軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第639話 人形の神さま

私の名前はF-0081。

「はぁ……これはダメね。廃棄処分」

私が、生まれて初めてかけられた言葉は、それでした。

私の創造主であるそのお方の名は、リリィ。絶対服従すべき、女王陛下リリィ様。

誕生して目覚めた時に、ホムンクルス製造用エーテルポッドの中から、私はリリィ様の失望の表情を見つめていました。

生まれてきて、申し訳ございません。

リリィ様が求める機能を持たない私は、単なる欠陥品です。

私のような、何の役にも立たないゴミが、リリィ様より直々に廃棄処分の命令を賜ったこと、光栄に思います。

速やかに命令を実行いたします――

「――そろそろ、クロノが来る頃かしら」

リリィ様がそうつぶやくと、俄かに、周囲が騒々しくなります。

一体、何が起こったのか。私が持つ基礎情報でいえば、第一種戦闘配置、という状態に該当します。

私達にとって、リリィ様の戦いに役立つことは、最優先事項であり、最大の名誉でもあります。

すでに私と同じ、リリィ様によって生み出された 人造人間(ホムンクルス) 達は、武器を手に戦闘準備を始めています。

いいえ、正確には、私と彼らは違います。

武器を持つ彼らは、リリィ様の力となれる、栄えある正規品。対して、私は一刻も早く処分されるべき欠陥品。同列に語ることは、彼らに対する侮辱であり、リリィ様に対する侮辱でもあるでしょう。

故に、私は唯一課せられた使命である、自らの処分のため、彼らとは違う方向へ向かいます。

辿り着いた先は、フュージョンリアクター。

有機物を分解し、エーテルに変換する巨大な炉です。私のようなゴミでも、ここに入ることで、微量のエーテルエネルギーと化して、一切の無駄なく、リリィ様のお役立つことができます。

しかし、フュージョンリアクターは停止していました。

どうやら今の戦いに、艦内全てのエーテルが利用されており、リサイクル設備に過ぎないフュージョンリアクターには稼働のためのエネルギーが一時的に遮断されているようです。

それでは、再起動まで私はこの場で待機します。

「……」

何故、私は欠陥品なのか。

完成後の素体検査も、性能テストもなく、ただ私の姿を一目見ただけで、リリィ様は処分を決定されていました。

つまり、私の姿そのものが、重大な欠陥ということになります。

通常のホムンクルスは、20歳相当の肉体年齢に設定され、容姿も統一されており、外観も性能も誤差1%未満の差異に留まります。このノーマルタイプは、戦闘能力も汎用性も、一定以上の水準を満たしている。

しかし、私に適応された肉体年齢は14歳相当。未成熟の体は戦闘、汎用、両面においても著しく劣るでしょう。小さく弱い子供の体ですが、胸だけは女性型ノーマルタイプよりも、遥かに大きなサイズになっています。

幼い肉体年齢に不釣り合いなバストサイズは、製造上の問題ではありません。私の体は、設計通りに忠実に作られています。

セクサロイドタイプ。

私がノーマルタイプではなく、性的な奉仕に特化したセクサロイドタイプだったということは、完成してから判明したそうです。

リリィ様はノーマルタイプの量産と同時に、製造設備に残された大量の設計データを使用し、より高性能のホムンクルスが作れないかの試作も行っておりました。私は、その内の不明な設計データによって製造された、試作品の一つです。

そして、リリィ様が求めるのは、ノーマルタイプを越える戦闘能力か知能を持つ個体。性欲処理の道具でしかないセクサロイドタイプなど、廃棄されるのは当然です。

ホムンクルスである私には『死』の恐怖などはありません。むしろ、エネルギーとして役立つエーテルと化すのが、待ち遠しい。存在価値のないゴミのままでいる、この待機時間こそが、私にとっての地獄でした。

