軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第678話 檻の中にて

「マスター、必要な情報は得られました」

「そ、そうか、ご苦労様」

サリエルの後ろには、ドレスがズタボロになって、ほぼ全裸なキャスリンが転がっている。無残、という言葉を絵に描いたような有様。ピクリともせず死んでいるようだが、生きてはいるはずだ。

「サリエルに拷問の心得があって、助かりましたね」

「十字軍の基本的な方法を知っているだけ。特別に詳しいワケではありません」

「使徒がわざわざ拷問なんて、面倒な仕事をするはずないのでは。趣味でもなければ」

「私に拷問の趣味はありません」

「分かってる、分かってるから」

別に拷問趣味とか疑ってないから、意味深な視線を俺に送るのはやめてくれサリエル。

さて、幸いというべきか、サリエルがちょっと拷問の真似事をできるそうだったので、俺が攫ってきたキャスリン支部長の口を割らせるのは彼女に一任した。キャスリンはこれといって根性やら信念やらが固いワケでもなく、少しばかりの脅迫と苦痛によって、スムーズに情報を吐いてくれたという。信者ではなく、ただの雇われ、と叫んでいたのは本当のことなのかもしれない。

拷問してるところを観察する趣味はないし、サリエルも何となく見て欲しくなさそうな雰囲気だったから、やってる最中はちょっと離れていた。

ただし、ここはもうすでにサラウィンを離れたヴァルナの深い森の中まで来てしまっている。その辺の茂みの中で行われた拷問によって、キャスリンの悲痛な叫び声は聞こえてしまって、あまり良い気持ちではいられなかった。

いや、本来は俺が自分でやるべき汚れ仕事を、サリエルが代わってくれたのだから、どんな事態も甘んじて受け入れるべきか。

「それで、どうだ? 結界は突破できそうなのか」

「はい、このネックレスが結界を通り抜ける認証キーになっているようです」

サリエルが差し出すのは、やはりキャスリンの胸元で輝いていた青いサファイア風ネックレス。エーテルを発していたし、古代遺跡の遺物であるのは間違いないと思っていたが、鍵にもなっているとは。

「また、古代遺跡の扉のロックも解除できるそうです」

鍵にもなるし、結界も張れるし、古代のマジックアイテムはマルチ機能なのが多いよな。リリィの『メテオストライカー』も、アレでシャングリラの機能を操作できるらしいし。

「よし、これでようやく侵入できるな」

「マスター、結界の他にも、古代遺跡を利用した防衛設備もあるそうです。注意してください」

「もしかして、シャングリラと同じ天空戦艦じゃないですよね?」

だったらヤバいな。リリィが副砲をたった一門使っただけで、フィオナ、サリエル、ネルの三人パーティを寄せ付けないほどの火力を誇っていた。向こうの兵器次第では、正面突破は難しくなるかもしれない。

「いいえ、『審判の矢』が利用している古代遺跡は、小規模な前哨基地と推察される。防衛設備はタレットのみです」

「なるほど、小塔付きですか」

「なるほど、セントリーガンがあるのか」

んん、俺とフィオナで『タレット』の受け取り方に違いがあるような……

「どちらも正しい。防衛用の建築物としての 小塔(タレット) があり、そこに、セントリーガンのような 銃座(タレット) が設置されている」

「ああ、あの城に生えてる防御塔みたいなのもタレットって言うんだな」

「セントリーガンってなんですか」

俺には建築用語の知識がなく、フィオナは自動で銃撃する架空兵器のことなど知らない。けど、サリエルはどっちの意味も知っていたと。

「で、そのタレットの威力はどんなもんなんだ?」

「『EA・ヴォルテックス』と同程度と思われる。ただし、一つだけ『審判の矢』教祖が使用する専用の銃座があります。威力、精度、射程距離、どれもタレットを上回るそうです」

「厄介そうだけど、一つだけなら何とかなるか」

要は、ソイツの注意を引いておけば安全に立ち回れるということだ。

「他に警戒すべきモノはあるか?」

「支部長から得られた情報では、ありません。強いて不安要素をあげるならば、『審判の矢』が捕らえた獣人を人質にとった場合の対処法」

確かに、それが一番厄介なところだ。古代遺跡の力などなくても、刃物一本、女子供につきつけるだけでこちらの動きを封じられるからな、人質ってのは。

それに、ライオネルから個人クエストも受けているし、何が何でも見殺しにはできない。

「まぁ、すでにリリィが内部に侵入しているから、あまりその心配はないとは思うが……一応、こっちでも対策はしておこう」

と言っても、出来ることは限られるが。

「俺とフィオナの二人で、敵拠点を正面から攻める。陽動だ。サリエルは裏から拠点内に侵入して、人質の安全を確保してくれ。できれば、リリィとも合流して欲しい」

「はい、マスター」

というワケで、サリエルに鍵となるネックレスはそのまま持っててもらう。

俺の気持ち的には、自分で拠点に殴り込んで行きたいところだが、陽動役の方が向いている。教祖の銃座に狙われても、『 暴君の鎧(マクシミリアン) 』を着こんだ俺なら、万一被弾しても防げる可能性は高い。『 鋼の魔王(オーバーギア) 』だってあるし。

