軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第573話 招待状

リィンフェルトの件は、その日の内に冒険者ギルドを通して、アヴァロン、スパーダ、両軍に情報が行くように手配しておいた。王族のネルと大貴族のセリスという大物二人が文字通りバックについてくれたお蔭で、かなりスムーズに話は進んだと思う。俺も今ではランク5冒険者として有名だが、アヴァロンではそのネームバリューも一段落ちるといったところ。二人の存在は非常にありがたかった。

ついでに、この手の国や王族が絡む微妙な問題の相談役としてうってつけな、我が魂の盟友ウィルにも、事情を綴った手紙を飛竜便の速達で送ってやった。事を荒立てず、上手くリィンフェルトを逮捕できるようなアイデアを出してくれることを、期待する。

そこまで終えると、もうアヴァロンの優美な街並みは夕日で赤く染まりつつあり、俺はそのまま神殿に帰ることにした。ネルとセリスに、つまらないことに付き合わせて悪かったと謝れば、温かい微笑みでもって「気にするな」と返された。本当に、二人には世話になりっぱなしだ。

「――なるほど、思わぬ収穫があったものですね」

神殿で慎ましい夕食を終えた後、調査から戻ったフィオナとサリエルを交えて、俺は本日の出来事を伝えた。

「毎日、アヴァロンの街を遊び歩いた甲斐がありましたね」

フィオナがナチュラルに吐く毒で、胸が苦しくなる。多分、他意はなく、言葉通りの意味で本人は言っている模様。

「ま、まぁ、そういうことだから、悔しいが、今のところはアヴァロン軍の動き次第ってところだ」

「サリエルにでも暗殺させてきた方が早いんじゃないですか?」

「マスターがご命令とあらば」

「凄い上手くいきそうな予感しかしないけど、僅かでもリスクは冒せない。止めてくれ、マジで」

ネルから、例の孤児院のある住所は聞いている。馬鹿正直に、リィンフェルトがそこから動かなければ、居場所は特定できるということ。それに、どこか遠くの国へと逃げるのなら、それはそれで構わない。リィンフェルトはパンドラ大陸においては何のコネも権力もない、一人の少女にすぎない。 聖堂結界(サンクチュアリ) は凄い魔法だが、その能力だけで成り上がれるとしても、俺のように冒険者がせいぜいであろう。

しかし、十字軍の手先であるアリア修道会がアヴァロンには存在しているのが、最大の不安要素だ。いつリィンフェルトは奴らを通じて原隊復帰するか分かったものではない。あるいは、妙にイケメンを惹きつける謎の魅力を利用して、修道会のアイドルとして活躍なんてことも、あるかもしれない。

あの女は俺にとってこの上ないほど不安な、後顧の憂い。さっさと断つに限った話はないのだが……恨むべきは、面倒なアヴァロンという国とその王子様か、それとも欲張って生け捕りにした俺の判断か。

「それで、フィオナの方はどうなんだ?」

「順当に情報は集まっている、とは思います。修道会の規模、資金源、影響力、基本的なことは凡そ……ですが、謀の上手な者が仕切っているのでしょう。今のところ、これといって怪しい動きの情報は僅かほども掴めませんでした」

アリア修道会は聖書片手に十字教の教えを、魔族排斥の部分を上手く誤魔化したマイルドな内容として、日々布教活動に勤しんでいるという。ただ神の教えを説くだけでなく、数々の慈善活動を積極的に行い、特に貧民街を中心として信者を増やしているらしい。

「聞く限りだと、宗教団体が支持を集めるための常套手段って感じだが」

慈善活動、つまり、直接的に人を助けることで自らの宗教を信じさせる、というのは、まぁ、どこもやっていることだと思う。寒い冬の夜に、蓄えも尽きた餓えた母子が助けを求めて駆け込むのは、寺か教会と相場が決まっている。命が助かれば、そりゃあ神でも仏でも信じるさ。

「しかし、問題なのは活動の規模です」

人を助けるには、金がいる。金さえあれば、モノもヒトも幾らでも、集められるのだから。

「貴族や商人からかなりの寄付を得て、随分と羽振りがいいと聞いているが」

「ええ、正しくその通りです。バラ撒きとも思えるほど、派手にやっています」

その筆頭が、アヴァロンの表通りに建設中だという豪華な聖堂ってことだ。見栄えがよくなれば、さらに人の集まりも良くなる。虚飾の権威でも、多くの人が信じ、さらに時が経てば、それも本物となるだろう。