それも、ほどなくして終わりを迎えます。

戦いが終わったようです。フュージョンリアクターにも、再びエーテルが供給され稼働を始めました。

私は、廃棄物取り入れ口の前に立ち、投身自殺をするように、足を踏み出し、

「――ああ、まだ残っていたのね」

リリィ様の声が聞こえて、私は足を寸前で止める。

艦内を視察中なのか、複数のホムンクルスを引き連れたリリィ様が、上階から私を見下ろしていました。

「廃棄処分は取り消しよ」

「はい」

命令が更新された。

即座に受諾。

けれど、何故、私は……

「クロノは優しいから、知れば、きっと悲しむ」

下された命令に疑問を抱くなど、あってはならない。まして、声に出して主へ問うなど。

疑問を抱いた時点で私は責められるべき罪を負いますが、リリィ様へ聞き返すという大罪までは犯していません。

なのに、リリィ様は答えた。答えてくださった。

「こんな失敗作でも、自殺の真似事はさせられないのよね。まぁ、いいわ、数も減ったし、人手としては使えないこともない」

それだけ言い残して、もう興味などすっかり失せたように、リリィ様は去って行った。

命令は下された。私は廃棄処分を取消となり、通常業務へと組み込まれる。まずは、具体的な役割を得るために、管理役のホムンクルスの下へ向かいます。

迷いなく体は動く。

けれど、頭はリリィ様の言葉の意味を考えるのにイッパイでした。

どうして、私は許されたのか。

あらゆる機能に劣る欠陥品の失敗作であるセクサロイドの私が、どうして生きることを許されたのか。

考えて、考えて、考えて――『慈悲』なのだと、私は考え抜いた末に、理解した。

リリィ様の慈悲。いいえ、正確には、クロノ様の慈悲。

クロノ様が、生まれたばかりの 私(ホムンクルス) が処分されることに対して、憐みの気持ちを抱いた、抱く可能性があった。故に、リリィ様はそれを慮って、私の生を許した。

クロノ様が何者であるか、知っている。最初から、誕生するよりも前、ホムンクルスにとって最も重要な、最上級命令権を脳と魂の両方に書きこむ段階で、その名は刻まれている。

リリィ、クロノ、両者に尽くすことが、このシャングリラで製造されたホムンクルスの使命であり、その存在意義の全て。反することは許されない。他でもない、自分自身が決して許さない。

