軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第68話 解呪

十字軍兵士達は、息を呑んで凍りついた。

「ああっ……司祭様が……」

誰かがそう呟くと、兵士達は混乱しつつも確かに目の前で起こった現実を認識した。

目くらましに黒々とした煙が発生した次の瞬間、キルヴァンが光の上級攻撃魔法を放ったのは皆が見ていた。

それで決着、その思いは術者本人であるキルヴァンも、その配下の兵も全く同じであった。

しかし勝利の歓声を上げる間も無く、あの悪魔は背筋が凍るような恐ろしい雄叫びを上げながら、黒煙の中から飛び出した。

本当の決着は、僅か数十秒の間で決した。

悪魔は、あの数多の仲間を屠った恐怖の黒き弾丸で、二人の白魔術士の頭部を撃ち抜いた、強固な防御魔法を難なく貫いて。

白魔術士が眉間から血飛沫を上げて地へと倒れる時には、すでに悪魔は司祭へ向かって、その禍々しい形状をした黒い刃を振るっていた。

悪魔の咆哮、司祭の祈り、凶刃が光の結界を切り裂く音、どれもが同じ瞬間に響く。

そして気がつけば、司祭の胴は真っ二つに切断され、上半身が赤い血を撒き散らしながら宙を舞っていた。

「司祭様が死んだ……」

「悪魔に殺された……」

兵士達に動揺が俄かに広がる。

キルヴァンは歳若くありながらも、指揮官としてはそれなりに優秀であり、何より、高位の白魔術士としての実力と自ら前線で戦う事を恐れない姿勢によって、配下の兵からは大きな信頼を得ていた。

そして原理主義に傾倒するほど神への強い信仰心を持ち、やや自信家な面も、その実力と相俟って一種のカリスマ性さえ発揮していた。

そんな信頼できる上官が、実にあっさりと殺害されたのだ。

戦意を喪失し、兵士達があと一分も絶たずに壊走を始めるだろうこの流れは当然といえた。

「落ち着けっ!」

しかし、ある部隊長の一喝によって、踵を返しかけた兵士の足が止まる。

「見ろっ、司祭様との戦いで、あの悪魔はかなり消耗しているっ!」

確かに、片膝を屈してうな垂れている黒装束の姿がそこにあった。

「今ならヤツを殺せるっ! 司祭様の仇をっ!!」

兵士達に戦意が戻る、武器を握る手に再び力が入り始めた。

「結界の効果はまだ消えない、ここから悪魔を射殺すんだ!」

術者が死んでも、魔法の効果は例外なく即座に消え去る、という分けではない。

今、彼らを守るこの 聖心防壁(ルクス・ウォルデファン) も、そこに篭められた魔力が無くならない限り、その効力を発揮し続ける。

「「悪魔を殺せ!」」

恐怖を振り払うかのように、兵士達が一斉に唱和する。

「「悪魔を殺せ! 悪魔を殺せっ!!」」

矢を装填し、弦がギリギリと限界まで引き絞られる。

「撃ち方用意っ!」

弓(ロングボウ) と 石弓(ボウガン) が膝を屈する標的へと向けられる。

悪魔は、未だ動かない。

「はぁ…はぁ…」

『黒凪』で司祭をぶった斬った後、急激な疲労感に襲われた。

これは武技を放った反動、というよりは鉈の進化に大量の魔力を一気に消費したことによるものだろう。

思えば、機動実験の際に魔力が尽きるほどの激戦は何度かあったから、お陰でこの今すぐぶっ倒れそうになる疲労感は経験済み、だが今そうなっちまうとはマズい状況だ。

いや、上級魔法を使いこなす司祭を相手に戦えば魔力の消耗どころか深手を負う可能性も有った、進化のお陰であっさりケリをつけられたと考えるべきか。

しかし状況が悪化していることに変わりは無いな。

あの兵士達は頭である司祭がやられたにも関わらず、まだ戦う気でいる。

「悪魔を殺せ」と威勢よく叫びながら、クソったれが、悪魔はテメぇらの方だろうが。

どう悪態をついたところで、もう何秒もしない内に一斉に矢の雨が降り注ぐ未来は変わらない。

「はぁ……くそっ」

リリィにはお互い無茶しないように、何て言ったが、全くザマぁない。

魔力が底を尽きかけている、まぁ体にかすり傷一つ負ってないのがせめてもの救いだが。

「悪いなリリィ、約束、破っちまいそうだ……」

サリエルと戦った後、もう無茶な事はしない、と約束したが、こうも早く破ってしまうことになるとは、本当に、俺は情けないヤツだな。

「けどな、コイツらは――」

感覚の戻り始めた指先で、再び柄を握る力を篭める。

「コイツらだけは、生かしとくわけにはいかねぇんだ」

この魔力の尽きかけた体で、あと何人兵士共を殺せるか分からない。

いくらこの体が頑丈だといっても、大量に血を流せば死ぬし、首が飛んでも勿論死ぬ。

だが俺は退かない。

殺し続ける。

一人でも多く、地獄へ道連れにしてやる!