「奴らは一体、どんな魔法を使ったんだ?」

「分かりません。彼らは今年の初めから、降って湧いたようにアヴァロンに現れています。少なくとも、長きにわたって各方面への根回しを済ませてきた、とは考えられません」

「あるいは、ソレができるような凄い人物を修道会が引き入れた、ってことは?」

「アヴァロンはずっと十二の大貴族がしのぎを削る国内事情だと聞いています。それをたった一人で、大きな影響力を与えられるなんて、都合の良い人物が存在するとは思えませんが」

それはそうか。そんなヤツがいるなら、じゃあお前が王様やれよって話だ。影の支配者、などとよくフィクション作品では見受けられるが、現実では所詮、影は影。光の当たる表の支配者に及ばないから、影に回らざるを得ないのだ。

「アヴァロンじゃ王様でも、十二貴族には強く出れないって聞くしな」

アヴァロンは国王と十二貴族の権力が絶妙なバランスを保ちながら、長らく平和の時を過ごしてきたという。全ての十二貴族が結託すれば、王権を覆すほどの影響力を持つとされるが、互いにライバルである貴族たちが一致団結することはありえない。

「事情は不明ですが、現実に多くの上流階級が修道会に援助しています。その中でも最大級の援助者は、商人では『フローレンス商会』、『聖剣重工』、貴族ではアズラエル家と――」

フィオナの口から語られた名前は、アヴァロンについてさして詳しくもない俺でも、名前くらいは聞いたことのあるものばかりであった。

『フローレンス商会』は首都の生命線、小麦など食料品を中心とした流通を担う一大商会だ。多角経営のお手本みたいに、食料以外にも色々な分野に商売の手を広げている。これまで街を歩いて、フローレンスの名を掲げたレストランや商店は、数えきれないほどあった。

『聖剣重工』はアヴァロンでは二番手といわれる武器商人だ。最大手は『グランド・ドワーフ・インダストリィ』という、名前の通り、ドワーフ族が中心となっている会社。『聖剣重工』は二番手とはいえ、それでも規模はあの『モルドレッド武器商会』を超えているという。まぁ、モルドレッドはスパーダが中心だが、こっちはセレーネの港を通して、レムリア海の向こうの国々とも取引しているから、どうしても商売の規模に差がでてしまうといったところか。

貴族については、普段は目につかない分あまり聞き覚えはないが、アズラエル家というのは、どこかで聞いたような気が……あっ、確か、俺に絡んできたネル姫様親衛隊の隊長、ヘレンとかいうヤツが、アズラエルだと名乗っていたな。

「――そして、アークライト家です。噂では、最初に修道会への寄付をしたのも、この家です」

そういえば、そうだったな。前に聞いたが、今では、あれ、別な所で聞き覚えのある名前だ。

「アークライト……待てよ、それじゃあセリスは」

「あの人は、非常に怪しいですね。今からでも縁を切るか、それとも、交友関係を利用して探るなりした方がいいでしょう」

そんな、まさか、セリスの実家がこんなヤバそうなポジションにいるとは。

「あるいは、クロノさんの方が、探られているのかもしれませんよ」

考えたくはない。セリスと知り合ったのは、偶然以外の何ものでもない。ネルと共に騎士選抜に出場するのは、本人の意思とあの腕前があればできて当然のことだが……あの会場にカオシックリオムが乱入するのも、それを俺が追いかけて飛び込むのも、誰にも予測は不可能だ。