一方、こっそりと潜入するならば、この面子ならサリエルが最も適任。少なくとも、俺よりは隠密行動が上手いと思う。

フィオナは適当にドーンってしててくれ。

「それじゃあ、作戦開始だ」

「あのー、クロノさん」

「なんだ?」

「この女はどうするんですか?」

情報を搾り取ったキャスリンは、さっきと変わらず裸で転がったまま。

「このままそっとしておこう」

愛馬のメリーとフィオナのマリーをここで繋いで、ついでにキャスリンも縛っておけば、帰りに回収してやれるだろう。

さて、ようやくこれでリリィを助けに行ける。

時刻は、夜中の2時といったところだろうか。夜明け前には、ケリをつけたいものだ。

深緑の密林の彼方へと日が没し、夜の帳がおり始めた頃、捕まったリリィは『審判の矢』が本拠地としている古代遺跡へと到着した。

外観としては、他の地域でもそれなりに見かける石造り風の建築物である。周囲一帯を囲う防壁は半分以上崩れてその機能を失っているが、中央に位置する無骨な箱型の建物は原型を保っていた。

保存状態がそこそこ良好、という他には特に変わったところの見られない古代遺跡であるが、他の遺跡と決定的に異なるのは、ここにはエーテルが供給され、煌々と光が灯っていることだ。

「これは、なかなかのアタリね。小規模な砦だけれど、まだ生きてる軍事施設は貴重だわ」

妖精結界(オラクルフィールド) の内で、独り言を零すリリィ。

古代遺跡を蘇らせて利用する例は、現代の歴史上でも非常に限られる。使えたとしても、ガラハド要塞に備えられた戦塔ファロスのように、国家の軍事兵器として厳重に管理され、また、その使用法も酷く限定的なモノとなっている。もし、古代魔法の基礎となっているエーテル技術の一端でも復活させていたならば、パンドラ大陸の文明はもっと進歩しているだろう。

古代遺跡と古代魔法、共に天空戦艦シャングリラを蘇らせたリリィは、正に世紀の大発見&大発明を成した大天才と言っても過言ではないが……同様に、『審判の矢』も古代遺跡を上手く復活させたようである。

長い歴史の中でも、早々ない古代遺跡復活という奇跡が同時に重なったのは、果たして運命であろうか。だとすれば、リリィとしては素直に妖精女王イリスの導きに感謝の祈りを捧げるのみ。

「おい、さっさと歩け」

槍の穂先をチラつかせながら、戦士の男が声を上げる。

馬車から降りたリリィは、ここに駐留している『審判の矢』の私兵らしき男に囲まれて、牢屋へと向かわされている途中にあった。

彼らは、リリィを見た目通りの子供としか思ってないようで、これといって警戒した様子はない。これみよがしに刃物をぶら下げて、高圧的に脅せば、怯えて従うだけの無力な弱者であると。

まさか、自分達を瞬き一つする間に殲滅させられる力を持つ、光魔法の怪物であるなどとは、夢にも思うまい。

リリィは、決して 妖精結界(オラクルフィールド) を貫くことはできない鉄の刃を突きつけられて、脅しに従うフリをして、黙って彼らに続いて歩く。

砦の中は、特に目を引くモノはない。内部も他の古代遺跡と同じような造りとなっている。強いて言えば、ここを本拠地として活用しているため、随所に手を加えた跡が見受けられた。今、歩いている廊下に敷かれた敷物や、壁にかけられている油絵などは『審判の矢』が持ち込んだものに違いない。

ここを砦としたいのか、それとも屋敷のようにしたいのか、よく分からない中途半端な内装を眺めながら、リリィは言われるがままに進む。

そうして、明らかに地下へと続く階段を下った先に、牢屋があった。正確には、牢屋として利用している部屋である。

鉄格子の牢ではなく、扉が一つと、通路に面した壁がガラスのような透明の材質でできており、部屋の内部が外から丸見え。その作りから、人を閉じ込めておくにはちょうどいい。

この階には、どうやらこういったガラス壁の部屋が幾つも並んでいるようであった。

そして、その中には何人かの獣人の姿が見受けられる。それは正に、『審判の矢』が巷を騒がせている獣人失踪事件の黒幕である、何よりの証拠であった。

「よし、入れ」

リリィは一番奥にある部屋へと入れられた。

ここは最も厳重、かつ特別な人質を入れておくための部屋なのだろう。兵士が四人も番についている。そして、中には毛並みの良い 獅子獣人(ワーライガー) の女性が一人だけ入っていた。