「うぉおおおおおおおっ!!」

進化した呪怨鉈より、再び憎悪と殺意の奔流が俺へと流れ込む。

休息を求める肉体にムリヤリ活を入れて、飛び起きる。

すでに、目の前には放たれた大量の矢が殺到してくる。

『 黒盾(シールド) 』を瞬時に展開させるほどの魔力は残ってない、防ぐ手段は精々が鉈を振るうくらいのものだ。

何本か喰らうのを覚悟しながら、少しでも多く矢を落とそうと鉈を大きく振り上げた、その時、

ドドドオッ!!

目の前から、真っ赤な炎が吹き上がる。

何だコレ、敵の攻撃魔法か? 何か爆発したのか?

視界全てを覆う紅蓮に、瞬間的に即死した、と思うが、

「……これは、防御魔法か?」

俺は一切この炎からダメージを受けていない、しかもよく見れば、ただ炎が地面から吹き上がっているだけでなく、壁のように広がっているのが分かる。

ここまで巨大な火の壁が発生するのは、恐らく上級範囲防御魔法『 火焔城壁(イグニス・ランパートデファン) 』だろう。

兎も角この魔法が何であれ、すぐ目の前まで飛来しかけた矢の雨は、炎の壁に悉く飲み込まれて完全に焼失し、俺を守ってくれた。

しかし、こんな高度な魔法を一体誰が――

すぐに思い至るのは、考えうる唯一の味方にして相棒であるリリィ。

「危ないところでしたね」

背後から聞こえてきたその声は、透き通った少女の声音、だがそれはリリィとは別人のものだとすぐに分かった。

「だ、誰だ……」

振り返り見れば、軽い足取りで近づいてくる真っ黒い人影。

いや、それは影ではなく、頭の天辺から足の先まで、俺と同じように完全に黒尽くめというだけのこと。

童話の魔女が被っているような三角帽子、柔らかな羽毛をあしらった漆黒のローブ、見るからに不思議な形状の 長杖(スタッフ) 、そして、淡い水色の髪と煌く金色の双眸。

たった一度出会っただけだが、忘れられそうに無い特徴的な姿をした彼女の名は、

「フィオナ・ソレイユ!?」

「会いたかったですよ、アイスキャンデーの人」

「ア、アイスって……」

あまりに突然すぎる登場に、相変わらずの半目の無表情にボケた発言、今この状況全てを忘れそうになるほどだ。

「あ、忘れる前に解呪しておきますね」

「は?」

いろんな意味でコイツは何を言っているんだ? と疑問に思う間も無く、フィオナの小さな唇から短い詠唱の旋律が聞こえた。

「طرد الظلام الشر مشرقة――『 解呪(ディスペル) 』」

「っ!?」

解呪の言葉が耳に届いた瞬間、腕と一体化したかと思えるほど自然に握っていた鉈を、弾かれるように手放してしまった。

鉈が手から解き放たれ、音を立てて地へと落ちると同時に、俺は糸が切れた操り人形のように、膝を屈した。

今の今まで鉈から与えられる肉体強化の恩恵で、魔力が空でも立っていられたのだ、それが無くなれば、体が動かなくなるのは当然の帰結。

そのまま倒れこむか、と思ったが、俺の体は硬い地面では無く、柔らかく暖かな人の腕で抱きとめられた。

魔女の胸に抱きしめられ、視界を覆うのはローブの暗黒ばかりで彼女の顔は見えない、そもそも俺には頭を動かす力すら残っていなかった。

「随分と危ないモノを使うのですね、軽い 狂化(バサーク) 状態でした」

「……お陰で司祭は殺せた」

体は動かないが、何とか声は出せる。

「俺を、助けてくれたのか?」

「はい」

「ありがとな、けど、ここは危ないからフィオナさんは早く逃げな、俺を置いていっても恨んだりしないぞ」

「それでは私達がここに来た意味がありません」

私‘達’? 他に誰が――

「ほら、村を救う為に冒険者の皆さんが来てくれましたよ」

フィオナさんが俺を抱き起こしてくれると、そこには先ほどまで轟々と唸りをあげていた炎の壁は無く、

「あ、ああ……」

それぞれ武器を手に立ち並ぶ、多様な種族で構成された屈強な冒険者の一団がそこに立っていた。

「一人殺せば1ゴールドの報酬だ!」

「ひゃあっはー、残らず狩ってやるぜぇ!!」

冒険者達が唸りを挙げて十字軍に向かって突撃して行く。

すでに指揮官を失い、魔術士が一人もいない人間の部隊では、いくら数に勝るとはいえ、この冒険者達に勝つことは不可能だ。

俺一人を相手にここまで押されたのだ、援軍が来ればとても敵わないと直感的に理解できるだろう、兵士達はすでに背中を見せて一斉に壊走し始める。

「……フィオナさん」

「何ですか?」

「後は、頼んだ……」

勝利の光景を目に、安堵した俺は、もうこれ以上意識を保つことも出来ずに、そのまま眠りに落ちた。

「後は、頼んだ……」

その言葉を残して、フィオナの腕の中でクロノは意識を手放した。