だが、その偶然を利用して、セリスが俺に接近したと言われれば、否定しきれない。

「くそ、どうすりゃいいんだ……」

簡単に答えの出る問題ではないだろう。

まだ俺の傷は治り切ってはいない。アヴァロンにはもうしばらく滞在することになるから、その間にできることは――と、深い思考に囚われかけた時だ。

「マスター、来客です」

沈黙をものともせず、サリエルが声をあげた。

「こんな時間にか?」

「面会時間は過ぎているはずですが」

フィオナとサリエルは許可を得ているから、俺の病室にいてもOKだが、それ以外は夕方を過ぎれば門前払いとなるはずだ。

診察など、医者という可能性もない。やはり、こんな時間にそういうことはしないし、あったとしても、ナースコールよろしく、こちらが呼んだ時だけ。

そして何より、サリエルが「来客」と言い切った以上、ここへ現れるのは、彼女が知らない気配を持つ者。一体、何者なのか。

俄かに、緊張感が室内に張りつめた。

「来ます」

コツコツと響く足音は、ピタリと俺の病室の扉の前で止まった。そして、間を置くことなく、ノックの音が響きわたる。

「面会時間は過ぎています。また明日、お越しください」

扉越しに、サリエルが一方的に言い放つ。

さて、相手の反応は――

「私は、リリィ様の使いで参りました」

聞こえてきたのは、若い男の声。どこか聞き覚えがある気がしないでもないが、当然、そんなことを気にする余裕はない。

コイツは今、確かに言った「リリィの使い」だと。

「入ってくれ」

断る理由は、どこにもなかった。今すぐ扉を開け放ち、使いを名乗る男に詰め寄りたいところを、何とか堪える。焦っても仕方がない。向こうから訪ねてきたのだから、ここは大人しく、話を聞こう。

「失礼いたします」

現れた男の姿を見て、俺はすぐに納得する。確かに、コイツは間違いなく、リリィの使者だろうと。

「リリィの『 生ける屍(リビングデッド) 』だな……その腰に差しているのは『 無銘九刃(ネームレスナイン) 』の長剣。ということは、 一号(アイン) か」

「私の名前を憶えておいでとは、光栄にございます、マイロード」

驚くべきは、精悍な顔に爽やかな微笑みを浮かべながら、淀みなく感情の籠った礼の言葉を放つ、 人造人間(ホムンクルス) の姿だ。

リリィのアヴァロン修行の成果。サリエルと同じアルビノカラーリングの同じ顔をした九人の青年は 人造人間(ホムンクルス) であり、リリィの編み出した特殊な 屍霊術(ネクロマンシー) によって行使される忠実な 僕(シモベ) 、それが『 生ける屍(リビングデッド) 』だ。

俺は『 呪物剣闘大会(カースカーニバル) 』で獲得した九本の無銘の呪いの武器を、彼らに与えた。そのまま、ガラハド戦争でも同じ装備として九人に引き継がれていたし、俺が帰った後にも返してもらってはいないから、まだ彼らが持っているのは当然だ。

術者であるリリィは分かるらしいが、俺には同じ顔に同じ格好をした『 生ける屍(リビングデッド) 』の九人を見分けることはできない。だから、俺は何故かドイツ語の数字に聞こえる、リリィが与えた彼らの名前を、それぞれが持つ『 無銘九刃(ネームレスナイン) 』によって見分けていた。

記念すべき一号機であり、長剣の『 無銘九刃(ネームレスナイン) 』を与えたのが、このアインである。

『 生ける屍(リビングデッド) 』の格好は、不気味な黒いサーコートにスマイルマークみたいなデザインの鉄仮面であったが、今は最近の俺の私服と同じような、街を歩いていても違和感のない紳士服ルックだ。

「主より預かったこの無銘の剣ですが、今は『ダイヤモンドの騎士剣』と銘がつく進化を果たしております。もし返還を望むとあれば、速やかにお返しせよとリリィ様より申し付かっておりますが――」

「いや、自分で使って進化させたのなら、お前が使えばいい」

やはり、このアインはまるで普通の人間であるかのように喋っている。『 生ける屍(リビングデッド) 』は簡単な受け答えしかできない、無口無感情の 屍霊術士(ネクロマンサー) の 僕(シモベ) のお手本みたいな奴らだったはず。