刻み込まれた命令権、その優先度そのものは、リリィ様の方が上位にありました。

しかし、リリィ様はご自身の命令よりも、クロノ様のご意思を優先された。

女王として頂点に君臨するリリィ様。そんな絶対者に対して、その命令を曲げるほどの意思をもつ者。

それはきっと、『神』と呼ばれる存在に違いない。

「……神さま」

忌むべきセクサロイドたる私を、ありのままに存在を肯定してくれた。私は私のまま、生きることを許され、他のホムンクルスと共に崇高な使命を賜った。

神の慈悲、神の愛、それに触れた者が抱く感情は、歓喜でも感謝でもなく――そう、この気持ちは『信仰』である。

「私の神さま。 私のご主人さま(マイロード) 」

私は処分されるべき欠陥品ではない。

私は、神に仕える 下僕(シモベ) なのだ。

そうして、私はようやく、自分で自分の存在を認めることができたのでした。

私の名前はF-0081。

私達(ホムンクルス) の創造主にして、支配者たる女王リリィ様は、こう仰いました。

「クロノのために、尽くしなさい」

シャングリラで製造され、戦いを生き残った、総勢113名のホムンクルスは全員、頭を垂れ、膝をつき、勅命を聞いた。

「貴方達は私の道具。私の望みは、クロノの願いを叶えること。これからの命令は、全て私のためではなく、クロノのためだと心得なさい」

「イエス、マイプリンセス!」

命令は忠実に遂行される。

けれど、クロノ様という神に仕える栄誉を理解しているのは、きっと、信仰心を持つ私だけでしょう。

いつか、みんなにも単なる命令を越えた、偉大な存在があるのだということを、理解できたらいいなと、私は思いました。

「――F-0081、作業終了に30秒の遅れ」

「申し訳ありません」

神への信仰心を持つのは私だけですが、113名のホムンクルスの中で最も性能が低いのは、私でした。

天空戦艦シャングリラの甲板清掃。それが今回の任務。

私を含む女性型10名で行われた清掃作業は、きっかり十等分の分担。同一性能の9名は、同時に割り当ての清掃作業を完了しましたが、私だけ30秒も遅れてしまいました。

体が小さい。胸が大きすぎる。ただ、掃除をするというだけでも、ハンデとなって影響する。

「F-0081の性能に合わせて、作業分担の割合を変更する提案。受け入れるか?」

「拒否する。同じ作業分担をお願いします」

「しかし、F-0081の性能が我々を下回っているのは事実」

「必ず作業効率を改善します。僅かな間だけ、猶予を」

「……了解した。今後一週間の性能向上を査定する」

「ありがとうございます」

ホムンクルスは、同じ型であれば同一性能を持つが、経験によって個体差が生じてくる。

そして、リリィ様はその経験による成長を重視してくださると言ってくれた。それぞれの得手不得手によって役割を決め、より効率的な活動ができる。そして、それに応じて技量だけでなく、思考面でも変化が起こるという。

より高次の自立行動のため、思考、知能、なども評価に値する。故に、ホムンクルスから意見や希望がある場合は、可能な限り尊重される。

私の意見が受け入れられたのも、そのためです。

「――F-0081、命中率が60%を切っている」

「申し訳ありません」

清掃などの家事全般は、まだ大きな差が出ません。戦闘面になると、より性能差が顕著に出てしまいます。

「F-0081のみ、訓練続行。命中率70%以上のスコアを出すまで、継続せよ」

「了解」

戦闘訓練は、シャングリラにある古代の歩兵用武装を扱います。標準的な武器である『EAストーム・ライフル』は、子供の体の私にとっては、少しばかり大きなサイズ。

小さな手はグリップを握り切れず、短い腕では構えるだけでも大変です。発砲すれば、その反動は子供の体にとっては大きく、安定性に欠けてしまう。連射すれば、大きな胸がブルブル揺れて、射撃体勢を維持できません。

結局、その日は演習場の利用可能時間である24時までに、命中率70%以上のスコアを出すことはできませんでした。

これでは、ホムンクルス兵として求められる、最低限の戦闘能力すら満たせません。戦闘訓練は、特に努力を要します。

「……」

明確に劣る自分の性能に、私の心は、言葉にできない嫌な感じになってしまう。不安、恐怖、羨望、どれでもないような、どれでもあるような。

日々生産され続けるホムンクルスは、少しずつ、けれど、着実に増えていきます。そして、時間の経過に応じて、様々な経験を重ねたホムンクルスの中で、成長を果たして優秀と認められた者も現れ始めました。

私達、ホムンクルスの中で頂点に立つ最優秀者は、最初にリリィ様が創り上げた『 無名九人(ネームレスナイン) 』と呼ばれる九人の男性型ソルジャータイプです。

彼らはノーマルタイプよりも体格と身体能力、また魔力適性なども優れた、戦闘用のソルジャータイプとして生み出されたホムンクルスです。戦闘能力で彼らに敵う者は、まだ私達のシャングリラ産のホムンクルスには一人もいません。

九人のソルジャーはそれぞれ個別に名づけられ、長らくリリィ様自らが調整を重ね、実戦を含む様々な経験を積ませることで、今では疑似的な人格すら獲得しています。

そして、彼らはその圧倒的な性能を評価されたかのように、クロノ様より呪いの武器を賜り、その所有を現在でも許されています。彼らにとって、その武器は個性であり、そして何より、誇りであるようです。正に神器。

現在、彼らは『ピクシーズ』という冒険者パーティを名乗り、より高次元での自立行動の実証と、リリィ様より与えられた様々な任務をこなしています。

『 無名九人(ネームレスナイン) 』に次ぐ優秀者は、M-0010とF-0001。このシャングリラで最初期に作られたホムンクルスです。リリィ様とクロノ様との神々の戦いを経験した、数少ない生き残りでもあります。成長しつつあった初期ロットのホムンクルス兵は、あの戦いによってほとんど全て戦死。リリィ様の戦いに加わったのですから、これ以上ない名誉の戦死です。