「この外道め、こんな小さな子供まで攫うとは!」

「うるせーな、黙ってろよケモノ女が」

「またコイツでビリビリされてーのかぁ?」

牢に入れられたリリィを見て、怒った様子の獣人女性に対し、兵士はヘラヘラと笑いながら、銃を向けていた。

そう、銃である。彼らの格好は、何の変哲もない鉄の鎧兜であるが、牢屋の番をしている兵が構えているのは、槍ではなくライフルだった。

リリィにとっては、よく見慣れた『ストーム』ライフルだ。レシーバーとマガジンの部分に浮かぶ魔力のラインが紫色に輝いていることから、通常の実弾ではなく雷撃を放つモードに切り替えているのだと一目で判別できた。

殺傷ではなく、無力化を目的とするならば、血を流さずに電気ショックを与える雷撃モードは便利であろう。ただし、設定出力を誤れば即死するが。

「クッ……」

「おら、下がってろ。妙な真似はするんじゃねーぞ」

すでにその威力を味わったのだろうか、ライフルを向けられた獣人女性は屈辱の表情を浮かべながらも、ジリジリと部屋の隅まで後退していった。

「大人しくしてろよ。まぁ、どんだけ暴れたって、この壁は破れねーけどな」

上級魔法を何発か当てれば普通に壊れる程度の強度だけど、と教えてやる義理はリリィにはない。

兵士の捨て台詞を聞き流しながら、リリィを中に入れた牢は、その扉を閉じた。

「すまない、今の私では、お前を助けてやることもできない……おのれ、子供一人、救うこともできないとは」

何やら自分の無力に悔しいみたいな雰囲気を漂わせている獅子獣人の女は、新たな同居人であるリリィに向かって、そんなことを言った。

「いいのよ、気にしないで。私でよければ、話は聞いてあげるわよ」

「そ、そうか? なんだ、随分としっかりした子だな……」

見た目幼女のリリィから、大人の女性じみた真っ当なレスに、彼女は肩透かしを食らったようにやや困惑の表情。

「まずは自己紹介でもしましょうか。私はリリィ。貴女は?」

「私は『大牙の氏族』ライオネル・レオガイガーが娘、ライラだ」

「元族長の末娘がこんな奴らに捕まっているなんてね」

「私を知っているのか?」

「名前くらいはね」

サラウィンに来る前、アダマントリアに滞在していた時点で、ヴァルナ森海についての情報は仕入れていた。森に住まう獣人の部族、その最大派閥を形成する三大氏族については、族長をはじめとして、そこに連なる重要人物の名前と簡単な容姿については確認済みである。

『大牙の氏族』の前族長ライオネル・レオガイガーは珍しい白毛であり、その色を受け継いだ子は、十四番目の妻との間に設けた末娘のライラのみ。若い白毛の獅子獣人の女性というだけで、ライラであると特定できた。

「しかし、獣人ではないリリィは何故、奴らに捕まったのだ? 見たところ、人間の……いや、その光る羽は、妖精か。いや、でも、妖精ってもっと小さいはずでは……」

「私、半人半魔だから」

つい最近、半人から半神になりそうでした、とは言うまい。

「ふーむ、なるほど、そういう者もいるのか。やはり、森の外には見たこともない変わった種族がいるのだな」

「そうね、きっと私が珍しいから攫ったんじゃないかしら」

実際、大した理由で自分が狙われたワケではないことは、テレパシーで察している。半分は獣である獣人を根絶させるべき劣等種族とするならば、羽を持つ妖精など、半分は虫であるとみなされてもおかしくない。

普通の妖精であればスルーされていたかもしれないが、人間の幼児サイズであり、全く無警戒にウロついていた、ように見えたせいで、彼らも狙ってみようという気が起きた、程度のモノだ。

この奥の牢に入れられたのも、ただ今までにない珍しい生贄だから、くらいの理由でしかない。

「それで、貴女はどうして捕まっているのかしら?」

「私は攫われた同胞を救うために、『審判の矢』を追跡していたのだ。しかし、力及ばず……」

「返り討ちにあったというワケね」

その通りだ、と実に悔しげな表情でライラは言う。

「同胞を救う、その心意気は良いけれど、実力が伴っていなければ無駄な努力。いえ、それどころか、『大牙の氏族』にとって大きな不利益を被ることになるわね」

「な、なんだと!」

「貴女、勝手に『審判の矢』を追いかけたんでしょう?」

「そうだ。誰も彼も、奴らの仕業だと分かっていながら、手をこまねいているばかり……今にも攫われた者達が生贄に捧げられるか、毛皮を剥されるかもしれないのに、これ以上、黙って待っていることなどできん!」

