鈍って来たのに、不思議と潰れた鼻から噴き出た血の感触が、やけに不快に感じられた。

「……」

俺は何も守れなかったのか。

ガシュレーの言葉が、嘘なのか本当なのか、この際もうどっちでもいい。

ただ、今更ながらに思ったのだ……ふざけるな、と。

怒り、憎しみ、そういう単純な感情が、再び胸の中にくすぶり始めた気がする。

「ガシュレー、もうその辺でいいだろう。さっさと終わらせなよ」

「そうだな、次でサクっと殺っちまうか」

腕を回しながら、何の気負いもなくガシュレーは倒れ込んだ俺を見下ろしている。

霞んだ視界では、もう奴の顔すらボヤけて映る。

そんな有様でも、胸の内にはメラメラと燃え上がるような感情が湧き上がる。

「……」

俺は、守りたかった。守ろうと思ったんだ。

砂漠船の中で目覚めて、ワケも分からん状況でも、鎖に繋がれて人質にされたリリアンを見て、助けようと決めた。

あの時の選択に、後悔はない。

もし、あのまま自分一人だけで逃げていれば、俺は自分で自分を許せなかったし、一生悔やんだだろう。

だから、こんな死の淵に立った今でも、やめればよかった、なんて後悔は湧かない。

けどな、どうして俺がこんなに必死こいて戦わなきゃ、たかだか十一人の子供も満足に生かしてやることもできないんだよ。

事情は色々あるさ。カーラマーラは欲望の街だ。生まれの差、貧富の格差。世界にはどうしようもないことってのは、沢山ある。あまりに多すぎる。

かといって、許されるのか。

コイツらが。こんな奴らが。

そして何よりお前らは、十字教徒だろう。

「……す」

「ああ? なんだってぇ? 今更、遺言なんざ聞いてやれねーぜ」

俺はあの子たちを守りたかったが、コイツらは殺したくて仕方がないんだろう?

お前らは、俺も、俺達日本人も人体実験で好き勝手に弄びやがったくせに……その上さらに、俺の守りたかったものを全て、踏みにじろうとしている。

今更になって、ああ、本当に今更になって、湧き上がってくる、怒りだ。

守りたいという気持ちを超えて、ドス黒い怒りの感情が広がってゆく。正義でも使命感でもない、根源的な感情だけが全身を巡る。

そして、その怒りに応えた者がいた。

「……殺す」

————コロセ

そのおぞましい声が何者なのか、俺は知らない。いや、きっと忘れ去っているだけだろう。

だってコイツは、こんなにも手に馴染むのだから。

「ああ? な、なんだと、俺の————」

倒れた俺の影から、ひとりでに浮かび上がってきたのは、一つの柄だ。

見慣れた大剣のものじゃない。けれど、黒に染まり切ったその色合いは、俺の黒色魔力が宿る何よりの証。

元々、俺のモノではあった。

だが、記憶を失った俺には、手に負えないと思った。

だってコイツは、あまりにも危険な————呪いの武器なのだから。

「————俺の腕がぁあああああああ!?」

無意識のまま、浮かび上がる柄を握った瞬間、体が勝手に動いた。

魔力を失い、あれほど重くなっていた腕が、嘘のように跳ね上がる。影の内に沈めていた、呪われた漆黒の刃と共に。

————斬————斬、殺————死————

頭の中を駆け抜けていく、強烈な殺意の怨念。発狂しそうなほどの憎悪の念はしかし、今はたまらなく心地よく、心が安らぐほどだ。

「くっ、は、はは……はははは、そういう、ことか……」

「クソがっ、テメぇ、やりやがったなぁ……」

どうやら、俺が振るった最初の一閃で、ガシュレーは右腕を失ったようだ。

鮮血をシャワーのように吹き出している二の腕を抑えながら、慌ててブースト吹かせて後退していっている。

残念だ。あと1秒でも間合いにいてくれれば、そのまま首も斬れたのに。

コイツの、いいや、彼女の名の通りに。

「『絶怨鉈「首断」』……そうか、お前が俺の、相棒だったのか」