進化したのは、呪いの武器ではなく、コイツ自身の方だろう。

「それより、本題に入ろう」

「イエス、マイロード」

恭しく一礼をしてから、アインは懐より一本の 巻物(スクロール) を取り出した。

「リリィ様より、メッセージをお預かりしております。どうぞ、ご覧ください」

その場で封を切り、スクロールを広げる。すると、紙面に書かれた魔法陣と文字が白い輝きを放った、と思った次の瞬間、テレビ画面のように大きな映像が空中に投影される。

画面に映るのは、様子が判然としない薄暗い室内。どこかにリリィの姿があるのかと、目をこらして注視していた次の瞬間、眩い真っ赤な光が輝く。

「っ!」

あまりの眩しさに、俺は咄嗟に目を閉じて、顔をそむける。だが、すぐに光は収まったらしく、俺は再び目を開く。

そして、そこにリリィがいた。

「――ねぇ、これ本当に映ってるの? 大丈夫? クロノに送る大事なメッセージなんだから、ちゃんと――え? もう映ってる? ちょっ、ちょっと、早く言いなさいよ!」

画面の中で、プンスカ怒ったり、慌てて取り繕ったりと、実に騒がしい少女は、俺の知るリリィそのもの。離れていた期間は、開拓村での生活よりも短いはずなのだが、それでも、彼女の元気そうな顔を見ただけで、酷く懐かしく、それでいて、何よりも嬉しく思えた。

しかし、すぐに気づく。俺の知るリリィの姿と、この画面に映るリリィの姿には、明確な違いがあるということに。

「久しぶりね、クロノ。本当は、今すぐ会いたいけれど、まだ準備が整っていないから、今回は、こうしてメッセージだけを送ることにしたの。優しいクロノはきっと、勝手に出て行った私なんかでも、心配してくれていると思うから……でも、大丈夫。私は元気だよ。ほら、見て、クロノ――」

うっとりするほど麗しい微笑みを浮かべるリリィ。その輝くエメラルドの瞳には、文字通りに人を魅了する力が宿っているはずなのだが、何故か、それは片方だけしかない。

彼女本来の翡翠の瞳は、右目だけ。左目は、俺が毎朝鏡で目にするのと同じ、黒い瞳が浮かんでいた。

「――私ね、強くなったの」

そして、再び瞬く赤い光。

それは、どちらかといえば、俺が『 炎の魔王(オーバードライブ) 』などで発するような、禍々しい輝きである。断じて、妖精が身にまとうべき、美しい煌めきではなかった。

そんな妖しい光を放つのはしかし、間違いなくリリィの持つ妖精の羽からである。あるいは、妖精の羽、ではないのかもしれない。

リリィが背中から生やしているのは、血のように毒々しい赤い光を宿す、黒アゲハのような蝶の羽であった。以前の羽とは、色も形も輝きも、何もかもが異なる。

「クロノなら、すぐに気づいてくれるよね。この黒い左目も、赤い蝶の羽にも」

ああ、そりゃあ、すぐ気づくさ。強烈な違和感だからな。目の色が違うこと、羽が変わっていること、そんな変化が些細に思えるほど、リリィからは異様な雰囲気が画面越しからでもビリビリと感じるのだ。

「……本当に、リリィなのか」

「うふふ、私は、変わったの」

思わずつぶやいてしまった俺の独り言に、リリィが答えたかのよう。

「愛しているの。愛していた、ずっと。きっと、出会った日から、愛してしまった……でもね、私は気付いてしまったの。愛してない。それが、愛しているといえないほど、愛し足りないということに」

フィオナの言う通り、リリィは俺を愛していた。親愛でも友情でもなく、異性としての恋愛感情。

その答えを知っているはずなのに、何故だろうか。今、リリィが言う言葉の意味が、俺には全く分からない。

「だから、私は負けた。ねぇ、そうでしょう、フィオナ?」

「……リリィさん」

フィオナの顔が、僅かにしかめられていた。怒りか、警戒か……いいや、不安だ。

彼女の手が、俺の左手に重なる。絡んだ指先が、握った掌が、かすかに、震えているような気がした。

「でも、私は諦めない。ううん、違う。これは始まりなの。愛を知らない愚かな私は、ようやく、本当の愛に目覚めた――」

どこか恍惚とした表情で、リリィは愛を語る。恋に恋する乙女のように。怒りに燃える竜のように。その姿は、美しく可憐でありながら、どこか底知れぬ恐ろしさを垣間見せていた。