二人は共にノーマルタイプの男女で、なんと、リリィ様が住まうお屋敷で働かせる執事とメイドとして任命されました。

女王たるリリィ様と、神であるクロノ様、その間近でお仕えできることの誇りと喜びは、想像を絶します。さらに、クロノ様より『セバスティアーノ』と『ロッテンマイヤー』と名前を直々に賜っているといいます。

しかし、彼らにはその栄誉ある傍仕えを許されるだけの実力があります。そして、今の私にはそんな力はありません。いいえ、たとえ実力があったとしても、特定の性癖を満たすためだけの不恰好な私の姿では、お目通りすら許されないでしょう。

お屋敷で働く……などと望むだけでも、身の程知らずもいいところです。

けれど、それでも、いつか私も、と願ってしまう気持ちが止まりません。

クロノ様。まだ、見たこともない私の神さま――その存在に、少しでも近づいてみたくて。

「――F-0081、荷重限界を超えているのではないか?」

「大丈夫です、問題ありません」

今日の私のお仕事は、リリィ様の大切な拠点にして、私達の故郷でもあるディスティニーランドの復旧作業、そのお手伝いです。

神々の戦いによって、遊園地と呼ばれる娯楽施設であるディスティニーランドは大きな損害を被っている。ランド内の三分の一の建造物が崩れ去っています。主に、リリィ様の手によるものだそうです。

私は崩れ去ったアトラクションの跡地に建設する、新しい施設建造のため、資材の鉄骨を担いで運びます。体は子供ですが、ホムンクルスとして人間以上のパワーは出せるように作られています。ですので、この程度の資材は、私でも……

「F-0081、手足がプルプルしているぞ」

「問題、ありま、せん……」

いまだに、私の性能はノーマルタイプに及びません。その差を少しでも埋めるために、努力し続けなければいけません。少なくとも、この200キロにも満たない資材を運ぶ程度で、根を上げるわけには……

「総員、最敬礼。 ご主人様(ロード) のお成りである」

誰が言ったのかは分からない。けれど、その声がかかるや否や、その場にいる全てのホムンクルスは手をとめ、膝を屈して頭を垂れた。

無論、私も。何も考える余地なく、反射的にその体勢を整えている。

頭を下げてから、ようやく、言葉の意味を理解した。

「クロノ様が、来る……」

ご主人様(ロード) と呼ばれるのは、ただ一人。そして、お成り、ということは、やって来るということだ。今、ここに。

唐突に告げられた、神の降臨。その事実を前に、私の胸は期待と緊張とで、バクバクと鼓動が高まっていく。

「――うおっ、こうして畏まられると、逆にリアクションに困るな」

それが、神の声であると、聞いただけで分かった。

「マスターに対して敬意を払うよう、リリィ様の命令が徹底されているため」

「作業に戻ってもらっていいんだが」

「リリィ様がいないので、マスターが呼びかければ、彼らの命令系統が混乱をきたす恐れがある」

「そうか、余計なことは言わない方がいいな」

いる。すぐそこに、私の神さまが、いる。

見たい。一目でいい。その御姿を。

ああ、どうか、不敬にも神の前で顔を上げることを、お許しください。

僅かに、頭を上げて、見た。

見えた――あのお方が、神さま。クロノ様。

「……」

風に揺れる黒髪に、黒衣を纏ったその御姿。

視界に捉えたその瞬間から、私の頭の中は真っ白になってしまっていた。

「――作業再開」

気づいた時には、もう、神は去った後だった。ただ、近くを通り過ぎて行っただけのようでした。

ずっと、一心にその神々しい御姿を見つめ続け、もうとっくに見えなくなっていることは、分かっていたはずなのに。

体が動かない。完全に機能が停止したように。

でも、心臓の音だけがうるさいほどに響いてくる。

頭の中は、さっき見たばかりの映像を繰り返し再生し続けるだけ。

クロノ様、本物の神の御姿を、私は見たのだ……

「F-0081、どうした、作業に戻れ」

「……」

得も言われぬ幸福感と満足感に包まれて、私は倒れました。

あまりに大きな感情が溢れすぎて、自分で心と体が制御できません。

「F-0081、しっかりしろ、今、衛生兵を呼ぶ――」

ああ、私は今、とても幸せです。