「それで返り討ちにあっているのだから、世話はないわね」

「うぐっ!?」

痛いところを突かれ、グゥの根も出ないライラ。

しかし、本当に耳に痛いのはここからであった。

「自分の実力も省みずに独断専行。相手の戦力を計ることもせず、おまけに、失敗した時のリスクも頭にない。ねぇ、貴女が捕まったせいで、どういうことになるか分かっているかしら?」

「ど、どうなるというのだ。私は、命を賭けて奴らに戦いを挑んだのだ。敗れた以上、死ぬ覚悟はできている」

「そう、貴女がただの戦士であるなら、それでいいでしょう。でも、ライラは前族長ライオネルの娘。ついさっき、自分でそう名乗ったわよね?」

「それがどうした。私の戦いに、父上のことは関係ない」

「可愛い末娘が人質にとられても、お父様は、関係ないと言うかしら?」

「っ!?」

そこまで言われて、ようやく自分の人質としての価値に気づいたのだろう。

それは最初から勘定にいれて当然の事柄であるのだが……ライラはあまりに若すぎた。まだ十代後半の、血気盛んな正義に燃える少女である。

「貴女を人質にされたら、『大牙の氏族』はどれだけの対価を渡すのかしら。大金を積むか、それとも土地を譲るか、ああ、ひょっとしたら、『審判の矢』の活動を黙認する、なんて契約を結ばされるかもしれないわね」

つまり、ライラの命と引き換えに、今後、何人攫われようと一切関知するな、ということ。

一人の命を数多の命よりも優先する、あってはならない契約。だが、娘を愛する父親であるならば、悪魔に魂を売り渡してでも、それを結ばないという保証はない。

「そ、そんな馬鹿な……ありえない、そんなこと、あってはならない……」

獅子の顔だが、それでも目に見えて表情が青ざめている。

攫われた同胞を救いたいと思い立って行動を起こすような正義漢のライラである。それが、自分を助けるために他の仲間の命を捧げるなど、想像を絶する精神的苦痛だ。誇り高ければ高いほど、その犠牲が重く圧し掛かる。

「ライラ、貴女はもう少し、自分の立場というのを考えて行動すべきだったわね」

「う、うぅ……私は、ただ、仲間を助けたくて……」

「その助けたい仲間も救えず、貴女が捕まったせいで、さらに多くの同胞が犠牲になるのよ」

「そ、そんな……わ、私は……う、うぅう、ぁあああああ……」

いよいよ涙を零し始めたライラに対して、リリィはそれ以上、残酷な現実を突きつけるのはやめた。

リリィとしても、特に関係性のない彼女を責めるつもりもなければ、その誤りを指摘する義務もなかったのだが……後先考えずに、自分の信じる正義を行った少女のことが、愚かしくも、少しだけ眩しく見えてしまったせいかもしれない。

そういうのを見ると、ちょっとくらい意地悪したくもなるものだ。

「はぁ、若いっていいわね」

なんてつぶやきながら、さめざめと泣き始めたライラを抱いて「よしよし」とあやしているリリィであった。

幼女に泣きつく獣人女の姿を、牢を見張る番兵達が「なにやってんだコイツら」といぶかしげな視線を向けているが、あえて気にはしない。

そうして、リリィはちょうどいい暇つぶしとばかりに、泣いたライラを慰めることにした。

「……私は、間違っていたのだろうか」

「そんなことないわ。貴女は正しい行いを、しようとしただけ」

「けど、そのせいで、私は取り返しのつかないことを……」

「大丈夫よ、ライラは、少しだけ失敗してしまっただけよ。何も心配しなくていいわ」

「で、でも……」

「助けは来るわ、必ずね」

時間的には、そろそろ来てもおかしくない。

あの隠蔽結界を破れるかどうかで、ここへ辿り着く時間は変わる。リリィの願望としては、すぐにクロノに救出しにきてほしいが、いつまでも待っているわけにもいかない。

今すぐ牢を自力で脱して、単独でこの砦を制圧することもできるが……クロノに助けて欲しいリリィは、一晩だけ待つことに決めていた。

時刻は真夜中、2時を過ぎるといったところ。

果たして――リリィの望みは、叶えられる。

ドォオオンッ!

と、大きな地響きが地下牢の部屋に響き渡ってくる。

「おい、なんだ今のは!」

「地震か!?」

「いや、違う、敵襲だ!」

俄かに騒々しくなる番兵達の姿を眺めながら、リリィはどこまでも満足気な笑みを浮かべた。

「うふふ、クロノが来てくれた」