「だから、決めたの。私はクロノとずっと一緒にいる。もう、二度と離れたりしない。そう、永遠に、二人きりで。私とクロノの二人だけの楽園よ」

「楽園?」

どういう意味だ。口ぶりからすると、無理心中でもしようかってニュアンスにしか聞こえないのだが……リリィの様子は明らかにおかしい。あながち、冗談ではないのかもしれない。

「クロノさん、耳を貸してはいけません。リリィさんは、考え得る限りで、最悪の方法を選んだようです」

「どういうことだ?」

「私、クロノと結婚するの」

またしても、俺の問いに答えるように、画面の中のリリィが言い放った。

「初火の月6日、クロノを迎えに行くわ。ふふ、何も準備も心配もする必要はないわよ。クロノはただ、私を待っててくれるだけでいいの」

その日、リリィが現れるというのか。しかし、初火の月6日、その日付は――

「もう、一年も経つのね。初火の月6日は、私達がアルザスで負けた日。クロノにとって、一番辛い一日だった……でも、だからこそ、私はこの日を選んだ。一生に一度の、最高に喜ばしい記憶で、あの痛ましく悲しい思い出を、全部、忘れさせてあげる」

悪魔のような笑み。そう思ったのは、リリィがあの戦いの記憶を、全てなかったことにしようとしているからか。

「ああ、そうそう、フィオナには招待状を送るわ。アインに持たせているから、受け取ってね。貴女は私にとって……無二の親友、だと思っているから、最後に、クロノとお別れできる機会をあげる。寂しいけれど、私とクロノ、二人の門出を祝福してくれると嬉しいわ」

そうして、リリィはいつものエンシェントビロードのワンピースドレス、その黒い裾を軽く手で持ち上げ、優雅なお辞儀を一つした。

「それじゃあね、クロノ。再会の日を、楽しみに待っていてね」

そこで、映像は終了した。

映像自体が、一種の光魔法なのだろう。開かれたスクロールは効力を失い、最早、何の光も宿ってはいなかった。

リリィのいまいち要領を得ない曖昧なメッセージに、俺は半ば呆然とするばかりで、すぐに言葉が出てこなかった。

「以上が、リリィ様よりお預かりしたメッセージの全てでございます。そして、こちらがフィオナ様宛の、招待状となります」

そっと差し出された白い封筒に赤い封蝋のされた招待状を、フィオナはしばし見つめて、そして、意を決したように受け取った。

「それでは、私はこれで失礼させていただきます」

「待て、リリィは――」

「申し訳ありません。現在、私の最上位命令権を有するのは創造主たるリリィ様のみ。私はこの度、余計な情報は一切口外を厳禁するとの命を受けておりますので、あらゆる質問にお答えすることができません」

「口を割る気はない、ということか……分かった、それなら、もういい。帰ってくれ」

「重ねて、非礼を詫びます、マイロード」

「気にするな。その代り、一つ伝言を頼む」

「なんなりと」

「リリィの元気な顔が見れて、嬉しかった、と」

「はっ、確かに、承りました。しかし、主の心は、すでにリリィ様に伝わっておいでかと存じます」

「だと、いいがな」

今度こそ引き留める理由を失った俺は、そのままアインが去ってゆくのを許した。しかし、彼が扉に手をかけたその時、今度はフィオナが声を上げた。

「サリエル、彼を見送ってあげてください」

「はい、フィオナ様」

「そのまま、明日の昼までここに戻るのを禁じます。私はクロノさんと二人で、話があるので」

「了解」

確かに、リリィについて話し合うなら、まずはフィオナと二人の方がいいか。

スパーダに帰ったあの日。俺の罪の懺悔から始まり、リリィが泣いて出て行った時から、ずっと先延ばしにしていた問題に、今、ようやく直面しようとしているのだから。

「……クロノさん、頼みがあります」

二人が退出し、静まり返った病室の中で、フィオナはそう切り出した。

「ああ、何だ――んんっ!?」

頼みの言葉の代わりに、飛んできたのはキスだった。ここ最近、ずっと我慢し続けた欲求不満をぶつけてくるような、熱烈なやつだ。

いかん、俺も我慢が祟っているのか、キスしただけで頭がぼんやりしてきた。

ややしばらく、唇を貪られてから、ようやく離れてくれる。

「私を、抱いてください」