ぐったりと全ての体重を預けるクロノの大柄な体を、フィオナはその細腕でしっかりと支えた。

周囲では叫び声を挙げながら逃げ出す十字軍兵士達の声に、彼らを追い立てる冒険者達の怒声が響き渡る。

そんな修羅場の中で、クロノを優しく抱きとめるフィオナの姿は、まるで一枚の名画のように美しい場面となっていた。

だが、それを良しとしない者が、ここに一人いる。

「クロノから離れて」

綺麗だが、どこか冷たい印象を抱かせる少女の声がフィオナの耳に届けられる。

顔を上げれば、いつの間にそこへ現れたのか、七色に煌く羽を瞬かせた美少女がそこにいた。

光の泉を後にしたリリィが、今この瞬間にイルズ村へ、正確にはクロノの元へと到着したのだ。

「……貴女は誰ですか?」

「いいから、早く、離れて」

明確に殺意こそ向けられていないが、リリィの台詞に棘棘しいニュアンスが含まれていることに、流石に天然全開のフィオナでも分かった。

ただ、クロノの体を自分以外の女が抱きとめている事が許せない、なんていう個人的な理由までは、フィオナじゃなかったとしても分からないだろう。

「どうぞ」

どうあれ、目の前に降り立ったリリィへ、フィオナは大人しくクロノを差し出た。

リリィは、サリエル戦の時と同じように、クロノを軽々と抱きかかえる。

そうしてクロノの身柄が完全に引き渡されると、リリィは漸く妖精らしい笑顔をフィオナへ向けた。

「思ったよりも早く来てくれたのね、助かったわ、ありがとう」

「いえ、仕事ですので」

「クゥアルの自警団と冒険者はそうでしょうね、けど、アークから来た人間である貴女もそうだと言うの?」

「……ご存知でしたか」

「大して隠すつもりも無かったでしょ、クロノに見せたギルドカードはこの大陸のものじゃ無かった」

「あっ、もしかして、あの時クロノさんと一緒にいた妖精ですか?」

「今頃気づいたの?」

「とても可愛らしかったですね」

リリィは一つ息を吐いた、そういえば、この女はクロノと話していた時も妙にズレた事ばかり言っていた、と思い出す。

「私のことなんかどうでもいいわ、それより貴女は敵なの? 味方なの?」

僅かに殺気を滲ませるリリィに対し、変わらぬ無表情でフィオナは涼やかに応える。

「今は、ランク1の冒険者です」

そしていつぞやと同じように、帽子の中から一枚のプレートを取り出し、リリィへ差し出す。

それは紛れも無くパンドラ大陸でのギルドカードである。

「貴女、人間の裏切り者なの?」

「私はただの傭兵としてパンドラ大陸にやってきました。

でも、ご飯が美味しくなかったので、辞めました」

「……あっそう」

リリィは、この寝ぼけた顔の魔女相手に警戒していた自分が何だかバカらしく思えてきた。

このふざけた反応は演技などではない、妖精であるリリィには彼女の本心が分かるのだから。

今この瞬間にもフィオナがただひたすらにアイスキャンディーの事を考えている、というのをリリィは心を読む妖精の 精神感応(テレパシー) 能力によってイヤでも分かってしまったのだ。

「まぁいいわ、アイスキャンデーなら好きなだけ食べさせてあげるから、裏切らないでね」

「本当ですか? 約束ですよ」

身を乗り出してくるフィオナの凄まじい食いつきぶりに、「早まったこと言ったかな」とリリィは若干後悔する。

(けど、この女を敵に回すのは厄介、冒険者としていてくれるなら、それにこした事は無い)

リリィは見ていた、クロノを救ったあの炎の壁を。

そしてその魔法の正体を、クロノは勿論、彼女に同行していた他の冒険者達も気づかず、上空からリリィただ一人だけが気づいていた。

アレはクロノが思ったような『 火焔城壁(イグニス・ランパートデファン) 』ではない、そもそも範囲魔法でもなければ上級魔法ですらない。

ただの下級防御魔法・火盾「イグニス・シルド」だったのだ。

(同じ魔法でも使い手で効果が異なるのは当然、けど、ただの下級魔法であれほどの高威力を叩出すのは、もう才能がどうとかいうレベルじゃない)

人知が及ばないほど天賦の才を持つのか、特殊な術式を用いているのか、それとも生まれ持った体質・特性なのか、どちらにせよ、フィオナという魔女が恐ろしい魔法の力を秘めていることにリリィだけが気がついた。

ただ幸運なのは、フィオナが‘魔女’らしく腹黒い考えを抱えている人物ではなく、その本性が単なる食いしん坊に過ぎないということだ。

「こんな変な魔女がいるなんて、世界は広いわ」

リリィは脱力気味に溜息をつくと、クロノを休ませるために、ひとまずすぐ近くにあるギルドへ向かった。

後ろに、アイスキャンディーの爽やかな甘味に思いを馳せる黒い魔女を引き連れて。